魔王の食べ歩きの日、2日目
まおーん。
ぽてぽてぽてぽて。
秋の風が爽やかな今日この頃。今日も魔王がぽてぽて歩いている。
その首にはがま口がぶら下がっていて、そして魔王の足取りはなんとも力強い。
「こんにちは、魔王。今日も食べ歩きの日?」
聞いてみたら、まおん!となんとも力強い返事。
……どうやら今日も、魔王はソレイラで食べ歩きをするらしいよ。ということは、森の皆のお気に入りを紹介してもらえるのかな。楽しみだ。
折角だから、今回も魔王のお相伴に与ることにしてみた。魔王に『ご一緒していい?』って聞いてみたら、魔王の尻尾がするんと僕の手に絡む。そのまま魔王は僕の手を引いてぽてぽて歩き出した。
「あっ!ふわふわ様、こんにちは!」
「ふわふわ様、魔王とおてて繋いでる!」
近所の子供達に見られるのはなんとなく恥ずかしいんだけれどね。でも、魔王があまりに自信たっぷりにぽてぽて歩いていくものだから、僕もなんだか一周回って誇らしげな気分にならないでもないよ。
ちなみに、そんなソレイラの子供達には魔王から金平糖のプレゼントが進呈されました。
金平糖は最近、夜の国で流行りのお菓子なんだ。だからか、魔王も金平糖が好きみたいで、最近はよく持ち歩いてるんだよ。
さて。最初に向かう先は、妖精公園。ということは屋台かな、と思っていたら、案の定、屋台でした。
「……骨が店員さんをやってる」
屋台はなんと、人間でも妖精でもなくて、骨が!骨の騎士の2人がやっていた!
屋台の横に立っているのぼりを見ると……『ミルクバー・ホネホネ』だそうです。そっか。その、うーんと、まあ、いいと思う。
僕がちょっと困惑していると、魔王が早速ぽてぽて歩いていって、骨相手に注文。まおん。
すると骨は魔王から硬貨を受け取って、もう1人の骨が大きな樽からカップへ何かを注いでいく。まあ、『ミルクバー』なんだから、牛乳なんだろうなあ。
魔王が2人分のカップを持ってきてくれたので、1つ受け取る。中を見ると、やっぱり白い液体がなみなみと湛えられていた。ほわん、と甘い香りがする。
「いただきます。……わあ、美味しい!」
ただ甘いミルクの類だと思っていたら、想像を超える美味しさだった。
まず、カップに口を付けると、ほわん、と甘い香りがする。蜂蜜とかバニラとかの香りじゃなくて、ミルクの香り、なのかな。でも牛乳の嫌な臭みみたいなものは全く無くて、只々甘くて優しい香り。
一口飲んでみてふんわり広がるまろやかな甘みは、多分、太陽の蜜だ。最近、僕が壺いっぱいに描いて出したのを夜の国に贈ったんだけれど、そのついでに妖精カフェにも提供したので、それがここに来てるんだろうな。
それに加えて、ミルクの美味しさがとっても濃厚なんだ。さらっとしているにもかかわらず、コクと旨味が感じられる。なんだろう。これ、本当に牛乳なんだろうか?
「すごくおいしい……。これ、何だろう」
ただ太陽の蜜を溶かしこんだ牛乳、っていうには、あんまりにも美味しい。びっくりするくらい美味しい。だからちょっと気になって、改めてメニューを読んでみると……。
「……成程」
メニューには、『太陽蜜入りめぉーんミルク』って書いてあった。
そっか。めぉーんのミルクだったのか。道理でなんだかまろやかでミルキーで、とっても優しい味わいなわけだよ。
……そう。めぉーん。その、夜の国の……ええと。
あの、結局、めぉーんって一体、何なんだろう。うーん……。
めぉーんという不思議な生物に思いを馳せていると、ふっ、と影が差した。上を見れば……案の定、鳥!
慌てて避けたら、そこに鳥が着地した。こいつ、相変わらず図体の割に、もすっ、と静かに着地するから妙なかんじ……。
「わにゃ?とうご?」
「えっ?レネ、居るの?」
そんな鳥の背中からレネの声が聞こえてきたから、慌てて鳥によじ登って、背中の羽毛に埋もれていたレネを引っ張り出す。ああ、レネってば、鳥の羽毛に収納されかかっていた!危ない、危ない!
「とうごー!おにゃにゃしま!」
「そっか。鳥が遊びに行ったついでにこっちに来てくれたんだね。ようこそ、いらっしゃい!」
レネが飛びついてきたのを抱きしめ返して、それからレネが『ふりゃ』とにこにこご機嫌になったところで放すと、レネはにこにこしながら『ミルクバー・ホネホネ』に向かっていって、そこで骨に身振り手振りで注文を始めた。
骨も慣れたもので、レネがメニューを指差したり、『ふりゃふりゃの!』『大きいの!』というようなジェスチャーしたりするのを見て、注文を受けてくれている。
それで、レネはポケットに入っていた小さな財布から、昼の国の貨幣を取り出して、骨に渡す。骨はそれを見てお釣りを渡して、レネがそれを財布にしまったら、いよいよ注文のミルクをお届けだ。
レネは目を輝かせながら、僕と魔王が飲んだ奴よりも大きなカップになみなみと入ったミルクに、ちぴ、と口を付けて……。
「……てりしーりゃあ!うみゃあ!ふりゃふりゃー!」
ああ、美味しくてあったかかったらしい。レネってば、それはもう、幸せそうな、蕩けるような笑顔!そして例の如く、発光してる!
どうやら、レネはこれがお気に入りの様子だ。まあ、太陽の蜜は夜の国の人にとっては、とんでもない栄養源なんだろうしなあ。幸せそうで、何より!
それから僕らは少しお喋りした。まあ、つまり、筆談で。
どうやらレネは最近、夜の国の地方の方にまで出張しては各地に光の魔力を届ける役割をしているんだとか。それと同時に、昼の国への療養……ええと、おひさまぽかぽか地区での霊脈実験がまた行われることになったので、それの人員を募集したりなんだり、忙しく働いているんだって。
それで、地方の方に行くと、やっぱりまだまだ光の魔力が少なくて、それで……レネは、その地域の人達に、自分の光の魔力を分けてあげることもあるんだとか。
勿論、そうするとレネの魔力が不足してしまって、レネはとっても寒い思いをすることになる。だからレネは最近、こうして鳥にくっついて昼の国にちょくちょく来て、お日様の光を沢山浴びて……ついでに、ミルクバー・ホネホネで太陽の蜜入りのミルクを飲んだり、妖精カフェで太陽の蜜入りのスイートポテトを食べたりして、光の魔力を補給しているんだそうだ。
『昼の国に来る度に、元気を貰えるんです』
レネはにこにこしながら文字を書いてみせてくれる。
『今日もこれからまた一件、お仕事があります。でも頑張れそうです!』
わあ、レネ、本当に忙しいんだなあ。僕も見習わなくては……。
でも、少し心配だよ。レネは頑張り屋さんだけれど、その、体が強い方ではない、と思うんだ。多分、だけど。
少なくとも、夜の国の人達は皆、慢性的な光の魔力不足なわけだから……特に光の魔力が少ない地域に行くような用事があるなら、余計に心配、というか。
『くれぐれも、無理しないように頑張ってね』
僕はレネにそう書いて見せて、でも、それを見たレネが益々張り切った顔になってしまったので、益々心配になってきて……。
「本当に、無理しないでね」
心配だったから、少し僕の魔力を分けることにした。その、いつものやり方で。……これ、ちょっと恥ずかしいんだけれど、でも、これが一番効率がいいんだろうし……。
……レネの額から口を離したら、レネはもじもじしながら、『ふりゃあ……』って零していた。ふりゃーなら何よりだよ。僕も、ちょっと恥ずかしい思いをした甲斐があったということで……。
そうしてレネは、『ふりゃー!ふぃーじっと!にゃー!』と勇ましく夜の国へ帰っていった。元気が出たならいいけれど、出すぎていたら心配だなあ。
まあ、後でまた、夜の国に差し入れに行くことにして……また、魔王が歩き出すので、手を引かれて僕も歩き出す。
次に、少し歩いて向かった先は、ぬくぬく食堂。チキンカツが美味しいことで有名なお店なのだけれど、魔王はやっぱりチキンカツの気分なんだろうか。
からん、とドアベルを鳴らして魔王が入店。まおん。ついでに僕もお邪魔します。
ぬくぬく食堂のお店の人はすっかり顔見知りなので、魔王相手でも慣れたものだ。『おお、魔王!それにトウゴさんも!さあさあ、奥の席へどうぞ!』と、テーブル席に案内してもらった。少し早い時間だからか、まだそんなに混んでいない。2人掛けのテーブル席は奥の方で、ちょっと落ち着ける場所だ。少し、現実世界の例のカフェの奥の席に雰囲気が似ているかもしれない。
さて、いつもならここでメニューを見て注文を決めるところだけれど、今日の僕は魔王の食べ歩きにお供する日だ。だから、魔王が選ぶのを見守ることにする。
魔王は一生懸命メニューを開いて、それをじっくり見つめると……やがて、まおーん、と大きく鳴いた。すると、ウェイトレスさんが『はいはい、今行きますよー』って声を掛けてくれて、少ししてぱたぱたやってくる。
そして魔王はメニューを尻尾で指しながら、まおん、と注文。
「ああ、妖精印のチキンカツですね?サラダ付き、2人前で。はい、かしこまりました」
ウェイトレスさんはにっこり笑って、厨房へ戻っていく。……妖精印のチキンカツ?
気になってメニューを見てみたら、そこには『妖精と共同開発したソースが決め手のチキンカツです!新発売!』って書いてあった。……一体、どんなチキンカツなんだろう!
「どうぞ、ごゆっくり」
それからしばらくして出てきたチキンカツは、きつね色の衣の上に、茶色っぽいソースがとろりとかかって、なんとも美味しそうだ。
僕と魔王は向かい合って一緒に、『いただきます』をやって、それから早速、チキンカツを頂く。
チキンカツはいつも通り、ザクザクカリカリの食感。それでいて油っこいかんじは無いのが不思議だなあ。
鶏肉の淡泊な旨味が肉汁と一緒にぎゅっと閉じ込められていて、齧りついて衣をザクザク噛み破った途端、それらが溢れ出してくるものだからもう、たまらない!
それに、ソースがなんとも不思議な味なんだ。
掛かっているソースはデミグラスソースみたいなやつなんだけれど、濃厚な旨味と塩味と甘味の中に、酸味と辛みがちょっぴり効いている。何だろう。マスタードを合わせてあるのかな。
複雑な苦味と、なんとも素晴らしい香りもあって、まろやかで……何が入っているのか分からないけれど、とても美味しいことは確かだ!
僕と魔王が妖精印のチキンカツを食べていたら、からん、とドアベルが鳴って、それから、他のお客さんの歓声が小さく上がる。
何だろう、と思って見てみたら……。
「あら、まおーんちゃんにトウゴ君。2人一緒にお昼ご飯?」
なんと、クロアさんが来店していた!そっか、クロアさん、お店に来ると歓声が上がっちゃうんだね。まあ、気持ちは分かるよ。僕もクロアさんを見ると歓声を上げちゃう時、あるよ。この間も、夏の夕暮れの日差しと風に晒されるクロアさんが何とも綺麗で、『描きたい!』って歓声を上げてしまった。
「クロアさんもここでご飯だったんだね」
「ええ。最近はここの料理を研究中なの」
クロアさんは僕らのテーブルの隣のテーブルに着席。魔王がそれにご挨拶。まおん。
クロアさんも僕らと同じものを注文して、それから、僕らのお皿を見てにっこり笑う。
「そのチキンカツ、最近出たメニューなのよ。チョコレートの利用方法の模索、ってことでね」
「え?」
なんだか不思議な言葉が聞こえた気がしてびっくりする。だって、チョコレート?もしかしてこのソース、チョコレートが入っているんだろうか。
「ほら、妖精公園で沢山収穫できるようになったでしょう?でも、夏場は暑くてチョコレートが溶けちゃうから、焼き菓子に混ぜ込むくらいしかしていなかったの。でも、妖精とぬくぬく食堂が共同開発した結果、チョコレートをソースに使ったチキンカツを出してね?妖精さん達の間でも今、注目の的なのよ」
なんと、妖精公園に生えてしまったチョコレートは、こんな所にも生かされているらしい!びっくりだ!
「溶かしたチョコレートに、トマトとか、挽肉の出汁とか……他にも色んな材料と、あと数種類のスパイスと合わせてあげると、チョコレートの甘い香りがいい具合にお料理に合うようになるのよね」
「そっか、これ、チョコレートだったんだ……」
つくづく、僕の知らないものが沢山あるなあ、と思うよ。魔王のおかげでまた1つ、新しいことを知った。ありがとう、魔王!
チキンカツとサラダ、というお昼ご飯で腹8分ぐらいになったのだけれど、魔王の食べ歩きはまだ続く。
……その、僕、そんなに食べる方じゃないし、食べなくっても平気なんだけれど……でも、今日は魔王に付き合うって決めたから。
さて。そんな魔王が次に向かったのはおひさまベーカリー。ソレイラでも人気のパン屋さんだ。
僕はここの枝豆パンが大好きなんだ。枝豆を磨り潰したものと、そのままの枝豆と、両方がパン生地に練り込んであって、そこにチーズやバターのコクと旨味が加わって、塩味がなんとも心地よくて……。
「おっ、トウゴじゃねえか!どうしたんだ?」
「ああ、フェイ。今日はね、魔王の食べ歩きの日らしいからお供させてもらってるんだよ」
おひさまベーカリーにはフェイが居た。どうやらフェイも小腹が空いたらしくて、パン売り場でトレー片手にトングをカチカチやっている。……この、自分でトングとトレーを持って欲しいパンを選んで、それをカウンターへ運ぶ、っていう実に現代的なパン屋さんの構造は、先生からもたらされてしまったものだよ!
「へー。魔王はどれ選ぶんだろうな」
「一応、食後なので小さい奴だと思うけれど……あっ、そうでもない」
魔王が選んだパンは、くるくると巻かれたシナモンロールみたいなパン。厚みはそんなに無いけれど、その分大きい。
「こんなに大きいの、入るかな……」
「食っちまえば意外と入らねえ?パンだし。それにそれ、滅茶苦茶美味いぜ!絶対入るって!」
パンだからこそ、今のお腹に入るかちょっと心配なんだけれど。……フェイは元気だからなあ。僕の倍ぐらい食べるから、パンはいくらでも入っちゃう扱いなんだろうなあ……。でも、美味しいものならいくらでも入っちゃう、っていうのは、ちょっと分かるよ。この世界に来てから、分かるようになってしまった!
「えーと、後は……ああ、それ美味いぜ!おすすめ!」
更に、魔王は別のパンをトングで掴んでトレーに乗せ始める。
次に魔王が取ったのは、濃い茶色の小ぶりなパン。これは……?
「このパン、妖精公園のチョコレートが生地に入ってるんだよな」
なんと、このパンはチョコパンらしい。あんパンの餡子みたいにチョコレートが入っているんじゃなくて、生地自体にしっかり混ぜ込まれているようだ。他にも何か混ぜ込んであるように見えるけれど、何だろう。ちょっと気になる。
「俺もこのパン好きでさ。今日もこれ買いに来たんだよ。折角ソレイラまで来たんなら、ってことで。親父と兄貴に土産っくらい持って帰らねえとな!」
フェイはにやっ、て笑って、魔王が取ったチョコパンを3つ、トレーの上に乗せた。そっか。家族へのお土産か。レッドガルド家には食事を作ってくれる料理人の人達が居るわけだから……多分、あのパンはおやつとか、夜食とか、そういうかんじなんだろうなあ。
フェイの一家は、きっと揃ってお茶を楽しんだり、或いは、こっそり夜食を食べたりするんだと思う。……ちょっと羨ましい気もする。
まあ、魔王のことだから、フェイのお気に入りと、あと魔王のお気に入りのパンを紹介してくれるんだろうなあ。お腹がいっぱいになってしまいそうだけれど、でも、味は気になる。
早速、おひさまベーカリーの外のベンチに座って、魔王が紙袋から買ったばかりのパンを出す。
……それで、魔王は取り出したパンを、まおんっ!と2つに分けて、片方を差し出してくれた。そっか、成程なあ。ちょっと多すぎるかな、っていうパンも、2人で分ければ丁度いい!
早速、シナモンロールみたいなくるくる巻いた形のパンを食べてみる。すると……。
「わあ、栗だ!」
これ、どうやらシナモンシュガーじゃなくて、栗のペーストが巻いてあるみたいだ!
栗のペーストはとっても滑らか、柔らかめ。多分、栗を潰して裏ごししたものを、太陽の蜜とかで少し伸ばしてあるんだと思う。秋の陽だまりの味だ……。
パンの部分も、栗にとってもよく合う。ふんわり柔らかなパンが香ばしく焼けて、表面がさっくり、中がふんわりしているのって、どうしてこんなに美味しいんだろう!
栗ロールパンを食べ終わったら、魔王も丁度食べ終わっていた。それから、チョコパンの方も半分こして食べる。
こっちは、生地にチョコレートが練り込んであるけれど、甘さは控え目だ。チョコレートの香りと苦味がなんともいいかんじ。
それに加えて、オレンジの皮の砂糖漬けを刻んだ奴が一緒に練り込んである。爽やかで甘くて、味のアクセントになってこれも中々いいね。確かにこれはフェイ一家が好きそうな味だ!
そうして僕は、お腹いっぱいになってしまいました。パンが半分こじゃなかったら、お腹が破裂していたかもしれない。
でも、今日も森の皆のお気に入りを紹介してもらえて嬉しかったな。あと、案外、ソレイラにはチョコレートブームが根強く起こり続けていることが分かってしまった。色々なところに利用されていて、ちょっと面白い。
枝豆もそうだけれど、すっかりソレイラに馴染んじゃったなあ、チョコレート。まあ、こういうのも、ソレイラにおいてはアリ、っていうことで……。
魔王にお礼を言って別れた後、一度夜の国に行って、竜王様に向日葵の花束と太陽の蜜の壺、それに日向菊のお茶を渡してきた。皆さんでどうぞ、っていうことで。こうしておけば多分、レネが帰ってきた時にちょっとふりゃふりゃできると思うから。
夜の国からまた戻ってきたら、さて、そろそろ僕は自分の世界に帰らなきゃいけないな、と思ったんだけれど……。
ふと、フェイが自分の家族にパンを買って帰っていたのを思い出しちゃったんだよ。それを、なんとなく羨ましいなあ、って思ったことも。
「ただいまー」
「おかえり」
ということで僕は、家に帰った。『ただいま』にちゃんと『おかえり』が返ってくるのって、嬉しいよね。
「これ、お土産」
「え?」
ちょっとそわそわした気分になりながら、僕は持って帰ってきた紙袋を、そっとダイニングの机の上に置く。母親はなんだか不審物を見るような目で紙袋を見ていたのだけれど、紙袋からふんわり漂ういい香りに気づいて、そっと、袋を開けて見ていた。
「……チョコレートのパン?」
「うん。お昼ご飯に食べたのだけれど、甘さ控えめでとても美味しかったので」
珍しくも、家にお土産なんて持って帰ってきちゃったよ、と。そういうことです。
「僕の親友もお気に入りのパンなんだよ、それ」
「ああそう。……え?あなた、そういう友達、居たの」
「うん。居るよ」
母親がしみじみとびっくりしていたけれど、僕には親友が居るんだぞ。……ちょっと、誇らしいような気分だ。珍しいことに。
……いつか、パンだけじゃなくて、フェイのことも親に紹介してみたいな。
そんなことを考えた、秋の始まりのことでした。




