精霊御前試合*5
結局。
ラオクレスが勝つまで、そう時間はかからなかった。
毒で動きが鈍っていることは僕の目にも明らかだったけれど、それでも、ラオクレスは剣すら使わずに戦って、相手を投げ飛ばして場外へ落としてしまったんだよ。
観客からの歓声を存分に浴びて、ラオクレスはステージを降りて……すぐ、リアンとアンジェと鸞2羽にもふもふもふ、とくっつかれて、そのまま救護席の方へと連れていかれた。そっちにはクロアさんが待機しているから、毒の処置は大丈夫、だと思う。
なので僕は……。
カーネリアちゃんと一緒に、それぞれの鳥に掴まって飛んでいって、対戦相手の方に着地。
「そちらのお兄様!お怪我があると大変だわ!こっちへ来て!」
「いや、俺は何も……」
「駄目です。こっち来てください」
「怪我なんてしてないですから、町長さんは別の人の治療に当たってもらった方がいいんじゃないですかね……」
逃げ出そうとする対戦相手の人を僕とカーネリアちゃんとで挟んで押し問答。すると、なんだなんだというように、フェイとローゼスさん、マーセンさんとインターリアさんとタルクさんもぞろぞろやってきて、押し問答というより押しくらまんじゅうの様相を呈してきた。ぎゅうぎゅう。
そして、僕らで押し合いへし合い、対戦者の毒使いを囲んで……。
「怪我ぁ?そいつはいけねえなあ!運ぶか!担架もってこい担架!」
「おや?タルク殿?た、担架をやってくださるのか……?つくづく変わった御仁だなあ」
「ええと、じゃあ体を固定しておきますね。丁度ここに丁度いい木の蔓が、生え……生えたので。いや、生えてたので」
「俺は脚の方を固定しよう。インターリア。頭部を……」
「マーセンさん!それならもう私が巻いたんだわ!」
「カーネリア様。こうもぐるぐる巻きにしてしまうとこやつの呼吸を止めることになってしまいますので……」
……まあ、わいわいと相手を囲んで、タルクさんが担架になってくれたのをいいことに、皆で運んでいった。絶対に逃がさないぞ!
そうして、毒使いの人はこっそりと、兵士詰め所に運ばれた。担架役のタルクさんだけがしゅるんと器用に抜け出して、毒使いの人は木の蔓でぐるぐる巻きにされた状態でそこに残された。
「じゃあ、決勝戦が終わったらまた来るから!」
「それまで檻の中入ってろ!」
寒いといけないのでもふんもふんと毛布を出して毒使いの人を包んだら、僕らはさっさとラオクレスの方へ。
「ラオクレス!」
……呼んでみたけれど、返事がない。ぜえぜえと荒く呼吸をしている様子を見るに、多分、返事をする余裕が無いんだろう。
「全くもう。本当にあなたって毒に弱いんだから」
「……面目、ない」
クロアさんは呆れたような顔をしながらも、どこか落ち着かなげにラオクレスの背中を撫でていた。
「クロアさん。ラオクレスはどんな具合?」
僕が尋ねると、クロアさんはため息を吐きつつ教えてくれた。
「感覚が色々おかしくなっちゃうのよね。暑くて寒くて、上下左右がよく分からなくて、体が上手に動かない。そんなかんじかしら」
……風邪の酷い時に近い、のかな。うーん、それは辛そうだ。
「これは純粋な魔法毒。結構高価なんだけれど、よく入手できたわねえ。或いは自分で調合したのかしら……あら?ラオクレス。一回吐いておく?」
「いや、いい……」
蹲るラオクレスの背中を撫でつつ、クロアさんはちょっとため息を吐いて、それからまた、にっこり笑った。
「でも解毒なら任せて」
「魔法の毒ならクロアさんの専門だよね」
「まあそうなのだけれど……もっといい方法があると思ったのよ」
もっといい方法?
……僕らが首を傾げていると、向こうの方から、おーい、というちょっと間の抜けた声が聞こえてくる。
「やってくださるわ。ウヌキ先生が」
……クロアさんと僕らが見つめる方から、先生が鸞に運ばれてやってきていた。
「おーいクロアさん!僕をお呼びだとリアン君から聞いたが、なんだい?」
「急病人なの。ウヌキ先生、お願いできるかしら?」
やってきた先生はクロアさんに近づいて……そこに蹲っているラオクレスを見て、ありゃ、と声を上げた。
「いやいやいや。僕は医者じゃあないぜ?何とかしたいのは山々だが……」
「感覚を、書き換えてくれ……」
「ああ、成程な。そういうことか。そういうことなら……ふむ。まあ、なんとかできるかもしれないな。よし」
先生は困惑気味だったけれど、それでもメモ帳とボールペンを取り出して、早速文字を書き始めた。
「えーと、どういう症状なんだい?」
「暑くて寒くて上下左右がよく分からなくて体が上手く動かない、っていうかんじらしいよ」
「成程。風邪の酷いのか。或いは自律神経がやられた時か?ふむ……」
僕の説明で先生は何か分かったのか、さらさら、と文字を書いて、ぴた、と止まったと思ったら今度はじっとラオクレスを観察して、またさらさら、とペンを動かして……。
「よし。これでどうだい?」
もじもじ、くねくね、ぽわわん。
……先生の文字が動いて宙に浮かんで……ラオクレスにくるん、と巻き付いて、きゅっ、と吸い込まれて消えてしまった。
すると……ラオクレスがゆっくりと、顔を上げた。
「……治った」
「おお。それはよかった」
先生は笑顔で頷くと、よいしょ、とその場に座り込んだ。疲れちゃったらしい。
「ただな、毒自体が消えたかは分からないぜ。僕はラオクレスの一人称視点で『感覚が戻った』っていう文章を書いただけだからね。毒が急に消え失せるっていうのは、君の身体に妙な影響を与えちまいそうで、ちょっと書くのを躊躇われたもんだから」
「成程な。だがそれで十分だ」
ラオクレスはちょっと消耗した表情でにやりと笑うと、立ち上がった。さっきステージ上で見た時よりもずっとしっかりしている。消耗はしているみたいだけれど、いつものラオクレスだ!
「これで戦える」
「た、戦うの?」
「当然だ」
そしてラオクレスは、さっきまでぐったりしていた人の台詞とは思えないことを言う。いや、まあ、彼らしいとは思うけれど……大丈夫なんだろうか。
毒自体が消えたかは分からないんだ。先生の能力は目に見えない。目に見えないから確かめられないことも沢山あるし、心配は心配。
いかがでしょうか、という気持ちを込めてクロアさんを見ると、クロアさんはため息交じりに頷いた。
「……まあ、止めはしないわ。その代わり明日は一日寝込むことを覚悟しておいた方がいいわね」
「構わん」
成程。まあ、クロアさんが一応許可したんだから、大丈夫、なんだろうけれど……。
「折角の機会を逃したくないんだ」
……まあ、いいか。
僕が、寝食を忘れて絵を描いちゃうように、ラオクレスだって毒を無視して戦いたい人なんだろう。なら、それを応援することはしても、反対するようなことはしたくない。
「頑張ってね、ラオクレス」
なので僕はそう言った。すると、ラオクレスはにやりと笑って、僕の頭をもそもそ撫でた。
……なんで撫でるの?
そうして迎えた決勝戦。
ローゼスさんとラオクレスが向かい合っている。
観客はラオクレスがどうなっていたか知らないし、只々ワクワクしているだけだろう。
でも、僕らは何があったのか知っているので、ちょっとひやひやしていて……。
「遠慮は要らん。本気のあんたと戦いたい」
……けれど、ラオクレスはローゼスさんにそう言って、にやりと笑った。それに、ローゼスさんは吹っ切れたような笑顔を返す。
「そうか。そういうことなら遠慮なくいかせてもらおう。そのせいで負けたって知らないぞ?」
「ああ。俺の我儘に付き合わせてすまないな」
「何。戦闘狂があなた1人だと思わないことだ。私もこれで中々の戦闘狂でね」
ローゼスさんはにっこり。ラオクレスもにんまり。こうして2人が剣を構えると……。
始め、の合図が会場に響いて、2人は一斉に動き出した。




