妖精カフェは今日も平和*1
僕らがびっくりしている中、クロアさんは目を瞬かせて、ちょっと申し訳なさそうに微笑むと、ごめんなさいね、とお断りの口上を述べ始めた。
クロアさんにプロポーズした男性は、しょんぼりしつつも、でも最後にはちょっと元気を出した様子で、『諦めませんから!』と元気に言って、花束を置いて去っていった。
僕らはその男性を見送って、ちょっとぽかんとして……それから。
「く、クロアさん!クロアさん、今、プロポーズされてなかった!?」
「へ!?あ、あら、トウゴ君達、来てたの……?」
苦笑するクロアさんと合流して、事の経緯を聞かせてもらうことにしたのだった。
「……ええと、クロアさん。あれ、求婚されてたけれどよぉ……もしかして、お付き合いしてた相手か?」
「まさか。ほとんど知らない相手よ」
クロアさんが出してくれたお茶を飲みつつ、僕らはカフェの室内席の奥の方にぎゅうぎゅう詰まる。……森の野郎会の報告がてら来たところなので、森の男性陣が全員集まってる。ちょっとむさくるしいね。ごめんね。
「まあ、何度か妖精カフェに来てくれて、そこで数度、話したことがあるけれど。それだけなのよね……」
クロアさんは店の奥から花瓶を持ってきて、そこにさっきの花束を活けた。ミルク色のガラスでできた花瓶に、雪みたいな色の花が中々よく合っている。
「まあ、今に始まったことでもないのよ。特段珍しくも無いわ」
「ええー、俺、クロアさんがこういう風になってたの、知らなかった。同じカフェで働いてたのによー」
「そりゃあね。振るのは慣れてるもの」
成程。クロアさんのことだから、さらっとお断りして、花束はごくごく普通に飾って、そしてすぐ平常運転に戻ってたんだろうなあ……。
飾られた花束で華やいだ店内を見回して、ふと、フェイが眉を顰める。
「ところで、クロアさん。俺、気づいちまったんだけどよお……この店、結構、花が飾ってあるよなあ……?」
「……そうなのよ。これ、全部、贈り物なのよ」
……花束、今、店内に見えているだけで6つはあるけれど。
つまり、花が萎れるまでの間にプロポーズが6件も来るような状態、っていうことか。大変だなあ。
「ああ、勿論、全部が全部求婚っていうわけじゃないわよ。そういう場合は交際の申し込みだけれど」
交際の申し込みにしたってすごいよ。そっか、クロアさん、綺麗だもんな。こういうことになるのもしょうがないのかもしれない……。
「へー。すげえなー。実在するんだなあ、こういうの。物語の中だけかと思ってたぜ」
「おい、レッドガルド。ある意味ここは物語の中なのではなかったか?」
まあ、クロアさんが実在するっていうことについては、いいんだけれどさ。これだけ綺麗なんだから、そういうことになるのもしょうがないかもしれないけれど。でも……。
「クロアさん、困ってない?」
そう聞いてみると、クロアさんは苦笑いしながら、答えた。
「そうねえ、困ってるわ。正直なところ、ね」
「諦めずに何度も来てくれるのはいいんだけれど、お陰で最近、妖精カフェに若い男性が来るもんだから、女性が入りにくいみたいで。まあ、中にはあんまりガラの良くないのも来るし。いくら相手に悪意が無いって言っても、ちょっと営業妨害よねえ」
クロアさんはそう言って、ふう、とため息を吐いた。
「それに、毎度毎度、皆でお花をくれるけれど、飾るのにも限界はあるし。かといって、花束って、捨てられないのよねえ……なんだかかわいそうで」
うん。その気持ちは分かるよ。折角綺麗に咲いているのをつんできて花束にしちゃったんだ。それを更に捨ててしまうなんて、その、あまりにも花に申し訳ない。だから僕も、花束は貰ってしまったら飾ってしまうと思う……。
「かといって、花の代わりに宝石をくれるのも、困るのよねえ……。流石にソレイラで質に流すわけにはいかないし、かといって王都っていうのもちょっと、ね。となるとどこで質に流せばいいのか分からないし、そもそも私、お金には困ってないし……宝石にも困ってないし……」
そりゃそうだ。僕はクロアさんを不自由させないっていう約束でモデルさんをやってもらっているんだから、当然、お金にも宝石にも不自由させていません!クロアさんの部屋にはまた、キャンディの瓶とか紅茶の缶とかがいっぱいになってきているよ。
「そして何より、悪意があって来ている、っていう人は居ないのよね。ちょっと行き過ぎてる人も混ざってるし、只々純朴、っていう人も居るし……対応に困るわね」
クロアさんは深々とため息を吐きつつ、そう言ってお茶を飲む。僕もお茶を飲む。今日のお茶はちょっと渋め。大人の味、っていう奴かもしれない。
「こういったことは、ここ最近増えているのか」
「まあね。以前からあったけれど、増えてきているのはここ最近。なんでかしら。精霊様の守りが薄くなってたから?うーん……」
そ、それは大変だ!僕が現実に帰っていた間に、クロアさんが大変なことになっていたなんて!ごめんなさい!
「過去にはこういうこと、無かったのか?最近だけか?」
「そう。そうなの。今まではこういうこと、無かったのよ。ほら、一か所に定住することがそもそも無かったから……こんなに連日押し掛けられることもなかったわけだし、厄介なことになったら別の町へ行けばよかったし、ね」
ああ……理由を聞くと納得できる。今まで風のように現れては去っていったクロアさんは、こういう風に連日押し掛けられるっていうことも無かったわけだ。それが、クロアさん、もうすっかり森に居て移住しているので勝手が違う、っていうことだよね。
僕、良かれと思って……いや、ほぼほぼ僕自身の我儘のために、クロアさんを森に留めてしまっているけれど、それってこういう事態も招くことだったんだなあ。クロアさんに贅沢をしてもらう、っていう点については努力できていると思うのだけれど、こういう厄介ごとについては……僕は、弱い。うーん……。
「そういう訳で、ちょっと困ってるわね。まあ、贅沢な悩み、ってことなんでしょうけれど」
クロアさんがちょっと困り顔で苦笑するのを見て、僕も困る。どうしよう。クロアさんに嫌な思いをさせるわけにはいかない。彼女は大事な大事な、この森のモデルさんだ。絶対に手放したくない!
ということで、クロアさんを困らせないためにどうすればいいか、考えて……。
「一時的にでも店に出るのをやめたらどうだ」
ラオクレスがそう、渋い顔で言い始めた。
「そうすればお前に言い寄ろうとする奴らも諦めがつきそうだが」
「そうねえ……うーん、悔しいけれど、そうするしかないかしら。リアンもアンジェも、こっちよりはそれぞれのお仕事を頑張りたい時だから、なら、私が出ようかしら、なんて思ってお店に出ていたけれど……本当に、妖精さん達とがしゃ君達に任せてしまった方がいいかもね」
クロアさんはそう言いつつ、浮かない表情をしている。多分、彼女、本当は妖精カフェや妖精洋菓子店の仕事、気に入っているんじゃないかな。仕事だから仕方なくやっている、っていうよりは、この仕事を気に入ってやっている、っていうように見える。なら……。
「クロアさんがお店で働くことを気に入っているんだったら、あんまりクロアさんを休職させたくない。それってクロアさんが被害を受けているっていうことになるわけだから」
僕がそう主張すると、ラオクレスは、そうか、と言って渋い顔のまま頷いた。クロアさんはちょっと目をぱちぱちさせて僕を見ていたけれど、やがて、ちょっと照れたような笑顔で『ありがとう、トウゴ君』と言ってくれた。ついでに頭を撫でられた。何故、僕はこうも撫でられるのだろうか……。
さて。
より良いアイデアを出すべく、僕らは必死に考えた。
「追っ払っちまうわけにはいかねえの?なあ、クロアさん。俺、言ってやろうか?」
「うーん……相手に悪意があるならそうしてもいいかしら、って思うのだけれどね。相手は、その、完全に好意と善意だけで来ているわけでしょう?行き過ぎている相手ならともかく、そうじゃない人まであんまり無碍にするのもねえ……。逆恨みされて色々拗らせられても嫌だし」
リアンの案は却下された。まあ、リアンみたいなのがやってきて『クロアさんが困ってるんだから言い寄るんじゃねえ!』とか言っても、その、ちょっと可愛いだけかもしれない。人によっては馬鹿にされたような気がして怒るかもしれないし。人によっては可愛い弟分がクロアさんにくっついていることで余計に喜ぶかもしれないし……。
「じゃあ花束以外のものをプレゼントにするようにそれとなく言ってみるとか?」
「下手に宝石が来ちゃった時が気まずいのよ。身に着けるつもりはないし、そもそも私、宝石ならトウゴ君から山のようにもらっているし、トウゴ君が作った宝石を見てすっかり目が肥えちゃったものだから、貰った宝石を素直に喜べないし……」
……それは僕のせいじゃないと思っているし、悪いことじゃないとも思ってるよ!
「なら妖精!妖精に追っ払ってもらおうぜ!」
「妖精が見えない奴だった時にどうしようもないだろー、それじゃあよー」
妖精達がやる気に満ち溢れた顔をしているのだけれど、彼ら、必ずしも万能じゃないからなあ。
「ならウヌキに書かせろ。人間の心情を変化させることができるのだったな?」
「いやー、ルギュロス君。それはどうなんだ?技術的には可能だが、僕としてはあんまりやりたくない技だぜ、それ」
そしてルギュロスさんがとんでもない手段を出してきたけれど、それは流石に駄目だと思う。なんとなくさ。そういうのはさ。ちょっとさ……。
「あら、どうしたのよ。むさくるしいわね」
そこへ、ライラがやってきた。からん、と軽やかにドアベルが鳴って、僕らが一斉にそっちを見ると、ライラは『本当になんかむさくるしいわね……』と、何とも言えない顔をした。
そんなライラに、僕らは説明。クロアさんがプロポーズされてしまいました、と。
「私としてはお店に出るのは楽しいし、お店の雰囲気が悪くなるのも避けたいのよね。何なら、自分を餌にしてお客さんが増えるならそれはそれでいいかな、とも思っているんだけれど……私中心のサロンを作りたいわけでもないしね」
「ついでに花束の処理にも困っている、ということで……」
さあ、ライラから何かいいアイデアは出ませんか、という期待を込めて僕らはライラを見つめて……。
「あら。だったらさ、簡単じゃないの」
「クロアさん、結婚しちゃえばいいのよ」
……ライラからとんでもないアイデアが出てきてしまって、僕らは困惑しています……。
「……へっ?」
「流石にさ、人妻にまで言い寄るような奴はそうそう居ないでしょ?」
どう?と、実に軽く、そう、例えば『そこの色、もうちょっと明るめにした方が遠景との対比ができていいんじゃない?』とか提案するかのように軽い調子でそう提案しているライラなのだけれど……。
「け、結婚って……」
クロアさんも戸惑っている!僕らも戸惑っている!
「ああ、何も、プロポーズしてくる野郎と結婚してやる必要は無いわよ。当然」
そんな僕らを見てライラは慌ててそう言うと、それから……僕らを見回して、そして僕らを指差して、クロアさんに、言った。
「誰かと結婚しちゃえば?」
……そんな、そんな大事なことを、そんな軽々しく!
「……っていうのは、まあ、冗談だけどさ」
僕らがびっくりしている中、ライラはけらけら笑って、勝手に僕の前のお皿からクッキーを1枚攫っていきつつ、ちょこん、と自分の指の付け根を指差して見せた。
「指輪、着けとけば?そういうのだけでも、効果あるかもよ?」




