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第239話:最悪な選択。


「ミナト……ちゃん、生きて、いたんだね……」


 ギャルンの後方、イリスの更に向こう側からヨタヨタとダンゲルが現れた。

 腹部を押さえており、そこから血が滴っている。

 顔面蒼白で、今にも死んでしまいそうだ。


「ダンゲル、お前自分が何をしたのか……」


「分かってる。言い訳なんてしない。全部分かってるんだ……それより、ラムちゃんは? ラムちゃんはどうなった?」


「……無事だよ。俺達が教祖をぶっ殺してきたからな」


 その言葉を聞いたダンゲルは、その場に崩れ落ち、更に顔色が悪くなった。


「なん、だって……? 教祖を、殺した……? お、おいギャルン! 話が違うじゃないか!」


「そんな事を言われても困りますよ。事実、ラムという少女は瀕死でしたし、まさかあの状況から生還するとは思っておりませんでしたのでね。一体どんな手品を使ったのです?」


 ……なるほどな。

 ラムの命だけは助ける、とかそんな条件を出されたってところだろう。


「相変わらずやり方がクソだなてめえは」


「お褒めに与り光栄ですねぇ」



 ぶわり。

 俺の中に不思議な力が漲るのを感じる。

 ちっ、今頃発動するのかよ!

 しかしこれならギャルン相手でも……!


「ふふ、なるほどなるほど、私が思っていた以上に貴女という存在は危険だったようですね。ならば長居は無用……本来の目的は既に果たしましたのでここらで失礼させてもらいますよ」


 ギャルンが倒れて意識の無いイリスに手を伸ばす。


「汚い手でイリスに触れるんじゃねぇよ!」


 一足飛びで一気に間合いを詰め、ディーヴァを振り下ろす。


「おお怖い怖い」


「なっ!?」


 ギャルンはイリスを掴み上げ、俺の前にかざした。

 つまり、盾にした。


 慌てて軌道を逸らすが勢いが殺せずにそのまま地面に転がる。


「てんめぇ……!」


「ふふふ、そちらも手負いがいるのでしょう? こんな事をしていていいのですか?」


 確かにヨーキスとラムは早くネコに、アルマ

 治療してもらわないと危険な状態だ。


 イリスか、ラムとヨーキスか、そのどちらかを俺に選べっていうのかよ。


「お前をさっさとぶち殺してしまえばなんの問題もねぇだろうが」


 でも、ママドラが眠っているこの状況で、俺単騎でギャルンを、しかも時間をかけずに倒す事が出来るか……?


 しかし俺は誰を犠牲にしたとしてもイリスだけは守らなければ……。


「ミナト! ヨーキスとラムが苦しんでるよ……!」


 二人の様子を見ていてくれたレナがこちらに駆け寄ってくる。

 その顔からはかなりの焦りが見て取れた。

 それだけ二人が危険な状態だという事だろう。


 くっ……!


 そちらに気を取られた隙にギャルンはイリスを抱えて空へ浮かび上がっていた。


「くっくっく、もたもたしていたらお仲間が死んでしまいますよ?」


「ギャルン……!」


 相変わらず人をおちょくり、怒らせる事にかけては天下一品な野郎だ。


「た、たのむ……僕に何かを言う資格なんて無いのは分かってる。だけど、後生だ……ラムちゃんを助けて……!」


 項垂れ、血と涙でぐしゃぐしゃになりながらダンゲルが訴える。


 俺だってラムは助けたい。当たり前だ。


 しかし……。


「この馬鹿エルフ! 元はと言えばお前がヨーキスを刺したりしたから……ッ!」


「分かってる……分かってるよ! だとしても……ラムちゃんは、彼女はこんな所で犠牲になっていい子じゃないんだ。僕の事なら殺したっていいから彼女を助けてくれ……!」


 レナとダンゲルのやり取りを聞く限り、恐らくダンゲルがヨーキスを刺した事でレナがダンゲルを切ったのだろう。

 その時イリスが竜化してしまってうやむやになったって所か。


「貴女の決断が遅ければ大事な物が三つ失われる事になりますねぇ? 早く選んだ方がいい」


 確かに判断が遅れれば遅れるほど失う物が増える。

 そんな事は分かってる……!


「ただし、もし貴女がこのイリスの方を選ぶというのであれば……」


 能面ののっぺりした顔が何故か笑っていうように見えた。


「私は、全力で時間稼ぎをさせてもらいます」


 全力で戦うでも逃げるでもない。

 堂々と時間稼ぎをするって言いやがった。


 俺がイリスを助けようと戦えば、全力でただただラムとヨーキスが死ぬまで時間稼ぎをすると。

 時間稼ぎをすると割り切っているギャルンを相手に短時間で始末する事は不可能に近い。



「……必ずだ」


「おや、なんでしょう?」


「必ず、この報いを受けてもらうからな」


「……ではその日を戦々恐々としながら待つと致しましょうか。貴女の選択に免じてランガム大森林を覆う隔離障壁は解除して差し上げましょう。……それでは、またいずれ」


 ギャルンはイリスを連れて消えた。



 ……これで良かったのか?

 良い訳がない。しかし、こうするしかなかった。


 完全に俺は詰んでいた。

 イリスをここに連れてくると選択した時から間違っていたのだろう。


「ミナト……」


 レナも距離を取ったまま、今の俺にどんな声をかけていいのか分からずに立ち尽くしている。


「シルヴァ……おい、聞こえるかシルヴァ!」


『……ミナトか。通信が取れるという事は……』


「説明は後だ。俺の今いる場所にネコを送れ!」


『どういう事だ、何があった?』


「いいから早くしろ!」


『……承知した。後で詳しく聞かせてもらうぞ』



 ……結果として、ランガム教は滅びた。

 そして、俺はギャルンに負けた。


 何よりも大事な娘を奪われたのだからこれ以上の負けは無い。


 だが、命を奪われた訳じゃない。ギャルンが何を企んでるのか知らんが必ず取り返してみせる。


 イリスを、そして平穏を……。


 必ずだ。


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