森の野郎のお泊り会*1
「っつーことで、本日はようこそお集まりいただきました!私、本日の『森の野郎限定お泊り会』を主催させていただきます、フェイ・ブラード・レッドガルドでございます!どうぞよろしく!」
「僕ら、既によろしくやっている仲だと思うけれど」
……まあ、こういう挨拶があって、僕らの会が始まった。
事の発端は、この間のやつ。そのまんま。フェイが『野郎ばっかり集めてお泊り会しようぜ!レネに対抗だ!』って言いだして、そのままラオクレスとリアンと先生を捕まえてきて、スケジュールを合わせて……そして、レネの巣ごもりから4日後の今日。丁度森に帰ってきたばかりのルギュロスさんを攫ってきて、森の野郎限定お泊り会、なる会が開催される運びとなりました。
会場は先生の家。今回のお泊り会は、『ウヌキ邸新築祝い』も兼ねてる。
そこにそれぞれ担当を決めて飲食物を持ち込んでの開会となった。担当は、僕が果物とサラダとジュース。フェイがご飯とおつまみになるもの。ラオクレスがお酒。リアンがお菓子。そして先生は皆の布団と会場設営を担当。ルギュロスさんは攫われてきたのでそういうの無し。
……ちなみに先生、『トーゴ。僕は薄々感づいちまったぞ。このワードローブ、服をしまう用途には使われないだろう、とな!』って言ってた。まあ、そうだよね。蕎麦を書いて出したり布団を書いて出したりするのに丁度いいよね、ワードローブ。しょうがないから先生の衣装箪笥、何か別で出してあげようかな……。
と、そういう具合に僕らは昼過ぎから集合して、明日の朝に解散、っていうことにしている。
先生の家に僕が早めに到着して、家の傍の果物やその果物で作ったジュース、描いて生やした野菜から作った新鮮なサラダなんかを机の上に出しつつ、畳の上に座布団を用意したり、先生と一緒に布団を運んだりしていたらラオクレスがお酒の瓶数本と共にやってきて、それからリアンが妖精洋菓子店の箱を持ってやってきて、そして最後に、ソレイラのご飯どころのお持ち帰りメニューを買い込みつつ、それを半分ルギュロスさんに持たせてルギュロスさんごとやってきたフェイが合流して、今に至る。
……ちなみに、皆、靴は脱いでる。先生の家が一部畳敷きだから、っていうだけじゃなくて、この世界の人、靴を脱いで家に上がるっていう人も割と多いんだよ。
フェイの家や王城みたいにものすごく大きい家だと靴のまま家の中を移動するけれど、森の中に住んでいる人達は大体みんな、靴を脱いで家の中を歩いている気がする。
あ、でも、クロアさんはスリッパ派だなあ。裸足っていうのは何か違うらしいよ。
……ということで、僕らは皆、座布団の上に座って、机の上に並べられた食べ物に向かって、そして『あっ!しまった!コップが無い!』ということに気づいた先生によってワードローブからガラスのコップがいくつも運ばれてきて……。
さて。
「よっしゃー!酒だ!飲むぞー!ラオクレスが!」
「俺がか」
早速、フェイが楽し気に騒ぎ始めた。まだお酒が入っている訳でもないのに元気いっぱいだなあ。
「そりゃそうだろ、ラオクレス!何と言ってもトウゴとリアンは酒が飲めねえ!ルギュロスは飲めても普通!俺は飲めるけど弱い!で、ウヌキ先生は俺よりもっと弱いらしいぜ!」
フェイがそう説明すると、先生はにこやかに答える。
「いやあ、お恥ずかしながら、僕は全然、酒が駄目でね。ちょっと飲んではすぐ寝ちまう性質なもんで……自棄酒すると即座におやすみなさい、っていうとても健全な人間なのだ」
……『お恥ずかしながら』っていう顔じゃないなあ。『どんなもんだい!』っていう顔だ。まあ、健全な顔ですね、っていうかんじの。
「成程なあ。その点、俺はなあ……すーぐ酔っぱらって楽しくなっちまって、んで、翌日碌に何も覚えてなかったりするんだよなあ……」
フェイはそういうタイプか。まあ、彼、お酒を飲んだら余計に陽気になっちゃうタイプ、だよね。わかるわかる。
「記憶を無くすような酒の嗜み方をするなど、貴族のすることではないな」
ルギュロスさんはきっと上品にお酒を飲むんだろうなあ。なんというか、ちょっと大人っぽい。
「へー。酒飲みにも色々あるんだな。俺は酒にいい印象、全然ないけどさ……」
リアンは……お父さんがアレだったので。なので、お酒にいい印象が無い、らしい。
「でもなー。フェイ兄ちゃんとかラオクレスとか、ウヌキ先生とかが酒飲んでるの見たら、印象変わるかも、って、ちょっと期待してんだ」
……けれどリアンは、彼なりに前向きに生きていこうと頑張っているところなので、憐れんだりするのは無し。彼は僕なんかよりずっとずっと、しっかりしてる。
「そうかそうか。ならばよく見ておきたまえ。僕達が酔っぱらって大変なことになる愉快な姿を!」
またしても先生は何故か堂々とそんなことを言いつつ胸を張る。リアンはにっ、と笑うと、早速と言わんばかりに手近な酒瓶に手を伸ばして……。
「まあ、昼間から酒、というのもな」
ひょい、と、横からラオクレスに酒瓶を取り上げられてしまった。
「そうだなあ。折角、森の男連中ばっかり集まったむさくるしい会合だ。何も、日が出ている内から酒が入って益々むさくるしくならなくったっていいだろう。それに、昼だってまだ長いが、夜だって長いぜ。楽しむんだったら、酒は後からにした方がいいだろうとも」
そして先生もそう言うと、リアンは『ちぇー』と楽し気に拗ねて見せて、代わりに、僕が持ってきたジュースの瓶から、きゅぽ、とコルク栓を引っこ抜いた。
「じゃ、ジュースで乾杯にしようぜ。なあ、トウゴ。これ、何のジュース?」
「それはオレンジ。そっちがリンゴ。更にそっちが木苺で、これは龍の湖の木の実のやつ」
4本のガラス瓶それぞれの説明をしたら、『最後のやつ、トウゴ専用じゃねーか!』と笑われてしまった。……まあ、お酒が飲めない僕の、お酒代わり、ってことで。
それから僕らはそれぞれのコップにジュースを注いで、乾杯。
「おい、トウゴ・ウエソラ。桃のものは無いのか」
「無い。桃の果汁ってすぐ変色してしまうイメージがあったので……ええと、桃が欲しいなら生の桃を持ってきたからご自由にどうぞ」
ルギュロスさんからは不満の声が上がったけれど、生の桃を少し剥いてきたからそちらをどうぞ。
「……やっぱ、トウゴの家んとこの果物ってよー、妙に美味いんだよなあ……」
一方、オレンジジュースを飲んだフェイが、ふと、そんなことを言う。
「まあ、僕の祖国は果物の品種改良にものすごく力を入れているところなので……僕にとっての当たり前な果物、って、こういう味なんだ」
僕が説明すると、フェイは、へー、と感心したように声を上げて、それから『ますます行きたくなってきたなあ、異世界……』とぼやいた。まあ、それはまた今度ってことで。
「フェイ君。逆に、妙に不味い果物を食べたければ僕が書いて味を変えるぞ。いつでも言ってくれたまえ」
「いやいやいや、やめてくれって!折角美味いんだからよー!」
先生がけらけら笑う横でフェイはジュースの瓶を抱いて先生から隠すようにする。それがなんとなく楽しくて平和で、僕もくすくす笑ってしまう。
さて、お菓子の包みも開けてしまおうかな。ついでにご飯も!
さて。そうしてお菓子が開封されて、食事もついでに開封されて、それぞれ適当につままれていく。
フェイが買ってきてくれたご飯、美味しいなあ。ふんわりとろとろの一口大のオムレツみたいなのの中にトマトの旨味が効いたミートソースが入っているやつがお気に入り。あと、カラメルの甘苦さが魅惑的なベビーカステラみたいなやつ。これも美味しいなあ。
美味しいものを食べながら、互いに互いの近況報告から。
僕は両親にちゃんと自分の進路希望について話せたし、親の賛同が得られなくても美大に向けて頑張るつもりだし……何より、親がちょっとずつ、歩み寄ってくれている気がします、というところ。
フェイは、ローゼスさんが次期領主としての引継ぎを始めていて、フェイはその補佐官としての訓練を始めたらしい。ローゼスさんが領地を離れられない時にもフェイは身軽に飛び回って働ける立場、っていうことで、フェイの性分にはぴったりくる役職みたいだ。
ラオクレスは相変わらず。森の騎士団を率いつつ、騎士の塾みたいなものも始めたらしい。そこで子供達に剣術や簡単な計算、読み書きなんかを教えているんだって。読み書きを教えるラオクレス、見てみたいなあ。
リアンはラオクレスの騎士養成学校でちょっと勉強したり、もっと小さな子供達に勉強を教えたりしているらしい。ついでに郵便配達員もしていて、とても忙しそうだ。まあ、最近は妖精カフェを骨の騎士団が運営し始めているので、そっちの仕事が減った分、丁度いいって言ってたけれどさ。
ルギュロスさんからは……すごい量の愚痴が出てきた。ええと、まあ、アージェント家のお家騒動に巻き込まれている、っていう話、だよね。ラージュ姫が是非ルギュロスさんを次期当主に、と推しているし、アージェントさんが捕まってしまった以上本家の力が弱まっているし、本当にルギュロスさんが次期アージェント領主になっちゃうかもしれないらしい。まあ、その方が平和だと思うよ。なんとなく。
そして先生は……。
「いやー、死後の世界があると楽しいだろうなあとは思っていたが、まさかこういう形で死後の世界を味わうことになるとはね!」
けらけらと笑って、先生はそう、楽し気に話し始めた。
「ウヌキ先生は、一旦死んでる後遺症とか、ねえの?」
「うーん、全く無い、とは言わないさ。ありとあらゆる経験は、良くも悪くもその人間に必ず何かの影響を及ぼす。そういう意味では、『死』は僕に影響を与えている訳だから、それを『後遺症』と言うこともできるだろうね」
先生はそう言って穏やかに笑うと、ジュースのコップを傾けて『これ美味いなあ!』とにっこりした。
「それ、大丈夫なの?ねえ先生。後遺症、って……」
にっこりな先生の一方、僕としてはそれどころじゃない。先生は……先生は、ある種、僕を庇って死んでしまったような、もの、だから。だから、それについて考え始めたら、その、罪悪感と悲しさと悔しさと、その他色々なものでいっぱいになってしまう。
……けれど。
「ん?ああ、勿論心配には及ばないさ。死んでみたら死ぬ時のことが分かって面白かったしなあ。そして、今、それを書ける環境にあるわけで……つまり、何も問題はないとも。後遺症、っていうのもそれだな。書く材料が増えた。それが一番の後遺症だ!」
先生は、そう言ってけらけらと笑いだしたので……。
「……それなら、いいけど」
「ああ!全く以て『良い』以外の何物でもないからな!」
本当のところがどうかは分からないけれど。でも、先生が書くことを楽しんでいるのは、この中の誰よりも知っているつもりだし。……まあ、そういうことなら、心配しません。僕も割り切ります。よし。
「……と、まあ、僕もちょっとソレイラの学校にお手伝いに行っているんだ。一応教員免許も持ってることだしな。尤も、僕は残念ながらこの世界の文字の読み書きができないので、教えながら勉強している、という結構あっぷあっぷな状況だ。教員免許が泣いてるぜ」
それから先生の近況を聞いてみたところ、先生はこの世界の文字を順調に勉強中だということが判明した。ということは、この世界に先生の著作が出回る日もそう遠くない……!
「よかったね、先生。レッドガルド領はコピー機がある唯一の領地だから、ここからならどんどん出版できるよ」
「うーん……そうだなあ。いつかは、ちょいと、こっちの世界でも出版させてもらいたい気もするなあ。だが、編集君も校正さんも居ないからなあ。イラストレーターなら優秀なのがここに1人いるからこいつを捕まえるとして……」
先生はにやりと笑って、僕の首根っこを捕まえた。ああ、捕まっちゃった、捕まっちゃった。嬉しいなあ。
「そっかぁ。ウヌキ先生はそういう文化の発展に寄与できる人材、ってことだもんな。……本が先生の話みてえに流通する世界って、イマイチ想像できねーけどよお。それが我らがレッドガルド領から発信される、っていうのはワクワクするよなあ!」
更に嬉しそうなフェイが続く。
「ふん。常々思っていたが、何故その技術をアージェント領にも回さない?書物の流通ということであれば、より広い地域に技術を浸透させた方が効果的だろう?」
「まあ、ちゃんと著作権とかそういう法律の整備がお前んとこでもできるんならいいぜ。お互いの領地でできた本、交換しような!そうなったら益々、うちもアージェント領も文化の発展に輝くってわけで……!」
そして更にそう、フェイが続けていくと。
……バリッ。
そんな音が、横の方から聞こえてきた。
……そっちを見てみたら、案の定。実に、案の定。
鳥のくちばしが、障子を突き破ってこちらに出てきていた。
くちばしを押して引っ込めさせて、からから、と障子を開けてみると。
キョキョン。
鳥が、すわ出番かと言わんばかりの様子で、そこに居た。
……君の出番じゃないよ!
鳥にはとりあえずお菓子と果物を食べさせてお帰り頂いた。そして僕らは障子の穴を塞ぐための和紙を桜の花の形に切り抜いている。早速かあ。いつかやられるだろうとは思ってたけど、早速かあ……。
「まあ、鳥さんは卵を産んでいる時点で雄じゃあないだろうからなあ。野郎だらけのお泊り会に淑女は居てはならんのだ」
「でも雌なのかと言われると微妙な気もする。ねえ先生。先生はあの鳥、どういう風に書いたの?」
「ん?よく分からん存在として書いた。なので僕にもよく分からん」
そっか。よく分からんのか。成程なあ。
「あ、じゃあレネは?」
「うむ。僕にもよく分からん」
成程。よく分からんのか。道理でよく分からんわけだよ。
「……レネについてははっきりした方が僕としては心穏やかなのだけれど」
「そうか?もしレネが女の子だったら、君、女の子と一緒に3日3晩ベッドの中でくっつきあってたことになるぞ?」
……うん。
僕の脳裏に、甘くふわふわした匂いとお互いの体温でぬくぬくした毛布、そして僕にすりすりくっついてくるレネの柔らかい頬が思い出されて、瞬間、ものすごく落ち着かない気分になってきた!
「やっぱりはっきりしない方がいいです!」
「うむ。はっきりしないからこそ救いがあるってことも、世の中にはままあるのだ」
そうだね。はっきりしないからこそ大丈夫っていう……考えちゃったらもう駄目っていう……。
うん、実に、その通りです……。
なんとなくどこかへ潜りたくなってきた僕が机の下に潜り始めたところで、ふと、そんな僕をつついていたフェイが、零した。
「……俺、思ったんだけどよー。こういう時にするべき話を、まだしてねえよなあ。これだけ野郎ばっか集まっててよー、淑女が居なくてよー、なら話すべきことがあるだろ」
妙に神妙な顔でフェイがそう言うものだから、僕は机の下からもぞもぞ這い出して、フェイの隣に座って聞いてみる。
「何?どういう話?そういうのがあるなら、是非やろうよ。僕もこういうの、詳しくないけど」
「俺も詳しくねえけどな。えーと、じゃあ……」
フェイは、こほん、と1つ咳ばらいをすると……開戦を宣言するかのように勇ましく、言った。
「猥談しようぜ!」
……えっ。
こんな聖なる夜にこんなシメで申し訳ない。
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