彼女を家にご招待
その日の夜、俺は沙羅姉の計画をチャットアプリで来栖さんに話した。急な話で来栖さんは困惑すると思っていたんだけど、そんなことはなく、むしろノリノリな様子だった。
あまりに来栖さんがノーガードなもんだから、俺が思いきって、『俺が来栖さんを襲ったりしないか不安じゃないのか』と聞いてみたら、来栖さんからは、『東雲先輩のこと、信用してますから』と帰ってきた。
もちろん、俺だってそんなことするつもりはないし、沙羅姉だって、俺が暴走しそうになったら止めてくれるだろうから、ひとまずは勉強合宿の開催に向けて一歩前進したな。
そして、次の日には沙羅姉はやたら高級そうな茶菓子を持参して、来栖さんの家に挨拶に言ってしまった。俺も一緒に行こうとしたけど、沙羅姉は、『とにかく私に全て任せろ!』と言って聞かなかったもんだから、少し不安だよ。
そして、夏休みの初日の昼下がり、沙羅姉が来栖さんの家から戻ってきた。俺は早速、沙羅姉に説得の結果かどうだったのかを尋ねる。
「それで、沙羅姉。どうだったのさ、来栖さんの親御さんの反応は。いきなりの話で、びっくりしたんじゃない?」
すると、沙羅姉は冷蔵庫から麦茶を取り出して、グラスに注ぎながら、俺の質問に答えた。
「いや、親御さんも来栖から事前に話を聞いていたらしくてな。来栖があんまり必死に説得するものだから、御家族も根負けして、来栖を送り出すことにしたそうだ。特に、弟さんからの反対が強かったらしいが、そこはなんとか来栖が頼み込んだらしい」
ああ、来栖さん、昨日俺が沙羅姉の計画を話したあと、すぐに家族にそれを伝えたんだな。それにしても、来栖さん、そこまで必死に家族を説得するなんて、そこまで合宿に参加したいと思ってくれたのか。
俺としては、来栖さんに年頃の男として見られてないのかもと、少し残念な気持ちもあるけど、それよりも、来栖さんが俺や沙羅姉を信頼してくれていることの方が嬉しい。
こうして、来栖さんと沙羅姉の懸命の説得により、正式に三人での勉強合宿の開催が決定した。それにしても、来栖さんを初めて俺の家に招待するのが、まさか泊まり込みになるとは思わなかったよ。
よし、そうと決まれば、早速、来栖さんに泊まってもらう部屋を準備しないとな。父さんの寝室が空いてるから、そこに泊まってもらおう。俺はその日のうちに父さんの部屋を片付けた。
これで準備は万端だ。あとは、来栖さんが我が家にやってくるのを待つだけ。女の子との同居は、沙羅姉で慣れてるから、多分大丈夫だろう。いや、あくまでも、今回来栖さんがやってくるのは勉強のためなんだ。そこのところはしっかりしないとな!
…………
「こ~んに~ちはっ! 東雲先輩っ! 今日からしばらく、東雲先輩の家でお世話になりますっ!」
そして、次の日の正午過ぎに、我が家に来栖さんがやってきた。その手には、やたらと大きいキャリーバッグ。そんな大荷物を持ってこなくても、家は近いんだから、なにか忘れ物があったら取りに行けばいいのに。
俺はそんなどうでもいいことを考えながら、来栖さんを家のなかに迎え入れる。事前に片付けは済ませたから、そんなに散らかってはいないけど、やっぱり彼女を家に招待するのって、なんだか緊張するな。
「いらっしゃい、来栖さん。あんまり広い家じゃないけど、自分の家だと思って、ゆっくりしていってね。なにかあったら、遠慮なく言ってくれていいからさ」
そして、俺は来栖さんの荷物を父さんの部屋まで運んで、沙羅姉が準備してくれた昼食を三人で食べる。そして、食事を終えて、俺が来栖さんを父さんの部屋に案内しようとすると、沙羅姉がそれを遮った。
「おい、海人。聞き忘れていたのだが、合宿の間、来栖にはどこで寝てもらうつもりなのだ?」
「いや、そりゃあ、今から空いてる部屋は父さんの部屋だけだから、父さんの部屋で寝てもらうつもりだけど、それがどうかしたのかい、沙羅姉」
それを聞いた沙羅姉は、俺の頭を小突いてから、俺の肩を両手で掴みながらこう言った。
「馬鹿者っ! それでは海人は来栖の部屋に夜這いし放題ではないかっ! そんなことは私が断じて許さんぞっ!」
「い、いや! 父さんの部屋には内鍵も付いてるし、俺だってそんなことするつもりはないから!」
そんな俺の弁解を聞いた沙羅姉は、今度は来栖さんに、俺と同じ様に詰め寄って、肩を掴みながら、とんでもない理論を掲げる。
「いやっ! 来栖が鍵をかけ忘れることもあり得るし、万が一、来栖が海人を誘い出すとも限らんっ! 私にはそのような間違いを未然に防ぐ義務があるっ! そうでないと、来栖の親御さんに申し訳が立たんのだあっ!」
「いえっ! わたしにはそんな勇気ありませんからあっ!」
あまりに力説する沙羅姉に、来栖さんはなんだかビクビクしている。そんなこと言って、どういうつもりなんだ? 沙羅姉。そして、沙羅姉は急に落ち着いて、来栖さんから離れてから、俺にこう言った。
「海人、来栖には私の部屋に泊まってもらうぞ。それなら、来栖が海人に襲われる心配もないし、来栖が海人に夜這いをかける心配もない。そうだ、それが一番いい、よし、決まりだっ!」
そんな沙羅姉の提案に、俺も来栖さんも慌てて反論する。
「いやっ! それはやりすぎだって、沙羅姉っ! 来栖さんだって、さすがにそれは気が休まらないっていうか、緊張するっていうかさあ!」
「そうですよっ! わたしなんかが六条先輩と一緒の部屋で寝るなんて、恐れ多くって、絶対に眠れませんよっ! 間違いなくっ!」
そんな俺達からの反論を受けて、沙羅姉は、来栖さんに顔を近づけて、なんだか怪しい雰囲気をまといながら、甘い声でこう言った。
「来栖は、私と一緒に寝るのが嫌か? 私は、もっと来栖と仲良くなりたいのだ。私達、まだお互いのことを知らないじゃないか。私とて、たまにはガールズトークに花を咲かせたいのだ。それでも、私と一緒の部屋は嫌か? 来栖よ」
「いえ、嫌だなんて、そ、そういうわけじゃあ……」
うわあ。沙羅姉、来栖さんを誘惑してるよ。あの沙羅姉にここまで言われたら、断るに断れないじゃないか。俺としては、ここで沙羅姉の暴走を止めるべきなんだろうけど、そんなこと言える雰囲気じゃないよ。
それに、来栖さんは完全に沙羅姉からの誘惑に抗えないでいる。沙羅姉は、男のみならず、女すら虜にする魔力を持っている。沙羅姉にこんなことされたら、堕ちない人間はいないだろう。
そして、なによりも、この勉強合宿の発案者は沙羅姉だ。俺が沙羅姉の提案にとやかく言うことは出来ない。合宿という名目ではあるけれど、多分、俺と来栖さんが沙羅姉に勉強を教えてもらうのが主になるだろうし。
「解った、解ったよ、沙羅姉。確かに、沙羅姉の言うことには一理あるし、来栖さんには母さんの部屋に泊まってもらおう。来栖さんは、それでも大丈夫かい?」
俺が諦め気味に来栖さんにそう言うと、来栖さんは、沙羅姉からの誘惑でボーッとした状態から立ち直って、俺にこう言った。
「は、はいっ! わたし、六条先輩と一緒の部屋に泊まらせて頂きますっ! でも、東雲先輩のお母さんのお部屋、ベッドはひとつだけなんですよね?」
そんな来栖さんの心配は、沙羅姉によって払拭される。
「なんだ、そんなことか。そんなもの、一緒のベッドで眠ればいいことだろうが! 幸い、ベッドの大きさは二人で寝るには十分だ。もし、来栖がそれが嫌なら、私は床で眠るがな」
「そ、そんな! それなら、わたしが床で眠りますからっ!」
「馬鹿者っ! 海人の彼女を床でなど寝かせられるかっ!」
沙羅姉と来栖さんはお互いに譲り合って、なかなか話にケリが付かなかったけど、最終的には、ひとつのベッドでふたりで眠るという形で落ち着いた。元々、母さんのベッドは、俺に兄弟が出来たときのためのダブルベッドだから、サイズ的には問題ないだろう。
こうして、俺と来栖さん、そして沙羅姉の三人が、しばらくひとつ屋根の下で生活することになった。初日は来栖さんの歓迎会のような、沙羅姉による豪華な手料理が振る舞われた。
でも、あくまでもこれは勉強合宿だ。明日からは気合を入れて夏休みの宿題に勤しんで、気兼ねなく、目一杯、彼女がいる夏休みを楽しめるようにしないとな!





