沙羅に潜む狂気
ここで、昔話をしよう。あれは、俺と沙羅姉がまた小学生だった頃の話だ。沙羅姉は昔から綺麗で、みんなからの人気者。俺は、沙羅姉の腰巾着みたいな存在だった。でも、沙羅姉はなぜかそんな俺を気に入ってくれていた。
一度、沙羅姉に、『なんで僕なんかと仲良くしてくれるの?』と聞いたことがあって、そのとき、沙羅姉は、『私に対して、他のみんなと同じように対等に接してくれるからだ』と答えた。
俺としては、沙羅姉はただの幼馴染であって、なにも特別扱いをするようなことはないと思うんだけどな。そんなこともあって、俺と沙羅姉は、本当の姉弟のように、小学生時代を過ごしたんだ。
でも、ある日、その事件は起こった。小学五年生の夏休みに、ふたりで林間学校に参加したときに、俺と沙羅姉が仲良くしているのが気に入らなかったのか、とある六年生が、みんなが遊ぶ川原で、沙羅姉にちょっかいを掛けてきたのだ。
沙羅姉の身長はその頃から高くて、体つきも大人びてたから、いつもそんな沙羅姉のそばにいる俺に対する他の男子の当たりは、あまり良くなかったんだよな。
そして、俺がちょっと沙羅姉から離れた隙に、その男子は沙羅姉に言い寄り始めたわけだ。それを見た俺はその男子に食って掛かって、見事に返り討ちにされて、川原の石で頭を切ってしまったんだ。
ここまでは、よくある子供の喧嘩だ。でも、ここから沙羅姉の狂気が爆発する。俺の頭から血が出ているのを見て、一瞬、沙羅姉は思い出すだけでも背筋が凍るような顔になった。
俺は、そのままその男子に沙羅姉が仕返しをするものだとばかり思っていたけど、その場は、俺の血を止めるために、先生を呼ぶように周りに言ったり、俺の額に自分の服を破いて止血したりと、俺に付きっきりで看病してくれた。
そして、その日はなにも起きることなく、林間学校の夜は更けていった。そして、次の朝、事態はとんでもない方向へと向かっていく。なんと、俺に怪我をさせた男子が、水死体となって、川に浮いているのが発見されたのだ。
このとき、俺は直感で思った。これは、沙羅姉の仕業だと。その根拠は四つある。一つ目が、前の日の夜、沙羅姉が一人でどこかにコッソリ出掛けたこと。二つ目は、その水死体の第一発見者が沙羅姉だったこと。ここまでは、証拠としては不十分だ。
そして、三つ目。その水死体には、頭を殴られたようなあとがあり、その箇所が、俺の怪我した位置と酷似していたこと。そして、最後の四つ目。水死体が上がった現場で、俺を含めて、みんなは大騒ぎだったにも関わらず、沙羅姉だけは、ただ黙って、無表情でその男子の水死体を見下ろしていたからだ。
三つ目と四つ目の根拠だって、沙羅姉がその男子を殺した証拠にはならない。でも、俺には、今でもあのときの沙羅姉の鬼のような形相と、水死体を見下ろすときの無感情な顔が忘れられないんだ。
このときは、『夜に川に遊びに行って、転んで頭を打ち、そのまま川に転落した』ということで事件は片付いた。まさか、小学五年生が、そこまで計画して犯行に及んだとは、誰も思わなかったのだろう。
俺は今日まで、沙羅姉にこのときの話を聞けないまま過ごしてきた。というか、そんなこと怖くて聞けないよ。俺だって、沙羅姉が人を殺したなんて、信じたくないんだ。
そして、今、高校生になって、力も、知識も、人望も、財力も兼ね備えた沙羅姉が、あのときと同じように、本気で怒っている。俺には、もはや沙羅姉がなにをやらかすのかが全く解らない。沙羅姉、頼むから、自分の手を血で染めるようなことだけはしないでくれよ。
…………
俺がソロライブをやってから少しして、俺は生徒会室に呼び出された。大方、あのチビにキスなんかしたのをちょっととがめるためのお説教だろうな。それにしても、生徒会長が直々にお説教とは、贅沢な話だ。
それに、俺も一度生徒会長とは話がしてみたかったんだ。なんでも、あの東雲とかいう奴の幼馴染らしいじゃないか。東雲からあのチビを奪ったあとは、生徒会長も頂いてしまうのも面白い。
しょせん、生徒会長だって女だ。なんとかして、無理矢理にでも俺のモノをブチ込んでやれば、生徒会長を使って、この学校を裏から操るのだって夢じゃない。
さて、そのためには、まずは生徒会長がどんな女なのかを知っておかないとな。取り敢えず、こうしてわざわざ生徒会室まで出向いてきてやったわけだし、お手並み拝見だ。
コンコン!
「失礼します、お呼び出しに従い、この赤星、馳せ存じました」
俺からの挨拶を受け、生徒会室のなかから声がしてきた。なかなかいい声してるじゃないか。俺のモノで泣き叫ぶ声を想像して、少し興奮してしまったよ。
「ああ、赤星先輩ですか。開いておりますので、ご自由にお入りください」
そして、俺が生徒会室の扉を開けると、真正面のデカイ机で書き物をしている生徒会長が、椅子に座りながら俺を見る。そして、その手を止めて、俺に手招きをする。
「本日はバンド活動もあるなか、時間を割いて頂きありがとうございます。さあ、そちらにお座りください」
俺は生徒会長の勧め通り、長テーブルの横のソファーに座った。そして、生徒会長が椅子から立ち上がり、俺の正面のソファーに座った。
「まずは、先日のソロライブでは、素晴らしい歌声を皆に披露して頂きありがとうございました。なかなか皆からは好評だったようで、生徒を代表して、お礼申し上げます」
なんだ、別にお説教ってわけじゃないのか。俺はこのときはそう思っていたけど、次に生徒会長が放った言葉で、俺の考えは甘かったことを知る。
「しかしながら、あのくじ引きのときのあの行動は頂けませんね。あのようなことを公で、しかも無許可で行ってもらっては困ります。実際、学校側からは厳重に注意するよう言われていますので」
「ああ、あの件ですが。いや~ 申し訳ない。まさかあそこまで手酷く拒絶されるとは思っていなくて。確かに、あれはやりすぎでした。今後は気を付けますよ」
そうさ、たかがキスじゃないか。そんなことわざわざ俺を呼び出すなんて、この学校もお堅いな。さて、用事が済んだなら、今日の獲物の物色をしたいんだけどな。
「えっと、今日の要件はそれだけですか? それじゃあ、ボクも忙しいので、そろそろおいとましても?」
俺がそう言ってソファーから立ち上がろうとすると、生徒会長がそれを遮る。そして、生徒会長は今までよりも厳しめの口調で、俺に座るように言った。
「赤星先輩、今日貴方を呼んだのは、こんな話をするためではないのです。貴方がこの学校の一部の女子になにかよからぬ行為を働いているという情報が、風紀委員より入ってきているのです。お心当たりはありませんか? 赤星先輩」
ふん、どこからそんな情報を仕入れたのやら。女どもには金も握らせているし、なにより写真や動画も押さえている。バレっこない。ハッタリだ。
「そんな! まだ転校してきて日も浅いボクがそんなことをするわけがないじゃないですか! そんな証拠がどこにあるんですか!? 場合によっては、名誉毀損で訴えますよ!」
俺がそう言うと、生徒会長の口調と表情が一変した。
「そうか、あくまでもシラを切るのだな。だが、貴様の所業については裏が取れているのだ。貴様、佐伯のことは知っているだろう? 惚けても無駄だぞ? この情報は佐伯本人からのものだ。言い逃れはできん」
なんだって! 葵の奴、俺のことをバラしやがったな! いや、でも、現場を押さえられらわけじゃないんだ。ここはなんとか誤魔化して、あとで葵を問い詰めてやらないと!
「ああ、葵のことですか。こんなこと話すのはあれですけど、ボクと葵は昔からの知り合いで、昔のよしみで付き合ってるんです。だから、それは葵が嘘を言ってるんですよ!」
俺の言い分を聞いた生徒会長は、冷やかな目で俺を見据えたあと、軽く舌打ちをしてから、俺に言った。
「そうか、それではこの件はこれ以上追求しまい。だが、こちらとしては、貴様にこの聖泉高校であまり不埒な行動をされると困るのだ。だから、この私がひとつ肌を脱ごうじゃないか。この話は、貴様にとっても耳よりな話だぞ?」
なんだ? 耳よりな話って。取り敢えず、聞くだけ聞いてやるか。
「いや、ボクはそんなことしませんけど、一応、話だけは聞こうじゃありませんか。なんです? 耳よりな話って」
俺が生徒会長にそう言うと、生徒会長は怪しい笑みを浮かべながら、俺の方に顔を近づけて、こう言った。
「もし、この学校の生徒に一切手を出さないと誓えば、私の処女を、貴様にくれてやるぞ?」





