ちょっとかわいい人
まだまだ冷える、今日この頃。僕は森にやってきて、そこで、『妖精公園の広場で、新メニューの屋台が出てるわよ』ってライラに教えてもらって、早速妖精公園に向かって……そこで、非常に、困っています。
「あの、フェイ?どうしたの?」
「んー……」
……何故か、今、僕は、フェイに捕まっている!
僕らが居る場所は、妖精公園の奥まった一画。大人が2人くらい、すぽんと入ってしまえるような、大きな大きな花の中。八重咲の薔薇みたいな、ふわふわの花びらが何枚も重なったような花の中は、ふんわり座り心地がいい。ふわふわしているものだし、何より、フェイが一緒に入っているものだから、ちょっとぬくぬく暖かい。
ええと、最初は僕ら、妖精公園の広場に居たのだけれど、そこでフェイと会って、フェイが僕の手を引いてこっちまで来るものだから、僕も素直についてきてしまって……それで、今!
「フェイ、フェイ。どうしたの?」
フェイは僕を腕の中に捕まえて、それで満足そうににこにこしているところだ。うーん、どう見ても様子がおかしい。
何せ、フェイは今、羽と角と尻尾が生えてるんだよ。つまり、ドラゴン返りしてしまっている。……んだけれど、どうも、前、巣ごもりしちゃった時みたいに、魔力が暴走気味、っていうわけじゃないらしい。どうもね、ただ、変身おやつドラゴン味を食べちゃっただけらしいよ。
その証拠に、フェイは今、普通に喋る。喋る、んだけれど……。
「なー、トウゴぉ。羽、ぱたぱた、ってしてくれよぉ……」
「え、うん……なんで?」
「見たい。お前が羽ぱたぱたしてんの、かわいいから。見たい」
「……やっぱりフェイ、ちょっと変だね」
……フェイはやっぱり、変だ。うーん、どうしよう。
「なー、トウゴぉ……」
「ああ、うん、羽だよね?ほら、ぱたぱたしてるよ。どう?」
フェイがこの調子だとなんだかなあ、と思いながら、羽をぱたぱた動かして見せる。ほら、羽ですよ。特に何という事も無い、ただの羽ですよ。
「……えへへ。かわいー」
けれど、フェイはすっかりとろんとしていて、僕の羽にそっと触れて、それでまた、にこにこするんだよ!
「ああ……フェイがおかしくなっちゃった……」
これ、どういうことだろうなあ。フェイが前、変身おやつでドラゴンの角と羽と尻尾が生えた時は、こんな調子じゃなかったのだけれど。
「これはクロアさんにお願いするべきことのような気がしてきた」
「ん?クロアさんか?クロアさんも呼ぶのか?」
「その方がよさそうだよ、フェイ。君、なんだかちょっと変だよ」
こういう時にはクロアさんだ。クロアさんならきっと何とかしてくれると思う。
……のだけれど。
「……なあ、トウゴぉ……もうちょっとだけ、2人きりでいたい。駄目か……?」
フェイが、熱っぽい目でじっと僕を見つめて、そんなことを言うものだから……その、なんだか、クロアさんを呼びづらい。
「……ちょっとだけね。早めに治してもらった方がいいと思うし、本当にちょっとだけだよ」
なので、僕はもうちょっとだけ、この、なんだか変なフェイと一緒に居ることにした。うーん、絶対に何かがおかしいのだけれど、でも、フェイだしなあ。どうしたんだろう。何か変なものでも食べたんだろうか……。
それからちょっとして、僕はクロアさんを呼んだ。予定よりは大分早かったのだけれど……その、フェイが、益々おかしくなってきちゃったので……。
これは絶対におかしいし、何より、その、とっても落ち着かない。僕の親友はとても格好いい奴で、だから、余計になんだか落ち着かない……。
「トウゴの羽、綺麗だよなあ……。真冬の粉雪みたいに真っ白で、軽やかで……でものびのびしててさあ、やっぱり森でさあ……俺、トウゴの羽、すっげえ好き……」
「そっか……。フェイ、やっぱりなんだかおかしいね……」
「なあ、トウゴぉ、こっち向いてくれよぉ。なーなー、お前の目、見たい。お前に見つめてもらえたら、俺、他に何にも要らねえのに」
「うん、今はちょっと駄目だよ。後でね」
……フェイはそんなことを言いながら僕を腕の中にしまっておこうとするし、なんだかやっぱりおかしい。僕はお使いに出した鳳凰と、鳳凰が呼んできてくれるはずのクロアさんをじっと待ち続けて……。
そして。
「あっ、トウゴ君!こんなところに居たのね!」
クロアさんがアレキサンドライト蝶で飛んで来てくれたので、これでもう安心だ。僕はほっとして、花の中から身を乗り出して、クロアさんに手を振って……。
「今、大変なのよ!妖精さん達が出した新しいお菓子が、惚れ薬になっちゃってるみたいで!」
……あ、やっぱり?まあ、そんなところだろうとは思ってたよ。うん……。
と、いうことで。
「ほんっとうに悪かった!ごめん!」
「いや、大丈夫だよ……。フェイとしても災難だったよね」
クロアさんが魅了の魔法の応用で、フェイを元に戻してくれました。ああ、よかった!
ちなみに、フェイはクロアさんが来てくれたら、クロアさんのことも口説いていたよ。クロアさん、『あらまあ』ってにっこりしてた。流石の貫禄だ。口説かれ慣れている人の軽やかな対応だったよ。
「妖精さんが作ったお菓子、チョコレートのお菓子だったんだけれど、それに魅了の魔法が乗っかっちゃったみたいなのよね。とはいえ、フェイ君くらい強く効果が出ていた人は他に居なかったみたいだけれど」
「ええええ……なんか複雑な気分だなあ、おい……」
フェイはなんだか恥ずかしそうな顔をしているけれど、でも、その原因、僕はなんとなく分かるよ。
「多分、チョコレートのお菓子だったからじゃないかな。レネもそうだったけれど、夜の国の人達って、チョコレートで酔っ払ってしまうみたいだから……フェイもその気があるんだと思う。あと、変身おやつで余計にドラゴンに寄っていたから、それもあったかも」
「あー、そういうことかあ。成程な。それなら確かに、納得がいく、けどよぉ……」
僕としては、変になってしまったフェイの変になっちゃった理由がちゃんと分かって、ちょっと安心している。理由もなくああなられちゃっていたら、ちょっと、その、怖いよ。
「あー、うー……思い出したくねぇ……。俺、なんだったんだろうなぁ……」
まあ、フェイは安心どころじゃないと思う。さっきからずっと恥ずかしがってる。記憶はあるらしいよ。だから、自分が僕のことを口説いていたのも覚えているらしい。
こういうの、ちょっとかわいそうだなあ、と思う。自分の気持ちが魔法でちょっとねじ曲がっちゃっただけなんだから、せめて憶えてなかったらよかったのだけれど。
……でも、こういう時、フェイはどうしてほしいか、僕はちょっと知ってる。
「フェイって、誰かを口説く時にああなるんだね」
ちょっと面白がってそう言ってみたら、フェイはきょとん、として、それからちょっと恥ずかしそうに、僕のことを小突いてきた。僕が尚もくすくす笑ってたら、フェイも『くっそー、恥ずかしいなあ、おい』とか言いながら、くすくす笑い出した。
そうだよね。僕ら、こういう時にはいっそ笑ってほしい人達なんでした。
「……その、フェイはさ、僕が羽ばたいてる時、かわいい、って、思うの?」
笑いついでに、探求心。僕もフェイも、探求心に満ちた生き物だから、気まずい時こそ探求だ。そうしたら気まずくない気がする。
「あー……いや、それについてはな?『なんでそれで飛べるんだ?』って日頃から思ってんだけどよぉ……他に無い類の羽だよなあ、それ。古代の魔法の道具とかにありそうな意匠だし、なんかそういうかんじか?」
「ああ、そういう興味なのか……」
ついでになんだかちょっとほっとした。かわいいって思われてたら、その、流石にちょっと嫌だよ!
「……でも、まあ、なんかかわいいよなあ」
ちょっと嫌!
そうして、クロアさんは『他にも自覚無く魅了の魔法にかかっちゃってる人が居るみたいだから、私はそっちに行ってくるわね!それとなく、気づかれないように解いてくるわ!』とまた飛んでいってしまった。
僕らも何か手伝えることがあったら良かったんだけれど、残念ながら、『フェイ君が魔法の残滓でやられちゃうと厄介だから、ここに居た方がいいと思うわ。あと、あなた達が下手に行ったら、皆からとっても好かれちゃうわよ。元々愛されている精霊様と、領主一家のお子さんなんだから』ということだったので、僕らは大人しく、待機。
「さっきの話の続きだけどよぉ」
待機しているとなると、まあ、当然、喋るしかない。僕らは大きな花の中でごろごろしつつ、妖精が『お詫び!』と持ってきてくれたブランケットを被って益々ぬくぬくしつつ、お喋りに興じることになる。
「……その、気、悪くしたら申し訳ねえんだけどさ」
フェイは、ちょっと前置きしてからそう話し始めた。
「俺とお前は親友だろ?でも、俺の方がちょっと年上じゃねえか」
「うん」
それはそう。フェイの方が……えーと、僕より3か4、上。
「それで、トウゴはトウゴでちょっと生き方不器用なとこあるし……そういうの見てるとさ、その、お前のことを下に見てるとかそういう訳じゃねえんだけど……年下だな、って思うことは、あってさぁ……で、まあ、弟が居たらこんなかんじなのかもな、って思うことも、あってさ。そういうのは、『かわいい』のかもしれねえ」
「そっかぁ」
「うん。まあ、それでもお前は頼れる精霊様だし、何より、俺の親友だからな。当然、『かわいい』じゃねえ時の方が多いんだけどさ」
フェイは言ってしまってから、『気、悪くしたかな』ってちょっと心配そうな顔をしている。なので、『大丈夫だよ』っていうことで、ちょっとフェイに笑いかけてみてから、僕も話す。
「あのね、僕もフェイのこと、愛しい一家の可愛い末っ子だと思うから……一生懸命で、眩しくって、ああ愛おしいなあ、かわいいなあ、って思うこと、あるよ」
「へ!?」
「……っていうのは半分冗談だけれどさ」
「半分しか冗談じゃねのかよぉ……」
フェイはちょっとじっとりした目で僕のことを見ながら、『お前、森になってねえか?』って、つんつんつついてきた。いや、そんなこと言われても。僕は上空桐吾だけれど、同時に森なんだからしょうがないだろ。
「あの、人間の僕としてはね……お兄ちゃんが居たらこんなかんじかな、って思うこと、あるよ。僕の親友は頼れるかっこいい奴だから」
「おいおいやめろよ。照れるぜ」
フェイがなんだか照れてるのは新鮮だなあ。大体、僕が照れさせられる側のことが多いので。
じゃあ……と、考えて、ちょっといたずら心がむくむくしてきてしまう。
「……おにいちゃん」
それで、試しにそう呼んでみたら、フェイは、きょとん、とした後、なんだかむずむずしたような顔になってしまった。僕としては、『してやったり』の気分。
「……へへへ。俺が生まれた時、兄貴もこういう気分だったのかなぁー!」
「僕は兄弟が居ないから、そういうのちょっと羨ましい」
フェイがちょっとにやにやしながら脚をぱたぱた動かしているのを見て、『こういうお兄ちゃんが居るのは悪くないだろうなあ』と思う。或いは、『こういう弟が居るのも、悪くないんだろうなあ』と思うよ。フェイも羨ましいけれど、ローゼスさんも羨ましい……。
「……というか、家族仲がいいのがまず羨ましい」
「あー……そっかぁ、そうだったよなぁ、お前の……うん」
……フェイがお兄ちゃんで、ラオクレスがお母……いや、お父さんで、クロアさんは、お母さん……っていうかんじでもない、のかな。うーん、お姉さん……?
うん、まあ、そんな想像をしたことは、あるんだよ。そういうのがちょっとだけ、憧れでもあったから。
「……なあ、トウゴ」
そんな話をしていたら、ふと、フェイが何か、面白いことを思いついたような……同時に、何かちょっと決心したような、そんな顔をした。
「今度、お前の家、遊びに行ってみてもいいか?」
「へ!?」
そしてとんでもないことを言うものだから、僕はとんでもなく驚いてしまった!
ちょっと、想像してみる。
フェイを『僕の親友だよ』と連れて帰ってみたら……多分、両親は仰天すると思うよ。何せ、フェイは目も髪も真っ赤な、とっても華やかな見た目の人だし。僕の両親、こういう見た目の人とは、かかわりが無いと思うから。
ついでに、フェイは中身も真っ赤に燃える華やかな人だから……ええと、両親、こういう中身の人とも、かかわりが無いと思う。僕の両親は、全体的にモノクロームの世界を生きているような人達なので……フェイは眩しすぎるんじゃないかな。だからきっと、とんでもなく驚く。
「……多分、父親も母親も、とんでもなく驚くと思う」
なので正直にそう言ってみたところ、フェイは、へにゃ、とちょっと申し訳なさそうな顔になってしまった。
「あ、止めておいた方がいいか。そうだよな……悪い」
「いや、違う。面白いから是非やってほしい」
けれど僕はね、もう、フェイを連れて帰る気満々なんだよ。
両親のモノクロームの世界に、僕は絵の具をぶちまけたことが既にあるので。……ついでにそこに、更に真っ赤な親友を連れて行ったら、多分、面白い。面白いと思えるようになりました。なっちゃいました。
「……トウゴぉ。お前、なんかやっぱり、成長したよなあ」
「うん。僕もそう思う。昔の僕だったら、こういう時、『怖いからやめておこう』って言ってたと思う」
「だよなぁ」
フェイは僕の頭をわしわし、と撫でた。なので僕もフェイの頭をなでなで、と撫でておいた。おかえし、おかえし。
「いやー、前から興味あったんだよなぁー。お前がどういうかんじに育ったのか」
「とはいえ、今は家族仲、そんなに悪くはないよ。良いわけでもないけれど、まあ、居心地の悪さは大分減りました。魔王を連れて行ったあたりからは特に」
「あー……まあ、魔王を見せられたら大抵の人はもう『まおーん』しか言えねえよなあ」
うん。それは本当にそう思うよ。だって、魔王だよ。あの、僕らの世界の常識からは全くかけ離れたところに居る、気のいい素敵な生き物を見てしまったら、もう皆、『まおーん……』としか言えなくなってしまうよ。
「へへへ……なんか、楽しみだなあ!」
「よく考えたら、僕はフェイの部屋に入ったことあるけれど、フェイは僕の部屋に入ったこと、無いんだもんね。……というか、よくよく考えたら僕、友達を自分の家に連れて行ったことが、無い気がする。いや、10歳より前にはあった、かも……」
「ええええ……いやー、なんか聞けば聞くほどお前、とんでもねえ環境に居たみてえなんだよなあ……怖くなってきたぜ。やっぱり魔王も連れてくかぁ」
「いっそクロアさんとラオクレスも連れて行こうか。両親が気絶すると思うけれど」
僕とフェイはけらけら笑って、『じゃあルギュロスも』『ついでにライラとレネも』『鳥連れて行こうぜ!』『詰まっちゃう!』なんて話をして、楽しく過ごした。
……僕の両親、フェイと会ったら、どんな顔をするだろう。
まあ、驚くことは間違いないものとして……案外、平静を装ったりするんだろうか。それとも、無関心を装う?
もし、どっちでもなかったら……多分、僕は、ちょっと嬉しいと思う。うん。なんだか、そんなかんじ。
「お父さん。お母さん。ちょっと相談があるんだけれど」
そうしてその日の夜、僕は両親にちょっと話してみることにした。
「今度の休日、僕の親友を家に連れてきてもいいでしょうか」
「親友……?」
案の定、両親にはなんとも不思議な顔をされてしまった。そうだよね。僕に親友なんてものが居る発想、無かったよね。僕にだって無かったよ。
「それは、大学の人か」
「ううん。大学の人じゃないんだけれど……あ、外国の人」
「外国の人……!?」
正直に……正直に?うん、まあ、正直に言ってしまったのだけれど、もしかしたら、『芸大の人だよ』って言ってしまった方が通りがよかったかも。『芸術に携わる人なら変わり者でも仕方がない』って納得してくれただろうし。
……でも、嘘を吐くのはやっぱり違うよなあ、とも思うから、やっぱり正直に行くことにした。
「見た目は生まれつきのものだけれど、結構派手だよ。すごく綺麗な赤い髪をしてる人なんだ。それでね、中身も明るくて眩しくて真っ赤、っていう具合の人」
「そ、そう……」
「頭が良くて、頼れる人で、かっこよくて……あと、ちょっとかわいい人……」
「か、かわいい……?」
正直にフェイについて説明してみたところ、両親はぽかん、としてしまった。まあ、両親の知る人達の中にフェイみたいなタイプは居ないから、戸惑いはご尤もだと思うよ。
「その……その人は、女性、よね?」
「え?ううん、男性だよ」
「そ、そうか……男、なのか……」
……あれ。僕、何か説明を間違えただろうか。あれ?あれ……?
……まあ、両親はなんだかとっても混乱したままOKを出してくれたので、週末にフェイを連れて行ったんだけれど……それはまた、別の話。
ちなみに、両親は後に、『あの時は桐吾が恋人を連れてくるものだと思っていたから余計に緊張した』と教えてくれました。
うん。確かに僕の言い方はちょっと悪かったです。『ちょっとかわいい人』だなんて言ったものだから、妙な勘違いをさせてしまいました。ごめん。
でも……両親はどうも、フェイと話してみて『ああ、成程、確かにちょっとかわいい人だ……』と思ったらしいので……ええと、僕、間違っては、なかったみたいだよ。うん。
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