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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
番外編:明日も絵に描いた餅が美味い
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精霊御前試合*2

「まあこんなものか」

 そしてまあ、あっという間に勝敗がついてしまった。勝者、ラオクレス。当然。

 観客からの歓声を浴びつつ床に置いた剣を拾い上げているラオクレスを描きつつ、僕は、相手にもうちょっと粘ってほしかったなあ、なんて思う。あんまりすぐ決着がついてしまうと、描けないんだよ……。

「……ねえ、トウゴ君」

「何?クロアさん」

 そんな折、クロアさんがふと、僕に声を掛けてくる。

「これ、準々決勝ぐらいになったら、私への求婚者、もう、残らないんじゃないかしら」

 ……うん。

「……まあ、多分」

「ああ、やっぱり?」

 そりゃ、そうだよ。ラオクレスとタルクさんが居る時点で、決勝戦はそこ2人だし、今回は更にそこにマーセンさんもインターリアさんも来てるし……もしかしたら、ローゼスさんやルギュロスさんも食いこんでくるのかもしれないし。いや、流石に、戦うことを本業としている人が勝つとは思うけれどさ。うん。

「本来の目的が消えてるわねえ。うふふ。これじゃあ本当に、トウゴ君のためのお祭りみたいだわ」

 うん。その通り。……名目だけでも僕に勝利が捧げられているからか、それとも、フェイやラオクレスは本当に僕に勝利を捧げてくれているっていうことなのか、僕、何故だかさっきからものすごく調子がいい。とても元気!

「でも、その方がいいってラオクレスは言ってたよ。クロアさんが追いかけ回されるよりは精霊様に勝利を捧げる御前試合になっちゃった方がいいってさ」

 ラオクレスの名前が出たからか、ラオクレスがふと、僕らの方を見る。

 そこで僕とクロアさんが手を振ると、ラオクレスはちょっと呆れたように笑って、小さく手を挙げてみせてくれた。

 ……うん。

「まあ、私達も色々なことは忘れて、私達の騎士様の活躍を楽しませてもらいましょうか」

「うん!」

 観客も、クロアさんよりラオクレスや他の戦士の皆さんに注目してきているみたいだし、もう、多くの人はクロアさんへの求婚がどうこうっていう話は忘れかけているだろう。

 まあ、これでいいんじゃないかな。ね。




 それから少しして、2回戦が始まる。2回戦でも森の皆は求婚者の人達と当たって、それぞれ勝ち抜いていた。僕、大満足。

 ……求婚者の皆さん同士の熱い戦いも、まあ、これはこれで満足。圧倒的な強さではないから、組み合いの様子が長時間続くんだよ。描くにはうってつけ。

「トウゴ君、本当に描いてばっかりねえ……」

「うん」

 だって、折角僕に捧げられてる試合なんだ。描かなきゃもったいない!

「でも、そろそろスケッチブックから目を離して?フェイ君の試合よ」

 クロアさんがくすくす笑ってそう言うので、僕はスケッチブックから顔を上げた。

 ……そこでは、緊張気味の笑顔を浮かべながらステージに上がるフェイの姿があった。あと、向かい側から上がってくるルギュロスさんの姿もある。

 2回戦が終わって最初の3回戦の第一試合。対戦者は……フェイとルギュロスさん、なんだよ。


「ようやく貴様と私、どちらが優れているか決める時が来たようだな!」

「優れている、ってよお、そりゃー武術ではお前だろうけどさあ……適材適所って言葉があるだろうがよお……」

 フェイがちょっと不満たらしくぶつぶつ言うのを見て、ルギュロスさんは誇らしげな顔をする。ちょっと腹の立つ顔だ……。

「ふん。最初から及び腰とはな」

「うるせー」

 けれども、フェイもルギュロスさんも合図があると剣を構え始める。

 ふと、さっきまでのやりとりがぱったりと消えて空気が張り詰めて、2人とも真剣な表情に切り替わる。……2人とも、格好いいなあ。


 そして、はじめ、の合図と同時に2人はぶつかり合う。

 最初に動いたのはフェイだ。さっさと動いて相手を翻弄する戦法らしい。

 けれどもルギュロスさんはそれをあっさりと受け止めて、余裕の表情だ。流石、勇者。

 更に数度、フェイが斬り込んでいくのだけれど、それら全てを受け止めて……ルギュロスさんはフェイの隙を突いて一撃。鋭く剣を繰り出した。

「うわっ!」

 フェイの首を狙った攻撃を、フェイは咄嗟に体を傾けて避ける。その時に剣がフェイのうなじのあたりを掠めていって、フェイの髪を縛っていた紐がふつりと切れた。

「あっぶねえー……」

 大きく距離をとって荒く呼吸するフェイの肩に、解けた髪が広がる。僕が10か月寝ていた時に願掛けで伸ばして以来、フェイの髪は背中に届く長さだ。それが解けて広がって陽の光に透けて輝いて、まるで炎みたいに見える。綺麗だなあ。

「休んでいる場合か!?」

 そこへ容赦なく、ルギュロスさんが迫る。ルギュロスさんが繰り出す剣に、どんどんフェイは追い詰められていって、ステージの端っこまで来てしまった。

「さあ、受けるか落ちるか、選べ!」

 そうしてもう逃げ場が無くなってしまったフェイに、ルギュロスさんは剣を繰り出して……。

 ……さっ、と、フェイはルギュロスさんに向かって突進していった。ぎらり、と緋色の目が輝いて、そのまま、ルギュロスさんの剣も気にせず、ルギュロスさんに掴みかかる。

「なっ」

 ルギュロスさんはフェイに引っ張られてたたらを踏むと、そのまま引きずられて場外に向かって倒されて……。

「……させるものかっ」

 けれどそこで、ルギュロスさんはフェイの腕を斬りつけた。自分を場外へ投げ落とそうとする腕へ、咄嗟の抵抗を果たしたんだ。懐に入られた状態で剣を振るのは難しいはずなのに、それをやってのけて……。

 ……そうして場外には、フェイだけが落ちた。


 場外で大の字に寝ているフェイのところへ、鳳凰に掴まって僕は飛んでいく。

「フェイ、大丈夫?」

「ん。あー……うわ、すっげえ。もう治った!」

 ルギュロスさんに最後斬りつけられて血を流していた腕は、鳳凰の涙ですぐに治ってしまった。よかった、痕も残ってない。

「あー、くそ。純粋な剣技じゃ絶対に勝てねえから場外狙ったんだけどなー……悔しいなあ」

 フェイはそう言って、ちょっと表情を歪ませる。僕から逸らすみたいに横に向けられた顔に髪が掛かって、彼の表情が見えなくなった。

 ……けれど、そうして1分も経たないうちに、よっこいしょ!とフェイは起き上がる。

「ま、しょうがねえな。でも俺にしては善戦した方だろ?」

 そしてにやりと笑ってみせるその表情に、まだちょっと悔しさが残っていて、僕はそれを見ていたらなんというか、堪らなくなってきてしまって……。

「すごく格好良かった!いや、今も格好いい!描かせて!」

 スケッチブックを出して、フェイを描くことにした。……するとフェイはぽかんとした後、今度こそけらけら笑って、僕の頭をわしわし撫で始めた。やめてやめて!描けなくなっちゃう!

「……お前達は何をやっているのだ」

 そこへルギュロスさんがやってきて、呆れた顔で僕らを見下ろしてきた。するとフェイはにやりと笑って、僕の首根っこを捕まえる。

「羨ましいか!?羨ましいだろ!へっへっへ!ざまあみろ!トウゴは渡さねー!」

「元より要らん、そんなもの」

 つくづく呆れたような顔をしてため息を吐いていたルギュロスさんだったけれど、フェイが僕をわしわし撫でて、僕がそんな中でもフェイを描こうと頑張っていたところ……。

「……だが、なんだ。勝者は私だぞ。讃えるなら私を讃えろ」

 不意に、そんなことを言ってきた。

 ……うん。

「僕はフェイ贔屓なんです」

 でも駄目。




 そのまま次の試合とその次の試合ぐらいまで、僕はフェイにわしわし撫でられていたのだけれど、まあ、それでフェイの気持ちは切り替わったらしい。さっきみたいな、悔しさが滲む表情じゃなくて、気持ちが切り替わった明るい顔で観客席へ戻っていった。

 僕はそれを見送って……ローゼスさんがすごい速さで求婚者の人の剣をはじいて一本取るのを見た。すごい。早業だ。

 みょん、と剣がしなったと思ったら、一瞬で相手の剣が消えてしまうんだよ。絵に描く暇もなかった。スローでもう一回お願いしたい……。


 ローゼスさんの次に、タルクさんの出番が来た。ほわわん、と踊るように浮いて回って、ひらひら、と布の裾を靡かせて……かと思ったら、びゅ、とすごい速さで剣が出てくる。

 こんな戦い方だから、人間相手に訓練を積んでいる人だって中々勝てない。タルクさんはまたあっさりと一勝を収めてしまった。武闘会っていうよりは、舞踏会っていうかんじの一戦でした。

 レネが「たるくー!」とにこにこ手を振っている。レネは自分の騎士がどんどん勝ち抜いていくので嬉しいみたいだ。にこにこご機嫌な様子でいるので、僕もちょっとにこにこ。

『ラオクレスの戦いはもうすぐですか?』

 にこにこしていたら、レネがスケッチブックに文字を書いて見せてきた。レネはラオクレスのことも気になるらしい。

『はい。次の次の試合はラオクレスです』

『楽しみです!ラオクレスの戦い方はタルクの戦い方と違って、また興味深いです!』

 レネはこれにもはしゃいでにこにこ。

 ……タルクさんが出場するし、夜の国からの来賓っていうことでレネに観戦してもらうのもいいかな、と思ってお招きしたけれど、思っていた以上に喜んでもらえている。

 うーん、次回以降もお招きした方がいいかな、これは……。




 ……そして。

「ふふ。遠慮は要らないからな。エド」

「……当然だ」

 インターリアさんとラオクレスの戦いが始まった。

 森の騎士2人の戦いということで、観客達も興味津々だ。

 ラオクレスはクロアさんのことがあって時の人だし、インターリアさんもソレイラで働いている訳だから、ソレイラの人とは結構な顔見知り。

 そしてラオクレスの強さは今日もその前からもずっと証明し続けているようなものだし、インターリアさんの容赦のない攻撃はさっきの試合で証明済み。

 素人と素人の戦いとは絶対に違う、騎士と騎士の戦い。これは間違いなく描きごたえがあるやつだ!

「トウゴ君ったら、お目目きらきらさせちゃってまあ……」

 クロアさんがくすくす笑いながら僕の頬をふにふにつついてくる。つついてもいいけれど目と手の邪魔はしないでね。

 構えの合図があって2人が剣と盾を構えると、もうそれだけですごく絵になる。2人の間にある緊張感。静まり返った観客席。そういったもの全部全部描き表したくて、でも全部描くには時間が足りなすぎる!ああ、時間が止まればいいのに!

 僕の願いも空しく、試合開始。それと同時に……インターリアさんがすっ、と横に避けた。

 一方のラオクレスはインターリアさんがさっきまで居たところに向けて剣を構えて突進していたところだったので、インターリアさんはラオクレスの動きを読み切って動いた、ということになる。

 そしてインターリアさんは、がら空きになったラオクレスの脇腹に向けて容赦なく突きを繰り出す。

「あら、すごいわね」

 クロアさんも目を瞠っているところを見ると、インターリアさんの先読みはプロから見てもすごいやつ、らしい。

 ……けれどラオクレスだって負けてない。インターリアさんが先読みして動いた直後、体を半ば無理矢理に傾けて、インターリアさんの剣を盾で防いだ。

「……こっちもすごいわね」

 ラオクレスはインターリアさんに先読みの力で負けているけれど、その分、相手が動くのを見てから動いて競り勝てるぐらいの身体能力と反応速度がある、っていうことなんだろう。すごいなあ。僕にはもうよく分からない世界だ……。

 ……そのまま数度、インターリアさんとラオクレスは打ち合っていた。

 インターリアさんの剣がラオクレスの髪を一房斬り飛ばしたと思ったら、ラオクレスの剣がインターリアさんの鎧に凹みを作っている。インターリアさんがラオクレスの動きを読んで隙を突けば、隙を突かれたはずのラオクレスはそれでもインターリアさんに追いつくように反応して盾を構える……。

 そんな一進一退の攻防だったのだけれど、まあ、結果が出る時はあっさりしていた。

 キン、と澄んだ音が響いて、インターリアさんの剣が弾き飛ばされていた。そしてラオクレスが剣をぴたりとインターリアさんの首筋にあてれば、インターリアさんは両手を上げて降参のポーズ。

「……全く、とんだ馬鹿力だな、エド。まだ手が痺れている」

「お褒めに与り光栄だ」

 そしてラオクレスは剣を収めて、インターリアさんも剣を拾い上げて収めて、2人は握手を交わした。


「まあ、私の仇は愛する夫が討ってくれることだろうからな。まだまだ楽しませてもらおう」

「残念ながらお前の亭主は俺に負ける予定だ」

 笑ってそんな言葉を交わして、2人はステージを下りる。……そして僕は、2人の戦士にすっかり見惚れていた。

「トウゴくーん、大丈夫?」

「うん。格好良くて、つい……」

 ぽーっとしていたら、クロアさんに声を掛けられて慌てて我に返る。大変だ。描かなきゃ描かなきゃ。

「とうご!とうご!わにゃーにゃ!?てぷてーでぃえ!?」

「あ、ちょっと、レネ!くすぐったいよ!」

 描いていたらレネがくっついてきたのでくすぐったい!ど、どうしてレネは僕にくっついてくるんだろうか。……あ、そっか。

「レネ、はいどうぞ」

 ちょっと目立たないように座席の下に描いて出したのは、ふわふわの上着。フード付きの、ふわふわの、真白いやつ。それをレネに着せると、レネは「わにゃ!?」と驚いていたけれど、僕がレネに袖を通させて、前を閉めて、そしてフードを被せてみたら……「ふりゃー!」と満面の笑みになった。

 成程。やっぱりレネ、ちょっと寒かったみたいだ。気を遣ってあげないと、屋外での観戦は寒がりなレネにはちょっと寒いよね。よし、ゆたんぽも描いて出しておこうかな……。

 というか、次回から観客席、炬燵にしようかな……いや、また魔王が動かなくなってしまうか……。




 何はともあれ、ここで一度、お昼休憩が挟まる。

 なので僕らもお昼ご飯。ここぞとばかりにお弁当を売り歩いていたぬくぬく食堂のお弁当を買う。チキンカツ弁当だ。ざくざくかりかりの衣が美味しいんだよ。

 レネも僕と同じやつを注文して、にこにこしながらチキンカツをさくさく食べ始める。ほわりと湯気が立つくらいほかほかぬくぬくのお弁当は、レネのお気に召したみたいだ。

 一方、クロアさんとフェイのお父さんはぽかぽか食堂のシチューを購入。カップに入ったシチューと、ちょっと塩味が利いたパンのセット。あっちも美味しそうだなあ。

 リアン達はおひさまベーカリーのサンドイッチ盛り合わせ大盛りサイズを3人で1つ頼んで、それをシェアしているらしい。

 向こうの方ではラオクレス達森の騎士団があれこれ持ち寄って、ちょっとした宴会みたいになっている。ルギュロスさんはいつの間にかフェイに首根っこ捕まえられてローゼスさんと一緒にご飯食べてるし。

 ……うーん、平和だ。


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[良い点] ぬくぬく食堂 ぽかぽか食堂 おひさまベーカリー この3店のお弁当が 同時に見れるとは。 加えて騎士たちの車座? フェイルギュローゼw [気になる点] 骨の騎士たちにも 何か齧らせてあげた…
[良い点] チキンカツ。なんて良い響きなのだろうか [一言] ルギュルスさんはさびしんぼで良き!良き!
[良い点] ちきんかつ! [気になる点] ちきんかつ! [一言] ちちんかつ!
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