ドラゴンと甘酒とお正月
1年の始まりって、どうしてか空気が爽やかな気がする。
どこか12月までとは違うような気がする街並みを歩いて、僕は今日も先生の家へ。
そうしていつも通り門を抜けたらそこには、いつも通りの森があるわけなのだけれど……。
「あれ、珍しいね」
……なんと。そこには、龍が居た!
龍は普段、ずっと森の奥の水晶の湖に居る。だから、僕は時々龍に会いにそこまで行くし、時々、鳥や魔王が遊びに行っているのも知ってる。けれど、龍本人がこっちに来ることってほとんど無くて……だから、とっても珍しい。
「お正月だからこっちに来たの?ええと、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
珍しいなあ、と思いながら龍にご挨拶。すると、龍は僕のお辞儀に合わせて、一緒にぺこり、と首を縦に振ってくれた。多分、龍からもご挨拶。
「おや、トーゴ!こっちに来ていたのかい!」
そうしていたら、先生もひょっこりやってきた。わあ、嬉しいなあ。お正月三が日からこうやって先生に会えるなんて、今までではあんまり考えられなかったものだから余計に嬉しい!
「先生!あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「うむ。こちらも、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
そうして僕らもぺこ、ぺこ、とお辞儀し合って、これで新年のご挨拶はひとまず終了。
「ところで先生、それ、似合うね」
「うん?そうかい?まあ、こういう日でもなければこんな格好はしないからね。折角なので、というやつさ。不可抗力ではあるんだが……」
先生はなんと、着物姿だった。着物に袴に、紋付きの羽織。それがとても似合うんだ。先生ってやっぱり、和装が似合う。格好いいなあ。描きたい、描きたい。
……と、思っていたら。
「わっ!?」
突然、ぺし、と龍の尻尾が僕のお尻を叩く!ついでに、その……いつものやつ!
「わ、わ、ちょ、ちょっと!これやめてって言ってるのに!……ひゃあ!」
龍の尻尾は僕のお尻を軽く、何度も叩いてくるんだよ!今までは一回で済ませてくれたのに!
「ひどい!ひどいよ!」
「おお、おおお……?トーゴ、君、今どういう状況だい?」
「せ、先生には言いたくない!」
「そ、そうなのかい、トーゴ」
先生は心配そうに僕の周りでおろおろしているんだけれど、こんなの、こんなの、先生には知られたくない!
「もうやめて!僕、これ嫌だって言ってるのに!」
龍の腕のあたりをぽこぽこ叩いて訴えたら、龍は、ふん、と鼻息を漏らしながらやっとやめてくれた。ああ、本当に……本当に、今日は駄目かと思った!
ひとまず膀胱が落ち着いたから、し忘れていた呼吸を再開して、それから改めて龍を睨む。……龍って、日本においては神様みたいなところがあるからなんとなく遠慮があるけれど、でも、何度も何度もこういう風にされるのは嫌だよ!
でも、龍は僕が睨むのなんてまるで気にしないような涼しい顔で、するん、と僕に巻き付いてくる。そのまま僕はするるん、ととぐろの中にしまわれて、龍の髭でゆったりゆったり、撫でられるばかりになってしまった!
「あの、とぐろに巻かないで。ねえ、巻かないでったら」
これじゃあ動けないよ、と訴えてみるのだけれど、龍はまるで気にせずに僕を髭で撫でてくる。……しかも!
「えっ、あっ、あのっ、わ、な、何してるの!?」
龍の髭が器用にするする動いて、僕のマフラーを解きにかかってきた。マフラーが欲しいのかな。でもダメだよ、このマフラーは。ライラが編んでくれた奴なんだから。
同じく、手袋もレネが編んでくれた奴だからあげないよ、という気持ちを込めて押さえていたら、今度は、コートのボタンを外しにかかってきた!
「ちょっと、ねえ、ねえってば」
龍はするする、器用に僕からコートを脱がしてしまった。更に、セーターも脱がしにかかってくるものだから、流石に僕はビックリするしかない!これじゃあ寒いよ!
「ん?おやおや?もしかしてこれは……」
龍が僕の服を脱がせようとして、僕がそれを阻止しようとしてわたわたしていたら、先生が横からひょっこり覗き込んできた。
「……龍よ。もしかして、こういうことかい?」
先生は、羽織の袖を両手でつまんで、腕を広げて着物を見せてくる。
……すると、龍は、ふん、と満足気に鼻息を一つ、吐き出した。
「そっか。龍は僕も和装にしたかったのか……」
「うむ。似合うぞ、トーゴ」
試しに、僕も和装になってみた。ええと、前に着ていた流水柄の着物はどちらかというと夏用なので、新しく用意した。
藤鼠色の長着に、濃い灰色の袴。それに黒の羽織だ。紋として、森の紋章が染め抜いてある。一通り身に付けてみると、大体先生とお揃いの恰好になる。
「実はな、トーゴ。僕もさっき、龍によって和装にされてしまったところだったのだ……」
「あ、そうだったんだ……」
そっか。確かに先生、『不可抗力でこうなった』みたいなこと、言ってたね。うーん、この龍、先生までいじめてなければいいんだけれど。
さて。そんな龍だけれど、僕が和装になったらもう、すっかり満足気だった。僕に軽く頬ずりして、そして、ゆったりゆるゆる、僕をとぐろの中に巻き込んでしまった。ああ、だから、巻かないでって言ってるのに!
「おやおや。トーゴを巻いちゃうなら、僕も混ぜてもらっていいかな?はー、どっこいしょ、と」
けれど、なんと、龍のとぐろの中に先生も入ってきた。『どっこいしょ』と言いながら、龍によじ登って、跨いで乗り越えて、すぽん、と僕のお隣へ。わあ、図々しい!すごくいいと思う!ほら、あまりの唐突な行動に、龍も目を円くしている!
……あの鳥も龍の小島に居座ってることがあるし、もしかして、この龍ってちょっと図々しい行動を取られると弱いんだろうか。うーん、そんな気がしてきた……。
「そして龍よ!折角の正月だ。君も一杯、どうだい?」
更に、先生はどこからともなく盃を取り出した。更に、大きなとっくりを取り出して、とぷとぷ、と盃の中に注ぐ。
盃の中には、滑らかな乳白色の液体がとろんと注がれていく。わあ、甘酒だ。
「あれ、先生。それどこから出したの?」
「ああ、トーゴ。僕の着物の袖の中さ。僕も魔法に慣れてきたようでね。自分のポッケの中や袖の中にも、こうやってものを出せるようになったのさ。ほら、君もどうだい?」
「うん。頂きます」
龍が髭で盃を受け取った後、僕も先生から盃を受け取って、甘酒を貰う。先生も自分の分を取り出して、『かんぱーい!』とやってから元気に飲み始めた。
「いやあ!下戸でも酒っぽいものを飲みたいことがある訳だが、そういう時には甘酒が丁度いいね!」
「うん。中々いい味だ……」
甘酒って、いいね。とろりとして甘酸っぱくて、いい香りで……なんだかほこほこ温まる。お正月の味、っていうかんじなのかもしれない。
「本当は屠蘇でも飲むべきなのかもしれないけれどなあ。ううむ……おーい、龍よ。そっちはどうだい?もう一杯、いっておくかい?」
先生は陽気に龍に話しかける。龍は『なんでこいつもとぐろの中に居るんだろう』みたいな顔をしつつ、甘酒は欲しいらしくて盃を差し出してきた。先生はにこにこしながらお代わりを……注ごうとした途端、龍は、ふい、と盃を引っ込めてしまった。あれ。
「どうしたの?……あれ?」
そして、龍は、ずいずい、と僕に向かって盃を出してくる。
ええと……あ。
「もしかして、こういうこと?」
僕は、先生からとっくりを受け取って、龍の盃に甘酒を注いでやる。……途端に龍はご機嫌な顔になるんだ!
「おやおや。この龍はトーゴのことが余程お気に入りと見える」
「うん……何故だか気に入られています」
なんでだろうなあ、と思うのだけれど、龍は僕を尻尾の先で撫でながらご満悦だ。前にもこういうこと、あったなあ。あの時は僕とレネとライラと、3人でとぐろの中にしまわれた気がする……。
「じゃあ、先生もどうぞ」
「おや。僕にもお酌してくれるのかい?トーゴ」
折角だから、先生の盃にも甘酒を注ぐ。先生は『おっとっと』なんて言いながら甘酒を受け止めてにこにこ。
……すると途端に、龍がずいずい、と僕に盃を出してくるので、またそっちにお酌する。……あのね、龍。別にこれ、競争ってわけじゃないと思うんだけれど。
まあ、そうして甘酒を飲んだりお酌したり、先生と話したり、龍に撫でられたり龍を撫でてみたりしながら過ごしていたら、他の皆もやってきた。
「あらあら。白い塊があるから、トウゴ君の世界の『かがみもち』って奴かと思ったわ」
「あ、うん。確かにこんなかんじかもしれない……」
「おい、クロア。『かがみもち』とは何だ。何故お前がそれを知っている」
やってきたのは、クロアさんとラオクレス。2人とも、揃ってお酒を飲んでいたのかもしれない。2人一緒にラオクレスの家から出てきた。僕がクリスマスに贈ったグラスのセット、使ってくれてたら嬉しいなあ。
「2人とも、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
龍の中からで悪いのだけれど、一応ちゃんとご挨拶。すると、クロアさんもラオクレスも、笑って挨拶し返してくれた。……多分、この世界では元々は『あけましておめでとう』なんて言わないから、これは先生や僕から伝わった文化。ちょっとだけ、嬉しい。
「あら、トウゴ君、何飲んでるの?お酒?」
「うん……うん?お酒、ではあるのだけれど、お酒じゃない、ような……」
クロアさんは龍のとぐろの中の僕らを覗き込んで、僕らの手の中の盃に興味を示す。確かに、甘酒ってこの世界には無いよね。
「なんだと」
けれど、ラオクレスは僕の説明を聞いて、途端にぎょっとした顔をしてしまった!
「おい、ウヌキ。トウゴに酒はまだ早いのではなかったか」
「あああ、ラオクレス。大丈夫大丈夫。これはアルコール度数1%未満の、未成年にも安心の飲料なのだ!どうか没収しないでやっておくれ!」
危うく、ラオクレスに盃を没収されかけた僕だけれど、先生が慌てて止めてくれた。ああよかった!
「ふむ……あるこーるどすう、というのは酒の強さのことだったな。まあ、余程弱い酒、ということならいいが……うむ……」
「心配なら君も飲んでみるか?ほら。ああ、折角だ、クロアさんもいかがかな?」
「あら、嬉しい。私も頂こうかしら」
先生が出した盃は、無事にクロアさんとラオクレスの手の中に収まる。なので僕はそこに、甘酒を注いでいく。……あれ、ところでこのとっくり、無限に甘酒が出てくる……?いや、まあ、いいか。深く考えないようにしよう……。
「……ふむ」
「あら、こういうお味なのね?」
ちび、ちび、とそれぞれ甘酒を飲んだラオクレスとクロアさんは、ちょっと表情を明るくする。どうやら、甘酒は2人のお口に合ったらしい。
「これならばトウゴにも安心だな」
「本当にあなたって過保護よねえ……」
「お前も似たようなものだろう」
ラオクレスの盃が早速空になっていたので、お代わりを……と思ったら。
「さて……実は、俺達も用意してきているんだが、どうだ、ウヌキ」
どん、と、ラオクレスが大きな酒瓶をそこに置いた。……わあ。
「おお!何のお酒だい?」
「……銘酒まおーん、だ」
……ラオクレスがその名前を言うと、こう、ちょっと不思議なかんじがする!
それから、大人達の酒盛りが始まった。ラオクレスとクロアさんは元々、『折角だからウヌキも誘うか』っていうことで、酒瓶を持って外に出てきたところで鏡餅みたいになった僕らを見つけた、という訳だったらしいよ。
「いやあー!これは僕にはちょいと強すぎるかもしれないな!ちびちび頂くには丁度いいかもしれないが!」
……そして、早速『銘酒まおーん』を飲み始めた先生は、すぐ赤くなってしまった。けらけら笑う様子がいつもよりもへにゃへにゃしてるから、これは酔っぱらってるんだと思うよ。
「あらあら、ウヌキ先生は本当にお酒に弱いのねえ」
「ははは、すまないね、クロアさん。その通りだ!」
けらけら笑いながら、先生は、くて、と龍にもたれてしまった。龍は『重い』みたいなじっとりした目で先生を見ているのだけれど、当の先生は『ああ、龍ってひんやりして、火照った時には丁度いいなあ……』ってうっとり龍の胴に頬ずりしている有様だから、龍も文句を言えないらしい!
「ふむ……どうだ、龍も飲むか」
そんな龍に、ラオクレスが『銘酒まおーん』を注いだ盃を差し出すと、龍はそれを器用に髭で受け取って、くぴくぴ、と飲み始めた。この龍、お酒が好きなんだなあ。僕がそういう風に描いちゃったっていうことかもしれないけれど……。
そうして、龍とラオクレスがのんびり『銘酒まおーん』を飲むようになると、僕とクロアさんが専らお酌する係になった。
……のだけれど、なんとなく、ラオクレスも龍も僕にお酌させたがるので、僕が銘酒まおーんの瓶を抱えることになってしまった。その内クロアさんまで、『精霊様にお酌させるなんて、贅沢よねえ』なんて笑いながら盃を手にし始めたので、僕はなんだか忙しい!
でもその合間合間で、先生が出してくれた甘酒のとっくりから僕の分の甘酒を出して飲む。先生がそういう風に書いたからなんだろうけれど、これ、とっても美味しいんだよ。
「あーっ!何よ何よ!トウゴ、あんた来てたわけ!?なら言いなさいよね!」
……なんてやっていたら、ライラの声が聞こえて、ぱたぱたぱた、とライラが走ってきた。そんな文句を言われてもなあ。
「言うも何も、ライラはここに居なかったんだから仕方ないだろ」
「あんた森なんだから、適当に葉っぱ伸ばしてつついてくれりゃあいいじゃない」
ライラってば、そんなことを言う!普段、僕が森っぽくなると引き戻そうとしてくるのに……。
「ま、いいや。えーと、あけましておめでとう、よね?」
でも、こうやって僕の世界の挨拶を覚えてくれるの、なんだか嬉しいな。
「うん。あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「ええ。こちらこそ!」
ライラが、にっ、と笑うのを見て、なんだか気分がほこほこ温かくなる。ライラは今年も沢山描くんだろうから、僕はそれが楽しみなんだ。僕も負けないように、沢山描かなきゃなあ。
「で。あんたさ。来てるんなら言ってよ。レネが来てるんだから」
僕がニコニコしてたら、ライラはそんなことを言い出した!
「えっ?レネ、来てたの?」
「うん。あんたに会いたがってたわよ。えーと、今は鳥の子達に揉まれてると思うけど」
そっか。レネ、来てたんだ。なら会いに行かなきゃ。ええと、鳥の子達に揉まれている、っていうことは……森の結界のあたりで、鳥の子達におしくら鳥饅頭されているっていうことだろうか。まあ、レネ、あれが好きみたいだし、鳥の子達はだれかれ構わずとりあえずおしくら鳥饅頭したいらしいので、WIN-WINの関係。
「……呼んだら来るかしら。おーい!鳥さん達ー!レネ連れてきてくれるー!?多分トウゴがお駄賃出すわよー!」
いやそんなまさか、と思ったのだけれど、ライラが森の奥に向かって声を張り上げて少ししたら、ばさばさばさ、と羽音が聞こえてきた。……わあ。
「本当に来た……」
「ね。私もまさか、本当に来るとは思ってなかったわ」
……森の奥の方から、例の鳥が小鳥達と一緒に、お団子みたいにくっつき合って飛んできた。
さながら、空飛ぶ毛玉。
そうして僕の家の前には、鳥と鳥の子達、そして鳥の子達に包まれながら運ばれてきたらしいレネが合流した。レネは『ふりゃあ……』って夢見心地だったよ。まあ、こういう寒い日には鳥の子達にふくふくやられるのが丁度いいかもしれない。
「とうご!とうご!あえまして、おめーと、ごじゃまーしゅ?」
「うん!レネ、あけましておめでとうございます!」
レネは鳥の子達の中から抜け出してくると、すぐ僕に挨拶してくれた。昼の国語っていうわけでもない僕の世界の言葉を覚えるのに、きっと、練習してくれたんだろうなあ。なんだか嬉しい。
「とうごー……ふふ、とうごー」
「レネ、なんだかご機嫌だね」
「あんたに会えたのが嬉しいんでしょ」
そっか。レネはなんだかにこにこふわふわ、嬉しそうな顔をしているけれど、これ、僕に会えたからなのか。……なんだかちょっと、嬉しいを通り越して恥ずかしくなってきた。
さて。そうしてレネと挨拶していたら、キョンキョンキュンキュン、鳥達がうるさくなってきた。どうやら、ライラが言っていた『トウゴがお駄賃出すわよ』について抗議してきているらしい。ああ、もう、しょうがないなあ。
「はい。じゃあこれ、君達の分ね。甘酒だよ」
ジュースだって飲む鳥達だから大丈夫だろうということで、大きな盃を2つ描いて出して、そこにとっくりから甘酒を注ぐ。……やっぱりこのとっくり、無限に甘酒が出てくる魔法のとっくりみたいだ。ああ先生、また不思議なものを出したなあ!
ちなみに、甘酒は鳥にも鳥の子達にも大好評。鳥の子達は盃の周りにもふんもふんと鈴なりになって甘酒を飲んでいる。鳥も、偉そうに堂々と甘酒を飲んで、キョキョン。多分、ご機嫌。
「あっ、かわいい!ねえトウゴ!これ、何の飲み物?お酒なの?」
「あ、うん、ものすごーく弱いお酒、みたいなやつ……なんだけれど、うーん、そうか。鳥の子達はこれでも酔っぱらっちゃうんだ……」
……そうしている内に、鳥の子達がひっくり返って眠り始めてしまった。ふわふわ上下するお腹とか、かすかに聞こえてくる『ぷう、ぷう』みたいな、寝息らしい音とか、そういうのがなんとなく可愛らしい。そう、こいつら、起きているとちょっぴり生意気なのだけれど、こうやって寝てしまうと只々かわいいんだ。
親鳥の方はまだまだ酔っぱらわないらしくて、図々しくお代わりを要求してきた。仕方が無いからお酌してやる。龍もずいずい盃を出してきたから、そっちにもお酌。ついでにラオクレスとクロアさんにも。
……クロアさんは無限甘酒に気づいたらしくて、『あら、ウヌキ先生の仕業ね?』って笑ってた。クロアさん、流石の目利きだ!
「ライラとレネも甘酒、飲む?」
「あまざけ?なーに、それ」
「ええとね、こういうやつ」
さて。ここまで皆に甘酒を振る舞っていると、ライラとレネにも振る舞いたくなってしまう。2人用に水晶細工の盃を描いて出して、それに甘酒を注いで、渡す。
ライラは早速、躊躇いも無くくぴくぴいって、『わー、いい匂い。あ、甘い!』とにこにこ顔になって、レネは匂いを嗅いで『きゃう……』と目を輝かせて……。
「にゃあ……!てりしーりゃ……!」
「あ、おいしかったらしい」
夜の国の言葉はまだよく分からないけれど、でも、美味しかったらしいということは分かるよ。だって、レネの顔がそう物語ってるから!
「うみゃ!とうご!らいら!じー、うみゃー!」
「うまー、だったのね?ふふ、それはよかった!まあ、顔に書いてあるけど!」
ライラは笑って、レネのほっぺをつつく。レネはつっつかれてちょっぴりくすぐったそうに、でも嬉しそうに、にこにこ。更に甘酒をまた飲んで、またにこにこ。
……けれど。
「ふりゃあー……りゃ……」
「あっ、あっ、大変だ!レネがとろけちゃった!」
「えっ!?あっ!?ほんとだ!わー!かーわいい!」
そうだった!レネ達、夜の国の人にとって、昼の国のお酒はものすごく強いお酒なんだった!つまり、甘酒でさえも、レネには強いお酒になっちゃうっていうことみたいだ!あああ……。
「……とりあえず、先生の隣に寝かせようか」
「あ、うん。ところでこれ、ウヌキ先生、どうなってんの?」
「龍のとぐろの中に入り込んで、『銘酒まおーん』を飲んで寝ました」
「ウヌキ先生、こういうところは鳥さん並みに図々しくってなんかいいわね」
僕とライラはそんな話をしつつ、とろんと寝ちゃったレネを龍のとぐろの中へ運び込む。途中から気づいたラオクレスが手伝ってくれて、レネは無事、龍のとぐろの中、先生のお隣。……龍のとぐろの中が、酔っぱらって寝てしまった人を入れておく場所になっている!
「とろけたレネって、こう……なんかいいわよね。ね、龍もそう思うわよね?」
ライラがきらきらした目でそう言ったら、龍はのんびり頷いた。あ、そう思うんだ……。そっか、龍はライラと気が合うのか……。確かに、ちょっぴりそういうかんじはするよね。うーん……。
「あーっ!トウゴ!トウゴが来てるわ!トウゴだわ!トウゴだわーっ!」
レネを寝かしつけたところで、たんぽぽみたいに明るい声が聞こえてきて、ぱたぱたぱた、と数人分の軽い足音が向かってくる。
「こんにちは、トウゴ!あけましておめでとう、なんだわ!」
そして、ひょこ、とカーネリアちゃんが龍のとぐろの中を覗き込んでくる。
「あっ、レネちゃんもいるの?こんにちは!ええと、あけましておめでとう!」
更に、ひょこ、とアンジェも顔を出した。
「トウゴ!トウゴ!俺、ちょっと身長伸びた!今ならお前のこと超してるかもしれねえ!」
そして、リアンも……えっ!?いや、流石にまだリアンに身長を抜かれてはいないと思う!思いたい!お願いだから小さいままで居て!いや、違うな。リアンは成長してもいいから、その分、僕の身長、伸びて!
それから子供達にも、甘酒を振る舞った。『素敵なお味!』ってカーネリアちゃんとアンジェには好評だった。
リアンは『酒っぽいんだなー……』って、ちょっと複雑そうな顔。まあ、彼はお酒というものにあんまりいい印象は無いだろうし。……でも、周りの大人達も甘酒を飲んでにこにこしているのを見て、『ふーん』って言って、にや、って笑ってたから、その、少し、お酒の印象、良くなったのかもしれない。そうだったら、嬉しいな。
「そうだ」
そんな子供達を見ていたら、僕、思い出したことがあったので、慌てて必要なものを描いて出す。ライラが覗き込んで『それ何?』って顔をしていたんだけれど……ええと。
「リアン。アンジェ。カーネリアちゃん。はい、お年玉」
僕は、ポチ袋の中に金貨を数枚入れたやつを、子供達に渡した。
「……おとしだま?なんだよ、これ」
「僕の国ではね、新年の最初には子供達にお小遣いをあげる風習があるんだよ。だからどうぞ」
「まあ!そんな風習があるのね?なんだか可愛い響きだわ!おとしだま、おとしだま……」
「ありがとう、トウゴおにいちゃん!だいじにつかうね!」
僕が説明すると、カーネリアちゃんは歌うように『おとしだま』のリズムを楽しんでいたし、リアンとアンジェは早速、『何に使おうか』ってお小遣いの計画を立て始めた。
こういうの、計画するときもきっと楽しいんだろうなあ。僕には生憎、お年玉を使う経験っていうのがほとんど無いのだけれど、今、楽しそうにしている子供達を見ていると、なんだか僕も楽しい気分になってくる。そっか。大人って、こういう気分で子供にお年玉をあげるものなんだなあ。……なんだか嬉しい。
さて。
ここまで沢山人が集まったんだから、足りない人を呼び寄せたくなってきちゃった。
……その、僕、ちょっと甘酒で酔っちゃったのかも。それで、森っぽくなっちゃったのかな。それとも、子供達にお年玉をあげて、『ああ、子供達がかわいいなあ』って、森の気分になっちゃったのかもしれない。
ええと、まあ、とにかく……僕は、フェイに会いたくなってしまった。
どうしようかなあ、多分、フェイはレッドガルド家で新年を過ごしているんだと思うんだけれど、会いに行ってこようかなあ。うーん……。
……と、悩んでいたら。
「……あれっ!?」
「ん?どしたのよ、トウゴ」
「流石は僕の親友だ!」
「はあ?フェイ様がどうかしたの?」
なんと。
なんと、僕の親友、フェイは……ラージュ姫とルギュロスさんを連れて、一緒に森に来てくれたんだよ!
嬉しくなって、僕、思わず3人に手を伸ばしてしまった。するん、と蔓を巻き付けて、そのままバケツリレーの要領で、森の奥へ、森の奥へと運び込んでしまう。
フェイは『うううおわああああ!?』ってびっくりしてたけれど、その内『あっ、なーんだ、これ、トウゴかぁ!』って納得して、後は僕に体を委ねてくれたからとっても運びやすかった。
ラージュ姫も、最初はびっくりしていたけれど、フェイが気づいたあたりで『成程、これは精霊様のお力でしたか!』って納得して、後はぴしり、と正座の状態で運ばれてくれた。ええと、そんなに畏まらなくていいんですよ。
……ただ、ルギュロスさんは、その、運ばれるのはちょっと嫌だったみたいだ。『離せ!私を誰だと思っている!』って騒ぎながらちょっぴり暴れるものだから、運びにくかった。
でもまあ、運んじゃいました。だって、『誰だと思ってる』なんて言われたって、ルギュロスさんだって分かってるし。ルギュロスさんだから運んでるんだし。
……そうして運んだフェイとラージュ姫、そして不貞腐れた様子のルギュロスさんにも挨拶して、甘酒を振る舞った。
ラージュ姫は甘酒を気に入ってくれたようだったし、『恐らく父上が好む味です』とのことだったので、とっくりから瓶に少し移して、お土産に持っていってもらえるようにした。まあ、あの王様、大福も好きだもんね。和菓子の類、他にもプレゼントしてみようかな……。
そして、フェイとルギュロスさんにとって、この『甘酒』という未知の味はなんだか新鮮だったらしい。なんだか2人ではしゃいでいたので、ちょっぴり面白かったよ。
ただ……。
「なーなートウゴーぉ、もう一杯くれよー」
「いいけど、フェイ、大丈夫?」
「んー……へへ、うまいなー、これぇ」
フェイは何故だか、盃で飲む甘酒がお気に入りになってしまったらしくて、いつのまにやら龍のとぐろの中に潜り込んで、甘酒をねだるようになっていた。
でもなんだかフェイ、ちょっと酔っぱらってるようなんだけれど、大丈夫だろうか。
「とうごー、とうごー、じーてりしーりゃどーりきゃ、ぷぃー!」
更に、起きたレネがぽやぽやふわふわしながら盃を差し出してくる。ええと……こっちも大丈夫だろうか。
「レネはこっちにしておこうか」
「わにゃ?とうごー、わにゃじーどーりきゃ?あみゃじゃけ?」
「ええとね、甘酒じゃなくて、かるぴす」
レネには甘酒がとっても強いお酒になってしまうみたいなので、カルピスを描いて出して、盃に注いであげた。するとレネはくぴくぴ、とカルピスを飲んで、『うみゃー!』ととろける笑顔。どうやらお気に召したみたいです。
「トウゴー!俺も!俺もそれ!それ飲みてえ!」
「そうだね。フェイもこっちにしておいた方がいいと思う」
フェイもなんだか酔っぱらってしまっているから、カルピス。美味しいよね、カルピス。
……と思っていたら、いつのまにやら龍も盃をずいずいやってきている。なのでそっちもカルピス……。あっ、龍が『なんか違う』みたいな顔をしている。あああ、じゃあそちらは次から甘酒にします……。
「あらあら。いつの間にかドラゴンが集まってるのね?」
そんな僕らを、クロアさんが覗きに来た。
確かに今、ここにはドラゴンが集まってしまっている。龍はドラゴンだし、フェイはドラゴンの血を引いているし、レネはドラゴン!そして1人、全く無関係だけれどとりあえず龍のとぐろの中でスヤスヤ寝ている先生も居るよ!
「何?ドラゴンってそういう白い甘い飲み物が好きなモンなの?じゃあホットミルクとかも好きだったりする?」
「ふふふ、もしかすると、トウゴ君にお酌させるのが好きなのかもしれないわねえ」
「ふーん。そっか。なんかいいわね」
……クロアさんとライラの会話はなんだかよく分からないけれど、確かに今、フェイもレネも龍も、皆何故だか僕からカルピスだの甘酒だのをねだろうとする。うーん、不思議だ。
それに、龍はさておき、レネとフェイは、その、カルピスをねだってくる様子がなんだか可愛らしいものだから、僕はなんだか森の子をかわいがる森の気分になってしまって、『いっぱいお飲み』ってやってしまっていた。酔いが残ってとろんとしながらカルピスをちびちび美味しそうにやるドラゴン達は、なんだか新鮮だった……。
「それにしても、なんだか縁起がいいなあ」
まあ、不思議ではあるのだけれど、おめでたい光景ではあるよね。なんといっても、お正月からドラゴンが3匹!
「そういうもん?まあ、ドラゴンが集まってるなんて、そうそう無い光景ではあるんだけどさ」
うん、うん。なんだかいいと思うんだ。しかも先生も居て、他の森の子達も居てくれるんだから、僕にとっては最高のお正月!
ああ……来年も、こういう風に過ごせたらいいなあ。
まあ、龍にいじめられるのは嫌だけど。あと、未だにとぐろの中から出してもらえないので、それはちょっと、困るのだけれど……。
……あっ、向こうの方で遂に鳥が酔っぱらって眠り始めてしまった。あっ、あっ、鳥のお腹の上で魔王が踊っている。うーん、あれは何の踊りだろう。魔王なりに新年を祝う踊りなんだろうか……。
……結局。
僕が龍のとぐろから出してもらえたのは、夕方になって、先生がのっそり起きてきてからでした。
先生が『あー、良く寝た。うむ。ではトーゴよ。ちょっと僕の家に来て、おせちの消費を手伝っていってくれたまえ。同郷のよしみってことで、龍もいかがかな?』ってやってくれたので、龍はようやく僕を解放してくれました。
その後は皆で先生の家に集まって、中庭と和室を使って、美味しいごはんを食べました。先生は案外マメにおせちを作っていたよ。まあ、『僕はこれが好きでね!』って言いながら、重箱いっぱいの水ようかんを出してきた時にはちょっとびっくりしたけど……。
……ところで、先生が生み出してしまった『無限甘酒とっくり』なのだけれど、あれは妖精達に寄贈した。
その結果、それからしばらく妖精カフェでは『新年!あまざけフェア!』なる催しが開かれることになった。
甘酒を使ったケーキやらなにやら、お菓子が沢山お店に並んで、中々好評を博していたよ。先生もカフェでそれらを味わって、『ううむ、偶には変なものを生み出してみるものだ……』って言ってた。
まあ、そんな新年の出来事でした。
……どうか、今年も一年が終わる時、『色々あったけれど、いい一年だった』って思えるような一年になりますように!
1月15日にコミックス5巻発売です。よしなに。




