石膏像、異世界に立つ*1
「え、あの、護衛って」
「そのままの意味だが」
ラオクレスは眉間に皺を寄せつつ、僕に滾々と言ってくる。
「お前の後をつけてくるという奴が、お前の命を狙っていたらどうする。話しかける、など言語道断だ」
「ええー……僕を殺してもメリットが無いと思うんだけどな」
確かに、ストーカーさんに話しかけに行く、っていうのはちょっと向こう見ずかもしれないけれどさ。でも、僕を殺すっていうのは、その……メリットが無いと思うよ。
「あら、トウゴ君。甘いわよ」
と思っていたら、クロアさんがやってきた。
「世の中にはね。可愛い男の子を痛めつけて泣き顔を見たいっていう奴だって居るんだから。何なら、殺しちゃいたい、って思うような奴もね」
……ええー。
そんなことってある?という気持ちでラオクレスを見つめてみたら、ラオクレスは神妙な顔で頷いていた。
いやいや、と思いながら先生の方を見たら……。
「そうだなあ。僕としても、トーゴに護衛が付いたら安心だ」
そう言って、先生はへにょ、と元気のない顔をした。
「僕はもう、付いていてやれんしなあ。いや、僕がついていたところで誤差みたいなもんかもしれんが。……かといって、君を1人にしておいて何かあったら、悔やんでも悔やみきれない」
……うん。
先生の気持ちを考えると、その……僕、できるだけ安全策を取らなきゃいけないなあ、と思う。先生に悲しい思いはさせたくない。
「……分かった。じゃあ、ラオクレス。お願いしても、いいかな」
そういうわけで僕は、なんだか嬉しそうな顔で頷くラオクレスに護衛をお願いすることになったのだった。
ということで、ラオクレスに僕の世界のルールを説明する。
「ええと、まず、僕らの世界には銃刀法というものがあるので、剣の類を持ち歩いちゃいけないことになってる」
最初に言わなきゃいけないのはここだろう。……ラオクレスは常に帯剣している人なので!
「短剣もか」
「うん。ええと、両刃だと全部だめ。片刃でも、刃渡り8㎝以上は駄目だったと思う」
僕がそう説明すると、ラオクレスはぎょっとしたように目を見開いた。
「……ではどうやって身を守る?」
「そもそも身を守らなきゃいけなくなることって稀なんだよ。特に、ナイフで身を守れるようなことって、あんまり無いんだ」
自動車事故なんかはナイフがあっても身を守れないわけだし……まあ、そういうこと。
「お前の世界は中々、俺には難しそうだな……」
「そう?」
ラオクレスはちょっとそわそわ、として視線を彷徨わせると……ふと、クロアさんに目を向けた。
「……クロア」
「はいはい。元々そのつもりよ」
そしてラオクレスがクロアさんを呼ぶや否や、クロアさんはにっこり笑って僕らの方へ来る。
「ねえトウゴ君。ラオクレスと一緒に私もついていっていいかしら?」
魅力的な笑顔でそう言われて、僕は首を傾げつつ、頷く。
「それは勿論、構わないけれど……」
駄目な理由は無いよ。……まあ、クロアさんはあんまりにも綺麗な人だから、多くの人が見惚れてしまってちょっと問題になるかもしれないけれど、彼女ならその辺りも巧く解決できそうだし。
「彼1人だと不安なんですって」
「おい」
「ふふ、冗談よ。……まあ、トウゴ君をつけ回す奴がどういう意図なのかは分からないけれど、ちょっとお灸を据えてやらなきゃね。それはきっと、ラオクレスよりも私の方が得意だわ」
ラオクレスはちょっと渋い顔で頷いた。……やっぱりクロアさんが居てくれた方が不安じゃない、っていうことなんだろう。何だかんだ、ラオクレスはクロアさんのこと、とっても信頼してるから。
「ねえ、ウヌキ先生?私の分の服も考えてくださるかしら」
「おや。クロアさんも行くことにしたのかい?」
それからクロアさん、先生のところにそう、申し出に行った。今、先生はフェイと一緒に向こうの世界でのラオクレスの服をああでもないこうでもないと考えているところだったらしい。
「……そうかあ、クロアさんも行くのか。ならもう、開き直っちまった方がいいかなあ。どう思う、フェイ君」
「あー、そうだよなあ。うん、開き直っちまった方がいいと思うぜ。もうラオクレスは何着せたって目立つし、クロアさんも何着せたって目立つだろうしさあ……つーか、目立ってた方が自然、っつうか、うん」
……先生とフェイは何やらそんな相談をして。そして。
「よし。じゃあ僕のワードローブから出してくる。ラオクレスもクロアさんもフェイも、簡単に荷造りしておいてくれたまえ。まあ、『門』を通っていつでもこっちに帰ってこられる訳だが……時間の流れがどんなものか、よく分からんからなあ。できるだけ向こうに行きっぱなしにしておいた方が安全だろうし」
先生の号令で、皆は荷造りを始めることになった。……なんというか、大ごとになってしまったなあ。僕のために、申し訳ない。
「まあまあ、そんな顔をするなよ、トーゴ」
けれど、そんな僕の頭の中を見通したみたいに先生はそう言って笑う。
「君のせいで大ごとになってる、なんて思ってくれるなよ?皆、君にかこつけて異世界旅行したいだけさ」
「……うん」
只々、ありがたいなあ、と思いながら頷いたら、先生はにこにこ笑いながら、僕の頭をもす、と撫でた。
「ついでに、君を守れるなら皆喜んでそうするだろう。……君、愛されてるからなあ」
そうだね。僕、とっても愛されてる。幸せなことに。
申し訳なさとありがたさと、ちょっと嬉しさ。そんな風に混ざり合った気持ちのまま、僕はもう少し、先生に撫でられていることにした。
そうして。
僕はラオクレスとクロアさん、そして2人の案内っていうことでフェイ。その3人と一緒に、『門』をくぐって先生の家。
「まあ……ここがトウゴ君達の世界なのね」
「風変わりな照明だな」
こちらの世界初体験のラオクレスとクロアさんは、それぞれ楽し気に、部屋のあちこちを見回している。
「な?な?面白いだろ?この世界にあるもの、滅茶苦茶面白いんだよ!」
そしてこちらの世界2回目のフェイは、ちょっと自慢げな様子でラオクレスとクロアさんに諸々を紹介して回っている。これは壁です、これは床です、みたいなところから始まるのだけれど、ラオクレスもクロアさんも楽し気に聞いているので、その……ちょっと面白い。
そうしてある程度、家の設備の説明ができて、更にベッドを増設して……夜ご飯。
「こっちの世界に来たらこれだよなあ!」
「なんだかそういう風になっちゃったね」
僕とフェイとで協力してカレーを作る。ラオクレスとクロアさんにとっては見慣れない食べ物なわけだけれど、2人とも興味が勝るらしい。結局4人でカレーを食べ終わる頃には、『美味い』『ちょっと研究して向こうの世界でも再現してみたいわね……』という感想になっていた。よかった、よかった。
「へへへ。じゃあ明日の夕方6時!学校の前まで迎えに行くからな!」
「うん。ありがとう」
そうして夜になっちゃったので、僕は家に帰る。帰り際、フェイが『お任せあれ!』っていう顔でそう言ってくれるのが頼もしい。
フェイは一度、僕と一緒に学校の周りを散策しているから学校までの道は分かる。なのでフェイがラオクレスとクロアさんを案内してくれるんだそうだ。
「ふふふ。何を着ていこうかしら。ウヌキ先生のおかげで沢山服は手に入ったけれど……どれにするか迷っちゃうわね」
「俺も新しく出してもらったからちょっと合わせようぜ!」
「あら、いいわね。貴族の姉弟とその護衛、みたいに見えるかしら」
「へへへ。それも楽しそうだな。じゃあそうすっかなあ。よろしくな、姉上!」
クロアさんはフェイの『姉上!』がなんだか嬉しかったみたいで、笑いながらフェイをぎゅっと抱きしめている。
「……ところで結局、皆の服って、どんなかんじになったの?」
ふと気になって僕はそう聞いてみたのだけれど……。
「……ま、それは明日のお楽しみ、ってことで!」
フェイにそう言われてしまったので、明日を楽しみにするしかない。なんだろうなあ。気になるなあ。そわそわ……。
そうして、翌日。
僕は普通に学校に行って、普通に生活して、以前よりも張り合いが出て充実した学校生活を送って……そして、今日も美術部侵入部員をやって。
……そんな折。
ざわざわ、と学校内がちょっと騒がしい。美術室の外の廊下で人が話しているのが聞こえてくる。
「絶対に海外スターでしょ、あれ」
「でもなんでここに来るの?」
「撮影とかあるんじゃない?うちの学校貸すとか、ありそうじゃん」
……うん。
なんか、嫌な予感がしてきた……。
どきどきと心配、そしてちょっとの期待とわくわくを胸に、僕は道具を片付けて校門へ。
……すると。
「トウゴ君!お帰りなさい!」
にっこり満面の笑みを浮かべて僕に手を振ってくれる……海外セレブが居た!
クロアさん、なんだけれどさ。けれど……ハイヒールに大ぶりなサングラス、そして毛皮のコート、っていういで立ちは、もう、海外の女優さんとか、そういうかんじに見える。そういうかんじにしか見えない。
そしてその横でちょっと品のいいコートとマフラーにくだけたジーンズ、という恰好のフェイも、お忍びで女優のお姉ちゃんにくっついてきた弟、みたいなかんじになっている。
……そして。
彼らの後ろで仁王立ちしている、巨体。
ダークスーツに黒のコート。前髪は上げたスタイルで、そして目元はサングラス。
……そういう、ものすごく『ボディガードです』というような……或いは、何か怪しげな組織のボス、みたいな、そういういで立ちのラオクレス。
ああああ……やっぱり!彼らがこの世界に居ると、目立つ!すごく、目立つ……!




