石膏像、異世界に立つ*2
ざわざわとざわめく校門前。僕は唖然としていたし、周りの人達は、『トウゴくーん』の先に僕が居ることに気づいてざわざわしていたし……。
そんな中、クロアさんがカツカツ、とヒールを鳴らして僕の前までやってきて……するり、と僕の腕に腕を絡めた。
「さ、トウゴ君。帰りましょ?」
そして片方の手でサングラスをちょっと持ち上げて目を見せつつ、小首をかしげて、にっこり。
……完璧な、女優さんの仕草だ!
とんでもない美人と派手な頭のお兄ちゃんと立派な石膏像とに囲まれた僕は、学校の人達からはとてつもなく奇妙な状況に見えたかもしれない。いや、見えてる。間違いなく。
「……ごめんなさいね。目立ちすぎたかしら?」
「うん、まあ……」
けれど、ちょっぴり申し訳なさそうな顔をしているクロアさんやラオクレスに、申し訳ないなんて思わせたくない。フェイは楽しんでるみたいだから別にいいとして……。
「……迎えに来てくれて、ありがとう。帰ろう?」
なので、僕はクロアさんを見つめ返して、ちゃんとお礼を言うことにした。
目立ってしまうのは恥ずかしいけれど、でも、僕を心配して迎えに来てくれた彼らの善意を台無しにしたくはないから。
「ふふ、そうね。帰りましょうか」
クロアさんはにっこり笑って、僕の腕に腕を絡めたまま颯爽と歩き始めた。僕もそれに合わせて歩きつつ、なんというか……いい仲間達を持ったなあ、と思う。しみじみと。
「明日はもうちょっと目立たない格好にした方がいいかなあ」
「そうね……でもね、フェイ君。私が地味な格好になると、只々、ラオクレスが目立っちゃうのよ……」
「あー、成程なあ。ラオクレスは地味な格好にさせたって目立つもんなあ」
「……すまん。こんな体なものでな」
「申し訳なく思うことなんて無いよ。ラオクレスの石膏像ぶりは僕にとって最高だよ!」
僕らはそんな会話をしつつ、駅までの道を歩く。
いつもだったらただ駅に向かって急ぐだけの道なのだけれど、楽しい仲間達と楽しく会話しながら歩くと、ただの道がなんだか特別なものになってしまう。
「うーん……明日からトウゴ君が学校でいじめられないか、心配になってきちゃったわ。あそこに居た全員、魅了してくればよかったかしら」
「僕なら大丈夫だから、そういう危ないことをしようとしないで……」
駄目かしら、なんて、ちょっと唇を尖らせるクロアさんに『魅了の魔法を使わなくたって皆あなたに魅了されていましたよ』とも言えず、ただ、明日からいじめられるっていうことは無いだろうけれど、でも質問攻めは間違いないだろうなあ、なんて考えて……。
「む」
そんな折、僕らの後ろを歩いていたラオクレスが、少し険のある声を発しつつ振り向いた。それと同時……たたた、と、駆ける足音が去っていく。
「待て!」
そして我らがラオクレス。すごい勢いで走り出したと思ったら、一目散に逃げていく相手にあっさりと追い付いて、その人を捕まえた。
僕らも慌ててラオクレスに追いつくと……ラオクレスに、知らない人が捕まっていた。
「知ってる人?」
「ううん。知らない人」
その人は、中年男性。知らない人。なのでこれ以上何とも言い難い。ええと、強いて言うなら、多少だらしないかんじのする格好をしているので、クロアさんとラオクレスに挟まれるとその人、ものすごく場違いに見える、っていうところだろうか……。
「こいつの後をつけていたのはお前か」
そして早速、ラオクレスの尋問が始まった。相手は只々びっくりして黙っているのだけれど……。
「言え!」
「そ、そうです!」
ラオクレスが低く問い詰めたら、その人、あっさり認めてくれた。そっか。この人がストーカーか。うーん、びっくり。
「何故、後をつけていた。何が目的だ」
それから改めてラオクレスがそう聞くと、ストーカーの人はなんだか萎れつつもさっきよりちゃんとした調子で喋り出した。
「その、2週間くらい前に、その子が、落とし物を拾ってくれて……それで、お礼を言いたくて……」
……言われて、思い出す。えーと、確かにそういうこと、あったかもしれない。学校の傍で、スマートフォンをポケットから取り出す拍子に小銭入れみたいなのを落とした人が居たから、落としましたよ、ってやった。うん。そっか、その時の人か。全然記憶にないけれど。
まあでも、それならよかった。この人は僕にお礼を言いたくてついてきていただけだっていうし、悪い人じゃなかったみたいだ。
……と、思って安心していたら。
「……本当に、それだけ?」
ぎろ、とクロアさんの瞳が剣呑に光る。
「落とし物を拾ってくれた可愛い男の子をもう一目見ようと……或いは、存在に気づいてもらったり話したり触ったりしたくて、後をつけていたんじゃない?」
「そ、そんなことは……」
クロアさんが唐突に問い詰め始めて、否定する相手を尚も睨む。美人さんが怒ると怖い、っていうのは本当だ。ものすごく怖い。後ろにラオクレス。前にクロアさん。そして横に僕と、僕のすぐそばに構えてくれているフェイ。そんな4人に囲まれて……。
「変なことしようなんて思ってません!もう二度と後をつけたりしませんから!許してください!」
……ストーカーの人が泣きだしてしまった。あああ……。
それからストーカーの人には、念書を書いてもらった。『もう誰かの後をつけたり、犯罪行為や嫌がらせをしません』っていうような内容。書式は先生がやってくれた。ありがとう、先生。
そうして念書を書いてもらって、ストーカーの人は脱兎の勢いで去っていって……さて。
「ふう。全く、トウゴ君に手を出そうなんて碌でもない奴がいたものね」
クロアさんがそう、ぷりぷり怒りつつ言う。
「私達の精霊様になんてことしようとするのかしら」
「いや、でも、あの人お礼したかっただけだって……」
「ちゃんと下心が見えたわ。『お礼をしたかった』って言えばトウゴ君が邪険にしないだろうって踏んだんでしょうけど」
……そういうものだろうか。だとしたらちょっと嫌というか、その……自分が情けない、というか。
「僕もラオクレスみたいな姿だったらなあ」
「……似合わん。やめておけ」
まあ、そうだよね。分かってはいるんだけどね。でもやっぱり、変な人に下心付きで来られるっていうのは……その、男としてどうなんだ、と、思わないでもないんだよ!
「まあ、これでひとまず解決したので……皆、どうもありがとう」
まあ、自分で自分が情けないのはさて置き、これで背後にくっついてくる足音を気にしなくて済むっていうことなので、それは素直に嬉しいことだ。変に気にしなきゃいけないことがあるのって、よくない。
「……そう、ねえ。解決、したけれど……」
僕が晴れ晴れとした気持ちでいたら、クロアさんはちょっと難しい顔で小首を傾げた。そして。
「心配だ」
……ラオクレスが、そう、言いだした。
「明日も念のため、護衛する。いいか?」
……ええと、まあ、それは、ありがたい、けれど……。
あの、僕、まだ狙われてる?まだ心配、なの……?
翌日。
朝、登校した僕は……クラスの中で最近仲良くなった美術部の子に、詰め寄られた。
「上空君!昨日のあの人達、誰!?海外セレブ!?」
あ、そうでした、そうでした。ストーカーの人に念書を書いてもらってすっきりして忘れかけていたけれど、昨日、学校はちょっとした騒ぎになってしまっていたんだった。ええと……。
「え、あの……親友と、お世話になってる人と、お世話になってる人……」
こういうことを聞かれるだろうな、という予想は立っていたから、準備していた通り、話す。フェイは親友。ラオクレスとクロアさんは、『お世話になってる人』。
……本当のところを言うと2人は『雇ってる人』なのだけれど、それを言うとややこしいことになりそうなので。
「ど、どういう出会い方をしたらあんな人達にお世話してもらえるの!?」
モデルとして雇うとああなる。……とは言えないので、ええと。
「ちょっと旅行先で大怪我しそうだった人を助けたことがあって、それが今の僕の親友なのだけれど……その繋がりでこう、色々あって」
異世界旅行だって旅行だし、フェイはちゃんと僕の親友だし、大怪我しそうだったというか大怪我してたけど……まあ、そういうことで。よし。
「ええー……すごいなあ、上空君。なんだか本当に、違う世界の人ってかんじ……」
まあ、半分くらいもう異世界の人っていうかんじだけれどさ。
「それにしてもすごい美人さんだったなあ、あの人……上空君の彼女さん?」
「まさか!」
「違うんだ。そっかー……もしかしたらそうじゃないの、って話になってたからさ」
……そういう話になってたの?なんだか、その、居心地が悪いというか、恥ずかしいというか。もぞもぞする……。
「それにしても、あの人達、どうして学校に来たの?見学?」
「いや、その……僕を、迎えに来てくれた……。最近、ちょっと、後をつけてくる人が居たものだから。相談したら、じゃあ迎えに行く、って」
事情を説明しつつ居心地の悪さにちょっともじもじしていたら、美術部の子は、『わあ』と驚きつつ……。
「そういえばこの辺りで最近、多いらしいもんね」
「……多いの?」
「うん。多いんだって。通り魔」
……物騒なことを教えてもらった。これは……いよいよ、本当にラオクレスの護衛がありがたくなってきてしまったなあ……。




