第355話:穴を掘って埋まりたい。
「ごしゅじん、入ってもいいですかぁ?」
「別に入ってもいいけどせめてドア開ける前に声かけるとかノックするとかしろよな」
日も暮れた真夜中の事だった。
ネコは俺に声をかける前からうっすらとドアを開けて隙間からこちらの様子を覗いていた。
俺は最初から気付いていたが、なかなか声をかけて来なかったのでとりあえず待っていたんだが……。
まさか五分近く隙間から覗いてくるとは思わなかった。
「用があるならさっさと声かけろよな」
「えへへ、気付いてましたぁ?」
「まぁな。それよりどうかしたか?」
『どうかしたか? なんてそっけないわねぇ……来てくれて嬉しい癖に』
誤解を招く言い方をするな。いろいろ労ってやりたいから話をしたかったってだけだ。
『はいはい。そういう事にしておくわ。私はしばらく引っ込んでるからお好きにどうぞ♪』
やかましい!
「あの、隣座っていいですか?」
ネコがいつになくしおらしい。
「あ、あぁ……構わんが」
俺は座っていたベッドの端に寄った。
「よいしょっ」
「……おい」
わざわざ端の方に寄ったのに、すぐ隣に座られた。
二人座っても余裕があるようにしたっていうのに……これじゃ俺が端っこに追い詰められてるみたいじゃないか。
「えへへ……」
「……ラヴィアンではすまなかった」
ネコは不思議そうに首を傾げて言った。
「どうしてごしゅじんが謝るんです?」
「俺の判断ミスでお前を危険に晒したからな」
リリィとマァナを守る為だったとはいえ、ギャルンが現れた時ネコだけでロゼノリアへ戻らせたのが間違いだった。
そのせいでネコを危険に晒してしまったのは間違いない。
それと、俺がイヴリンの器の件を完全に失念していたのも問題だ。
覚えていたからと言ってあの場でイヴリンが出てくるとは思ってなかったからどのみちこうなっていた可能性もあるが、だとしても気持はスッキリしない。
今回は結果的にうまくいっただけだ。
「私が謝りに来たつもりだったんですけど……」
「ネコは悪くないさ。むしろあの時、よくイヴリンを追い出してくれた。おかげで俺は何も失わずに済んだよ」
「そっ、それは……その……」
ネコが顔を真っ赤にして指先をくっつけたり離したりしている。
なんだかいつもと様子が違って妙な気分だな……。
「ごしゅじんが急に、その……」
「あっ」
それこそ忘れてた。
あの時は必死だったから……。
でもそうだった。俺は自分からネコにキスしたんだった……。
「お、おいネコ、頼むからアレは忘れろ! イヴリンを追い出すのに必要な事だったんだ。な? そうだろ?」
「……嫌、って言ったら……迷惑ですか?」
ネコが俺の身体に体重を預け、至近距離で見上げてくる。
「めっ、迷惑……とかでは、無いけど……」
「えへへ、良かったぁ♪ 私にとってはすっごく嬉しくて……忘れたくなんてないですぅ」
こ、こいつ……こんなに可愛かったっけ?
いや、至近距離でネコミミがぴこぴこしてるのを見てしまった為に俺の平常心がぶっ壊れているだけだ。
そうに違いない。
「ごしゅじん……」
「な、なんだよ」
ヤバい。ちょっと落ち着け。
心拍数上がりすぎてキツい。これネコにも伝わっちまうんじゃないか?
もし気付かれたら恥ずかしいなんてもんじゃないぞ……。
「あの、今までずっと、曖昧なままになっていたので……そろそろちゃんと言わなきゃなって思って……」
ま、待て待て待て待て俺の心の準備が出来てない急にそんな事言われても困る……!
これってアレじゃん。絶対アレなアレのパターンだろ俺はなんて答えりゃいいんだよ俺達にはそういうのまだ早いって!
「私……」
「ま、待てネコ!」
「……はい?」
ネコは再び不思議そうに首を傾げる。
「あのな、俺達はほら、ずっと今まで一緒にやってきたじゃないか」
「はい、そうですねぇ」
「だ、だからな? 今更そういう事言わなくてもその、なんとなく分かってるって言うかさ、むしろお前いつも言ってる事じゃんかよ」
だから改めてこんな所で言い出さなくても……いつもの軽いノリで済ませてくれた方が助かるんだが……。
真剣に言われたら真剣に返さなきゃならないだろ……!
「でも、私……ちゃんと伝えたいですぅ」
ネコが瞳を潤ませてまた上目使い。
なんだなんだ?
何か、突然頭に別の場所、別の光景が頭に浮かんだ。
けど、それが何なんなのかはっきりしない。
今のはなんだ……?
「だから、私……」
「ま、待て! ほんとダメだって! 俺そういうの慣れてないからっ!」
それどころじゃなかった。思い出せないような何かに構ってる場合じゃない。
俺にとって重要なのは今目の前のネコだろ!
この状況を打開するにはどうしたらいい?
こんな分かりやすい告白を俺はどう受け止めてどう返せばいいんだ……!
「改めてちゃんと言わせて下さい。今までも、そしてこれからも……」
だ、ダメだ……もう止められんぞ……!
「ずっとずっと、私を助けてくれて、傍にいてくれてありがとうございます」
「……へ?」
「良かった……やっと言えた♪ いつかちゃんとごしゅじんに感謝の気持ちを伝えたくて……ごしゅじんは出会った時から私の素敵なごしゅじんですから♪ ……えへへ、恥ずかしくなっちゃいました。今日は、これで部屋戻りますね。それじゃあ……その、おやすみなさい」
ネコは顔を赤くして立ち上がり、とてとてと早歩きで部屋を出て行った。
……えっ。
えっ……えぇぇぇぇ……?
それだけかよ……! 俺の純情を返せ。
『……どんまい』
穴掘って埋まりたい……!!




