妖精カフェは今日も平和*2
「せ、先生。この世界にも結婚指輪っていう概念はあるんだろうか」
「いやー、僕はそこらへんあんまり気にしてなかったからなあ。うーん、どうなんだい?」
さて、早速この世界の知識に追いつけていない僕と先生はちょっと間抜けな質問をすることになる。いや、結婚指輪、っていうのは僕らの世界にはあるけれどさ。この世界でも同じ文化があるとは限らないし。マーセンさんとインターリアさん、指輪、してたっけなあ……?
「結婚する時に指輪とかペンダントとかピアスとか、対になる装飾品を身に着けるようにする、っていう文化はあるぜ。まあ、大抵はピアスか指輪だけどな。マーセンさんとインターリアさんは確か、腕輪だろ?篭手の中に隠せるし、剣を使うのに邪魔にならない、っていうことで」
成程。確かに指輪だとちょっと剣を握る邪魔になる、のかもしれない。篭手の中で指輪が邪魔になることもあるかもしれないし。そうかあ、そういうことか。
「それに、婚約の時は大抵、指輪か首飾り、だよなあ。男が女に贈る時は大抵そうだ。まあ、どっちも、ってことも多いけど」
ふーん。そういう文化があるのか。成程……。
「そっか。トウゴはそういうの、知らないのね」
「うん」
ライラは、ふーん、とか言いつつ、僕を見つめている。いや、そんなに見つめられても。ちょっとこの世界の知識が足りないっていうのは分かったけれどさ。
「あとは、そうねー……やっぱり、今までアクセサリーなんて身に着けていなかった人が急に指輪とか着け始めたら、それなりに効果はあると思うのよね。別に、『婚約した』なんて公言しなくてもさ。『人に貰ったの』なんて言っておけば、指輪をくれた相手が恋人なんじゃないかって勝手に思ってもらえそうだし」
成程。高度な情報戦だ!
やっぱりすごいなあ、ライラは。こういうアイデアもするっと思いつくんだから。成程。指輪、か……。
「ふふふ、なら、トウゴ君にお1つお願いしようかしら。いい?」
「勿論!どんな贅沢なのだって出すよ!」
よし!そうと決まれば早速、描くぞ!クロアさんにいっとう似合う指輪をデザインしよう!
「クロアさんって金でも銀でも似合うのよねえ……」
「うん」
「黒いドレスなんか着こなしてる時は、銀の方が似合うような気もするし。でも、黒に金の組み合わせもいいのよねえ。宝石も色んな色のを沢山あしらって、とびきり華やかにしちゃってもクロアさんなら宝石に負けないしさ。でも、上品に控えめなデザインでも似合うし……」
「つまり何でも似合うので困る!」
「そう!そうなのよね!」
……ということで、僕ら絵描き2人は顔を突き合わせて困っています。
クロアさん、なんでも似合うんだよ。金を身につければ肌や髪の色がより艶やかに深みのある感じに見えるし、銀を身につければ涼やかで滑らかな具合に見える。
宝石の色だって、何色でも似合うんだ。赤と緑が似合うのは当然として、黒だって似合うし、真珠みたいな白だって似合うし。
ということで、僕ら、悩んでいます。とても悩んでいます。
「……そうねえ、そんなにこだわらなくてもいいのだけれど」
クロアさんはそう言ってくれるけれど、僕はこだわりたい。なんとなく。
「でも、折角なら金の指輪がいいわ。銀だと、カフェで働くにはちょっと、ね?」
ああ、そういえば、銀って結構すぐに変色してしまいがちだよね。温泉に入れたら硫化銀になってしまうし。
「調理の時には外すとしても、配膳の時くらいは着けていないと意味が無いでしょう?なら、やっぱり金の方がいいわね」
「うん。じゃあ、今回は金ってことで。宝石も控えめ?」
「そうね。できるだけ単純なデザインの方がいいわね」
成程。となると……。
「彫金細工ってかんじかしら。あんまり凝ってもアレだけど、折角ならちょっとは凝りたいわね」
「幅が広い指輪はクロアさんの指には重すぎる気がするんだけれど、でも凝るなら幅は広くなってしまう。ということは、間を抜いて透かしにするとか、そういう工夫が必要な気がする」
「そうねえ、だったらこういうのは?」
……ライラがスケッチブックに指輪のデザインを描いていく。おお。中々良い!
「あ、だったらこういうのは?」
「へー!いいんじゃない?あ、でもでも、だったらこういうのも……」
ということで、しばらく僕とライラは指輪のデザインで盛り上がることになった。
「……楽しそうねえ。ふふ」
クロアさんがくすくす笑いながら僕らの頭を撫でていく。な、撫でないで!撫でないで!
まあ、そうして指輪のデザインが出来上がったら、それを魔法画で描いて実体化。
「はい、クロアさん。どうぞ」
「あら素敵。ふふ、ありがとう!」
クロアさんの指に無事収まった指輪は、普通の指輪に輪が1つ斜めに被さったような、そういうデザインだ。
交差する2つの輪は、滑らかな線でできている。そして、2つの輪が重なることで生まれた輪と輪の隙間の片方はプラチナの繊細な透かし模様で埋めてあって、もう片方には金を流しこんでから模様を刻み込んだようになっている。
……絵に描いてしまったからこういう指輪ができたけれど、もし実際にこれを彫金細工で作ろうとしたら、多分、ものすごく手間と暇と技術が必要だと思う。そういうところも含めて満足のいく仕上がりになった。
「どう?似合う?」
「うん。似合う!」
そして、そんな指輪をするりと指に嵌めて見せてくれたクロアさんに、指輪はしっくりきていた。ああ、よかった!なんでも似合うクロアさんだけれど、それでもやっぱり、ちゃんと指輪が似合うことを確認できてよかった!
「じゃあ、今日からこの指輪と一緒に働いてみるわ。ふふ、どれくらい効果があるかしら」
クロアさんはなんだか嬉しそうに指輪を眺めて、るんるん、と楽し気に開店準備を始めていく。それを見てリアンとライラもクロアさんを手伝い始めて……そして。
「……なあ、ラオクレス」
「なんだ」
「いや、場合によっちゃあ、クロアさんのこれ、治安の問題に発展しかねないんじゃねえかと思ってさ」
フェイが声を潜めて、ラオクレスにそう、相談し始めた。
「まだ、花束が週に6つも7つもくる、ってくらいで済んでるらしいけど、もし相手が逆上してきたら厄介ごとは間違いねえし、男と女の話ってなると、刃傷沙汰も珍しくはねえだろ?」
「……クロアが下手を打つとは思えんがな」
ラオクレスはなんだか渋い顔をしつつ、ちょっと落ち着かなげな様子だ。まあ、心配は心配だよね。いくらクロアさんって言ってもさ。
「まあ、そういうクロアさんだって、万が一ってこともあり得る。なあ、森の騎士団でちょっと重点的に妖精カフェを見回る、ってことは、できねえかな」
結局、そうフェイが言うと、ラオクレスは黙って考えて……。
「ここには骨の騎士団が常駐しているが……まあ、目に見えて抑止力が増える、ということに効果があるのは分かる。そうだな。隊長と相談してみよう」
そう、ラオクレスは結論を出してくれた。よし。もしここを森の騎士団が見回ってくれるなら、僕もちょっとは安心……。
「……まあ、ねえとは思うけどよー、ほら、時々くるじゃねえか。ルスター」
更に、フェイは声を潜めて、そんなことを言い始めた。
「あいつ、妖精のおやつ券でここに来てはくじ引きで毎回アタリが出て『おやつ券もう1枚』を引き当ててるだろ?もう、妖精が仕組んでるにしろあいつ自身の豪運にしろ、ほぼほぼあいつ、ここの常連みてえになってるからさあ……そっちの方で揉めないとも限らねえしさ」
「……成程な」
ルスターさんは、あれ以来、時々ソレイラにやって来ては妖精のおやつ券を使っていく。妖精達は何故だかルスターさんが来るのが楽しいらしくて、彼がやってくるとクリームを山盛りにしたパンケーキとか、スポンジケーキの切れ端やフルーツの切れ端をたっぷり合わせて作ったパフェとか、ちょっと形が崩れちゃったケーキとか、妖精の創作お菓子とか、そういうものをにこにこしながら出すんだよ。
そして妖精のおやつ券を使った人にはくじ引きの権利があって、それによって『妖精が心を込めて『ハズレ』と書いた紙』とか『妖精洋菓子店のクッキー1袋』とか『ホールケーキ引換券』とか『妖精が歌います』とか『妖精のおやつ券もう一回!』とか、色んな景品が当たるんだけれど……ルスターさんは何故だか、『おやつ券もう一回』ばっかり引き当てている。なので彼は毎回毎回、妖精カフェに来ざるを得ない……!
……まあ、そういうルスターさんなので、別に悪さはしないと思うんだよ。彼としても、たんぽぽが生えるのは困るらしいし。だから、そんなに目立って悪さはしないと思うし、クロアさんに関わることなら猶更やらないと思う。
けれども、ええと……『よかれと思って』何かやってしまう、ということは十分に考えられるので。要は、クロアさんが困っているのを見て助けに入ってしまって余計に話がこじれる、ということは十分にあり得そうなので……ラオクレスが居てくれたらいいなあ、と、思う。うん。ルスターさんには悪いけどさ。
……ということで。
クロアさんは無事、その日のカフェをオープンさせて、同時に騎士団の鎧に着替えてきたラオクレスがカフェの片隅に待機することになった。そして僕とフェイはカフェのいつもの席へ。
「……ラオクレスが店のインテリアになっている」
「本当に置物みてえだなあ……」
カフェの席に着いてしまうと、鎧姿のラオクレスは……その、ただの置物みたいに見える。じっとして動かないんだよ、ラオクレス。
鎧姿の騎士像、っていうかんじでちょっと物々しいけれど、お客さん達はなんとなく事情を察している人もいるみたいで、文句は一切出てこなかった。
……ちなみに、ラオクレスはカフェの片隅に居る間ずっと、妖精にちょっかいを掛けられていた。具体的には、鎧の隙間から潜り込んだり、兜の上でうろうろしたり、数匹がかりでラオクレスの頭上から妖精の鱗粉を振りまいてラオクレスを光り輝かせたり……。
そうしていると、まあ、色々なお客さんがやってきて、そして……。
「あっ!あの人、花束持ってる!」
気の弱そうな男の人が、おどおどしながら花束を持ってカフェにやってきて……。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
注文を取りに来たクロアさんの指に、指輪があるのを見て、何やらびっくりした顔をしていた。
「ああ、これ?ふふ……貰い物なの。嬉しくて、つい、ね?」
そんな男性を前に、クロアさんは意味深ににっこりして……そして。
「あっ!あの人、帰っていく!」
「よし!効果があったな!」
僕とフェイはハイタッチ。どうやら、クロアさんの指輪作戦はちょっと上手くいっているみたいだ!
……ただ。
翌々日。
「おはよう、クロアさ……あれっ、花束が増えている!」
「ああ、おはよう、トウゴ君。そうなのよ。結局、増えちゃって……」
クロアさんは店内に増えている花束をどう飾ろうか悩んでいるらしくて、うーん、と唸っていた。
「……案外、皆、強かみたいね?」
そして、苦笑しながらそう言うものだから……僕としては、お疲れ様です、って言うしかない!
「指輪で駄目ならネックレスも出す?」
「そうねえ、貰えるなら頂くけれど。でも、あんまり効果はなさそうね。『人妻になったのかもしれない』って思うより『求婚者の誰かが贈った指輪を喜んで身に着けているのかもしれない!』っていう方に思考が行っちゃった人が居たらしくて……次から花束じゃなくて指輪ばっかり届きそうよ」
成程……。『負けてられない!』とか、『自分が贈ったものも身に着けてもらえるかもしれない!』とか、そういう風に思われてしまったのか。うーん、困った。まさかこうなるとは。
「他に対策、無いかな」
「うーん、まあ、暗殺しちゃう、っていうくらいかしら……。のめり込ませてどんどんお金を貢ぐように仕向ける、とか、そういうのは得意なのよ。でも、その逆って、結構苦手なのよねえ……」
そりゃあそうだろうなあ。ただでさえ人を魅了してやまないクロアさんだ。人を魅了しないようにする、って、中々に難しいだろう。でも、暗殺はちょっと……。
「正直に『この指輪はソレイラの町長さんから貰った』って言ってもいいけれど……トウゴ君から指輪を貰った、っていうことが、どういう風に捉えられるかも分からないしね」
うん。大スキャンダルみたいになってしまう可能性もある。何せ、クロアさんは美しいので……。
「……まあ、しょうがないからもう少し頑張ってみるわ。後は、そうねえ、店内をもうちょっと可愛く飾り付けてみようかしら。男性客が入りにくいかんじにしちゃえばちょっとは効果があるかもしれないわね」
「成程」
クロアさんは、よいしょ、と立ち上がるとにっこり笑った。誰もを魅了してしまうような素敵な笑顔だ。
「ということで、トウゴ君、手伝ってくれる?」
「勿論!」
……そうして僕はそのまま、妖精カフェの店内を描いては飾り付けて、すっかり模様替えしてしまうことにしたのだった。
描けばすぐに模様替えできるから、こういう時こそ僕は中々便利なんだよ。
レースや薄布、たくさんの花やリボンで華やかに飾り付けた店内は大人っぽさもありながらそれ以上に可愛らしさが勝っている。女性向けなかんじの飾りつけだ。
クロアさんの趣味はもうちょっとシンプルで大人っぽいかんじなので、ちょっとクロアさんの趣味から外れたかんじかもしれない。でも、これはこれでいいと思うし、クロアさんとしても『偶にはこういう華やかなのもいいかしらね』っていうことらしいので、まあ、よし。
「……妖精さん達はこういうのが結構好きなのね」
「そうみたいだね」
そして何より、妖精がやたらと喜んでいるので。
……こういう飾りつけは妖精の好みらしいよ。まあ、妖精の国でも僕ら、花いっぱいでひらひらした可愛い恰好にされてしまったしなあ。そうか、妖精はこういうのが好きか。勉強になるね。
そうして男性客だとちょっと入りにくいかんじのカフェが出来上がったことで、クロアさんへの求婚者が減るんじゃないかと期待した僕らだったのだけれど……。
数日後。
「全然駄目ね」
全然駄目だそうです!
「……他の騎士からも報告を受けているが。少々行き過ぎな求婚者が増えているらしいな?」
ということで、その日の閉店後。僕とクロアさんとラオクレス、そしてフェイとライラと先生、っていう面子でまたカフェに集まっています。
「店内の花束も増えているようだが」
……ラオクレスが他の騎士からの報告を言うまでもなく、最近のエスカレートの様子は分かる。何と言っても、店内に花束が増えている!
「そうなのよ。どうしても、人数が増えると彼ら同士で顔を合わせてしまうことが増えるでしょう?そうするといがみ合いが始まっちゃってね……」
うわあ、大変そうだ。
うーん、彼ら、こっちが対策したことでよりやる気と闘争心が出てしまったらしい。失敗だったかなあ……。うう、却ってクロアさんには申し訳ないことをした。
「そうか。それは何よりだ」
……と思っていたら、ラオクレスがそんなことを言う!
「ちょ、ちょっと、ラオクレス」
「荒事にまで発展すれば騎士団が動ける。騎士団が介入し始めれば、流石に奴らも大人しくなるだろう」
「ああー、成程、そういうことかあ」
どうやら、ラオクレスとしてもクロアさんが求婚され続けているという状況はなんか嫌みたいだ。ちょっとイライラした顔でそう言って、ふう、とため息を吐いている。
「このまま延々とお前が求婚されているだけでは埒が明かん。いっそ荒事にまで持って行け。お前の得意分野だろう」
「そうねえ。焚きつけるのは得意だわ」
そしてクロアさんとしても、いい加減イライラしていたみたいだ。妙に乗り気。いや、こっちがクロアさんの本分だからっていうことかもしれないけれど。
……そうして焚きつける方法とやらをにこにこ考え始めたクロアさんと、早速森の騎士団に警備の増強を申請しに行ったラオクレスは、何となくいきいきしている。なんというか……水を得た魚?いや、水に解き放たれた鮫……?




