動き出す沙羅の闇
ピリリリリッ…… ピリリリリッ……
ピッ!
「もしもし、私だ。どうだ? 奴になにか動きはあったか?」
『はい。お嬢様の御明察通り、奴はお嬢様を潰そうと、手当たり次第に仲間に声を掛けているようです』
「そうか、やはりか。念のため、事前にお前を間者として送り込んでおいてよかったよ」
『そんな、私には勿体無きお言葉でございます。それでは、私は此にて失礼致します。これからまた忙しくなります故』
「ああ、よくやってくれた。またなにかあったら、そのときは頼むよ。それではな」
ピッ!
「さて、次は……」
ピリリリリッ…… ピリリリリッ……
「もしもし、六条です。夜分に恐れ入りますが、本日、そちらに急患が運ばれてきませんでしたか?」
『ああ、アンタか。うん、確かに来とるよ。やたらガタイのデカイ、細い兄ちゃんが。腕と竿を折られたってギャアギャア騒いどったが、そいつのことだろ?』
「はい、そうです。間違いありません。それでは、事前に連絡した通りに、手配願えますか?」
『あいよ。それにしても、アンタは本当に怖いお人だ。この兄ちゃんの腕と竿を折ったのはアンタだろ? これ以上、この兄ちゃんをどうしようってんだい』
「それは申し上げられません。いや、知らない方が貴方の為ですよ。それでは、このことはくれぐれも外に漏らさぬようお願いします、貴方の身の安全のためにも……ね」
『解った解った。準備が済んだらまたこっちから連絡するよ。それじゃあな』
ピッ!
やはり、奴は私の最後の慈悲を聞き入れなかったか。致し方あるまい、こうなれば、私も久しぶりに鬼になろうじゃないか。さて、これから少しの間、忙しくなるな。
…………
赤星によるソロライブから数日が経ち、俺と来栖さんは、沙羅姉のお陰でより一層、恋人同士としての幸せを謳歌出来ている。沙羅姉に頼りっぱなしなのはちょっと情けないけど、それでも俺と来栖さんの関係が急接近したのは、とても嬉しい。
もちろん人前ではまだ無理だけど、帰りの時間が合ったときの帰り際に、誰も見てなければ、俺と来栖さんはサヨナラのキスをしたりしている。それはあのときみたいな長いキスじゃないけど、お互いの気持ちを確かめるには十分すぎる一瞬だ。
でも、あのソロライブ以来、いくつか問題も発生してしまっていた。まずひとつめは、佐伯さんの情緒が不安定になってしまったことだ。それはそうだろう、キスだけとはいえ、赤星は佐伯さんとの約束を反古にしたわけだからな。
しかも、佐伯さんは俺達の予想以上に赤星に籠絡されてしまっていたようで、『赤星を来栖さんに奪われてしまう』といった類いの、もはや支離滅裂なことを口走るようになってしまっていたのだ。
これには、俺や沙羅姉、そして、鍋島さんと来栖さんは大いに困惑した。佐伯さんがこんな風になってしまうなんて、赤星は佐伯さんにどんな仕打ちをしたんだろうか。こればかりは、直接、赤星に聞かないことには俺には解らない。
この問題については、我が校が誇るご意見番である、越前先輩によるカウンセリングを、佐伯さんに施してもらうことで落ち着いた。佐伯さん、素直に話してくれるといいけどな。
佐伯さんが負った心の傷は、そう簡単には癒えないだろうけど、佐伯さんなら、いつか自分の過去と今の現実に向き合って、どうにか折り合いをつけてくれると思いたい。
そして、ふたつめの問題は、今回の騒動の元凶である赤星が、突然、学校に来なくなってしまったことだ。周囲の噂によると、赤星はなんの届け出もなく、何日も無断欠席をしているらしい。
もちろん、赤星が学校に来ない方が、色々と問題も起きないから都合はいいんだろうけど、俺には一抹の不安があった。それは、赤星がなぜ学校に来なくなってしまったかということだ。
心当たりはただひとつ、あの沙羅姉による、『きつめのお灸』だ。あまり想像はしたくないけど、少なくとも、赤星の無断欠席には、沙羅姉が関係しているはずだ。
俺はこのことについて、直接、沙羅姉に尋ねてみることにした。正直、どんな答えが帰ってくるか恐ろしいけど、この先、このことをずっと気にしながら生活することなんで、俺には無理だ。
俺は夕食後の時間に沙羅姉を捕まえて、キッチンテーブルに沙羅姉を座らせる。そして、俺は勇気を振り絞って、沙羅姉に聞いてみた。
「沙羅姉、ハッキリ聞くけどさ、沙羅姉は赤星になにをしたんだ? あのときは、『きつめのお灸をすえる』って言ってたけどさ。なあ、教えてくれよ、沙羅姉っ!」
俺からの必死の懇願に、沙羅姉は背筋の凍るような冷たい笑みを浮かべながら答えた。
「ああ、そのことか。なに、ちょっと色仕掛けをして奴を呼び出して、片腕と自慢の竿を叩き折って、病院送りにしてやっただけさ。それくらいせんと、奴も反省せんだろう」
ああ、やっぱりやってしまったか。ずっと嫌な予感はしていたんだ、沙羅姉がお説教や処罰程度でことを済ませるわけがないよな。でも、俺はこの沙羅からの答えに、心底安心していた。
あのときみたいに、沙羅姉は人を殺めるまでは至っていない。いや、あのときだって、実際に沙羅姉が人を殺めたとは限らないんだ。全ては俺の取り越し苦労、沙羅姉だってもう大人だ。ものの加減は弁えてるってことだよな!
「それにしても、沙羅姉。前にも自分を犠牲にするようなことはしないでって言ったじゃないか。それに、そこまで赤星に怪我させたら、逆に訴えられるんじゃないのか?」
俺が沙羅姉にそう言うと、沙羅姉は笑いながら俺にこう言った。
「まぁそう言うな、海人。結果的には丸くことは収まったんだ。それに、奴が私を訴える心配はない。絶対にな」
沙羅姉は自信満々にそう言ったけど、もし赤星が病院から出てきて、また一騒動起こすとも限らないんだ。今度は、来栖さんや佐伯さんに被害が及ばないようにしないと。
でも、俺のこの心配はまったくの杞憂に終わる。赤星は、無断欠席を重ねたまま、二度と聖泉高校に来ることはなかったんだ。そして、事態は思いもよらない展開へと発展する。
俺が沙羅姉に赤星のことを尋ねた数日後、赤星の家が火事に遭い、一家全員が亡くなってしまったのだという。このことはニュースにもなり、全国を震撼させた。
ニュースによると、出火の原因は煙草の不始末で、一家全員が火元の傍の部屋にいたらしく、身元も判別出来ないほどに焼けてしまっていたらしかった。でも、状況的に考えて、その身元不明の焼死体は、赤星一家のものだと断定されたらしい。
このニュースを聞いた俺は戦慄した、こんな偶然あるもんか。でも、出火の原因は煙草の不始末だという話だし、家には家族全員が揃っていたんだ。ニュースでも事件性は無いって言っていたし。
それに、外からの放火ならともかく、状況的にも放火はあり得ないはずだ。この火事には沙羅姉は無関係、そうさ、関係あるわけがないじゃないか! 俺はそうやって強引に自分を納得させる。
こうして、俺は沙羅姉への疑念を押さえ込みながら、自分の部屋へと向かう。そして、俺はなんとかこのことを考えないようにしようと、早めに眠ることにした。でも、この日、俺は一睡も出来なかった。沙羅姉、沙羅姉は、人の道を外れたことしてないよな?
…………
海人、お前は本当に優しい奴だな。あんなに赤星にコケにされてもなお、『俺のことはいいから』などと言うのだから。だが、この世には野放しにしてはいけない人間というものがいるのだ。
だから、私は全ての情けを棄てて鬼になる。これから私が成す罪は、誰にも言わずに墓まで持っていくよ。私にはあの赤星の所業がどうしても許せんのだ。
赤星、貴様は私からの慈悲を無視して、自ら貴様の大事なものを手放したのだ。私は確かに言ったぞ? 『次に聖泉高校の生徒に手を出したら、貴様の一族郎党、皆殺し』だと。
とはいえ、私も人の子だ、そこまではするつもりはないさ。それくらいの自制心は、私にもある。だが、貴様と貴様の家族には、死よりも恐ろしい、この世の地獄を存分に味わってもらうぞ、赤星。





