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第356話:あなたの一番になりたい。


「はぁぁぁぁぁぁ……」


 もう溜息しか出ない。

 恥ずかしいにも程がある。

 一人で勝手に告白が飛んで来ると勘違いしてテンパった挙句、ネコが言いたかったのは今までの感謝の言葉。


 そんなネコの純粋な感謝を俺はまともに受け止めてやれなかった。


 えっ、それだけ?


 俺の頭の中はそれで一杯になってしまった。

 情けない……。

 まさかネコが今更そんな事を言いだすとは思わなかったからな……。


 ずっと一緒に過ごしてきた関係なんだからそんな今更……。


『だからこそ、ネコちゃんはちゃんと気持ちを伝えておきたかったんだと思うわ』

 分かっとるわい。


 今のこの反芻思考はあまりに情けない俺を正当化する為に必要な行為なんだよ邪魔しないでくれ……!


『そ、そうなの? 君も大変ね……めんどくさ』

 おい最後の言葉は余計だぞ! 俺だってさすがにショックだし泣くぞ?


『うわもっとめんどくさ……』


「どもどもーミナト起きてるー?」


「うわーっ!」


 気持に整理がついてない時にいきなり声をかけられたので一瞬飛び上がってしまった。


「なっ、どうしたの!?」


 声の主は俺の声に驚いて部屋の中に飛び込んできた。


「ミナト!? 無事? さっき悲鳴が聞こえたけど……」


「あ、あぁ……ティアか。なんでもないんだ、気にしないでくれ」


「あービックリしたゾ? あんな事があった後だから……もしかしたらって思って」


 ティアは心配そうに近寄り……近寄り、俺を押し倒した。


「お、おい……」


「ねぇ、ほんとに? 何にもなかった? どこか具合悪かったりしない?」


「近い近い! 顔が近いんだよお前はっ!」


「……大丈夫そうだね。なら良かったんだゾ」


 確認の為にいちいち人を押し倒すんじゃねぇよ……心臓に悪すぎる。


『ネコちゃんといいティアといいラヴィアンの件でいろいろ思う所があったんじゃない?』


 だとしてもこれはおかしいだろ……。


「ねぇミナト、付き合ってほしいんだけど」


「は? ……はぁ!?」


「声が大きいゾ? みんな起きちゃうじゃん。ちょっとでいいから私に付き合ってよ」


 あっ、あーなるほどね。そういう意味ね。

 知ってた知ってた。

 さっきのネコの時といい今回といいどうやら俺の方が余計な事を気にしすぎているようだ。


 俺達は何も変わらない。これからも、この先もだ。


「付き合うって……どこにだよ」

「えへ、ちょっと夜のお散歩ってやつだゾ」



 まったく……紛らわしい言い方しやがって。


 ティアに連れられ外に出る。

 俺の拠点は少し小高い丘の上にあるので眼下に広がる街がよく見えた。

 と言っても夜だから点々と明かりが見えているという意味だが。


「この街も随分大きくなったよね」


「そうだなぁ。知らねぇうちに勝手に大きくなっちまったから俺がどうこうじゃねぇけどな」


「ううん、みんなミナトについていきたいって思ったからここに集まったんだゾ」


 ティアはいつかのように胡坐をかいて草むらに座った。

 俺もその隣に腰かける。


「ミナト、この街がなんて呼ばれてるか知ってる?」


 そう言えば俺はこの街に名前を付けた覚えは無い。勝手に俺が拠点と呼んでいるせいでもあるけれど、街の人々にとっては名前が無いと不便だろう。


「誰が言い出したか知らないけど、イシュタルって呼ばれてるんだゾ」


「イシュタル……?」


「この世界、イシュタリアの中でもここがまさに最たる場所だ。って意味でつけられたらしいゾ」


 まさにここがイシュタリアだ、とでも言いたそうな名前だな。さすがにそれは言い過ぎだ。

 ここより良い場所なんて腐るほどあるだろう。


「気に入らない?」


「いや、実はイリスの本名はイシュタリスって言うんだ。イシュタリアにイシュタリス、そのどちらにも似ている名前のイシュタル……良い名前じゃないか」


「そっか。私にとってもね、ここはその名前に相応しいと思ってるんだゾ。イシュタルって言葉自体が愛と美の女神って意味もあるでしょ? それに天国の女神、とかね」


 こいつよくそんな事知ってるな。俺よりも遥か昔に生きた人物だけあって信仰関連については詳しいのかもしれない。


「だったら尚更いい名前だな。名前に相応しい街になるといいけど」


「……なるよ。だってここにはミナトが居るんだから」


 いつの間にかティアは街並みではなく俺を見つめていた。


「俺は何もしてない。発展したのはここに住む人々のおかげだろ」


「その人々が集まったのはミナトのおかげだよ」


 ティアが何か思いつめたような表情で俯く。


「何か悩み事でもあるのか? 様子が変だぞ?」


「……まぁね。ミナトにはお見通しだね」


「俺で良ければ相談くらい乗るよ。いつも世話になってるからな」


 ちょっとでも助けになってやりたい。


「実は……ミナトにちゃんと言わなきゃって思ってた事があってさ」


「ん……? お、おう……なんだ?」


 騙されないぞ。俺はこの展開をつい先ほど体験してとんでもなく恥ずかしい目にあったんだ。


「あの、ね……? 今更改まって言わなくても伝わってるとは思うんだけど……今言っておかなきゃいけないの」


 感謝か? いつもありがとうってか? そんなんこっちが言いたいくらいだ。


「私ね、やっぱりミナトの事が好き。ネコちゃんが一番なのは分かってる。だけど、それでも……私があなたの一番になりたいって思っちゃったんだ。……迷惑だよね」


「何言ってんだ俺だってありがたいと思って……は?」


 ティアが俺の手を取り、自分の頬に持って行く。


「ありがたいって……本当? 私、どこまで信じればいい?」


「ま、待て……落ち着け……!」


 違う違うこんな予定じゃなかった!

 ティアはガチで告白してくるのかよ相変わらずストレートな奴だな……ってそんな事考えてる場合じゃないどうする……!?


「あはは、困らせちゃってるね。分かってる。ミナトは優しいから……だから、ちょっとだけその優しさに付け込んでいいかな? 今だけ。今だけでいいよ。今だけ……私だけのミナトで居て」


 ティアはそっと俺に身体を預けて、目を閉じた。


 こ、こ、これってそういうアレ? え、どうしろって言うんだよ。


 ドギマギしながら俺の胸元にあるティアの顔を見ると、その眼からは一筋の涙が。


 ティアは余程疲れていたのか、そのまま眠ってしまった。


 俺は、何故だろう。

 そんなティアを見て、何もできずに朝日が昇るのを見届けた。



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