無邪気な刃
東雲先輩と六条先輩、そしてわたしの三人での夕ごはんを終えて、わたしは荷物を東雲先輩のお母さんの部屋に運び込む。それにしても、六条先輩の手料理、美味しかったなあ。わたしもあんな風に、東雲先輩に手料理を作ってあげたいな。
そして、東雲先輩がお風呂に入っている間、わたしと六条先輩は、東雲先輩のお母さんの部屋で過ごす。部屋の広さは、ふたりで過ごすにはちょっと狭いけど、わたしくらいの小ささなら、あんまり関係なさそうだ。
でも、わたしはこの部屋に違和感を持っていた。なんていうか、コーディネートが他の部屋と違うっていうか、インテリアや小物がやたら高そうっていうか。そして、六条先輩はそんな部屋で、まるで自分の家のように、緊張感をまるで感じさせずにくつろいでいる。
「どうした、来栖よ。そんなにこの部屋が珍しいか?」
わたしが床の上に敷かれているクッションに正座で座りながらキョロキョロしていると、椅子に腰かけて参考書を読んでいた六条先輩がわたしに話しかけてきた。そして、わたしはそんな六条先輩の質問に答えながら、わたしからもちょっと質問をしてみた。
「いえ、わたし、初めての外泊で緊張してるっていうか、なんだか落ち着かないっていうか。六条先輩は、東雲先輩のお家に泊まるのは初めてじゃないんですか?」
そんなわたしの質問に、六条先輩はなんだか少し驚いたような顔をする。そして、六条先輩は軽く笑いながら、わたしにこう言った。
「なんだ、お前、海人や鍋島と佐伯から聞いてなかったのか。いや、海人はなかなかこのことを言い出せないようなヘタレだし、鍋島と佐伯には、このことは、『出来れば黙っていて欲しい』と頼んでいたのだった。すまんな、来栖」
そして、次に六条先輩が言ったことは、わたしが思ってもいなかったことだった。
「私はな、海人が来栖と付き合い始めたのと同時期に、海人の家に厄介になったのだ。これは私からの提案でな、海人が来栖と付き合うに当たって、お前らに余計な時間を使わせないために、私が家事やらなんやらを全て請け負ったのだ」
へえ~ そうだったんだ。だから、六条先輩はやたらこの部屋に馴染んでたんだ。あっ、もしかして、この部屋のインテリアは、六条先輩が自分の家から持ってきたのかな? それなら、他の部屋とこの部屋の違いも納得だな。
「そうなんですね~ でも、六条先輩のお家は大丈夫なんですか? 六条先輩のお父さんやお母さんは、なにも言わなかったんですか?」
そんなわたしからの質問に、六条先輩はなんだか意外そうな顔をして、戸惑いながらも答えてくれた。
「あ、ああ。私の両親は、昔から海人の両親と仲が良いから、私が海人の家に厄介になるのには反対はしなかったよ。それより、来栖は私と海人が同居していることに、なんとも思わないのか?」
六条先輩、なんでこんなに戸惑ってるんだろう? わたしはこの六条先輩からの質問に、特になにも考えずに正直に答える。
「はい。だって、六条先輩と東雲先輩は幼馴染なんですよね? これまでも、おふたりは一緒に過ごしてきたんですし、なにもおかしいことないじゃないですか」
そんな私からの答えを聞いて、六条先輩は片手を頭に当てて、少し困ったような顔をしながらこう言った。
「いや、まあ、確かにそうなのだが。ああ、私は来栖の純粋さを甘くみていたよ。来栖は本当に素直で、疑うことを知らない人間なのだな。来栖よ、お前は、私と海人がひとつ屋根の下で暮らすうちに、懇ろになるのではとは思わないのか?」
「ねんごろ、ですか?」
六条先輩は、なにをそんなに気にしているんだろう。それに、『ねんごろになる』って、どういう意味なのかな? そんな私の反応を見て、六条先輩はちょっとだけ息を巻きながらこう言った。
「ええいっ! つまりだな、『私と海人がエッチなことをするとは思わないのか』と言う意味だっ! なにを言わせるんだ、まったく!」
それを聞いたわたしは、少し固まってしまった。東雲先輩と、六条先輩が、そんな、エッチなことをって! わたしの顔が段々赤くなっていくのが解る。ひゃあ~っ! わたし、そんなこと考えてもなかったよ~っ!
「えっと、それで、六条先輩は、東雲先輩と、その、エッチなことをしたんですか?」
わたしがそう言うと、六条先輩はなんだかうろたえ始めた。そして、六条先輩は一呼吸置いてから、わたしの質問に答えた。
「いや、それは、誓ってしてはいないが。それにしても、来栖よ、お前は年の割にはおぼこ過ぎるぞっ! 男女というものはだな、一緒に過ごせば、そんなエッチな気持ちになるものなんだよっ!」
六条先輩はそう言うけど、それって、今までの六条先輩のわたし達への態度と矛盾してないかな? わたしは、六条先輩に、今、自分が思っていることを素直に伝えた。
「それじゃあ、六条先輩は、東雲先輩とエッチなことをしたいと思ってるんですか?」
「いや、そ、それはだな……」
六条先輩は、なんだか少し後ろめたそうな顔をしたあと、首を横にブンブンと振ってから、わたしの質問に答えることなく、少し大きな声でこう言った。
「ええいっ! そんなことより、来栖はもっと人を疑うことを覚えろっ! そんなことでは、この先、いつかお前は悪い大人に騙されるぞっ!」
六条先輩、なんでそんなに怒ってるのかな? 六条先輩はそう言いますけど、わたしはそんな心配なんてしていませんよ? だって、わたしには……
「でも、そのときは、東雲先輩と六条先輩が、わたしのことを守ってくれますよねっ? わたし、おふたりのこと、信じてますからっ!」
そう、わたしには、東雲先輩と六条先輩がいますから。わたしにたくさんの幸せをくれた、素敵な彼氏と先輩が。そんなわたしの答えを聞いて、六条先輩はちょっと呆れながらこう言った。
「確かに、私も海人も全力で来栖を守ってやりたいとは思っているが、この前の赤星との件のように、私達の手が及ばない場合も有り得るのだ。だから、来栖も最低限の警戒心は身に付けておいてくれよ」
あ、確かにそれはそうだよね。わたしだって、何から何までふたりに任せようなんて思ってないけど、これからはもっと気を付けるようにし~ようっと!
「はいっ! 了解しましたっ、六条先輩っ!」
「やれやれ、返事だけは立派だな。まぁよい、そろそろ海人も風呂から上がる頃合いだ。来栖も風呂の準備をしておけよ」
「は~いっ!」
わたしと六条先輩がそう言っていると、ちょうどいいタイミングで、部屋のドアをノックする音が聞こえて、その直後に、外から声がした。
『沙羅姉、来栖さん、お風呂上がったよ。一応暖め直したから、冷めないうちに入っちゃってよ』
それを聞いた六条先輩は、部屋のドアを思いっきり開けて、東雲先輩に掴みかかりながらこう言った。
「海人おっ! お前、来栖に私達が同居していることを言ってなかっただろっ! お前はなにを尻込みしていたんだっ! やましいことがないのなら、さっさと言っとかんかっ! このヘタレめっ!」
「うえっ!? 沙羅姉、俺達が一緒に暮らしてること言っちゃったの!? なんで言っちゃうかな~ 色々面倒なことになると思って黙ってたのに!」
「馬鹿者っ! いずれは解ることだろうがっ! それならスパッと言ってしまった方がいいに決まってるだろうがっ! このっ! このっ!」
「イテテッ! 止めてくれよ、沙羅姉っ! 俺は沙羅姉と違って頑丈には出来てないんだからさっ!」
ああ、本当に、東雲先輩と六条先輩は仲がいいな。わたしも、東雲先輩とそんな関係になれるといいな。わたしはじゃれ合うふたりを見ながら、思わず笑ってしまった。
こうして、勉強合宿の一日目の夜は更けていく。明日からは本格的に夏休みの宿題を片付けていかないと! わたしは六条先輩のあとにお風呂に入って、ひとつのベッドで六条先輩と一緒に眠った。
ベッドに入る前は緊張して眠れないんじゃないかと思ったけど、部屋に漂うアロマの香りと、六条先輩のかすかなラベンダーみたいな香りに包まれながら、わたしはぐっすり眠ってしまっていた。





