未成年、保護者付き*1
「……トウゴが、俺の、子供、か……」
そして僕らは広場のベンチに座って、揚げ菓子を1人1つ齧りつつ、休憩中。
お菓子は糖蜜が掛かったドーナツみたいな奴で結構おいしいのだけれど……それよりも、ちょっとぼーっとしている様子のラオクレスが気になる。
「あの、ごめんね、変な勘違いをされてしまって……嫌な思いをさせてしまった」
僕が謝ると、ラオクレスは我に返ったように僕の方を見て、それから、少し困った顔をした。
「気にするな。嫌な思いをしているわけじゃない」
そう?ラオクレスがそう言ってくれるなら、いいけれど……。
「そうね。どちらかというと妙な嬉しさを感じてるんじゃないかしら」
僕が心配に思っていたら、くすくす笑いながらクロアさんが身を乗り出してきた。
「……妙な嬉しさ、とは何だ。感じていないぞ、そんなものは。ただ光栄だとは思うが」
「ほーら。喜んでる。トウゴ君のお父さんだと思われて喜んでるわね、あなた!」
ころころ笑ってクロアさんがお菓子を齧る。その唇の動き1つ1つがなんとも艶めかしくてすごいなあ、と思わされる。やっぱりこの人、モデル向きだ。毎日描きたい。毎秒描きたい。描こう。描いた。
「……それにしても、私もトウゴ君のお母さんに見えちゃったのかしら」
「僕、クロアさんはお母さんというよりお姉さんだと思っていた……」
「そうねえ、私もそういう気でいたけれど……でもトウゴ君は年齢より下に見える見た目の子だし、そうなると私にもそれくらいの子供がいてもおかしくはない、かしら。……嫌だわ、時の流れって」
ちょっと待って。今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。僕、年齢より下に見えるの!?そうなの!?そうか!まあ、身長も低いし!あんまり男らしくないし!大人びた見た目でもないし!うう、悔しい……。悔しいけれどどうしようもない……。
「……いや、お前も大概、トウゴを子供のように可愛がっているように見えるが」
「そう?……そうねえ、うーん、そうかも。確かに私も、トウゴ君のお母さんみたいな感覚になっちゃうこと、あるわね……」
僕を間に挟んで、クロアさんとラオクレスはそんな話をしている。間に挟まれている身としては、その、ちょっと恥ずかしいんだけれどな!
僕の子供談義(というよりは、僕『が』子供談義?)はさておき、その後、僕らは宿をとって、その近辺で買い物をすることになった。
お店がしまってしまう前に、ということでちょっと駆け足の買い物だったけれど、満足のいく買い物だったよ。クロアさんの春物の服を買ったり、そろそろなくなりそうな茶葉を買い足したり。
面白かったのは、ラオクレスも春物の服を買ったこと。ラオクレスは『要らん』って言っていたのだけれど、クロアさんが『1着くらい新調なさいな』と押し切って、ラオクレスに似合いそうな奴を見立ててくれたんだよ。その結果、ラオクレスはシャツを2着、新調することになった。当然のようにオーダーメイドだ。既製品だとラオクレスの体に合わないので!
ついでに僕も、画材を買った。ええと、絵筆。絵筆は自分で描いて出すのがあんまり上手くいかないものの1つなので……画材、兼、参考資料ということで。
そうして買い物が終わったら、早速クロアさんのご実家……の表の方へ。つまり、『世を忍ぶ仮の姿』の方のお店。バーの方に入る。
「いらっしゃいま……あら!カレンじゃない!元気!?」
入店してすぐ、ウェイトレスさんが顔を輝かせて歓声を上げた。それにつられて店内の人が何人か振り向いてクロアさんを見て、おお、なんて感嘆の声を上げている。
「ええ。とっても元気よ。はい、これお土産。こっちのお店の人達で食べて」
暗に『裏側の方にはまた別で持っていくからね』と言いつつ、クロアさんは妖精洋菓子店の紙袋をウェイトレスさんに渡した。ウェイトレスさんは紙袋の中を見て、わあ、と嬉しそうに声を上げると、るんるんとお店の奥の方へ入っていった。切り分けてくるみたいだ。
……ちなみに今回、紙袋の中身は月の光のムースケーキが1ホール。僕もお気に入りのケーキなので、是非ご賞味いただきたい。
さて、それから僕らはバーで注文して、ちょっと早めの晩御飯。
塩漬けの豚肉とジャガイモのグラタンとか、魚のフライにトマトソースを絡めて食べるやつとか、ピンで刺してあって一口で食べられるようになっているサラダみたいなものとか、じっくりこんがり焼いた肉を薄く切ったものとか……そういうものを注文して食べた。
僕はそれらにパンとジュース。ラオクレスはパンとお酒。クロアさんはパン抜きでお酒。
「珍しいね、ラオクレスもこういうところでお酒飲むの」
「そうか?」
「うん。大体の場合、『仕事に支障をきたす』って飲まないことが多い」
ついでにもう1つ言うと、ラオクレスがお酒を飲むときってジョッキみたいな大きな器で飲むことが多いのだけれど、今はクロアさんやお店に合わせてなのか、品のいいグラスで飲んでる。これもまた珍しい。
「……クロアが飲んでいるのに俺が飲まないのは癪だ」
「あらあら」
「それに、こいつの『実家』だ。そうまずいことも起こらないだろう」
ラオクレスはそう言うと、照れ隠しのようにお酒のグラスを一気に傾けて中身を喉の奥へと流し込んでしまった。それを見ていたクロアさん、きょとん、としてから……くすくす笑い出した。
「あら、嬉しいような心配なような、複雑な気分だわ。あなた、そう簡単に私達を信用しちゃ駄目よ?」
「今更だな」
ラオクレスは少し渋い顔をしているけれど、クロアさんは只々嬉しそうな、ちょっと恥ずかしそうな顔だ。珍しい顔だ。描きたい。描いた。満足。
「ふふふ、そうねえ。今なら私、あなたの寝首を掻けるかも」
「やれるものならやってみろ」
「やらないけどね。寝首を掻くと同時に私の首、折られそうだもの」
なんだか楽し気にちょっと物騒な会話をしつつ、クロアさんはラオクレスの空いたグラスにお酒を注いでいく。お酒は透き通った淡いピンクゴールド、っていうかんじの色合いだ。華やかで綺麗。クロアさんにぴったり。ラオクレスにも案外似合う。そういうかんじ。
そして、そんなお酒のグラスを片手に話すクロアさんとラオクレスを見ていたら、なんとなくちょっと、寂しいような悔しいような気持ちになってくる。
「僕も飲めるようになりたいなあ、お酒」
ということで、ふと、そう零してみると……クロアさんとラオクレスは顔を見合わせて、2人揃って笑う。
「あらあら。まだ駄目よ。ウヌキ先生のお許しが出てからね?」
「俺もその日を楽しみにしているが、まあ、のんびり待たせてくれ。あまりすぐに大人になられてもつまらん」
更に、2人揃って僕の頭に手を伸ばしてきて撫で始めるものだから、その、僕、落ち着かない!お店の中で撫でないで!人の目が気になる!
「はい、お待たせ。デザートよ」
それから少しして、僕らのテーブルにデザートが運ばれてきた。このお店の名物らしい、お酒の効いたシロップがたっぷり染み込んだケーキだ。サヴァラン、っていうんだっけ、こういうの。
「坊やはこっちね。お酒は控えめにしてあるから」
「……どうもありがとうございます」
そして僕には特別製らしいやつが運ばれてきた。お酒控えめ、クリーム多めのサヴァランだ。……いや、別にいいけど。別にいいけど!
「ねえ、一口ちょうだい」
「……一口だぞ」
ただ、若干悔しいのでラオクレスのを一口分けてもらうことにした。フォークを伸ばしてみたらそっとお皿を僕に寄せてくれたので、端っこを一口分、貰う。
たっぷりとシロップが染み込んだケーキを口に運ぶと、ふわり、といい香りがして、続いて噎せそうになるくらいのアルコールの感覚。口の中が熱くなって、ぴりぴりして、シロップの甘さとアルコールの苦みが広がって、飲み込んだ喉の奥まで熱くて……うん。嫌いじゃないよ、こういうかんじ。
「僕、この味、嫌いじゃないよ。いい香りで……ちょっと噎せそうになるけれど」
「そうか」
ラオクレスはにやりと笑いながら、ケーキのお皿を自分の方へと戻していく。二口目はくれないらしい。いや、いいけどさ。流石にこれ以上食べたら酔っぱらいそうだし。
とりあえず、僕は一口もらったお礼に僕のケーキも一口お裾分けした。ラオクレスは『甘いな……』という感想。気になったらしいクロアさんにもお裾分けしたところ、『あらあら、可愛いお味!』とのことだった。……甘くて可愛いお味なのか。そっか。
「ところであなた達、今日『お父様』のところに行くの?」
「ええ。ちょっと顔を見せにね」
それからウェイトレスさんとクロアさんがそんな会話をする。まあ、クロアさんの『お父様』も忙しい人であるらしいので、あんまり長居はしないつもりだ。だからこそ、あんまり長居できない夜の時間を選んで訪問する。
「あらそう。なんだか最近、お父様、あなた達のこと楽しみに待ってたみたいよ。ルスターが、あなた達が来るって言ってたから」
……けれど結構楽しみに待たれているみたいなので、まあ、ちょっと嬉しい。あの人、ちょっと怖いけれど。でも、楽しみに待たれているっていうのは嫌がられているよりずっと嬉しいことだよなあ、と思う。
「それにしても、カレン。あなた、ルスターとヨリを戻したの?」
なんて考えていたら、とんでもないことを言われた!
「ふふ、そんなわけないでしょ」
「そうよねえ。そうだと思ったわ」
けれどウェイトレスさんも事情は何となく知っている人のようだ……。クロアさんとくすくす笑い合って終了。大人の女性同士の会話、っていうかんじだ。
「……ルスターが何か言っていたのか」
そしてそんなウェイトレスさんにラオクレスが尋ねると、ウェイトレスさんはきょとんとしつつ、教えてくれた。
「いーえ?ただ、あいつの口から『カレン達がまたこっちに来るらしい』って出てきたものだから。少なくとも会話するくらいにはなってるのかしら、って」
まあ、会話ぐらいは前からするけれどね。いや、ルスターさんの方が一方的にクロアさんを避けているようではあるけれど。でも、不自然なほどの避け方はしないし、世間話くらいはするし、注文とかもしないと妖精カフェでおやつは食べられないし。
「……あら?ねーえ、もしかしてそちらの騎士様はやきもち焼いちゃった?」
「馬鹿言え」
ラオクレスはウェイトレスさんに揶揄われてとびきり苦い顔をしていた。……多分、精霊御前試合の前の決闘のあれこれを思い出しているんじゃないだろうか。
「えー、ねえ、カレン。結局この騎士様ってどういう関係なのよ」
「雇い主が同じというだけだ」
「ふふふ、そうねえ、まあ、トウゴ君の護衛兼モデルとトウゴ君のモデル兼密偵、っていう関係かしら」
ウェイトレスさんは『つまんなーい!』とブーイングを飛ばしているけれど、クロアさんはにこにこ楽しそうだし、ラオクレスは気まずげに苦い顔をして目を逸らしているし、まあ、なんというか……ちょっと描きたくなる光景だったので、とりあえず僕はスケッチブックを出すことにした。描きたい描きたい。
それから僕らはバーの裏手のお手洗いに行くふりをして、そのままバーの奥の、関係者以外立ち入り禁止の通路へ入る。
そのまま進んでいって、お酒の貯蔵庫みたいなところの棚を動かして、その後ろにある扉の先へ進んでいく。
「こういう隠し扉とかって、なんだかわくわくする」
「そうか」
「うん。妖精公園にこういう隠し扉とか仕掛けがたくさんある城、建てようかな」
「……既に大図書館がそれらしくなっていると聞いているが」
「あ、そうだった」
そうそう、妖精達、図書館の建設にあたっては大変にはしゃいでいたので。はしゃいで、はしゃぐあまり、ものすごい量の隠し通路や隠し部屋を作ってしまったので……今更、かもしれない。うう。いや、でも、隠し通路や仕掛けを楽しむからくり屋敷みたいなアトラクションがあってもいい気がするなあ。別途作ろうかなあ。
そうして地下通路をちょっと進んで階段を上がれば、クロアさんのご実家に到着。お邪魔します。
「あら、カレン!いらっしゃい!」
「久しぶりね。はい、お土産」
クロアさんは早速歓迎されて、そしてクロアさんがラオクレスから受け取って差し出した紙袋も、大歓声の内に受領されていた。ここの綺麗な女性達は皆、妖精洋菓子店のお菓子を気に入ってくれたらしい。嬉しいなあ。
「それで、こっちもお土産?ありがと」
「へっ?」
かと思っていたら、急に僕、ぐい、と引っ張られてしまった。そして引っ張られた勢いのまま、すぽん、と、女性の胸の中へ。……うわうわうわ!
「こらこら。駄目よ。トウゴ君はお土産じゃないからね」
「ええー、ケチぃ」
クロアさんが苦笑しながら僕へ手を伸ばしてくれて、僕はようやく、女性から脱出することができた。ああ、落ち着かなかった……!
ただ、クロアさんに救出されてからも僕はしばらく、女性達にもみくちゃにされていた。何故か、皆僕を抱きしめたがるし、僕を撫でたがるんだ!やめてやめて、落ち着かない!
仕方がないのでラオクレスに助けを求めた。ラオクレスの腕の中にすっぽり納まってしまえば、女性達はもう僕を撫でに来なかった。ただその代わり、「かわいいー!」とよく分からないことを言われてしまったけれど。そっか、この人達から見ると、ラオクレス、かわいいのか……。
「それで?今日はお父様に頼まれて来たの?」
「まあ、自主的に、だけれど」
それからクロアさん、ちょっと不思議な質問をされて、首を傾げつつ答える。『頼まれて』来る、ってあんまり無いと思うけれど……。
「……何か、あったの?」
クロアさんが若干の緊張を滲ませながら聞き返した、その時。
「戻ってきていたのか」
……その場に、『お父様』がやってきていた。さっきまで僕に手を伸ばしていた女性達も居住まいを正して、僕らもちゃんとした姿勢で『お父様』に向き合う。
すると……。
「……天の采配かな、これは」
何故か、『お父様』はクロアさんじゃなくて、僕の方へやってきて……言った。
「トウゴ・ウエソラ君。一つ、頼まれてくれないか」
……それ、もしかして絵の注文じゃないやつですか?




