未成年、保護者付き*2
「成程ね。社交界デビューするくらいの年頃の女の子が欲しい、ってわけ」
それから通された応接室で、僕らは『お父様』から話を聞く。
……なんでも、彼ら、明日のパーティに潜入する役者が必要らしい。『社交界デビューする年頃の女の子』と『その父親』っていう二人組で潜入する予定でいたのに、その役者2人が……その、逃げちゃった、んだそうだ。
けれど偽装招待状は『父と娘』っていう具合に作っちゃっているから、今更別の面子にするのも難しいらしい。
「それでトウゴ君を役者に、っていうこと?」
「ああ。生憎、ここに居る娘達では少々齢が行き過ぎている。他所から借りてくるにも、貴族らしく振舞うには難のありすぎる娘ばかりでね」
深くため息を吐いて、『お父様』は腕組みした。その顔には疲れが見える。この人、きっと普段はもっと余裕たっぷりなんだろうけれど……その人がこうも疲れてしまっているということは、きっと、色々と大変なんだろうなあ。
「だが幸いにして、実際に働くのは父親役の方だけでいい。それも、多少の物品のやり取りの他はただ金を渡して取引するだけの簡単な仕事だ。それくらいなら用意ができる。最悪の場合は私が直接出れば事足りるだろう。あと足りないのは娘役のみ、ということだ」
更に深々とため息を吐いて『お父様』がそう言うと、クロアさんは驚いた顔をする。
「まあ、お父様が直々に?」
組織のトップが仕事に出る、っていうのは異例のことなんだろう。それだけ、今回は大変なんだろうなあ、と、よく分からないながらに感じ取りつつ、なんとなく頷いておく。大変そうだっていうことは分かるし、それに共感はできるので。
「そうだ。私が出るのが最良だろうと考えているとも。……何せ役者が足りない。そこらの男でも十分だが、信用ならない奴を使うわけにはいかない。一度逃げられている以上、これ以上失敗するわけにはいかないからね。ならば私が出るのがマシというものだろう」
『お父様』は苛立っているというか、ぴりぴりした空気を出している。やっぱりちょっと怖いなあ、この人。
「まあ、そういう訳だ。トウゴ・ウエソラ君。もし協力頂けるなら、私も最大の礼を君に捧ごう。どうだろうか」
そして僕に向き直った『お父様』は、さっきまでのぴりぴりした空気を一気に引っ込めて、真摯に僕を見つめてくる。ええと……。
「トウゴ君。一応言っておくとね。あなた、この話を受ける義務は無いわ。義理もほとんど無いと言っていいでしょう。私はもうここから抜けているわけだし、あなたなんて、本当に一切関係ない立場なんだから」
僕がちょっと迷っていたら、クロアさんが横からそう、口を挟んできた。
いっそ冷たいくらいの内容なのだけれど、それはつまり、それだけクロアさんが僕のことを案じてくれているからなんだろう。『お父様』より僕の身の安全を考えてこう言ってくれているっていうのは分かってる。
けれど僕、やっぱり助けられる人は助けたいし……クロアさんは僕の大切な人なので。その大切な人の大切な人である『お父様』も、できれば、助けたいんだけれども。
「ええと……2つ、確認してもいいですか?」
「勿論」
「まず、これがどういう仕事なのか、っていうことです。人を傷つける仕事だったら、僕は絶対に協力したくない」
最初に気になるのは、僕の仕事内容だ。実際に仕事をするのは父親役の方、とは聞いているけれど、それはそれとして、仕事の全体像をきちんと知りたい。もしこれが……その、例えば、麻薬の密売とか、人を陥れる何かとか、そういうことだったら僕は手伝いたくない。
「ふむ……まあ、簡単に言ってしまえば、既得権益の保護、ということになるだろうか。勿論、世の混乱を避けるためであり、そうすることで我々の利益や立場が安定することを狙っている。そういう仕事になる」
……なんというか、結構微妙なことを言われている気がする。はぐらかされている気がする、というか。
「あの、具体的には?」
なのでもうちょっとちゃんと聞かせてください、という気持ちを込めてそう突っ込んでみると。
「……召喚獣の契約を書き換える魔法を出回らせようとしている者達が居るらしいのでね。そいつらに出資する貴族と仲違いさせてやろうと思っている」
そんな返事が、来た。
……おやっ。
「それって、ええと、ヴィオロン家の人とか……?」
僕が驚いてそう聞くと、『お父様』も驚いた顔をしていた。
「おや?……クロア。彼に何か話したのかな?」
「いいえ?むしろ私も驚いているわ。私達、その辺りをちょっとどうにかしたくてお父様にお話しを伺おうと思っていたところだったのよ」
クロアさんも目を円くしつつそう答える。そう。僕らの目的はこれだったんだよ。
僕らが頷きあっていると、『お父様』は、ふむ、と唸って……。
「まあ……今回、貴族達の社交界に紛れてすべきことは、ヴィオロン家と提携しようとしている連中が、ヴィオロン家と手を組まないようにしてやることだ。貴族からの出資を得られなければ召喚獣を奪う魔法の研究開発も頓挫するだろう。或いは、我々と手を組むように仕向ければ、奴らの内部情報まで抜き取ることができるだろうな。……ということで、ひとまずはヴィオロン家ではなく我々と手を組むように仕向けたい」
ああ、成程。要はあれ、まだ研究段階なんだな。……だよなあ。フェイが見て『実用性があんまりねえ!』って言ってたんだから、まあ、そうだよなあ。あれで完成品のはずがない。そうだったそうだった。
「ということで、まあ、君の疑問には答えられたかな?」
「はい。納得できました」
まあ、これで仕事内容は分かった。手伝いたくない内容じゃないし、むしろ、積極的にお手伝いしたいことだ。
仕事内容はいい。すごくいい。
けれど……僕が聞きたいことは、もう1つある。
「それから……もう1つ」
ものすごく、ものすごく気になることがあるので、そこはちゃんと、確認する。
「さっきから『女の子』が必要って、話してませんか?」
……僕が確認すると、クロアさんも『お父様』も、あっさりと頷いた。
「話してるわねえ」
「そうだね」
「僕、女の子じゃないですけれど」
……更に僕が確認すると、クロアさんと『お父様』は頷き合って……言った。
「誤差よ」
誤差じゃないよ!
「あの、つまり、僕、女装するってこと!?」
「ええと……どうなのかしら、お父様」
クロアさんが半分困りつつ半分にこにこしつつそう『お父様』に聞くと、彼はちょっと困った顔で頷いた。
「そうだな……息子、であっても誤魔化しは効く、だろう。だが……できれば当初の予定通り『商家の娘』を装う方がいいだろうな。招待状はそのように偽装してある。それに万一、父親役が失敗した時にはヴィオロン家の息子やヴィオロン家と提携しようとしている連中を誘惑できた方がいい」
「僕、ヴィオロンさんと面識、あるんですけれど……」
二重三重の意味で駄目じゃないだろうか。
「あら、それなら大丈夫よ。私、お化粧上手だから」
何も大丈夫じゃないと思うんだよ、クロアさん。
「奴らからの心象が良いであろう、見目のいい娘が一番いい。まあ、君の場合は女装などしなくとも十分に見目が良いだろうが……ヴィオロン家と面識があるというのなら、変装は必須だろうしな。となると……女装してしまう、というのは、理に適っては、いる」
……そ、そっか。女装……女装は……その、女装は、ちょっと……。
「でも、この話には乗りたいわね。召喚獣に関するところはフェイ君達も気にしているし……となると、一度ソレイラに戻って、大急ぎでライラを連れてくる、っていうことになる、かしら……?」
「えっ」
けれど、僕が及び腰でいる間にもクロアさんは真剣にそんなことを言いだした。
「ライラを連れてくるの!?」
「ええ。彼女なら貴族の家に出入りしていた経験もあるし、綺麗な顔立ちしてるから、十分に通用すると思うのよね」
……ら、ライラを?ライラを連れてきて、潜入させる、のか?
「それ、危険じゃないんだろうか?」
「危険が無いとは言い切れない。まあ……少々後ろ暗いところのある類の『社交会』だからね」
……そ、そうか。危険があるかもしれないのか。それに、ヴィオロンさんとか、召喚獣を奪う魔法を開発しているやつらとかを、その、誘惑しなきゃいけない、んだよね?
それにそもそも、クロアさんの『お父様』って、きっと、関わらないで生きていられるなら関わらずにいた方がいい人なんだと思う。こっち側に触れてしまうっていうのは、それだけリスクがあることだっていうのは、以前のクロアさんの言動からもなんとなく、ちょっとは分かっているつもりだ。
なので……ううう。
「あの、僕、やります……」
「えっ、トウゴ君、本当にいいの?」
……うん。
森の子を危険な目に遭わせるくらいなら、僕が恥ずかしい目に遭うよ……。
うう、女装……女装かあ……。まあ、学校の文化祭でもやらされたし、今更傷つくほどのプライドがあるわけでもないし……うううううう。
僕が承諾すると、クロアさんの『お父様』は、ほっとした表情を浮かべて喜んでくれた。
「おお、本当か!?どうもありがとう!なら早速……」
「その代わり、1つ、いいですか?」
引き受けたのは失敗だったかなあ、なんて思いつつ、でもまあ、こうするしかなかったよな、と諦めつつ……1つ、注文をつけさせてもらう。
「父親役も、こちらに任せてもらえませんか?」
「……というと?」
きょとん、としている『お父様』をちょっと可笑しく思いつつ、僕は……僕らの後ろに立っていたラオクレスの腕を引き寄せて、提案してみる。
「彼がお父さん役っていう訳にはいきませんか?」
「……俺か!?」
うん。そうだよ。あなただよ。




