フローラル石膏像
ふと、ふわふわいい香りがして振り向く。するとそこには、カーネリアちゃんとアンジェがきゃっきゃとはしゃぐ姿があった。
「なんだか2人ともいい香りがするね」
カーネリアちゃんもアンジェも、いつも大体いい香りではあるんだけれど……ええと、カーネリアちゃんは大体いつもお菓子の香りがするし、アンジェは妖精の国の花の香りがするし。けれど今日はいつもと雰囲気が違うんだ。
「そうなの!ね、トウゴ!今、妖精さん達が香水作りをしてるのよ!」
ほらね、とカーネリアちゃんが見せてくれたのは、綺麗な細工の香水瓶だ。その中でゆらゆらしている液体が香水なんだろう。
手首を出してね、と言われたのでカーネリアちゃんの前に手首を出すと、彼女は香水瓶から一滴、僕の手首に液体を垂らした。……すると、なんだか甘くて大人っぽい花の香りがする。
「木蓮の香水、なんですって!」
「成程……そう言われてみればこういう香りだったなあ」
自分の手首からふわふわいい香りがするのはなんだか落ち着かないのだけれど、でも、木蓮の香りっていうものを確かめられたのは大きな発見。こういうのも僕の筆の餌で、必要な経験なので……。
「妖精さんの香水はね、すごいのよ!いい香りがするだけじゃないの!この木蓮の香水はね、香りを嗅いだ人を優しい気持ちにさせる効果があるんですって!月の光の蜜を混ぜてるらしいわ!」
成程……言われてみると確かに、そんな気がする。のんびりまったり、優しい気持ち。月の光の下をお散歩しているような、そんな気分。
「こっちはね、気分がすっきりして、しゅうちゅうりょく?があがるの」
ついでにアンジェも同じように香水瓶から僕の手首に香水を垂らしてくれた。……右の手首は木蓮の香りで、左の手首はレモンの香りになってしまった。
「確かにレモンの香りはすっきりするね」
「妖精さんのおすすめ、なんだって。レモンにおうまさんの角のこなをまぜるとこうなるんだって!」
こっちもいいかんじ。これ、勉強する時とかにいいのかもしれない。……いや、あんまり香りがすると却って集中できなくなってしまうかもしれないけれど。
自分がいい香りなのはちょっと落ち着かないので、手首を水で洗ってきた。それでもほんのり香る気がするけれど、まあ、この程度ならじきに薄れて気にならなくなるだろうし、まあいいか。
「今、丁度お花の季節でしょう?妖精公園では薔薇が見事だわ!」
うきうきとした様子のカーネリアちゃんとアンジェを見ていると、なんだか僕も楽しくなってくる。色硝子と銀でできた綺麗な香水瓶は見ていても楽しいし、香水のイメージに合わせたデザインになっていて、成程、と思わされる。眺めているだけでも楽しい。
「今は薔薇の香水を作っているんですって!出来上がるのがとっても楽しみだわ!」
「白いばらと赤いばらだと香りがちがうの。たのしみ……」
僕もなんだか楽しくなってきたけれど、特に女の子達にはきらきら綺麗でいい香りの香水、っていうのは心躍るアイテムなんだろうなあ。2人のわくわくした表情が中々いい。描こうかな。
「……ところで香水って、どうやって作ってるんだろう。水蒸気蒸留?」
「すいじょーきじょーりゅー?……っていうのとは違うと思うわ。こう、ね?ぽわぽわー、ってお花の真ん中から雫を集めて、それをお鍋でかき混ぜて……」
ふと気になって聞いてみたら、とんでもない答えが返ってきてしまった。
そ、そっか。ぽわぽわー、で、お鍋……。
……やっぱりこの世界って、魔法の世界なんだなあ。
気になったので妖精公園を見に来た。
すると、そこかしこを妖精達が飛び回って、薔薇の花から何かを集めている。
……ちなみにこの妖精公園、薔薇で作った生垣の迷路があるものだから、薔薇の花はとんでもない数咲いているんだよ。
「ほら!ぽわぽわー、って!見えるでしょう?」
「成程……」
妖精達はそんな薔薇の花の真ん中にぱふっ、と埋もれるようにして、その中からきらきらした雫を両手に掬って汲みだしてくる。それを外で待ち受けていた妖精が瓶に集めて……ある程度瓶がいっぱいになったら、それは生垣迷路の片隅に設置された、小さな水瓶みたいな鍋の中へと放り込まれて……そこで香水になっていく、らしい。
「どういう仕組みなんだろう」
「……あのね、妖精さんの魔法、だって」
成程。妖精さんの魔法か。道理で訳が分からないわけだ。
僕らがしばらく眺めていたら、妖精達はその内、香水に向かってきらきら光る粉を撒いたり、何か魔法を使ったりし始めた。
「あれはね、香水に魔法の力を入れてるんだって」
「成程……香水に特殊な効果をつけてるのか」
レモンの香水に集中力を上げる力が入っていたように、今、薔薇の香水にそういう魔法の力をつけているんだと思う。どういう効果になるんだろう。
ワクワクしながら僕らは妖精の仕事を見守る。妖精達がくるくる飛び回ってあくせく働いている様子を見るのはとても楽しい。
……と、僕らがそうしていると。
「珍しいな。揃ってどうした?」
「あっ、ラオクレス」
そこに、妖精公園の見回りに来たらしいラオクレスがやってきた。僕らが3人揃ってワクワクそわそわ何かを見ているのが気になったらしい。
「これは……妖精が何かしているのか」
「これは香水を作っているところよ!」
カーネリアちゃんが説明すると、ラオクレスは、香水か、なんて呟きながら、僕らの横に並んで屈んで、妖精達を見守り始めた。ね、妖精達の仕事、見ていて楽しいよね?
「中々面白いな。こうやって花の香りを集めてくるのか」
ラオクレスも楽しそうに妖精達を見守る。妖精達は丁度、香水の鍋の中に最後の材料らしい、赤みがかった金色の綺麗な糸を放り込むところで……。
……その時だった。
ぽわわん!と、鍋の中身が弾ける。
その拍子に弾んだ鍋は、当然のようにその中身をあたりにぶちまけてしまって……。
……僕らを庇うように前に出たラオクレスに、たっぷりと降り掛かっていった。
「……大丈夫か」
そうして振り向いたラオクレスは、すっかり香水まみれになっていた。
「おかげさまで。ラオクレスは?火傷とかは」
「無い。……どうやら煮込んでいたわけではないらしいな」
やれやれ、とばかりにラオクレスはため息を吐くのだけれど……。
「……ラオクレス」
僕は、そんなラオクレスから目が離せない。彼、香水も滴るいい石膏像になってしまっているし……何より!
「……その。とっても、フローラルな香りになってる……」
……ラオクレスが、フローラルな石膏像になってしまったので!
一通り、妖精達がラオクレスにかかってしまった香水を拭いてくれたのだけれど、それでも髪や服に染み込んでしまった分はどうしようもない。今もラオクレスは薔薇の香りを漂わせつつフローラル石膏像だ。
「くそ……落ち着かんな」
「だろうね……」
なんとなく、僕もそわそわしちゃう。ラオクレスがいい匂い、って……うーん、なんというか、すごく違和感があって……いや、普段のラオクレスが悪い臭いっていう訳じゃないんだけれど、その、少なくとも薔薇の香りではないので……。
「ま、まあ……ラオクレス、とっても素敵だわ……」
……そして不思議なことに、カーネリアちゃんがぽうっとした顔でラオクレスを見つめている!アンジェは何故だか照れてしまって、カーネリアちゃんの後ろに隠れてラオクレスを見つめている!
「……これは一体どうした」
「ええと……うーん、僕にもよく分からないのだけれど……ねえ、アンジェ。もしかしてこの香水って、もう魔法の力が付いていたのかな」
女の子2人の反応に戸惑いつつアンジェに聞いてみると……。
「あのね……?その……こいの香り、になっちゃった、だって……」
鯉の、香り。そっか。鯉の。鯉……。
……あっ!?もしかして、恋の香り!?そういうことなんだろうか!?
「つ、つまりこの香水って……嗅いだ人が恋をしちゃうような、そういう香水っていうことだろうか!」
「わ、わかんない……」
アンジェは相変わらず、ぽっと頬を赤らめつつラオクレスから隠れてしまうし、カーネリアちゃんはぽーっとしながらラオクレスを見上げているし……ああああ!
「リアン!リアンー!助けて!助けてー!」
僕は即座に、リアンを呼んだ。
……それから、リアンによってカーネリアちゃんとアンジェは回収されていった。本当にありがとう。リアンは頼れる奴だよ……。リアンとしても、カーネリアちゃんとアンジェがラオクレスに……その、恋、をしてしまったら大変だもんね。
そして僕はラオクレスを連れて、一旦森へ帰った。まあ、このようにフローラルな香りになってしまったラオクレスは、一度洗ってしまわなければ、ということで。
……けれど。
「……どうだ」
「うーん……あんまり、香り、落ちてないね」
ラオクレスをお風呂に入れてみたところ、お風呂が薔薇の香りでいっぱいになった。そしてラオクレスは変わらずフローラル石膏像だった。
「……駄目か」
「うん……」
ちょっと匂いを嗅いでみたけれど、やっぱり薔薇の香り。甘くって、頭の芯がとろけそうになるような……。
「お、おい、トウゴ。しっかりしろ」
「うん……?」
なんだかふわふわいい気持ちになってきてしまって、僕は湯上りのラオクレスの胸に凭れさせてもらう。ああ、凭れてみると、益々いい匂い……。
「おい、トウゴ!」
ラオクレスが僕の顔を覗き込んでくる。そのヒヨコ色の目がなんとも綺麗で、ああ、本当にラオクレスって綺麗だなあ、と思う。すごく格好良くて、逞しくて、いい匂いで……。
「これは……くそ、駄目か」
ラオクレスがぺちぺち、と僕の頬を軽く叩くのだけれど、それすら何だか気持ちよくて、なんだか夢見心地のままラオクレスに抱えられる。
ラオクレスは僕をラオクレスの寝室に運び込んで、ベッドに座らせた。僕がなんとなくそわそわしながら待っていると……。
「……ほら。これを飲め」
ラオクレスはベッドサイドの引き出しに入っていた小瓶を僕に手渡してきた。すとんとした形の綺麗な小瓶だ。
なんだろうなあ、と思いながら僕は小瓶を受け取って、飲み込んで……。
「落ち着いたか」
「落ち着きました……」
そうして僕は正気に戻りました。もうラオクレスにぽーっとしてしまったりはしないよ。クロアさんが作っておいてくれたらしい解毒剤?抗魅了薬?まあ、そういうものを飲ませてもらったので。
ああ、危なかった。僕、ラオクレスにうっかり恋をしてしまうところだった……!
「……厄介だな、これは。どうにかして香りを落とさねば」
「ね。馬も寄ってきちゃってるし……」
改めて家の外に出たら、家の周りに馬が集結していた。男嫌いのはずの一角獣まで、『なんかいい匂い』みたいな顔でラオクレスに寄ってくる!なんてこった!
「これは……描いて消す、という訳にはいかないか?」
「う、うーん……香りはちょっと、描けない。これなら先生の管轄なんだろうけれど……」
そして今、とんでもない問題に気づいてしまった。
僕は香りは描けないから、描いて解決する、ということができない。こういうのは文章の方が表現が得意だろうから、先生が書けば解決するんだろうけれど……。
「……先生、レッドガルドの町の本屋さんに本を売りに行ってるんだった」
「なんということだ……」
……今日、先生は不在。天馬に乗ってぱたぱた飛んでいってしまいました。『作者が営業もやるっていうのは新鮮だな!』って楽しそうだった。うう、こういう時に限って先生は居ないんだ!
「となると……クロアなら何か、解決法を知っているか」
「かもしれない。香りはどうしようもなくても、魅了の魔法を打ち消すようなことはできるかも」
先生が居ないなら、次に相談すべきはきっとクロアさん。クロアさんはこういう状況に強い気がする。なんとなく。
「そうか。ならすぐに向かうぞ。クロアは……居場所は……」
「妖精カフェ、かな……」
……僕らは顔を見合わせた。
多分、人が多いところに出る羽目になるね、と……。
それでもこのままっていう訳にはいかない。なんと言っても、馬が寄ってきてしまうから!うっかり鳥とかに見つかって、ラオクレスが鳥に恋されてしまったら……ああ!ラオクレスが抱卵されてしまうかもしれない!
だから僕らはしょうがない、意を決してソレイラの町へ下りたのだけれど……。
「えっ!?ら、ラオクレス!?」
……妖精カフェの前に降りたら、そこに丁度、ライラが居た!
「どうしたのよ、なんかいつにも増して、その、男前だけど……!」
ライラはなんだか愕然としてラオクレスを見つめている!あああああ!
「ライラ!?駄目!見ちゃ駄目!今のラオクレスに近づいちゃ駄目だ!」
「は?……あら?トウゴ、あんたなんか、いい匂いするわね。薔薇、かしら……?んー……?」
「ぼ、僕も匂い、移っちゃった!?駄目!なら駄目だよ、ライラ!離れて!離れて!」
しかもライラ、僕の匂いまで嗅ぎ始めた!駄目だよ!だって、ライラが僕に、恋、なんて……と、とにかく駄目!とにかく駄目!ライラは駄目!
僕は慌ててライラを引き剥がして、妖精カフェへと駆けこんだ!
「クロアさーん!クロアさーん……ああ!居ない!」
「何だと!?」
そうしてフローラルな石膏像と僕が駆け込んだ先に、なんと、クロアさんは居ませんでした!
「……おい、トウゴ・ウエソラ。何騒いでんだ、てめえ」
けれど代わりにルスターさんが居た!今日も元気に妖精達に悪戯されつつパフェ食べてる!でも今はそれどころじゃなくて……!
「……ん?おい、お前……ラオクレス、っつったか?」
僕が慌てていると、ルスターさんはラオクレスに目を止めて……じっと、ラオクレスを、見つめ、始めて……あああああ!
「駄目!ルスターさん、駄目だよ!ラオクレスに恋しちゃ!」
「は、はあ!?恋だと!?俺が!?あいつに!?冗談じゃねえ!」
ルスターさんは真っ赤になって慌てているけれど、このままじゃまずい。ラオクレスのフローラルな香りに中てられてルスターさんがラオクレスに恋をしてしまう!それは話がとてもややこしくなるので駄目だよ!
僕らは大慌てでカフェの外に出た。
お店の外に出たら出たで、道行く人達が「まあ素敵な騎士様……」とか「今日も男前だね、騎士団長!」とか声を掛けてくるので、僕らは大慌てで通り過ぎる。
「くそ、クロアはどこだ!?」
「他に居そうな場所……あっ!フェイとローゼスさんと一緒に居る!妖精公園の図書館の中!」
僕は慌てるあまり、自分が森だっていうことをすっかり忘れてしまっていたけれど、もう大丈夫だ。クロアさんが自分の中のどこに居るのかちゃんと分かった!
「妖精公園か……空から行けば被害を抑えられるか?」
「うん。そうしよう。あ、でもうっかりアリコーンがラオクレスに恋をしてしまわないように……ええと、ちょっとごめんね」
さっきラオクレスを乗せていた時、アリコーンもちょっと様子が怪しかったぞ、と思い出した僕は、ラオクレスの胴に後ろから腕を回して抱き着く。そのまま羽を出してぱたぱたやれば、コンパクトな飛び方の出来上がり。
「いいのか?ソレイラの民に見つかっても……」
「うん。ほら、見て。皆が見ていない時を見計らったので大丈夫」
僕らの下では、ソレイラの住民の皆が、カフェから飛び出してきたらしいルスターさんに注目したり、その辺りの花を眺めたり、立ち話しながらお互いをじっと見つめ合ったりしている様子が見えている。ちゃんと皆に見られていなさそうな時を選びました。
「……成程、よく訓練された住民だ……」
ラオクレスがなんだか不思議なこと言っているけれど、訓練、とは……?
とりあえず僕らは妖精図書館に到着。最上階の関係者用スペースに窓からこんにちは。人の入りが少ないこのスペースに直接入ってしまえば目立たなくていいよね、と思って突入したのだけれど……。
「あら?トウゴ君?ラオクレスも……」
そこで丁度、クロアさんがフェイとローゼスさんと一緒に何か資料を広げて会議をしていた。
……そして。
「……っ!?」
クロアさん、ラオクレスを見た途端、目を見開いて、そして、まるで敵に遭遇したかのような気配を発した。その翠の目がぎらりと輝いて、ああ、魅了の魔法を使ってるんだな、と分かる。
「な、なんだ」
ラオクレスは只々戸惑っていたけれど、クロアさんの表情は真剣そのものだ。そのまましばらく、ラオクレスとクロアさんは見つめ合って……。
ばちん!と音がしたと思ったら、ラオクレスがその場に崩れ落ちていた。
「よし!勝ったわ!」
……そしてクロアさんが、勇ましくもガッツポーズしていた。あの、これは一体……。
「はあ、もうびっくりしたわ。ラオクレスが魅了の魔法を纏ってくるんだもの。思わず全力で対抗しちゃった」
それからラオクレスを起こしてクロアさんから事情を聞いた。
……どうやらクロアさん、ラオクレスにものすごく高度な魅了の魔法が掛けられてる、って反応してしまったらしくて、それであの真剣な表情だったらしい。
「でもひとまずあなたの魅了の魔法、破れたと思うわ。今はただ、薔薇の香りのする騎士様ね」
「……香りの方はなんともならんのか」
「お風呂に入って駄目なら当分駄目でしょうね。ま、夜にはウヌキ先生が帰ってらっしゃるでしょうから、そうしたら書いて消してもらいなさいな」
クロアさんは僕らの方の事情を聞いてころころ笑っていたのだけれど、今もなんだか楽しそうだ。やっぱりラオクレスが薔薇の香り、っていうのがギャップがあっていいんだと思うよ。フローラル石膏像の意外性はこの森一番だよ。
「あー、それにしても……すげえなあ。妖精の香水。一体何を混ぜたらクロアさんが本気になるような魅了の効果が出るんだろうなあ。俺もうっかりラオクレスに惚れちまうとこだったし……」
フェイが不思議そうにそう言ったら、ラオクレスがぎょっとした顔をする。
「なんかよー、すっげえ男前に見えたぜ、ラオクレス!」
「……そうか」
ラオクレスは只々疲れ切った顔でため息を吐いている。そのため息もなんとなく薔薇の香りなんだけれど……。
「私としても興味があるな。トウゴ君。妖精達の香水のレシピを、もしよかったら覚えている範囲で教えてくれないか?」
一方、ローゼスさんは魔法の香水の効果に興味があるらしい。さらりと赤みがかった金髪を揺らして尋ねてきた。
「ええと、まず、薔薇の花からなんかこう、ぽわぽわと、薔薇の花の香りを集めてきて……」
僕は思い出しながら妖精の香水作りを説明する。……説明しておいて何だけれど、既に結構意味が分からないなあ、これ。
「それから、光る粉……ええと多分、妖精の鱗粉を混ぜたり、何か魔法を掛けたりしていました。アンジェに聞いたらもっと分かるかも」
妖精の魔法は複雑で分かりにくい。でも、アンジェは妖精の国の女王様だから、妖精達の魔法も色々知っているはずだ。
「それで最後に、綺麗な赤みがかった金色の糸を入れて、そうしたら途端に香水が弾けて溢れてしまって……」
……そして僕はそう思い出して……目の前のローゼスさんを見て、気づいてしまった。
「赤っぽい金の糸?ふむ、気になるね。それは一体なんだろう?ペガサスの尻尾の毛、だろうか……?」
興味深そうに首を傾げるローゼスさんの、髪。さらりとして艶がある、赤みがかった、金髪……。
……うん。
多分、最後の材料って……ローゼスさんの、髪!
そうして僕らは森へ帰った。クロアさんが魅了の魔法に本気で対抗してくれたおかげで魔法が無事に解けたらしくて、もうラオクレスはただフローラルなだけの石膏像に戻れたようだった。道行く人は『なんかいい匂い』みたいな顔をしても、ラオクレスにうっかり恋をしてしまうような様子は無かったよ。
「今日は……いつにも増して疲れたな……」
そしてラオクレスはフローラルな溜息を吐きつつ肩を落としている。元気出してね。帰りに石膏像賛歌の串焼き買って帰ろうね。
「それにしても……兄貴の髪って、一体、何なんだ……?」
今晩はこっちに泊まることにしたらしいフェイはそんなことを言いつつ首を傾げている。
「ふふふ、学園で浮名を流しに流した美男子の髪、でしょう?まあ、それなりに魅了の効果を持っていてもおかしくは無いけれど」
クロアさんはくすくす笑ってそう答えた。……まあ、僕もローゼスさんの髪が最後の材料だった、って知って、なんとなく納得はしたけれど、疑問には思わなかった、なあ……。
「もし最後にクロアさんの髪を入れていたら、もっととんでもないことになってたかもな!」
「あら。それはちょっと気になるわね。ねえトウゴ君。ちょっと試してみようかしら」
「やめておけ……」
けらけらくすくす、フェイとクロアさんが笑う中、ラオクレスは只々ため息を吐いている。まあ、また実験してまた今日みたいなことになると、今度こそラオクレスは疲れ果ててしまうだろうしなあ……。
「……でも、フローラルな香りのラオクレスもなんだか新鮮でよかったよ」
「そうか……」
元気出してね、という気持ちで言ってみたら、ラオクレスは疲れた顔でちょっと笑って、もそもそ、と僕の頭を撫でるのだった。
……うーん、ラオクレスが疲れ切ったフローラル石膏像でいる内に、一枚描かせてもらおうかな……。
ちなみにその日、夜遅く帰ってきた先生は事の顛末を聞いて大笑いし、ラオクレスの匂いを嗅いで大笑いし、妖精達がお詫びとして持ってきた『無臭』ってラベルの付いた香水を見て「香水って何だろうなあ!」ってまた大笑いしてからラオクレスの香りを書いて消してくれた。よかったよかった。




