白い地獄、黒い悪魔
俺が病院で治療を受けるために、手術台に運ばれて、麻酔をかけられたところまでは覚えている。でも、次に俺が目覚めたのは、病院のベッドの上ではなく、真っ白い部屋の床の上だった。
床からは、少しだけひんやりとした温度を感じる。ああ、俺、裸で床に寝かされていたのか。部屋の気温は、暖かくもなく寒くもない、過ごしやすい環境だ。
俺は立ち上がり、ボーッとした頭で辺りを見回す。部屋の広さは八畳ほどで、部屋の角に簡素なトイレが備え付けられた、まるで牢獄のような場所だった。その部屋には扉はなく、壁の一面だけに小さな窓が取り付けられていた。
それを確認し終わったタイミングで、窓とは逆の壁の方から音がした。俺がその音に反応して振り返ると、天井がわずかに開き、その隙間から黒いモニターが降りてきた。
そして、そのモニターに電源が入り、なにかが映る。そこには、あのクソ忌々しい生徒会長の顔が映っていた。そして、生徒会長が俺に向けて話し始めた。
『おはよう、赤星。よく眠れたかな? 初めに言っておくが、今、私は貴様に録画映像で話しかけている。だから、私への問いかけは一切無意味だ。それでは、これから貴様が今置かれている状況について、簡単に説明してやろう』
俺は、なにがなにやら解らないまま、ただ呆然としながら、生徒会長がモニターでしゃべっているのを黙って聞く。生徒会長が俺に話した内容は、段々俺のボーッとした頭を覚醒させていく。
『貴様は、私の忠告を無視して、私を襲う計画を立てていたことを、私が送り込んだ間者から聞いた。私は貴様に、『もし次に聖泉高校の生徒に手を出したら、貴様の一族郎党、皆殺しだ』と言ったはずだよな? 貴様は脅しと取ったのだろうが、それは大きな間違いだ。私はやると言ったらやる女だ。残念だったな、赤星』
なんだ、この女。俺の家族を皆殺し? そんな馬鹿なこと、出来るわけがないじゃないか。でも、俺のこの考えは、これからの生徒会長の話で粉々に打ち砕かれる。
『とはいえ、私とて人間だ。命までは取りはしないさ。だが、貴様と貴様の家族には、『外の世界では死んでもらった』よ。詳しくは、このニュースを見てもらえば解る』
生徒会長がそう言った直後、モニターの画面が切り替わり、ニュース番組がいくつか流れた。それによると、俺と両親、そして、妹は、火事で死んだことになっているという。俺は自分の家が赤々と燃える映像を見せられて、ただ呆然とするしかなかった。
そして、再びモニターに生徒会長の顔が映る。生徒会長は、呆然とする俺をよそに、更に俺が置かれた状況について語る。
『勿論、このニュースはでっちあげだ。貴様らを拐ったあと、貴様らによく似た背格好の献体を準備して、私の息がかかったその道のプロに貴様の家を焼かせたのだ。だが、安心しろ。貴様の家族はまだ生きている。これから、その証拠を見せてやろう』
生徒会長がそう言うと、再びモニターの画面が切り替わる。すると、そこには、俺と同じように、真っ白い部屋に閉じ込められた両親と妹の映像が写った。そして、再びモニターに生徒会長が映る。
『ちなみに、貴様の家族には、なぜ自分達がこのような状況に置かれているかについて、詳細に説明したよ。三人とも、貴様に聞くに耐えない恨み言を言っていた。貴様、自分の所業を家族に隠していたのだな。まぁ、あんな鬼畜な所業を家族に話すわけはないか。ハッハッハッ』
そして、生徒会長の話は佳境を迎える。その内容は、これから俺と俺の家族がどうなるのかというものだった。俺は、その話を聞いて、大いに絶望することになる。
『さて、これからの貴様と貴様の家族の処遇についてだが、四人とも同じく、今過ごしている部屋で一生を終えてもらう。食事はランダムな時間に、最低限の食事を提供しよう。それ以外は、寝てようが、運動しようが、マスをかこうが、自由にしてもらって構わん。ただそれだけだ、簡単だろう?』
そんな、こんななにもない部屋で、これからずっと生活するなんて、耐えられるわけがないじゃないか。この部屋には、通気孔と監視カメラ、そして、恐らく食事を配給するための、小さな窓しかない。
そして、なによりも、この真っ白で統一された、なんの音もしないこの部屋。こんな空間に一生閉じ込められるなんて、考えただけでもゾッとする。そして、生徒会長からの話は、終わりを向かえる。
『私からの説明は以上だ。それでは、これまで貴様がやってきた鬼畜の所業を、存分に後悔しながら、これからの人生を過ごしてくれ』
その言葉を最後に、モニターの電源が切れて、モニターが再び天井へと戻っていく。こうして、俺の地獄のような日々がスタートした。でも、その生活のなかには、これ以上ないほどの更なる絶望が待ち受けていたんだ。
…………
俺が生徒会長に拐われて、数日が経った。いや、数十日、もしかしたら、数百日なのかもしれない。この部屋には時計もないし、ずっと蛍光灯の明かりで明るさが保たれているから、昼も夜も解らない。
初めは食事のタイミングで時間を計ろうとしたけど、それも数回目で諦めてしまった。そして、俺はただ無限の時間を過ごすだけの、生きているけど死んでもいないような、まるで機械のような人間になってしまった。
そして、そんな生活が続くうちに、段々と意識が混濁するようになってしまった。ああ、俺、誰なんだっけ? なんでこんなところにいるんだっけ? 解らない、解らない、解らない。
そんな俺に、ある日、救いがやってきた。急に、また天井からモニターが降りてきて、誰かの顔が映ったんだ。ああ、久しぶりの外の世界からの情報だ、俺はモニターにかじりついた。
『やあ、元気にしているかな? 今日は、退屈をしている君に、とっておきのプレゼントを用意したんだ。それじゃあ、存分に楽しんでねっ!』
モニターに映っている女がそう言うと、モニターが切り替わり、一人の裸の女に、何人もの男が群がっている映像が流れ始めた。その映像で、久しぶりに俺の本能に火が着いて、気づいたら、俺は必死で自慰を始めていた。
それにしても、この襲われている女、どこかで見たことがあるような気がする。なんだか懐かしいような、悲しいような、そんな感情。それでも、俺の竿をしごく手は止まらない。
そして、その女の周りから男どもがゾロゾロと離れていき、女がピクリとも動かなくなって、再びモニターにさっきの女が映る。そして、その女は俺にこう言った。
『どうだったかな? 楽しんでくれたかな? これからは、ときどき今みたいな映像を流してあげるから、次回の放送も楽しみにしててね。それじゃあ、またねっ!』
そして、モニターの電源が切れて、モニターは天井へと吸い込まれていく。再び部屋のなかには静寂が訪れ、俺はただ自分の竿を握ったまま固まってしまう。ああ、次はいつあの女はやってきてくれるんだろう。
こうして俺は、一日中、ただモニターが降りてくるのを待つだけの機械になってしまった。そして、またしばらく経って、モニターが降りてきて、またあの女が襲われている映像が流される。
ああ、この映像を見ていると、なんでこんなに悲しくなるんだろう。俺には、もう解らない。そして、その女は今日も男どもに蹂躙されて、ピクリとも動かなくなる。
そして、モニターの電源が切れて、モニターは天井へと戻っていく。そのモニターの電源が切れる直前に、俺の耳に、懐かしい声で、かすかに、こう聞こえた気がした。
『助けて、パパ、ママ、お兄ちゃん』と。
その声を聞いた俺の目からは、なぜか涙があふれてくる。ああ、思い出した。あの女は、俺の妹の、澪だ。そのことに気付いた瞬間、俺は、今まで妹が襲われているのを見ながら、自慰をしていたということを理解した。
俺は全てを思い出した。俺は生徒会長に監禁されて、長い長い刻を、この白い牢獄で過ごしてきたんだ。俺は生徒会長を恨んだ。でも、それ以上に、俺の心のなかに別の感情が沸き上がった。
なんでだ、なんでこんなことになってしまったんだ。俺は、ここまでされるほどのことをしてしまったのか。俺は後悔した、これまで自分がやってきたことを。
次にモニターが降りてきたときに、俺はモニターに映る生徒会長に、両親と妹だけでも解放してくれるよう懇願した。でも、モニターに映る生徒会長は、俺の声にはピクリとも反応せず、ただ淡々としゃべるだけだった。
そして、モニターが切り替わり、澪が男どもに蹂躙される映像が流れる。止めろっ! 澪は関係ないっ! 頼むから、止めてくれっ!! でも、俺がいくら叫ぼうが、澪の叫び声が俺の叫びを掻き消してしまう。
やがて、男どもがいなくなり、ピクリとも動かなくなった澪だけが画面に映る。そして、モニターの電源が切れ、モニターが天井へと戻っていく。そして、部屋には静寂が訪れた。
こうして、これまでは心待ちにしていた映像が、俺の精神をごっそり削っていく刃と化した。もういい、これ以上は止めてくれ。澪はまだ中学生だぞ、苦しむのは俺だけでいいじゃないか。
でも、そんな俺の願いは叶えられることはなく、俺が正気になって幾日が経ち、再び天井からモニターが降りてくる。映像と音に飢えた俺には、その映像と音を無視することは出来ない。
こうして俺は、モニターが降りてくるのを恐怖しながら、無限の刻を過ごす。そして、澪が男どもに蹂躙されるのを、ただ歯噛みしながら見る。これから俺が狂ってしまうまで、何度も、何度も……





