24話:幸福の青い天使
サフィールさんの家に赤ちゃんが生まれた。
そう聞いた僕らは、早速、お祝いに駆けつけることになった。
サフィールさんの家に行くのは、僕とフェイとフェイのお兄さんと……リアンとアンジェだ。
どうも、サフィールさんの奥さんが、『この天使の絵のモデルになった子が居るなら会ってみたい』っていうことらしい。リアンもアンジェも、この日のために誂えた服を着て、緊張気味になりながら鸞に乗って飛んでいく。
「……青い鳥に乗った天使、かあ。なんかいいなあ」
それを横目に、レッドドラゴンに乗るフェイは楽しげだ。僕も鳳凰に掴まりながら兄妹を見るけれど……うん。なんだか、とてもいい。青空よりも青い鳥が1羽ずつ、天使を乗せて運んでいく。うん。いい。とてもいい。これも描きたい。後で描かせてもらおう。
「おお……すごいな!我が家の庭が神話の世界になったみたいだ!」
そうして、ドラゴンと鳳凰と2羽の鸞が庭に下りたつと、出迎えに出てくれていたサフィールさんが、驚きと幸せの混じった顔で僕らを見た。お邪魔します。
「サフィール!おめでとう!」
そこへ、レッドドラゴンから降りたフェイのお兄さんが早速駆け寄っていって、2人は嬉しそうに手を取り合う。
「ありがとう、ローゼス!これで私も一児の父だ!ふふ、感慨深いよ!」
友人同士のやりとりが少し続く中、僕らはちょっと下がった位置に居たのだけれど……やがて、サフィールさんがフェイと僕、そしてセレス兄妹を見つけて……ぱっと顔を輝かせる。
「おや、そちらは……天使のお二人だね?」
天使、と呼ばれたリアンとアンジェは恥ずかしがるようにもじもじしていたのだけれど……やがて、リアンがその手に抱いていた包みをサフィールさんに差し出した。
「こ、この度は赤ちゃんのお誕生日、おめでとうございます!」
そして緊張しながらリアンがそう言うと、サフィールさんはにこにこしながらお礼を言って、包みを受け取ってくれた。
「……おや、これは!」
そして、包みを開いた彼は、また表情を明るくする。
……僕らから赤ちゃんへのプレゼントは、ブランケットだ。青いブランケット。
鸞の抜け毛(……というか、抜け羽?)を紙の上に直接張り付けて、コラージュで作ったブランケットだ。羽の質感が残っているからか、ふんわり軽くて肌触りが良くて、薄手なのにとても暖かい。
青い鳥は幸せを運ぶ鳥だっていう物語があるから、その通り、赤ちゃんに幸せを運んでくれるブランケットになればいいな、と思ってる。
「とても素敵だ!……これは天使の羽で作ったブランケットかな?」
「あ、あの、この子達の羽なの」
アンジェがもじもじしながらそう言うと、サフィールさんは鸞を見て……興味深そうに、首を傾げた。
「これは何の鳥だろう?ローゼス、この鳥は君のところに居る鳥なのかな?」
「いや……この鳥は精霊の森に住んでいるらしい」
フェイのお兄さんはくすくす笑いながらそう言って、こっそり、僕にウインクを飛ばしてきた。うーん、器用。
「そうか。そんな素敵な鳥に乗ってやってきた君達は、正に天使のようだね。是非、我が子と我が妻にも会ってほしい。特に妻は、君達に会えるのをとても楽しみにしていたんだ」
サフィールさんはなんとなく何か察するところがあったのかもしれないけれど、深くは聞かずに僕らを家の中へ招待してくれた。僕は少し緊張しながら、天使兄妹はもっと緊張しながら、お屋敷の中に入る。
……そして、僕らは赤ちゃんと赤ちゃんのお母さんに会った。
「はじめまして。あなたがあの絵を描いた人?」
「はい。……あ、この度はご出産おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう。……そしてあなた達が、天使ちゃん達ね?」
柔らかい雰囲気のその女性は、腕の中に赤ちゃんを抱いてふんわりしたソファに座って、にこにこと天使兄妹を見つめる。
「すごいわ。本当に天使みたい。羽が生えてないのが不思議ね。もっとよく、お顔を見せて?」
「え、あ、あの……」
リアンは特に、緊張して慌てている。でも、そんな様子もサフィールさんの奥さんには楽しく見えるらしい。彼女はくすくす笑って、リアンとアンジェの頭を撫でた。
「この子も、あなた達みたいな素敵な子に育つといいのだけれど……いえ。とりあえずは、健康に育ってくれれば、それでいいわ」
サフィールさんの奥さんは、ね、と赤ちゃんに話しかける。赤ちゃんはきょとんとした顔をしていたけれど、お母さんに何か話しかけられたのは分かったんだろう。なんだか嬉しそうにもそもそ動いている。
「……あの、赤ちゃんのほっぺ、触ってもいい?」
そんな赤ちゃんを見ていたアンジェが、おずおずと、そう申し出た。すると、サフィールさんの奥さんから、どうぞ、と赤ちゃんを少し低くしてくれる。
……そして、アンジェは、そっと、そっと、赤ちゃんの頬をつついた。
「……ぷくぷくしてる」
「うふふ。そうね。ぷくぷくなのよ」
「お、俺も、つついていいですか?」
「ええ。優しくね」
続けてリアンも赤ちゃんをつついて、そして、なんだか感慨深いような、そういう顔をした。
「……柔らかい」
赤ちゃんは知らない人につつかれたわけなのだけれど、不思議と、泣いたりしなかった。ただ、天使兄妹に手を伸ばして、2人の指をぎゅうと握って、きゃあきゃあと声を上げている。
「あらあら。この子ったら、天使ちゃん達を気に入ったみたいだわ。幸せそう」
「赤ちゃん、かわいい。きれい」
「そっか……これなら妖精も気に入るよなあ」
そんな赤ちゃんを見て、アンジェとリアンがそう零した。
……どうやら、サフィールさんの家の庭に住み着いた妖精達は、早速、生まれたばかりの赤ちゃんを気に入ったらしい。よく見たら、窓の外に妖精が沢山居た。赤ちゃんを見ている。なんというか、幸せそうでなによりだ。
そうして赤ちゃんを存分に眺めて、それからオースカイア家自慢の庭を案内してもらって、そこで妖精にちょっと挨拶させてもらって……僕らはお暇することにした。
そうして僕らは玄関ホールでお見送りしてもらうことになったのだけれど。
「私、この絵が大好きなの」
サフィールさんの奥さんが、そう言って絵を見て笑ってくれる。
……恐れ多いことなんだけれど、僕が描いた絵はしっかり、玄関ホールに飾られている。うーん、なんというか、うん、恐れ多い、の一言に尽きる。
「この子がお腹の中に居る時、苛々したり不安になったりすることも多かったんだけれど……この絵を見ていると、安心するの。ほら、この絵の天使達、表情がとても素敵でしょう?この絵を見ていると、気が楽になるのよ」
にっこり笑って、奥さんは僕に向き直った。
「希望なの。この絵は、私に希望ある未来を見せてくれたの。不安な事、沢山あるのだけれど……素敵なことも沢山あるんだって、思い出させてくれるのよ」
……それは、ますます、恐れ多い。ありがたい評価だ。うん。ありがたい。得難い、とか、貴重だ、とか、そういう意味も含めて、ありがたい。
「それに、ほら。この子もこの絵、お気に入りみたい。ちょっと泣いていても、この絵の前に連れてくると泣き止んでしまうのよね」
赤ちゃんは奥さんの腕の中で、きゃっきゃとはしゃいでいる。……けれどこれはこの絵の力じゃなくて、この絵の周りで待機している妖精達によるものかもしれない。うん。妖精達、こっそり、赤ちゃんをあやしたりしているみたいだから。
「ありがとうね。若い絵描きさん。私、本当にこの絵が好きだわ!」
けれど……こうやって言ってもらえるのは、すごく嬉しい。
恐れ多いし、ありがたいし、いいんだろうか、とも思うんだけれど……やっぱり、嬉しい。
「ねえ、もう一枚、描いてくださらない?あなたの絵、好きなの」
「はい。是非。すぐにでも描きます。なんの絵がいいですか?」
「わあ、本当?嬉しいわ!ええと、なら森の絵がいいわ。この子がある程度大きくなるまでは、当面、外出できないし……」
それから、奥さんの希望を色々と聞いて、次の依頼を受けることにした。僕、森の絵ばっかり描いている気がする。まあいいか。
「けれど、いいの?あなた、他にもたくさん、依頼を受けているんじゃない?」
「そうでもないので大丈夫です」
「あなたは……あなたが希望すれば、もっと高みへ行けるんじゃないかしら。うちの依頼より、ずっと大きな依頼だって貰えると思うのだけれど……あなたはこれでいいの?私としては嬉しいけれど」
サフィールさんの奥さんは、少し冗談めかしつつも僕を心配してそう言ってくれる。
だから僕は、彼女を安心させるために……そして何より、僕自身で確認するために、言うのだ。
「はい。高いところはあんまり好きじゃないんです」
うん。やっぱり、居場所を貰うなら、高いところじゃない方がいい。
色々な人から見えて、全ての中でも特別な何かも魅力的なのかもしれないけれど、僕はそれよりも……誰か1人の心の隅っこに、居場所を貰う方がうれしい。
うん。僕、狭いところが好きな性質なんだ。貰う評価だって、同じなのかも。
それから数日後。
僕らの元に、サフィールさんから手紙と小包が届いた。
小包の中身は、綺麗なティーセットとお茶、そしてクッキーだ。ブランケットのお返し、ということらしい。早速、それらを使ってクロアさんがお茶を淹れてくれた。ミルクティーにすると美味しいよ、ということだったので、ミルクを入れて飲む。……なんだか幸せな味がする。
お茶を飲みながら、クッキーをつまみつつ、妖精達がこのクッキーを食べつつ、自分達のクッキーの改良を行うべくああでもないこうでもないと話し合っているらしいのを眺めつつ……サフィールさんからの手紙の内容を思い出す。
……サフィールさんからの手紙は、遊びに来てくれたお礼と、赤ちゃんにプレゼントしたブランケットのお礼だった。
あのブランケット、赤ちゃんに好評だったらしい。あれで包むと、赤ちゃん、すぐに寝付くんだそうだ。『天使が幸せを運んでくる毛布をプレゼントしてくれた』とサフィールさんは書いてくれていた。
……試しに奥さんがあれを被ってみたら、なんだか夢見が良かった、とも報告してくれたそうだ。そ、そっか。それは何よりです。どうぞ、母子共に健康に。
それから、依頼の絵について。奥さんから注文された1枚の他にもう1枚、注文された。今度は妖精の絵、らしい。……庭で妖精がお祭り騒ぎしているのが見えた気がするから、だって。
うん。居ますよ。お宅の庭、都会派なかんじの妖精が、きっと沢山居ますよ……。
……ただ。
サフィールさんからの手紙には、1つ、気になることが書いてあった。
『トウゴ・ウエソラを名乗る画家が王都に居るらしいと聞いた。しかし、どうにもトウゴ君が王都に居る印象が無かったので、確認のためにこの文章を書いている。もし、君が王都で絵を描いていないのなら……もしかしたら、君の偽物が現れているのかもしれない』と。




