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わたしの手料理、召し上がれっ!

 昼飯を挟んで、午後からも三人並んでの勉強会は続き、空が夕焼けに染まる頃に、その日のノルマの消化が完了した。そして、沙羅姉が夕食の準備に取り掛かろうとしたんだけど、その前に来栖さんが沙羅姉に頭を下げながらこう言った。


「あ、あのっ! 六条先輩っ! もしよろしければ、わたしに晩ごはんを作るのをお手伝いさせてくれませんかっ!? わたし、お料理なら少しは出来ますので、お願いしますっ!」


 そんな一生懸命な来栖さんのお願いを沙羅姉が断るわけもなく、沙羅姉は来栖さんの頭をグシグシとなでながら、来栖さんに笑顔を向ける。


「ああっ! 勿論いいとも! それでは早速、晩御飯の準備に取り掛かるとしようか。確か、予備のエプロンがあったはずだから、今日のところはそれを使ってくれ」


 こうして、沙羅姉と来栖さんでの晩飯作りが始まった。俺はふたりが晩飯を作ってくれるのを、居間でテレビを見ながら待つ。いつもの沙羅姉の晩飯ももちろん美味しいけど、来栖さんがどんな料理を作るかが楽しみだな。


 …………

 

 東雲先輩がいなくなったキッチンで、わたしと六条先輩のふたりで晩ごはんの準備をし始める。今日のメニューはカレーだから、わたしでも大丈夫、かな。わたしがエプロンに着替えるのを見ながら、六条先輩はなんだかイタズラっぽく笑っていた。


「あのっ、六条先輩。今日はお邪魔にならないように頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしますっ!」


 もちろん、わたしは六条先輩のアシスタントだから、皮剥きとかのお手伝いをする気でいた。でも、六条先輩はニヤリと笑ったまま動こうとしない。そして、六条先輩は満面の笑みを浮かべて、わたしの肩を叩きながらこう言った。


「いや、今日の晩御飯は全て来栖に任せるよ。私も、来栖の料理の腕がどの程度のものか見てみたい。それに、彼女たるもの、彼氏に手料理くらい作ってやらんとなっ! と、いうことで、あとは任せたぞ、来栖!」

 

 そう言って、六条先輩はキッチンテーブルに座って、頬杖をつきながら私をジッと見ている。わたしはしばらくオロオロしていたけど、六条先輩はそんなわたしを笑いながらみているだけだった。


 そして、わたしは覚悟を決めた。元々、東雲先輩に手料理を作ってあげたいって思ってたんだし、いざとなったら、六条先輩だって助けてくれるはずだよねっ! よしっ! わたし、やってみますっ!


 わたしは早速、晩ごはんの準備に取り掛かった。それにしても、今日の晩ごはんがわたしが作れるカレーでよかったな。あ、もしかして、六条先輩は初めからこのつもりだったのかな?


 ううん、六条先輩には、わたしがカレーくらいしか作れないことは言ってないし、料理のお手伝いをするって言い出したのはわたしからだったんたし、わたしの思い違いだよねっ!


 …………


 わたしがカレーを作り始めてからしばらくたったけど、相変わらず六条先輩はわたしをテーブルからニコニコしながら見ているだけだった。人に見られながら料理をするのって、こんなに緊張するものなんだな。


 だから、わたしのお野菜を刻む手がどうしても震えてしまう。大丈夫、落ち着いて、猫の手、猫の手。わたしはニンジン、タマネギ、じゃがいもを一口大に刻んでいく。よし、いい調子、いい調子。


 そして、お野菜を全部刻み終わったわたしは、お野菜をザルに移して、お湯を沸かすためにコンロに鍋を準備しようとした。すると、キッチン台に置いていた包丁に腰がぶつかって、包丁が飛び上がる。


「あわわっ! 包丁がっ!」


 わたしはとっさに包丁を掴もうとしてしまい、空中で回転している包丁で少しだけ指を切ってしまった。指からはじんわりと血が滴り、わたしの血が床を点々と赤く染める。


「大丈夫かっ!! 来栖っ!!」


 それを見ていた六条先輩が、テーブルから立ち上がってわたしに駆け寄る。その顔はさっきまでのニコニコ顔じゃなくて、少しだけ申し訳なさそうな顔だった。


「すまん、来栖。私が来栖を試すようなことをしたばかりに、来栖の綺麗な指に怪我をさせてしまった。全ては私の責任だ、本当に済まないっ!」


 そんな、大袈裟ですって、六条先輩。ほんのちょっぴり指を切っただけですし、こんなの、絆創膏を貼っておけば……


 わたしが六条先輩にそう言おうとすると、わたしの指をなにか暖かいものが包み込む。わたしが自分の右手に顔を向けると、そこには、わたしの指を咥えている六条先輩がいた。


「ろ、六条先輩っ! なにをされているんですかっ!?」


 わたしが驚いている間も、六条先輩はわたしの指を咥えたまま離さない。そして、わたしの指の痛みが治まってきた頃合いで、わたしの指が六条先輩の口から解放される。


「よし、血は治まったようだな。『怪我は唾をつけておけば治る』とは昔の人はよく言ったものだ。ちょっと待ってろ、今、絆創膏を持ってきてやるから」


 そう言って、六条先輩はキッチンを出て、すぐに救急箱を持って戻ってきて、わたしの指に綺麗に絆創膏を巻いてくれた。でも、わたしの頭のなかは、さっきの六条先輩の口の暖かさで一杯だった。


「さて、これで大丈夫だろう。どうする? 来栖。あとの調理は私に任せて、来栖は私の手伝いに回るか?」


 この六条先輩からの提案で、ボーッとしていたわたしの意識がハッキリした。そして、わたしは六条先輩にこう言った。


「いえっ! 最後までわたしにやらせてくださいっ! 出来上がりまでもう少しだですし、わたしがひとりで作った手料理を東雲先輩に食べて欲しいんですっ! お願いします、六条先輩っ!」


 わたしからのお願いを聞いた六条先輩は、とても満足そうにうなずいてくれた。そして、わたしはまだ途中だったカレーの調理に戻る。でも、わたしの頭のなかには、まだ六条先輩の唇の感触が鮮明に残ったままだった。


 …………


 それからしばらくして、わたしの手作りカレーが完成した。材料は準備されていたものだし、カレールーだって、普通に売ってあるやつだし、六条先輩が作ってもそんなに味は変わらないんだろうけど。


「それじゃあ、東雲先輩を呼んできますねっ!」


 わたしが居間でテレビを見ている東雲先輩を呼びに行こうとすると、それを六条先輩が遮った。そして、六条先輩はこう言った。


「ちょっと待て、来栖。私にちょっとした考えがあるのだ。海人には悪いが、少し奴を試してみないか? 大丈夫、そんなに難しいことではないから」


 そして、六条先輩はわたしに耳打ちをする。それを聞いたわたしは、ちょっと自信がなかったけど、その提案に乗ることにした。東雲先輩、気付いてくれるかな。


 …………

 

「いただきまーす」


 東雲先輩がわたしがひとりで作ったカレーを食べている。でも、東雲先輩にはわたしがこのカレーをひとりで作ったことは伝えていない。これがさっきの六条先輩からの提案だ。


 わたしも六条先輩も、今日の勉強会のことや、明日からの予定なんかを話しながら、ただカレーを食べる。そして、東雲先輩のお皿が空になり、東雲先輩が六条先輩にこう言った。


「沙羅姉、今日のカレーなんだけど、いつもとなんか違うと思わないか? うまく言葉では説明出来ないんだけど、もしかして、今日のためになんか隠し味でも入れたのかい?」


 東雲先輩からの言葉に、わたしは飛び付いた。わたしは、身を乗り出して、対面に座っている東雲先輩に言った。


「東雲先輩っ! 今日のカレーは、いつもと比べてどうでしたかっ!? 美味しかったですか!? 美味しくなかったですかっ!?」


 そんなわたしからの質問に、東雲先輩は少しだけ顔を赤くして、頬を指で掻きながらこう答えた。


「そりゃあ、まあ、いつもより美味しかった、かな。言葉では説明出来ないけど、それは間違いないよ。これも、来栖さんが沙羅姉を手伝ってくれたからかな?」


 その言葉を聞いたわたしは、本当にもう天にも昇るような気持ちだった。東雲先輩が、わたしのカレーが美味しかったかって言ってくれたっ! やった、やった、やったあ~っ!


「わあ~いっ! 本当に、六条先輩が言った通りでしたねっ! わたし、頑張って本当によかったですっ!」


 思わず椅子から立ち上がったわたしを見て、六条先輩は目を閉じて、ウンウンとうなづきながらこう言った。


「そうだろうそうだろう。昔から、料理の最高の隠し味は、『食べてもらう人への愛情』だと決まっているのだっ! いくら鈍感な海人でも、さすがにこの違いには気付いたなっ!」


「ちょっと、沙羅姉、来栖さん、なにを言ってるんだい? 俺にも解るように説明してくれよ。おーい、ふたりともーっ」


 わたしと六条先輩は、東雲先輩に今回のカレーについてのネタばらしをした。それを聞いた東雲先輩は、なんだか少しだけ恥ずかしがっていたけど、『今日のカレーがいつもより美味しかったっていうのは嘘じゃないよ』って言ってくれた。


 こうして、六条先輩による、わたしから東雲先輩への手料理を食べてもらう計画は大成功を納めた。これで、わたしにも自信がつきました。これからは、もっともっとお料理について勉強して、東雲先輩にわたしの手料理をどんどん食べてもらいたいなっ!

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[良い点]  めちゃ遅れてすみませんでした。RT企画にて募集させていただいたNegimonoです。  自分は恋愛系の作品はあまり読んでこなかったのですが、それでもこの作品の新鮮さは際立っていました。…
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