天使の彫刻*1
「リアン。君、最近なんだか鸞にすりすりやられがちなんだって?」
「あー、ライラ姉ちゃんから聞いたのか」
早速リアンに聞いてみたら、リアンはちょっと呆れたような顔で、背中の方を振り返った。
「だってさ。なあ、お前、結構噂になってるみたいだけど」
……リアンの背中には、鸞が居る。おんぶされている状態、というか。
半纏を羽織らせたような、亀の甲羅を乗っけたような、そういう具合にリアンに乗っかった鸞は、そのふわふわ滑らかな手触りの羽毛を存分に、リアンの背中に摺り寄せている。ああ、本当だ。すりすりやりたがっている……。
「……何かあった?」
「何も。……前はこんなことなかったのに。なあ、どうしたんだよ」
リアンは鸞に聞いてみるのだけれど、鸞はちょっぴりしょんぼりした様子で、きゅるる、と鳴いては、また、すりすり、とリアンにやるばかりだ。
「……アンジェの鸞は?」
「いや、特には。……あー、でも、あっちも俺にすりすりやること、ある……」
……成程。えーと、つまり、アンジェにはすりすりやっていない、と。
「カーネリアちゃんのフェニックスは?」
「ちょっと前はものすっごくすりすりすりすりやられてたけど、まあ、今はそうでもないかな」
……うーん?
「鳳凰は?僕が居ない間にすりすりしてたり」
「そうでもないな。ただ、俺にすりすりやってる鸞に、すり、ってやることはあるけど。そうするとちょっと鸞が落ち着くんだよなあ……」
「聞けば聞くほど分からない」
「だろーな」
なんだろうなあ。僕は、リアンの背中に陣取っている鸞をちょっと撫でてみるのだけれど、いつも通り手触りがいいっていうことくらいしか分からなかった……。
「あ、トウゴ。何か分かった?」
「何も。強いて言うなら、鸞の手触りがよかった」
「何しに行ったのよあんた」
一旦ライラのところに戻ってみたら、怒られてしまった。そんなこと言われても。
「鸞っていう生き物自体の習性じゃないなら、まあ、あの鸞とリアンの間に何かあった、のかしら……」
「うーん、まあ、そうだと思う。鸞が人間にやたらとすりすりやりたがるっていう話は聞いたことが無いし……いや、僕が知らないだけだろうか……」
一応、念のため、ということで、僕とライラは連れ立って先生のところへ。
先生の家を庭から尋ねてみたら、先生は見事に、外廊下のガラス戸越しに中庭を見ながら日向ぼっこしているところだった。傍らにはお茶の湯飲みとお茶請けらしい干した魚の身のお皿。あと、膝の上には魔王。
「……先生。なんだか楽しそうだね」
「おお、トーゴ。見たまえ。『縁側で猫を撫でながらお茶を啜る』という老後の夢がここに実現しているぞ。縁側じゃなくて一応廊下だし、猫っていうか魔王だが」
先生が撫でると、魔王は『まおーん』とのんびりした声を上げる。魔王は撫でられるのが大好きだからなあ。しかも時々、先生にお茶請けをねだっては、魚の身の干した奴を貰って食べている。よかったね。
「ねえ、ウヌキ先生。ちょっと聞きたいんだけどさ」
早速、ライラがそう聞きつつ庭のガラス戸をガラッと開けて廊下の上へ。そして寒さが入ってこないようにすぐガラス戸を閉めてしまうものだから、僕が庭に取り残されてしまった。待って待って、僕も寒い!
……ということで僕も廊下に並んで、ガラス戸越しに庭を眺めつつ、改めまして。
「で、聞きたいことなんだけれど」
「なんだい?僕に分かることなら大体何でも答えようじゃないか」
「……逆に答えてくれないことって何よ」
「そりゃあ、うーん、そうだな……僕のスリーサイズとか……」
……分かるの?測ったことあるの?ねえ。
「……えーと、先生。あのね、鸞、って、どういう生き物?」
話が進まなくなりそうだったのでもうさっさと聞いてしまうと、先生は、ふむ、と唸って……首を傾げつつ、答えてくれる。
「賢くて優しい、ちょっと不思議な鳥さんだ」
……うん。
「あの、もうちょっと、伝説の話とかを」
「いやあ、そうは言ってもね。僕だってそんなに知ってるわけじゃあないぞ。鳳凰が赤なら鸞は青、とか、鳳凰が雄、鸞が雌、とも言われているが……まあ、大体鳳凰、みたいなかんじか?」
そ、そっか……。まあ、そうだよね。あんまり色々な情報がある生き物じゃないんだよね。鸞って。
「ということはやっぱり、リアンの背中にすりすりやっているのは、特に鸞の習性とかではない……?」
「と思うがなあ。いや、君がそういう生き物にしちゃった、という可能性はないでもないが……でも、そういう意図は特に含めずに描いたんだろう?」
「うん」
鸞というもの自体にそういう習性が無くても、僕がそう描いちゃったからそうなっちゃった、という可能性はある。ほら、だからこそ管狐は『こん』と鳴くわけだし……。
ただ、鸞についてそれは無い、と思う。鸞に望んだことは、天使の兄妹を守ってほしいな、ということと、できたら2人の友達になってほしいな、ということだけだったから。
「じゃあやっぱり何かあったのかしら……」
「かもしれない……」
ライラと一緒に考えつつ、じゃあ何があったのかな、と考える。リアン自身は特に何も心当たりがないような様子だったしなあ。
「ねえ。僕が居ない間、最近こっちに何かあったりした?」
一応、ライラにそう聞いてみた。いや聞いてすぐに思い出したんだけれどさ。僕が向こうに居る間、こっちはそんなに時間が進んでいないんだぞ、って……。
まあ、でも、僕とフェイは7日ぐらい向こうに居たわけなので。ということは、2日ぐらいこっちでも時間が進んでいておかしくないか。
「え?そんなこと言っても……うーん、あんたとフェイ様が留学?してる間にさ。こっちは温泉、行ってきたわよ」
成程。やっぱりこっちはこっちでちょっと時間が進んでいたらしいし、その間、楽しんでいたらしい。ちょっと悔しい……いや、でも、僕とフェイは動物園に行ったんだぞ!どうだ!……とは、言わないけどさ。言わないけどさ……。
「ウヌキ先生がさ。『うちにも露天風呂はあるが別の温泉があるなら入りたいなあ』って言ってたからさ。皆で行ってきたのよ」
「そういう訳だ。だから僕は今日、なんとなくお肌がつやつやしているというわけだな」
「あんまり変わらないよ、先生」
まあ、皆は皆で楽しんでいた、ということでいいんだけれどさ。いいんだけれど……。僕も後で温泉、行ってこようかな。
「……それで、温泉に行ったら、リアンの鸞が、リアンにやたらとすりすりやるようになってしまった……?」
「……そう、いうことになるのかしら。えーと、私、男湯の方は知らないからさ。何とも言えないけど。ねえ、ウヌキ先生。どうだった?」
「いや、僕らは同時に入ってないからなあ……でも確かに言われてみれば、湯上りのリアンに鸞がすりすりやっていた気がする」
うーん……なんだろう。ということは、温泉に何か、ある、のかな?
丁度いいし、僕、ちょっと行ってこようかな。ついでに温泉にゆったり浸からせてもらって、文字通り、羽を伸ばしてくる、ということで……。
ということで羽を伸ばしに来ました。
生憎、フェイはもう、『異世界の感動を今のうちに記録しておかなければ!』と忙しそうな様子だったので、諦めて僕1人で温泉に行くことにした。
温泉に僕が行くと、施設で働いている人達が早速歓迎してくれて、ちょっと恥ずかしい。けれど渡りに船、ということで、早速、リアン達が入っていたお風呂を借りられないか、お願いしてみた。
運よく丁度予約も入っていないということだったので、早速そのお風呂を貸し切りにさせてもらって……さて。
「いい湯だなあ」
温泉に浸かって、ゆっくりのびのび、手足と羽を伸ばす。やっぱり温泉っていいなあ。
妖精がお風呂を覗きにやってきたので、彼らも一緒にお風呂に入らないか誘ってみて、誘いに応じてくれた妖精達と一緒にしばらく湯船でのんびりした。妖精の中にはジュースを持ってきてくれる妖精も居て……ええと、湯船の上に、桶に入ったジュースの瓶が入って、ぷかぷか、という状態になっていた。
多分、これ、先生の仕込みだろうなあ……。
さて。あんまりのんびりばかりもしていられない。僕はちゃんと、目的があってこの温泉に来たんだから。
まず、鳳凰に出てきてもらう。すると、鳳凰は即座に温泉の中にちゃぽん、と飛び込んでしまった。……そのままお湯の中でふるふる、と体を震わせて、それから、きゅるる、と機嫌の良さそうな声を上げた。鳳凰は温泉が好きなのかなあ。
「ねえ、鳳凰。僕にやたらとすりすりやりたくなったり、する?」
早速そう聞いてみるけれど、鳳凰は特に何もないらしくて、首を傾げつつ、ぱしゃぱしゃ、とお湯で遊んでいる。こらこら、あんまり水面を揺らすと妖精達が困るから。……いや、そうでもないな。妖精達、波乗りを存分に楽しんでいる……。
「鸞はどうしてリアンにやたらとすりすりやりたがるのだろうか……」
鳳凰がこんな調子なので、僕としてはちょっと困る。試しに鳳凰を僕の背中に乗せてみるのだけれど、鳳凰はお湯でしっとり温かくて、背中が温かくなっただけだった。まあ、これはこれで快適なのだけれど、求めていた結果ではない。
「アンジェの鸞は別にすりすりやりたがらないらしいしなあ……ねえ、何か知らない?」
僕の背中から離れて僕の隣でお湯に浸かり始めた鳳凰に聞いてみると、鳳凰は、きゅるる、と鳴きつつ、ちょっと僕の背中にすりすり、とやって、それから『分かる?』とでも言うかのように僕を見つめた。……いや、分からない!
「な、なんだろうか……」
僕としてはまるで分からないので只々困るしかないのだけれど、鳳凰としても伝わらなくてちょっと困っているらしい。なんてこった。
僕らは互いに頑張ってやり取りしようとしていたのだけれど、途中で管狐もやってきて温まり始めたので、もう、僕らは考えるのをやめた。
「いい湯だねえ……」
……本当に、なんで鸞は、リアンの背中にすりすりやり始めたのだろうか。リアンの背中、何かあったっけ……?いや、考えても無駄なんだけれど……。
ぼーっとしながらお風呂に浸かっていたら、妖精達が周りで楽しそうにしているのが目に入る。
ジュースを浮かべるための桶の縁に座ってゆらゆらしていたり。お風呂に入ってのんびり寛いでいたり。湯気の中を飛び回って遊んでいたり。
……そんな妖精達を見ていたら、ふと、僕は思いつくものがあった。
「……羽、生えてるなあ」
僕も生えてるけど。羽。
……もしかして、リアンにも羽が生える?だから鸞がすりすりやっている?うーん……。
これは、リアンの背中を確認してみた方がいい気がする!




