17話:夢見るだけならタダなので*3
「……結局何が封印されてるって?で、何がどうなると駄目なんだ!?分かんねー!分かんねー!」
早速、フェイが匙を投げ始めた。僕も投げたい。
「ええと、ルギュロスさん曰く、封印の地に封印されているのは『夢を醒ます記憶』。で、クロアさんのお父様に教えてもらった奴にあったのは、『夢見る者が夢見ることをやめた時、この世界は崩れ去る』」
……ちょっと考えてみたけれど、これ、駄目じゃないだろうか。夢見る者さんが夢見ることをやめたらこの世界が崩れるっていうのなら、夢見る者さんにはずっと寝ていてもらわなきゃいけない……。
となると……『記憶』って、一体何の関係があるんだ?よく分からないけれど、他人の記憶を覗くのはよくない気がする。いや、でも、情報は欲しいしなあ……。
「つーかよ。まず……ルギュロスよぉ。お前、トウゴが『夢見る者』だっていう考えなんだよな?」
「ああ。私はそれしかないだろうと思っているが。だからこそ『トウゴ・ウエソラが元の世界に帰る手段』として封印の地の封印が何かの鍵になっているのではないかと提案したのだぞ?」
ルギュロスさんがそう言うので、やっぱりもうちょっと考えなきゃいけないのかもしれない。
「この世界がトウゴ・ウエソラにとって夢のようなものだというのなら、トウゴ・ウエソラが目覚めることでこの世界が崩壊するという理屈が十分に通る」
「それ、僕は本当に元の世界へ戻って大丈夫なんだろうか……?」
もし、だけれど……僕が『夢見る者』だっていうのなら、僕は目覚めちゃいけない、っていうことになる。僕が夢見ることをやめると、この世界は崩れ去ってしまうらしいので。
そして、『目覚め』が『現実へ帰る』っていう意味だと、こう……カチカチ放火王の言っていたことと矛盾する!
「……そもそもアージェントはトウゴを殺すことでカチカチ放火王の侵攻を止めようとしてたよな?おいおいおい、トウゴが目覚めないように永眠させちまえってことだったのかよ、あれ」
「伯父上はトウゴ・ウエソラが『夢見る者』だと知らなかった可能性が高い。まあ……私は、トウゴ・ウエソラを殺していたらこの世界も消えていたのではないかと思うがな。死んでは夢も何も無いだろう」
「だよなあ。死んで花実が咲くものか、って言うもんなあ……」
あ、異世界でもそういう言い回し、あるんだ。そっか……。
「そもそも、カチカチ放火王が嘘を吐いていたっていう可能性も考えようぜ。むしろトウゴが元の世界に帰るとこの世界が滅ぶ、っていうことも考えられるだろ?な?」
「どうだろうな。嘘を吐くような性質のものには見えなかったが」
……けれど、やっぱり僕も、カチカチ放火王が嘘を吐いていたとは思えない。カチカチ放火王が『共存できるというのならやってみよ』って言っていたあれは、嘘じゃないと、思う。
「そうねえ……なら、トウゴ君の『先生』が『夢見る者』なのかもしれない、とも考えられるわ」
成程。クロアさんの考え方の方がしっくりくる気がする。この世界は先生の夢、と。うん……。
「ということは先生は眠りっぱなし……昏睡状態、ってことだろうか」
あ、やっぱり嫌だなあ、これ。なんか、どう転んでも嫌だ。先生が眠りっぱなしなのは困るし、かといって先生が起きたらこの世界が壊れてしまうっていうのも嫌だし!
「ということは、『夢を醒ます記憶』って、トウゴの先生の記憶なんじゃねえの?なら、そこにこの世界のタイトルがあったりしねえか?」
「……その封印、解いてもこの世界は崩れない?大丈夫?」
「あー……」
そうなんだよ。僕が元の世界に帰らなきゃいけないっていう割に、僕が元の世界に戻ったらこの世界が崩れてしまいそうだったり、先生がそうだったりするみたいで……『記憶』が戻ると『夢見る者が夢見ることをやめる可能性が高い』っていうんなら、いよいよ八方塞がり、じゃないだろうか、これ。
それからも色々考えたんだけれど、結局答えは出ない。
何せ、未確定な事項が多すぎる。夢見る者って誰なのか。夢を醒ます記憶って何なのか。どうして記憶の封印が解かれると夢見ることをやめちゃうのか。
僕が元の世界に帰ったらこの世界はどうなるのか。先生は今どうしているのか……。
……そういうことが全部分からないので、その上に議論を重ねても、なんというか……土台もないところに積み木を置いては積み木が虚空に落下していくのを見守る、みたいな、そういう虚無感がある。
「あー……とりあえず、封印の地、行くだけ行ってみるかぁ?何も確かめねえまま議論してても埒が明かねえし、ルギュロスの話じゃあ、そこに何かあるらしいってことだけは確実らしいし。今、新しい情報が出そうなところってそこぐらいしかねえだろ?」
いい加減とっかかりが無くなってきたなあ、という頃、フェイが頭をがしがしやりながらそう提案してきた。
「うん。そうしたい。封印の地以外だと、後はグリンガルの精霊様に何かご存じじゃないか聞くぐらいしかできないし」
僕としてもそろそろ限界だなあと思っていたので、賛成。強いて言うなら『夢見る者』についての記述があったのはグリンガルの魔導士の家だったらしいから、その辺りに詳しそうな精霊様にお話を伺うのもいいかな、とは思うけれどさ。
「そうね。私もその方がいいと思うわ。カチカチ放火王の話だと時間の制限はどこかにあるようだし、あまりのんびりもしていられないのかもしれないわ」
よし。そうと決まれば善は急げ。僕らは王城へ……。
「待て」
と思っていたら、ラオクレスから待ったがかかった。
「……先にグリンガルだ。その方がいい」
どうして、とは聞かなくても分かる。要は、より安全な方から、っていうことだよね。まあ、ラオクレスの言い分は尤もなので、まずは王城じゃなくてグリンガルへ向かうことにした。急げ急げ。
……今日、急いでばっかりな気がするなあ。
グリンガルへ向かう道中、僕はラオクレスのアリコーンに2人乗りさせてもらっていた。ええと、僕は自分の羽で飛んでいこうかと思ったんだけれど、ラオクレスに捕まって、アリコーンの上に乗せられてしまったんだよ。
なんだろうなあ、と思いつつ、空を飛んでいたら……ふと、僕の後ろから、ラオクレスが僕に話しかけてくる。
「……いいのか」
「え?」
「もし、『夢見る者』がお前を指すのだとすれば、封印の地にあるものはお前にとってよくない代物である可能性が高い」
……うん。ええと、それは一体どういうことだろうか。
僕が『どういうことでしょうか』っていう顔をしていると、ラオクレスはしばらく言葉を探して……それから、ちょっとため息交じりに言う。
「……お前を大いに動揺させるものがあるかもしれない。傷つけるものかもしれん」
成程。どうやらラオクレスは、僕を心配してくれているらしい。僕が酷くショックを受けるものが封印の地にあるかもしれない、っていうことだよね。これ。
「……僕、『夢を醒ます記憶』って、この世界に関わる魔法みたいなものが封印されているんだと思っていたんだけれど」
「そうかもしれんが」
僕はもっと違う形で『記憶』が入っているのだと思ったのだけれど、もしかしたら違うのかもしれない。まあ、それすら、今の僕らには分からないんだよなあ。
「まあ、一応見に行くだけは見に行っておいた方がいい気がするので……行かざるを得ないよね」
けれども、まあ、今の状況、情報が少なすぎるので。
「それに、僕がものすごく動揺するようなものがあったとしても、それを避けていたらこの世界が滅んでしまう、っていうことなら避けられない」
「……そうだな」
ラオクレスはそう言いつつ、何となく納得していないような、そういう顔をしている。……彼が心配性だから、っていうこと以上に、僕が心配になっちゃうような奴だから、ラオクレスはこういう顔になっちゃうんだろうなあ。ちょっと申し訳ない。
「大丈夫だよ。僕、多分、ラオクレスが思っているよりは頑丈にできてる」
「……そう、かもしれんが」
「でも、心配してくれてありがとうね」
申し訳ないなあ、と思いつつも、でも、ならばせめてこれ以上は心配させないようにしたいなあ、と思って、僕はそう、ラオクレスに伝えることにした。
……元の世界に帰っちゃったら、もう、こういうやりとりもできなくなるんだな、と、ふと思った。それで、なんだか無性に寂しくなってくる。
「わ」
と、しょんぼりしていたら、不意に頭がわしわし撫でられる。うわ、やめてやめて!
「ど、どうしたの?」
「……いや、何。お前が妙に寂しそうにみえたのでな」
振り返って見たら、ラオクレスの、ちょっと珍しい表情があった。にや、みたいな。悪戯に成功してやった、みたいな。
「……それ、これから寒い屋外に出ようとしている人をあったかい毛布の中に招き入れるような暴挙だと思う」
「そうか」
僕が抗議したら、ラオクレスは更に、わしわし撫でてくる。なんてことだ!絶対に分かっててやってるぞ、これは!
あああ、やめてやめて!あんまり撫でないで!僕……なんだか寂しくて、元の世界に帰れなくなっちゃいそうだから!
ラオクレスに撫でられている内に寝てしまって、起きたらもうグリンガルの森だった。ああ、大分寝ていた気がする……。
アリコーンから降りて地面に降りると、積もった雪がさくり、と音を立てた。こっちの方はレッドガルド領より少し寒いのかな。雪が分かるくらいに積もってる。
「精霊様、いらっしゃいますかー」
こんな寒い中だから、精霊様、冬眠してしまっているんじゃないだろうか、とちょっと心配になったけれど……森の奥の方に向かって声をかけてみたら、すぐ、ぱた、ぱた、と羽音が聞こえてきて、やがて、グリンガルの精霊様が飛んできた!
「こんにちは。……あはは、くすぐったい、くすぐったい」
グリンガルの精霊様は飛んでくると、すぐにくるんと僕の体に巻き付いて、その羽で頬のあたりをこしょこしょくすぐってくる。やめてやめて!
「お元気そうで何よりです」
挨拶してみると、グリンガルの精霊様はますますくるくる僕に巻き付いて……あっ、もしかしてこれ、僕、暖を取られているんだろうか。レネといい、グリンガルの精霊様といい、ドラゴンはあったかいのが好きなんだろうか……?
ということはフェイもあったかいのが好きなんだろうか、と考え始めたところで、グリンガルの精霊様は僕の頬に口付けると、そのまま僕の肩に頭を乗せていかにもご機嫌な様子。爬虫類からしてみると人間はさぞかしあったかくて巻き付き心地がいいんだろうなあ……。
「あの、精霊様。『夢見る者』について、何かご存じのこと、ありませんか?」
巻き付かれつつも用件は早めに出しておこうと思って、そう、伝える。すると、グリンガルの精霊様はその宝石みたいな瞳でじっと僕を見つめて、こてん、と首を傾げた。……ご存じないらしい。
「王城にある『封印の地』に、『夢を醒ます記憶』があるらしいんです。その封印を解くと、『夢見る者が夢見ることをやめ、この世界が崩れ去る可能性が高い』らしいんですけれど……」
駄目元で色々言ってみたら、グリンガルの精霊様はまた首を傾げて……そして。
「うわ」
ぱたぱた。……僕を巻いたまま、飛び始めた。
いや、あの、下ろして!自分で飛べます!僕、自分で飛べますから!
空飛ぶ精霊様に運ばれて、僕らはそのまま、グリンガルの魔導士の家へやってきた。
精霊様が中へ入っていくのを見て、僕らも中へ入っていく。更に、精霊様は暖炉の奥の隠し通路へするりと潜り込んで……そして、僕らがそこへ入り込む前に、するり、と出てきた。その尻尾に何かを持って。
「これは……」
それは、本だった。
……いや、本、なんだけど、さ。
「……絵本?」
古びた絵本。そう。そこにあったのは、古びた絵本!タイトルは『ドラゴン使いの夢』。……なんとなくフェイっぽい。
「あー!この絵本!懐かしいなあ!俺、これが大好きでさあ!」
フェイっぽい本だ、なんて思っていたら、本当にフェイがそう言いながら近づいてきた。どうやら本当にフェイっぽい絵本、らしい。
そういえばこの世界には印刷技術がないから本は貴重品だし、絵本なんてもっと貴重品なんじゃないだろうか。……あ、だから貴族とかの家にあるだけなのか。成程。そういえばソレイラ以外だとあんまり絵本、見ないもんなあ。ソレイラにはコピー機がある上に僕が描いて増やしたりライラが新しく作ったりしているから絵本が結構多いのだけれど……。
「あー、やっぱりいいなあ。精霊様、中々いい趣味じゃねえか!な!」
フェイはにこにこ満面の笑みを浮かべながら、精霊様の肩(いや、あくまでも蛇に肩があったらこの辺り、ぐらいのところ!)をぽんぽん叩く。グリンガルの精霊様は僕に巻き付きつつフェイに褒められて、ちょっとご機嫌なかんじだ。
「へへへ……ほらほら、これ、いい言葉だろ?『夢見るだけならタダだぜ』って!」
そしてフェイは絵本のページをぺらぺら捲って、それを見せてくれた。
……1人の男の人が、大空を背景に両手を広げて満面の笑みを浮かべているページだ。そこに、『夢見るだけならタダだぜ!』って書いてある。
「……それ、僕、フェイの口から聞いたことある」
「そりゃあな。俺の座右の銘ってやつだからな!」
なんだか懐かしいなあ。確か、本当に僕らが出会ってすぐの頃だ。密猟者の人達に僕らが捕まってしまって、その牢屋の中で、そんな話をしていた。
「小さい頃から、この絵本に何度も助けてもらったっつうかさあ……叶わない夢だって、捨てるべきとは限らねえんだ。何なら、叶わないって諦めてる夢だって、見てていいんだよな」
フェイはそう言うと、絵本と同じように両腕を広げて、明るい太陽みたいな笑顔を浮かべた。
「夢見るだけならタダだ。な?そうだろ?」
……その笑顔を見ていたら、僕の不安がだんだん、融けていくみたいな気がした。
「……うん。そうだった」
そうして僕は、思い出す。
「そうだ。そうだよ。夢見ることって、別に、寝ていなくたってできる。目覚めながら夢見ることだって、できる」
目覚めることと夢見ることをやめることは、また別のことだ。
眠りながら見る夢と、起きている時に見る夢は別のもの。そして、この世界を形作っているのは……目覚めながら見ている方の夢、だと思う。
……なんだ。単純なことだった。
この世界が夢だっていうなら、それを見続けていればいい。夢見るだけなら、タダなんだ。叶わなくったって、所詮は夢だって、それでも、見続けていていいんだよ。
だからきっと、大丈夫だ。
僕が『夢見る者』なんだとしたら、大丈夫。封印の地に何があっても、夢見ることをやめなければいい。夢を醒まされたって夢見ていればいい。ぼんやりと揺蕩うように夢見るんじゃなくて、確かな意思で夢を見るんだ。
1人ではそれを貫き通せる自信がないけれど……それを手伝ってくれる人は、ここに沢山いる。
「ところで精霊様」
そしてふと気になって、精霊様に聞いてみる。
「これ、別にグリンガルだけにまつわる伝説の絵本、とかじゃないですよね……?」
……すごく有益な気付きを得られたけれど、これ、グリンガルに来なくても得られた情報だった気はする。だって、絵本からの気づきだし。何なら、この絵本、フェイの家にあるらしいし。
いや、まあ、精霊様が僕に巻き付いたまますこぶるご機嫌だからいいんだけれどさ……。
……そうして。
「よし。いよいよだな」
僕らは、封印の地へ、やってきた。
ここに眠る『記憶』の封印を解きに。




