異世界留学生*3
ということで、翌日。
「よし!行くか!」
「おー!」
僕らは動物園に向けて、出発した!
「へー。これが、でんしゃ……」
……動物園までの道のりは、これだけでもフェイにとっては未知の連続だった。自動改札だって、電光掲示板だって、もう、ありとあらゆるものが全て、フェイには未知の存在だ。改札で、ぴっ、とやって改札を通り抜ける時にものすごく不思議そうな顔をしていたの、忘れられない……。
そうして電車に乗って、空いていた席に座って、僕らはのんびり、動物園の最寄り駅までガタンゴトンと運ばれていく。
「すげえ速度で走るんだな」
窓から景色を眺めつつ、フェイはなんとも不思議そうな顔をしていた。まあ、普通の馬とかと比べると、結構速いよね。羽や角が生えた馬は電車ぐらいの速度で走ること、あるけれど。
「……なんか、落ち着くなあ」
「うん。そうなんだよ」
そしてフェイは、電車の『ガタンゴトン』でなんだかちょっと落ち着いてしまう性質、らしい。僕も僕も。
というわけで……僕らはお互いに凭れて昼寝したりしつつ、電車での旅を楽しんだ。
目的地の駅に近づいたところで車内アナウンスに起こされて、僕はフェイの手を引きつつ慌てて電車を降りる。寝過ごすところだった。あぶない、あぶない。
「うわ、人がたくさん居るなあ……!」
「そこも嬉しいポイントなんだね……?」
フェイは、駅の人混みにすら目を輝かせている。ま、まあ、これだけ人が密集している様子はあっちの世界だと中々見ないけれどさ。
「これ、何か祭でもあるのか?」
「いやいや。これがこの駅の日常なんだよ」
「へー、すげえなあ……」
フェイからしてみると中々不思議な眺めらしいけれど、人が多い場所に住んでいる者としては、まあ、こんなもんかな、というかんじなので……。
「……トウゴはこういう世界で育ったんだなあ」
「うん」
何やら感慨深げに辺りを見回しながら言うフェイの横顔を見つめていると、ふと、フェイが僕の方を見て、満面の笑みを浮かべた。
「中々賑やかで楽しい世界だなあ、ここ!」
「……うん。案外、この世界も悪くないんだよ」
フェイがこう言って笑ってくれたり、魔王がまおんまおん興奮しながら写真集を眺めたり、そういう風にしてくれるから……僕、最近とみに、この世界を好きになってきたんだよ。本当に。
駅から少し歩いていって、ようやく、動物園。
「おおー……ここが噂の!」
「噂っていうか、まあ、うん。動物園」
すっかり興奮状態のフェイは、もう、それはそれは目を輝かせながらありとあらゆるものを見ている。入場チケットは事前にコンビニで買ってきたので、僕はそれを1枚フェイに渡して、入場口へ。
「どうぞ、楽しんでいってくださいね」
「はい!」
……チケットを確認する係の人に元気に返事をして、フェイはもう、にこにこだ。すごい。すごくにこにこ。
「行こうぜトウゴ!動物!動物見てえ!」
「うんうん。行こうね。あんまり焦らずに」
僕はそんなフェイに引っ張られつつ、なんとかフェイを引っ張り戻すべく頑張りつつ、でも、早々に諦めてしまった方がいいような気もしつつ……。
諦めた。諦めて、フェイと一緒に頭のてっぺんから爪先まで、全部はしゃぐことにした。その方がきっと楽しいし、フェイだって嬉しいだろうし。だからもういいや!
「すげえなトウゴ!あの鳥すげえな!」
「孔雀、っていうんだよ。ああいう風に羽が綺麗なのは雄だけ。雌は……あっちの地味な方だよ」
「地味っつっても、尾羽が長くて綺麗だなあ……へー。森のあの鳥程じゃねえけど、結構珍しい鳥だよな」
「まあ、あの鳥と比べたら全ての鳥がそんなに珍しく無いと思うよ」
僕らの頭の中では巨大コマツグミが『キョキョン』と鳴いている。まあ、あいつはまたちょっと別枠っていうことで……。
「羽があったり角があったりする馬は見慣れてるけどよー、首が長い馬ってのは、初めて見たなあ……」
「キリンって、馬っていうよりは牛の仲間なんだよ」
「は!?牛!?どこが!?」
「えーと、角、とか……耳、とか?」
後で先生に聞いたら、『ところでキリンは家で飼ってもいい動物らしいぞ』と教えてくれた。無駄知識をどうもありがとうございます。ちょっと人生が豊かになった気がする。
「なんだこの生き物……?」
「カバ。意外と力が強いんだよ」
「かば?あー、分かる分かる。かばーっ、てかんじの顔してるよな」
「かばーってかんじの顔……?」
フェイが『かばーっ』とジェスチャーするのを見つつ、その後ろでカバが口を開くのを見て、ああ、成程、『かばーっ』だなあ、と納得した。うん。かばーっ。
「フェイ!こっちに兎を抱っこできるところがあるよ!」
「兎!?……おおー、普通の兎だ……」
「……まあ、兎は森のとあんまり変わらないよね」
「ここの兎は別に森の兎じゃあねえはずなのに、お前に寄ってくるんだなあ……」
……うん。なぜだか、兎が寄ってくる。兎コーナーに入った瞬間から、どんどん兎が寄ってきて、僕にくっつきに来るんだけれど……ええと、なんでだろう。兎が好きな匂いでもするんだろうか、僕……。
「うおーっ!ライオン!ライオンだ!」
「ライオンだ!」
ライオンを見て僕らは一頻り興奮してきた。やっぱり実物を見るのって、写真で見るのと全然違う。動くと筋肉や皮のしなやかさが分かるし。尻尾がどういう風に動くのかもわかるし。睨まれた時の感覚だって、大事な思い出の一つ。
「成程、動物園ってこういう気持ちになるんだっけ……」
なんとなく、小さい頃の思い出がぼんやり掘り起こされていくような気持ちになりながら、僕はライオンをスケッチした。鬣がね、やっぱり難しいけれど楽しいところなんだよ。
それから、ヒヨココーナーを見に行ったり、モルモットがもるもる動くのを眺めたり、カンムリワシを見て『ラオクレスっぽい』という結論に至ったり、ペンギンが散歩するのを見てはしゃいだり……。
……まあ、とにかくひたすら、見て、はしゃいで、笑った。
フェイと一緒に居たらなんでも新鮮で、なんでも楽しい。小さい頃に来た時よりもずっと鮮やかに景色が見えて、全てのものが興味深くて、何から何まで、全部全部、楽しいんだよ。
僕、自分でもびっくりするくらいはしゃいだし、笑った。そのおかげで帰りの電車に乗る頃にはすっかりくたびれてしまって、席に座った途端、すとん、と眠ってしまった。
……そしてフェイと一緒に寝過ごして、ちょっと行き過ぎた分、反対方向の電車に乗って戻って……そういうのも含めて、全部楽しかった。
とっぷり日も暮れた頃、フェイを先生の家に送り届けて、そこでお別れ。また明日。
……そして、翌日。
僕は普通に学校に行く。何せ、今日は平日なので。
昨日のはしゃぎ疲れがまだちょっと残っていたけれど、まあ、平気。元気に授業を受けて、分からないところは昼休みの内に質問に行って、そして放課後はすぐ帰る。美術部に顔を出すのは、今週は無し。
そうして僕が向かう場所は……決まってる。
「ただいまー!」
「おー!おかえり!」
先生の家。そこでフェイが出迎えてくれる。……今週いっぱいは、フェイはこっちに滞在予定。今は絵本で文字の勉強をしていたみたいだ。まずはひらがなの練習からっていうことで。
「トウゴ!ちょっとは文字、書けるようになってきたぜ!」
「どれどれ……わ、ほんとだ」
僕が覗きに行くと、リビングのローテーブルの上の紙には、『ふぇい・ぶうーど・れっどがろど』と書いてあった。ちょっと惜しいけれど、概ね正解!
『ら』と『う』の違い、『る』と『ろ』の違いを説明したら、そのうちちゃんと『ふぇい・ぶらーど・れっどがるど』になった。すごい。フェイの勤勉さには頭が下がるよ。
「へっへっへ、この調子でこの世界の本を自由に読めるようになってやる!」
「ぜひ頑張ってほしい」
フェイはにこにこ、嬉しそうだ。見たところ、絵本はもうある程度読めるみたいだし……その内、科学の本をスラスラ読み始めるかもしれないね。
「まあ、言語自体は共通みたいだからなあ、俺達……」
「……先生が手を抜いた結果のような気がする」
「いやいや。そこは、ウヌキ先生の心遣いの結果、ってことにしとこうぜ!」
……まあ、向こうの世界とこっちの世界とで言語が一緒なのは、多分、先生がそういう風に書いたから、っていうことになるんだと思う。先生は、僕が過ごしやすい世界を目指してくれたみたいだから。そのおかげで僕とフェイはお喋りできるんだから、まあ、感謝こそすれ文句は無いよ。
「こっちの紙は?」
それから、文字の練習以外で使われたらしい紙を見る。ええと……何かの設計図、に見える、けれど。
「いやー、ほら、図書館で見たアレ。あれをさあ、向こうの世界でも実用化したくてさ。ちょっと考えてたんだ」
……どうやらこれ、フェイなりに考えた、本の検索端末、らしい。
「こう、予め属性をいくつか決めておいて、それを登録しておいて……検索、っつうのかな。その属性を持っているやつを引っ張り上げる、みたいなかんじにすれば、なんとか行けるんじゃねえかな、って思ってて……ほら、魔石の切片をちょっと紙に漉き込んどくとかすれば十分可能だろ?もっと手軽にするなら魔石絵の具のハンコってのがいいかな、と思ってる。で、目的とする属性の魔石の魔力にだけ共鳴するように魔力を流して、情報が書いてある紙を引っ張り上げられるようにすればさ。いいかんじだろ?」
「うん。いいと思う」
「だろ?最初の仕分けが大変だけどさ。一度やっちまえば、後は簡単だし……整理整頓、ってとこだよなあ」
フェイはどうやら、中々面白いものを作っているみたいだ。こっちのシステムの魔法版、っていうかんじだろうか。面白いなあ。
「これ作って、ソレイラの図書館とうちの書庫の整頓しようと思ってさ。わくわくするよなあ」
フェイは未知の技術を見て、それを自分の世界に還元する方法をちゃんと考えていて……すごいなあ。
「もし仕組みが出来上がったら、ルギュロスさんやラージュ姫にも分けてあげようよ」
「そうだな!特に王都の図書館は俺もよく使うし、簡単に本が探せたら便利だもんなあ。必要な投資、ってやつだろ。……ルギュロスは、こう、最初の仕分け作業、手伝わせようぜ!」
僕の頭の中には、ぶつぶつ文句を言いながら魔石絵の具のハンコを捺していくルギュロスさんの姿が思い浮かぶ。……なんとなく、面白い。是非やらせよう……。




