精霊御前試合*3
さて。
お昼ご飯が終わった僕らは、魔王からジュースを買う。
……魔王は、大きなジャーを背負ってぽてぽて歩き回っている。ジャーにはたっぷりと森の果物のジュースが入っていて……ついでに、『1杯銅貨2枚』という張り紙がしてある。
注文が入ると、魔王は『まおーん!』と鳴きつつ、周りを飛んでいる妖精からカップを1つ尻尾で受け取って、ついでにもう1本尻尾を生やして(ここで多くのお客さんはびっくりする!)ジャーからジュースをカップに注いで……それを体の前に持ってくると両手で持って、まおん、とお客さんに渡すんだよ。
そしてお客さんは魔王の腰に(いや、腰なのかもよく分からないけれど……)ぶら下がった巾着に、銅貨2枚を入れていく、というわけだ。
「……まおーんちゃん、売り子さんとして優秀よね」
「うん。わかる」
謎のふにふにした生き物が懐っこくまおんまおんと鳴きながらジュースを売り歩いていたら、買っちゃう。買っちゃうよね……。うーん、中々商売上手だ……。
そうしてジュース片手に始まった4回戦を見る。
4回戦の第一試合は……。
「やあ。弟が世話になったね」
舞台の上で微笑みつつ剣を振り振りみょんみょんやっているのはローゼスさん。その視線の先に居るのはルギュロスさんだ。
「どうしてだろう、クロアさん。僕、ルギュロスさんが勝つ気がしない」
「そうねえ。私もそう思うわ」
ルギュロスさん、フェイと戦っていた時の余裕はどこへやら、さっきのフェイみたいに緊張気味の顔をしている。
「……格下だと思った相手には強く出られるけれど、格上だと思っている相手には緊張しちゃって実力を発揮できない、っていうところかしら」
「成程……」
ルギュロスさんの心情を2人で推測しつつ、まあ、概ね予想は外れてないだろうなあ、と思う。だってルギュロスさん、本当にそういう顔してるんだよ。
「ここは勝たなきゃお兄ちゃんの面目が立たないな」
「やっちまえ、兄貴ー!」
「ははは、勿論だとも、フェイ。私の勝利はお前に捧ぐよ」
ローゼスさんが観客席のフェイに向けてぱちんとウィンクすると、観客席からきゃあきゃあと歓声が上がった。主に若い女性の。……こうしてローゼスさんを出場させておくと、若い女性の観客が増えて、結果、ラオクレスとクロアさんのあれこれが有耶無耶になっていいかもしれない。よし。次回大会もローゼスさんに是非参加してもらおう。できればサフィールさんにも……。
……そして。
2回くらい、剣の打ち合いがあっただろうか。けれどまあ、それくらい。
……それくらいであっさり、ルギュロスさんの首筋に、ローゼスさんの剣の切っ先が触れていたんだよ。
「『何が何でも真っ向から戦いたくない相手』のリストに1人分追加しておかなきゃ」
クロアさんがそんなことを言ってため息を吐いている。感嘆半分、呆れ半分、みたいなかんじだ。
「そのリスト、誰が入ってるの?」
「ラオクレス。あとタルクさん。マーセンさんも入るわね。インターリアは……どうかしら。戦って勝てないことはないように思うけれど、戦いたいとは思わない、くらいかしら。あと、今日付でローゼスさんが追加されて……ああ、それからトウゴ君もね」
「僕も?」
「ええ。トウゴ君と戦わなきゃいけない時って、私の心がまた死んだ時だもの。そうなりたくないわね」
……成程。クロアさん、本当に森の子になってくれたんだなあ。それがなんだか無性に嬉しい。
「逆に、今日見ていてルギュロス君には勝てるって確信したわ」
「ええええ……」
更に、クロアさんが今日も強かで、ええと、これも嬉しい……っていうことにしておこうかな。
「ふふ。レッドガルド家も中々のものだろう?」
ローゼスさんが笑いながら剣を収める間、ルギュロスさんは引き攣った顔でじっと、ローゼスさんを見返していた。
「まあ、これからも是非、仲良くしてほしいな」
「これから、も、だと……?」
「え?君、フェイと仲良しさんじゃないのかな?私にはそう見えたが……」
……きょとん、としてからにっこり笑うローゼスさんに対して、ルギュロスさんは愕然としていて、そして、観客席からはフェイが「そうだそうだー!俺達仲良しだよなー!ルギュロスー!」とにやにや声を上げていて……。
「誰が、貴様らなどと……!」
「なら勝者からのお願いだ。仲良くしなさい」
ルギュロスさんの抵抗は、あっさりねじ伏せられていた。
……まあ、ええと、ルギュロスさん。元気出してね……?あと、僕とも仲良くしてね。
それから少ししたら、タルクさんの試合があった。
タルクさんはまあ、変わらずひらりふわりの戦術。舞踏のようで、優雅で綺麗。そんなかんじ。
あと、タルクさんが活躍するとレネが嬉しそうなので、僕も嬉しい。でもね、僕のラオクレスだって負けてないんだよ。
「まさか4回戦で当たるとはなあ」
「もう少し後で当たりたかったものだが、まあ、仕方あるまい」
そうして始まったのが、マーセンさんとラオクレスの試合だ。
これには観客の皆さんも興奮。そりゃあそうだ。決勝戦であってもおかしくないような戦いがここで始まるんだから。
「決勝に進むのは俺だ。先輩と言えども容赦せん」
「ああ。全力でかかってこい」
ラオクレスもマーセンさんも、互いににやりと笑うと……始めの合図と同時にとんでもない打撃音が響いた。
「おお、中々丈夫な盾じゃあないか、エド!」
「トウゴから貰った特注品だからな!」
音は、マーセンさんが振り下ろした剣がラオクレスの盾に受け止められた音だった。重く硬い音が会場に響き渡って、観客も一瞬、静まり返る。
けれど静かになったのは一瞬のこと。次の瞬間、ラオクレスが攻撃に転じて、マーセンさんがそれを剣で受け止めて、更にマーセンさんが盾で殴り掛かるとラオクレスがその隙に剣を繰り出して……そんな様子を見て、観客も徐々にわあわあと歓声を上げ始めた。
「すごいわねえ。私だったら最初の一撃を受け止めた時、盾が無事でも腕が折れていたと思うわ」
クロアさんは僕の隣でそんなことを言いつつ感嘆のため息を吐いていた。
「すごく綺麗だなあ……」
「きれーい……?」
僕は2人の戦士が戦う様子をすごく綺麗だと思ったけれど、レネは「きれーい……きれーい……?」と首を傾げていた。ここの感覚はちょっと合わないらしい。まあ、そういうこともあるよね。
ラオクレスとマーセンさんの戦いは、今までのどの戦いよりも長引いた。
一進一退、とも言えるし、体力の削り合い、とも言える。2人とももう無傷じゃなくて、互いの剣が掠めた切り傷が数か所ある状態。それがまた観客の興奮を誘うらしくて、会場は熱狂の渦に包まれている。
「腕が落ちたな、先輩!老いたか!?」
「ははは、馬鹿言え!お前こそ修行が足りないぞ、エド!」
剣を振るいながら、2人は悪口の応酬みたいなことをしているのだけれど、本人達は至って笑顔。楽しくて楽しくてしょうがない、みたいな顔なんだよ。それがまた、綺麗というか……うーん、綺麗、っていう言葉だとちょっと違うか。でも、格好いい、だけじゃないものがあって……上手く表現できない。これがライラの言う『なんかいいのよ』なんだろうか。いや、それも違う気がする……。
ラオクレスとマーセンさんの一進一退は長く続いた。2人の汗と時々血がステージの上に落ちて、2人の消耗を物語っている。
踏み込む足も振るわれる剣も、1つ1つの挙動全てが力強くて、一瞬一瞬全てを切り取って描きたくなるような、そういう試合だった。
……けれど、そんな試合にも、決着がつく時が来る。
大きな呼吸と共にマーセンさんが踏み込んで、上段から剣を振り降ろす。
重力と腕力と気合で振り抜かれた剣は、ラオクレスの盾を捉えて……。
ガキン、とすごい音と同時、盾が、大きく凹んでいた。
「ぐっ……!」
ラオクレスのくぐもった悲鳴が聞こえる。盾がああなったんだ。腕だって無事じゃないだろう。事実、盾を持った左の腕が、だらり、と力無く落ちて……。
……そこで、ラオクレスはマーセンさんの脚を薙いでいた。
動かないらしい左腕はそのままに、右腕の力でマーセンさんの脚に斬りつけて……そして。
体勢を崩したマーセンさんが剣を振るより早く。
ラオクレスの剣が、マーセンさんの首筋に当たっていた。
わっ、と歓声が上がる。勝者はラオクレス。勝者はラオクレス!
ステージの上で放心気味の2人のところに回復鳥部隊が飛んでいく。ついでに僕も飛んでいく。
「マーセンさんったら!こんなに無茶して!すごくかっこよかったわ!素敵だわ!流石、インターリアの旦那様だわ!」
「マーセンおじちゃん、おつかれさま!」
マーセンさんの方はカーネリアちゃんとアンジェがにこにこくっついて治療中。フェニックスと鸞も心なしか満足げ。
「ラオクレス、かっこよかったぜ」
「腕、折れてるね。すぐ治してもらわなきゃ」
そして、僕とリアンがくっついてラオクレスの治療。いや、治療するのは鳳凰で鸞なんだけどね。
……そんな中、ラオクレスは沈んだ顔をしていた。
「……ラオクレス?どうしたの?まだ痛むところがある?」
左腕は鳳凰と鸞が押し合いへし合い治していたけれど、まさか、まだどこか怪我があるんだろうか。心配になってそう聞いてみると……。
「……すまない。盾を」
……ラオクレスは、しょんぼりと、そう言った。
「いくら隊長が馬鹿力でも、まさか魔鋼の盾をやられるとは、思わなかった」
うん……うん?
「ええと……つまり、盾が凹んじまったから、ラオクレスも凹んでるのか?」
リアンが呆れ半分戸惑い半分で聞いたら、ラオクレスはしょんぼりと、頷いた。
「……トウゴから賜った盾を駄目にしたことが、予想以上に堪えているらしい」
「えええ……」
それは大変だ。鳳凰がラオクレスの腕を治している傍ら、僕はこっそり、会場近くの茂みに盾を持って行って、そこで盾を描いて直す。じゃなきゃ、ラオクレスがしょんぼりしたままだから!
「はい、直ったよ」
「ああ。ありがとう」
そうしてラオクレスの治った腕に直った盾を戻すと、ラオクレスはやっと、ちょっと笑った。
「……さっきの試合、すごくかっこよかったよ」
「……そうか」
そして僕がそう言うと、ラオクレスはまたちょっと笑みを深めて、僕の頭をもそもそ撫で始めた。
「まあ、ここはまだ通過点だ。優勝を楽しみにしておけ」
「うん」
ラオクレスが優勝するところ、見たいなあ。次もきっとすごく見ごたえのある試合をしてくれるだろうし……優勝した時にラオクレスがどんな顔をするのか、見てみたい。
その時には盾のことなんて気にせずに、心の底から喜んでくれるといいなあ。




