そっくり変身の日
「とうごーっ!」
「とうごー」
「とうご!とうご!」
……僕が門を開けたら、レネが3人居た!
「えっ!?えっ、な、なんでレネが3人も……!?」
僕はとにかく混乱してる。だ、だって、レネが3人も!レネが!3人も居る!
レネは3人とも、とうご、とうご、と僕を呼びながら僕にくっついてくるんだ。レネはいつも通りふわふわで、すべすべで、なんだか甘い匂いがして……それが3人分!あああああ、これ、これ、一体どういう状況なんだろう!
「とうごっ!とーうごっ!」
「とうごー、とうごぉー」
「とうご!とうご!」
ああ、困っていても、レネはふにふにくっついてくる。それがますます僕を混乱させるんだ!だって、同じ姿かたちの人が3人居たら、誰だって混乱するよね!?
「レネが3人に増えちゃった、のかな……」
困ったなあ、と思いながらレネ3人を観察してみると……あれ、ちょっと違うんじゃないかな、ということに気づいた。
ええとね、レネは3人とも、ちょっとずつ違うみたいなんだよ。姿かたちはそっくりそのまま一緒なんだけれど、仕草とか、そういうのが違う。
僕から見て2人目のレネがこっちを見上げてくる目が、なんとなく、レネじゃない、っていうか……。
2人目のレネの目を見つめ返してみたら、ちょっとだけ、身構えられた。『な、何よ』ってかんじ。……うん。
「……ええと」
きょろきょろ、と3人を見比べていると、1人目のレネはきらきらした目で楽しそうに、好奇心いっぱいな様子で僕の手を握ってぴょこぴょこ跳ねている。2人目のレネは、僕の服の裾を握ったまま、『とうご、とうご』って僕を呼んでる。そして3人目のレネは……僕をじっと見つめながら、『とうごー……』と、少しだけ不満そうな、心配そうな顔。
となると……。
「ええと、君がレネ、だよね?」
3人目のレネに確認してみると、レネは、ぱち、と目を瞬かせて、それから、ふわわわわ、って花が咲き綻ぶみたいに笑顔になっていった。
……一応確認、と思って、レネにきゅ、と抱き着いてみる。
1人目のレネは、ちょっとびっくりした様子だったけれど、『ふりゃあーっ!』とご機嫌。
2人目のレネは、ちょっとわたわたしながら、『ふ、ふりゃ……?』と困惑気味。
そして3人目のレネは……『ふりゃあ!』とぽかぽか、とろけるような笑顔!うん!やっぱり、君がレネ!
どうやら正解だったみたいで、3人目のレネ改め本物のレネは、『とうごー!』と喜んで僕に飛びついてきた。ああ、やっぱり本物のレネだ!
ということは……。
「じゃあ、こっちはライラだよね」
2人目のレネにそう言ってみると、ぽふん!と音がして、なんと、ライラになった!
「あーあ、あんた、レネのことは分かっちゃうのね」
変身が解けたらしいライラはちょっと悔しそうだったけれど、そりゃあ、分かるよ。
「うん。あと、ライラの目がやっぱりライラっぽかったから」
僕、ライラのことは何度も描いてる。見て分かるだけの付き合いはしてきたつもりだよ。
「それで、こっちはフェイ」
「うおっ、俺のことも分かっちまうのか!」
「うん。なんだかね、動き方がフェイだったよ」
好奇心っぷりで楽し気な様子は、やっぱりフェイのものだったみたいだ。こちらもぽふんと変身が解けて、フェイの姿に戻る。
やっぱりね、姿かたちがレネでも、本物のレネはその表情が一番あったかくてとろんとしてるから、見て分かるんだよ。『気づいてもらえなかったらどうしよう』ってちょっと不安になっちゃうところも、やっぱり本物のレネの反応だった。
「とうごー!とうごー!たきゅー!らいしゅきー!」
そしてレネは、嬉しそうに僕にきゅうきゅうくっついている。こんなに喜んでもらえるんだから、正解できてよかったなあ。
「えーと、それで、これは妖精おやつ?」
「そーそー。知り合いの姿に化けられるおやつ、だってさ」
さて。事情を聞いてみたら、やっぱり妖精の仕業だった。そうだと思ったよ。
今回の妖精おやつは、小さな山椒の葉っぱが乗ったいなり寿司。狐の変身おやつに似ているけれど、これは『知り合いの姿になれるおやつ』なんだってさ。勿論、姿しか化けられないから、化けた相手の能力が使えるようになる、なんてことは無いらしいのだけれど。
「そういうわけなんだわ!だから今、私はリアンの恰好っていう訳なのよ!」
「うー……なんか、へんなかんじだよな、これ……」
そして、おやつの実験に協力してくれているらしいカーネリアちゃんとリアンは、互いに互いの姿をしている、みたいだ。リアンの見た目のカーネリアちゃんを撫でてみたら、『くすぐったいわ!』って嬉しそうにしてくれるものだから、その、ものすごく不思議なかんじだ。
そして誰よりも不思議な気分になってるのは、多分、リアン。
……自分の恰好をした自分じゃない人が、『くすぐったいわ!』ってやってたら、複雑な気分だろうなあ。特に、中身がカーネリアちゃんなわけだし……。
「まあ、描き甲斐はある」
「まあそうよね」
うん。僕もライラも、『くすぐったいわ!』のリアンを描かないわけにはいかないんだよ。リアンって絶対に、こんな表情は浮かべてくれないので……。
「な、なんで描くんだよ!」
「いや、勉強になるなあ、と思って……」
「なんかいいのよ」
リアンは恥ずかしがっているけれど、僕としては、こんなに表情が変わる人間の絵を描かないわけにはいかないので……。いや、本当に、色々な表情を描くのって、勉強になるよ。顔のパーツのどこがどうなったらどういう印象になるか、っていう分析になるというか。うん。とにかく、勉強になるし、楽しい。
「ホントに絵ぇ描くの好きだよなあ!でも、だったら自画像でも描いてりゃいいだろ!」
リアンは恥ずかしがってそんなことを言う。ぷんぷん怒るリアンに、リアンの姿のカーネリアちゃんが『怒っちゃダメよ!』って言っているのがまた何とも可愛らしいんだけれど……。
……うん。成程。自画像か。
「……成程ね」
「それはありだね」
僕とライラは顔を見合わせて頷いた。
確かに、究極の勉強になるかもしれない。
……という訳で、僕とライラはお互いの格好に化けてみました。
まずは変身おやつもとい変身いなり寿司の実食。
山椒がぴりっと効いたご飯には天かすも入っていて、なんだかおいしい組み合わせ。それに、お揚げがまた何とも美味しくて……。
そうして美味しく食べた後、僕とライラは互いに、ぽふん。気づいたら、僕はライラに、ライラは僕に変わってました。
「……変なかんじだ」
「そうね……うわ、あんたの声じゃないの、これ。やだぁ……」
「僕の声でそういうこと言わないでよ」
「ならあんただって私の顔でそんなふわふわした表情浮かべないでくれない?」
僕ら、互いに顔を見合わせて、なんだか変なかんじ。
ライラってやっぱり、ライラなんだよ。僕の姿をしていても、ライラ。その、視線が鋭いっていうか、ちょっとつんつんしてるかんじっていうか……。
「お、おおー……おもしれえなあ、これ」
「うん。ちょっと新鮮なかんじだよね。僕としては落ち着かなくもあるけれど……」
「そ、そうね。なーんか落ち着かないわ、これ……」
フェイも面白がってるみたいだけれど、まあ、僕とライラはちょっとそわそわ。レネが『あいんてれっしゃー……!』と目をぱちぱちさせながら、僕とライラを互いに見て、くすくす笑っている。
「落ち着かないので早く描き始めよう」
「そ、そうね……」
僕とライラはそわそわしながら、互いに画材を取り出して描き始める。描き始めちゃえば集中できるので、そわそわしないで済むんだよ。僕ら、絵描きなので……。
……ということで、僕とライラはそれぞれに『自画像』を描いてみた。自分の顔をこんな風に観察しながら描くことって無いから、とても新鮮な気分だ。
けれど……。
「……僕の顔じゃない、よなあ」
「あー、私の方も、私の顔じゃ、ないわよこれ」
描き上がったものを見てみたら、その、なんか違うんだよ!
「僕って、こんな風に目がぎらぎらしないんじゃないかな……」
「そうよね。あんたっていつもぽんやりしてるから……これは私の表情かあ」
うん。そうなんだよ。僕は僕の顔を見ながら描いたわけなんだけれど、その中身がライラなものだから、その……ライラが真剣に絵を描く時の表情、になっちゃってる。
真剣に強敵に挑んでる時みたいな。『やってやろうじゃない』とか『やっつけてやるんだから』とか、そういうかんじ。目がぎらぎらしていて、その、勇ましいっていうか。
「まあ!トウゴのお顔なのに、なんだか凛々しいわ!物語の勇者様みたい!」
「僕は普段、勇ましくも凛々しくもないもんね……」
カーネリアちゃんの純粋無垢な感想が、ちょっぴり僕を傷つける。うん、まあ、分かってはいるんだけれどね……。
「……で、私って、こういうあんたみたいな顔、絶対しないじゃない。変な自画像になっちゃったわ。なんか、中身が精霊様、ってかんじよね、これ」
「中身が精霊様……?」
そして一方、ライラの自画像の方は、僕の表情なものだから、その、ライラにしては幾分静かすぎるかんじの絵になってしまっている。
「あー、そうだよなあ。ライラは描いてる時、強敵とか難問に立ち向かっていって倒してやる、ってかんじの顔だもんな。で、トウゴは全部受け入れて吸収しようって顔、っつーか……色々見透かすような目、してるんだよな。静かで、でもすっげえ集中してるかんじっつーか」
「そう!それで、時々、ふにゃ、って笑うのよ!それがね、ぜんっぜん!私っぽくないのよ!なんか、水彩画みたいでさ……うーん、妙なかんじ……」
そ、そっか。僕は、ふにゃ……。うう、もうちょっと凛々しくなりたいなあ。
ちょっとしょんぼりしていたら、ぽふん、と音がして、僕もライラも元に戻った。ああ、やっぱり自分は自分の姿で居るのが一番落ち着く……。
「ところでこれ、結構とんでもないおやつなんじゃない?妖精おやつの中では一番犯罪目的に使えそうっていうかさ」
そして、そこでライラが問題提起。うん、まあ……確かにそうだね。
「なりすましができちゃうからね。僕がフェイの姿で妖精カフェに強盗に入る、とか、できちゃう」
「う、うーん?まあ、理屈の上では可能だけどな?でも俺はお前が妖精カフェに強盗に入っても妖精に『きゃー!強盗さんには特大パフェを提供しなきゃ!』ってもてなされる未来しか見えねえ……」
……どうせ強盗する気概の無い僕ですよ。どうせどうせ。
「ま、まあ、トウゴが強盗に不向きってのは置いとくとしてもさ。これ、やっぱり他人に成りすませちゃうわけだから、流通させるのは危険かもしれないわよね」
僕らが話す内容は、アンジェと妖精達によって熱心に記録されている。まあ、次のおやつ開発に活かしていただければ……。
「……ところで、本気で成りすまそうと思ったら、どれくらい成りすませるんだろうなあ」
妖精達が『やっぱり商品化は難しいでしょうかね』みたいな顔で頷き合う中、ふと、フェイがそんなことを言った。
「ほら、さっきのレネに化けてみたのは、まあ、冗談だったけどさ。でも、本気でやったら……どれくらいいけるんだろうな、って思ってよー」
あ。フェイの顔が、探求モードになっている。物事を探求して、探求して、好奇心のままに調べ尽くそうっていうときの顔だ!
「……よし。ちょっとルギュロス呼んでくるわ」
「へ?」
な、何故ルギュロスさん?ええと、あ、もうフェイ、火の精で飛んで行っちゃった。
ええと、ええと……まさか!
「ってことで!これから、俺とルギュロス、どっちがどっちかを当ててもらうからよろしくな!」
「おい、レッドガルド!貴様、私の姿でそのように品の無い話し方をするな!」
……ということで、今、僕らの目の前にはルギュロスさんが2人居ます。
いや、片方は、フェイなんだけれどね。うん、すごく衝撃的な見た目だよ。何と言っても、あのルギュロスさんが上機嫌に爽やかな笑顔で『ヨロシク!』ってかんじに片手を挙げて挨拶してるわけだから。中身がフェイのルギュロスさんって、その、その……すごく違和感がある!
「トウゴ・ウエソラ!これはまたお前の仕業か?」
「いや、妖精さんの仕業です」
ルギュロスさんに問い詰められそうだったので、早々に責任の所在を明らかにしてしまう。妖精達は、『私達の仕業です!』ととても堂々と、誇らしげ……。
「ま、そういうわけでやろうぜ!よろしくな、ルギュロス!」
「貴様が私に化けたとして私らしくなるわけがないだろうが!ふざけているのか!」
フェイが取りなそうとしたら、またルギュロスさん、怒りだしてしまった。まあ、怒るだろうなあとは思ってたよ、僕も。
……けれど。
「……ほう?随分と自信があるようだな、ルギュロス・ゼイル・アージェントよ。だが慢心もそこまでにしておくことだ。貴様の言動を真似ることなど、私には容易いことなのだからな」
フェイが……ええと、多分フェイが、そう、言った。
その言葉も、誇らしげで自信たっぷりで相手をちょっとバカにしたような表情も、仕草も、全部、あまりにもルギュロスさんなものだから、その、僕ら、結構驚いた。
……そして誰よりも驚いたのはやっぱり、ルギュロスさんだったんだと思うよ。
「な、き、貴様……」
「さて。時間が惜しい。とっとと始めるぞ」
にや、と笑ったフェイに、ルギュロスさんはまだ混乱しているようすだったけれど……でも、やっぱりルギュロスさんはルギュロスさんで、すごいんだよ。
「……そちらがその気なら、受けて立ってやる。だが、この妙な菓子の効果は全て明かしてもらうぞ。それから、5分程度、時間を貰おうか。動揺したまま挑まされるのでは公平を欠く」
この適応力。『勝つ』ということへの執着。そしてそのための綿密な準備……ああ、すごくルギュロスさんっぽい!
……ということで、物陰に入った2人が何か話している横で、僕らはちょっぴり、ひそひそ話。
「な、なんかフェイ様があんまりにもルギュロスさんっぽかったから、なんか、なんか変なかんじよね……」
「うん。僕もびっくりした……」
「フェイ兄ちゃん、すげえよなあ。俺、あんなにちゃんとルギュロスの真似できる気、しねえもん」
「妖精さんもね、今、とってもびっくりしてる……」
僕らは『すごいよね』『すごいよね』って話しながら、2人のルギュロスさんの登場を待つことにした。うーん、果たしてどうなることやら……。
……そうして。
「よし……では始めるとしよう。こんなことはさっさと終わらせるに限る」
「お前達、分かっているだろうな?どちらが本物か、間違えずに答えるのだぞ?」
ルギュロスさんが2人!ちょっぴり不機嫌で、ちょっぴり好戦的で、そして大分偉そうにやってきた!
あまりにも2人ともルギュロスさんなものだから、僕ら、困惑。どっちかがフェイなんだって分かってても、その、あまりにも、あまりにもどっちもルギュロスさんすぎて!
「う、うわあ……マジでルギュロスが2人じゃん」
リアンのあんまりな感想も、今なら納得だ。ルギュロスさんAもルギュロスさんBも、ルギュロスさん!
「おい、リアン。常々思っていたのだが、お前は何故私を呼び捨てにする?」
「そりゃ、お前が森を燃やした奴だからだよ。あと、ルギュロスは兄ちゃんってかんじ、しねー」
……あああ、ルギュロスさんAの顔が、どんどん険しく!
「え、ええと……あの、そちらのルギュロスさん?あなたが本物かしら?」
「その問いはあまり賢いとは言えないな。ジオレン家の娘よ。偽物が正直に『はい私が偽物です』と言うとでも思ったか?」
「なんだか偉そうなところはすごくルギュロスさんっぽいわ!」
ああああ、こっちでも、ルギュロスさんBの顔が、険しくなっていく!
「えーと、どっちのルギュロスさんも、そんな不機嫌にならないの。ほら、桃あるわよ」
「……私は召喚主から、桃で釣れる生き物だと思われているらしいな」
「非常に遺憾なのだが?」
ライラが桃を剥いて出してみたら、どっちのルギュロスさんからも渋い顔をされてしまった。でもルギュロスさん、ライラに対してはあんまり怒らないんだよなあ。やっぱりライラの召喚獣だからだろうか。
「まあ、折角だ。頂こうか」
「偽物に食らいつくされるのも癪だな……」
そうしてルギュロスさんは2人とも、着席してライラが剥いた桃を食べ始めた。
……フォークの使い方が、とっても綺麗だ。う、ううーん……そうなんだよなあ。ルギュロスさんばっかり上品で綺麗な所作のイメージがあるんだけれど、フェイだって、ちゃんとしようと思ったらものすごく綺麗な所作ができちゃうんだよ。だからこれは参考にならない……。
「……どっちも貴族っぽいじゃん」
「セレス。レッドガルドがそれらしくないというのは私も認めるところだが、一応は、どちらも貴族だ」
『そっくりです!すごいです!温かい魔力も似ていて、すごくそっくりです!』
「あー……夜の国の親善大使よ。つまり、私の光の魔力とレッドガルドの炎の魔力が、似通っている、と?そういうことか?」
うん。そう。そうなんだよなあ。うーん、フェイって、こんなにもルギュロスさんの真似が上手だったのか。ルギュロスさんは光の魔法が得意な人で、フェイは火の魔法が得意な人だから、確かにそういうところも似ているといえば、似ている。
……なんだかちょっぴりやきもち焼きそうだ。フェイは僕の親友なんだからな!
……困ったなあ。僕としては、ちゃんと見分けたいんだけれどなあ。でも、これが中々難しい。
森の子のことなんだから分からなきゃ駄目だろうって思うんだけれど、でも、フェイの『ルギュロスさんのふり』があんまりにも上手なんだよ!どっちも、とっても、ルギュロスさん!
なので……困った僕は、奥の手を使わせてもらうことにした。
「あの、ルギュロスさん達」
「何だ」
「その『ルギュロスさん達』というのは何だ?私は1人だが?」
ちょっとズルいかなあ、と思いながら、僕はルギュロスさん2人の前に、スケッチブックを出す。
「こちらをご覧ください」
スケッチブックには、この間森に来た時に見た光景を描いてある。
ええと、露天風呂に入浴している隙にパンツとズボンを鳥に盗まれた先生が、パンツ代わりになってくれた魔王一丁で鳥を追いかけている時の絵。
これ以上ないくらいに必死の形相で走る先生と、どこ吹く風の鳥と、そして使命感を感じさせるきりりとした顔の魔王のコントラストがとてもよく描けた一枚だよ。
……案の定、ルギュロスさんAの方は『なんだこれは』みたいな愕然とした表情で慄いて、ルギュロスさんBの方は、思い切り噴き出した。はい。今笑った方がフェイです!
「いや、トウゴ!トウゴ!それはずりぃよ!」
「笑っちゃうフェイが悪いっていうことで、どうかな」
はい。ということで、ルギュロスさんBがぽふんとなって、フェイに戻った。少しの間、『思いっきり笑うルギュロスさん』というものすごく珍しいものが見られたので、僕は満足です。
「そうだな。まだまだ甘いぞ、レッドガルドよ」
「うるせー!なら次はお前が俺の真似してみろってんだ!」
「断る。何故、低俗な貴様の真似などしなければならんのだ」
ルギュロスさんは相変わらずちょっと不機嫌そうだけれど、でも、なんだか勝ち誇ったかんじだ。この人、負けず嫌いだからね。
「ああ、私、フェイお兄様のことを本物のルギュロスさんだと思っていたわ!そっちのルギュロスさんはリアンのこと『リアン』って呼んだから、ルギュロスさんじゃないと思ったのよ!」
カーネリアちゃんはフェイが笑いだすまで間違えていたみたいで、なんだか悔しそうだ。カーネリアちゃんも負けず嫌いなレディだからね。
「……私もお前たちの名くらいは分かるが」
「だって私のことはジオレン家の娘、って呼ぶじゃないの!」
「お前には家名があるだろうが」
「ずるいわ!私のこともカーネリアって呼んで頂戴!」
カーネリアちゃんの勢いに、ルギュロスさんが圧されている。まあ、そうだろうなあ。カーネリアちゃんはこの森で一番パワフルな人だから、圧されてしまうのも已む無しだよ。
「へへへ。俺は、ルギュロスが俺のこと『リアン』って呼ぶの、知ってたからな。そこでは引っかからなかったぜ!」
「大したもんだよなあ。くそー、俺、『セレスって呼んだ方がぜってールギュロスっぽい』と思ってそうしたんだけどなあ」
人が人をどう呼んでいたかって、案外覚えていないものだよね。僕も『どっちだっけなあ』って思ってたよ。
「ちなみに私は、桃食べてた時に分かってたわよ」
そしてライラは、なんと、答えが分かっていたらしい!
「本物のルギュロスさんの方が美味しそうに食べてたからさ。フェイ様の方は、『ルギュロスさんっぽく』って意識が強くて、あんまり味を楽しむ余裕、無かったんじゃない?」
「いやー、その通りだ!ライラはすげえなあ」
「そりゃね。私、一応はルギュロスさんの召喚主だもの。分かんなきゃダメでしょ」
「いや、そんなことはないと思うけれど」
な、なんだかライラがすっかり召喚主として板に付いてきてしまっている……。いいのかなあ、いいのかなあ。ほら、ルギュロスさんも『まあそうだろうな』みたいな顔してるけれど、あなた、一応召喚獣ではあるけれど人間なんだよ。
「……ま、いい経験にはなったな。俺、まだまだルギュロスの観察が足りねえみたいだ」
「私の観察より、あのような絵を見て笑い出さないだけの慎み深さと品格を身に着けた方がよいのではないか?」
「いやー、あんなの見たら笑うだろ。……ところでトウゴぉ。それ、どういう状況だよ」
「ああ、これは入浴中に鳥にパンツとズボンを盗まれてしまった先生が鳥を追いかけている場面。魔王は自主的にパンツになってくれたらしいよ」
絵の解説をしたら、余計にフェイの笑いを誘ってしまった。ライラとリアンも笑ってたし、カーネリアちゃんとアンジェとレネは『興味深い!』と目を輝かせていたし。それにルギュロスさんも、ちら、と絵を見ては、ちょっとぴくぴくしながら、多分笑ってたよ。
ルギュロスさんって、こういうのを見ると先に『意味が分からん』が来ちゃうだけで、意味が分かったら面白いと思っちゃうんだよね。それは僕も知ってたよ。
さて。一頻り笑った後で、フェイが、にや、って笑う。
「俺の化け方は粗があったわけだけどよー……これ、粗が無かったら本当に分からねえんじゃないかって、思うんだよなあ」
粗は、まあ、あったけれど……そうだなあ。確かに、全然分からないくらい上手に化ける人が居たら、もっとすごい眺めなのかもしれない。
「そうよね。……ねえ。こういうのが一番上手い人に、やらせてみたくない?」
ライラもそう言って、にや、って笑う。
そうかあ、一番上手い人、かあ。ええと、それってつまり……。
「つまり、クロアさんね!それはきっと……すごいわ!」
「そう。クロアさんよ!絶対にこういうの得意でしょ!?ね!?」
あ、そうか。クロアさんかあ……。確かに、プロの密偵さん、だもんね。きっと上手に化けるに違いない。彼女のエキシビションマッチを見てみたくはあるなあ。
……僕としては、多分、先生もこういうの上手だと思うんだけれどね。
それから僕らは、騎士団詰め所へ。そこで何かの打ち合わせをしていたらしいクロアさんに、事情を説明してみた。
「あら、そういうこと?いいわよ。それで私は、誰に化ければいいのかしら?」
「それはクロアさんにお任せするわ。一番上手く化けられそうな人にしてみてよ」
快諾を頂けた僕らは、わくわく。クロアさんはそんな僕らににっこり微笑んで、それから僕らを見回していく。
「そうねえ……まず、トウゴ君とレネちゃんとアンジェは、やめておこうかしら」
「え?」
「わにゃ?うぃー?」
「私のまねっこ、クロアさん、にがてなの?」
僕ら3人が不思議に思っていると、クロアさんはくすくす笑って僕らの頭を撫でていく。
「そりゃあね。あなた達、純真無垢すぎるのよ。私が演じるにはちょっと、ね。まあ、カーネリアちゃんはその点、とっても力強い子だから、ちょっぴり演じやすいかしら。でも、だったらリアンやライラの方が演じやすいわねえ」
そ、そうなのか……。なんだか、褒められているのか、貶されているのか……。ライラやリアンよりも僕って単純ってことかな……。うん、単純だね……。自覚はね、あるんだよ。うん。
「フェイ君とルギュロスさんなら、断然ルギュロスさんの方が演じやすいわね。ふふ、あなた、私とちょっぴり似ているところ、あるじゃない?」
「……私はそのようには思わんがな。まあ、レッドガルドよりは上手く私に化けそうではあるか」
成程。この中で一番、クロアさんに近いのはルギュロスさん……っていうわけではないんだろうけれど、でも、演じやすいのはルギュロスさん、なんだろうなあ。なんとなく、分からないでもないというか、クロアさんならそうだろうなあ、っていうかんじはある。
「でも、ルギュロスさんに化けるのは、もうフェイ君がやっちゃったんでしょう?なら面白くないかしらねえ」
クロアさんは、うーん、と悩んで……やがて、その睫毛が長くて綺麗な目をぱちぱち、とさせて、にこ、と笑う。
「じゃあ、決まり。ラオクレス。私、あなたに化けるからよろしくね」
クロアさんがそう言うと、いつの間にかクロアさんの後ろに居たラオクレスが、顰め面をした。
「……こうなるような気はしていたが」
「あら、勘がいいわね」
「そろそろ付き合いも短くないからな」
はあ、とため息を吐いて、ラオクレスはクロアさんと一緒に、奥の方へ引っ込んでいった。
「……なんか、ラオクレスもクロアさんも、互いに慣れてきてるわよね」
「うん。勝手知ったる、っていうかんじだ」
「とうごー、らいらー、じーす、『なんかいーのよ』?『なんかいーのよ』?」
「そうね。なんかいいわよね、あれ……」
……ライラとレネが神妙な顔で頷き合っている横で、僕はなんとなく、そわそわしています。そわそわ、そわそわ……。
「すまない。待たせたな。クロアが手間取った」
やがて、ラオクレスが奥の方から出てきた。いつも通りのちょっと渋い顔だ。
「……おい。お前がクロアだろう。何を言っている」
そして、奥からもう1人、ラオクレスが出てきた。
「まあ……こうなる気はしていたが」
「俺も今、こうなることが理解できたが……厄介だな、これは」
2人のラオクレスは、はあ、とため息を吐いて、手近な椅子に座る。座るタイミングも、示し合わせたみたいにそっくり!
「……うそぉ、どっちがどっちか、全然、わかんない!」
「ら、ラオクレスのおじさまが2人になっちゃったわ!大変だわ!大変だわ!」
「どっちもラオクレスおじちゃん……」
女性陣が愕然としていると、2人のラオクレスは居心地悪そうに、ちら、とこっちを見て、それから視線を彷徨わせて、それで、またため息。……本当に、鏡でも置いてあるみたいにそっくりだ!仕草や表情の1つ、ため息の力強さまで、全部一緒!
「……なー、ルギュロスぅ。分かるか?」
「……待て。今、見定めているところだ」
「つまり分からねーってことじゃん、それ。俺もわかんないけどさ……」
そして男性陣からも、この反応!2人のラオクレスはそれぞれ、特に意味も無くもぞもぞ体を動かしたり、天井を見上げたり、床を眺めたり……あああ、仕草の隅々まで、どっちも、完全に、ラオクレス!
「敵ながら、ここまで来ると天晴だな」
「ああ、俺も同じ気分だ」
ラオクレス同士がなんかもう達観してしまっていて、『もう1人の自分相手』っていう具合に話している!ああ、もうこれ、分からないよ!
「と、とうごー……しゅとれーじゅ……」
「うん……これは困ったねえ……」
僕とレネも、只々困惑!ああ、クロアさんって……クロアさんって、本当に、プロ!
……ということで、僕らはしばらく、2人のラオクレスを眺めていることになってしまった。
その内、森の騎士団の皆さんもいらっしゃって、『ただいまー……うおおおっ!?エドが増えた!?』と慄いたり、『クロアさんが化けてるだって!?エドが増えたっていう方がまだ信じられるぜ!』と疑ってみたり、色々な反応を見せてくれた。
僕は2人のラオクレスや、2人のラオクレスに反応する騎士の皆さんを描いて満足すると同時に、なんとも不思議な気分だ。何と言っても、ラオクレスなんだから。2人とも、すごく、ラオクレス……。
結局、僕らはクロアさんの変身時間が終わるまで、どっちがどっちだか分からないままでした。うーん、クロアさん、やっぱりすごい……。
そうして。
結局、この変身おやつは『プロの密偵さんが悪用すると大変なことになるので』ということで、販売は見送りとなりました。まあ、それがいいと思うよ。クロアさん並みの演技力がある人だったら、本当に本人と見分けがつかない化け方ができるって証明されてしまったし……。
ただ、時々遊ぶためにならいいよね、ということで、妖精達が時々、クロアさんや他の人に頼まれて生産しているみたいだ。まあ、内輪でちょっと楽しむ分には、いいと思うよ。その人が本来しない顔を見られて、僕やライラの筆も捗ることだし。
……ちなみに、この森で一番演技が上手いのはクロアさんだと思っていたんだけれど、実は、やっぱり先生が結構いい線行くっていうことが後々発覚したりして、その内クロアさんと先生の化かし合い対決なんかが開催されてしまったのだけれど、それはまた、別の話……。




