17話:無いから在る*6
ぴよぴよ鳴くヒヨコフェニックスは、見事、裁判所の人達の気力を全部削ぐことに成功した。
そうだよね。格好いい綺麗な生き物を期待していたら、ふわふわしてまんまるなヒヨコが出てきたんだ。閉廷するのも已む無し。
でも、王家の役人の人以外は皆、ヒヨコフェニックスを見て喜んでいたから、良かったんじゃないかな。
そうして僕らは、裁判所前の小さな広場で少し休憩する。
陽はすっかり傾いて、なんとなく風景全体がオレンジがかって見えていた。
「まあ、水掛け論で全員疲れてたし、丁度良かったんじゃねえの」
「証拠不十分の粘り勝ちよりは格好良かったと思うわ」
クロアさんの目算だと、あのままヒヨコフェニックス無しで話が進んでいたとしても、多分、『証拠不十分』でカーネリアちゃんはジオレン家の子だとされないまま閉廷していただろう、ということだ。
けれど、判定勝ちよりはKO勝ちの方が気分がいいって先生も言っていたし、僕だってそうだ。決着がつくなら、できるだけさっぱりした方がいいと思う。
「無為な水掛け論がさっさと終わった分、裁判長には感謝されていそうだな」
「そうだな……あの見苦しい言い争いには辟易させられた」
それに、僕ら以外のことについて……水掛け論を頑張っていたジオレンさん達と王家の役人の人達の言い争いがヒヨコフェニックスの『ぴよ』で片付いたんだから、まあ、皆の時間が無駄にならなくて良かったと思うよ。そうでなくても、言い争いって、聞いていて気分のいいものではないし……。
「それにしてもこの子ったら、ちいちゃな体に戻れるのね」
カーネリアちゃんは「どうして教えてくれなかったの!」なんて言いつつ、ヒヨコフェニックスをつついている。ヒヨコフェニックスはカーネリアちゃんの腕の中にすっぽり収まって、嬉しそうにぴよぴよ鳴いているばかりだ。
「これも、リアンのおかげね!ありがとう!」
「いや、鸞が勝手にやったことだし……俺は何も……」
リアンはちょっとしどろもどろにそう言いつつ、でも、嬉しそうにしている。カーネリアちゃんが厄介事を回避したのが嬉しいらしい。
「これからまた1年くらいはこの子、ちいちゃな体のままね。いいわ。いっぱい可愛がってあげるから!」
カーネリアちゃんがヒヨコフェニックスを撫でると、ヒヨコフェニックスは嬉しそうに小さな羽をぱたぱた動かした。まだ全然飛ぶ気配は無いけれど、とりあえず喜びは伝わってくる。よかったね。
「ねえ、フェイ。召喚獣って、宝石が砕けると死んでしまうんだろうか?」
「ん?いや、魔石が砕けると、魔力の供給が絶たれる、っつうかんじだな。だから、その人の召喚獣で居続けようとすると死んじまう、ってかんじか?召喚獣が契約を破棄すればその人の召喚獣じゃなくなるだけで、死にはしないと思うぜ」
そっか。召喚獣ってやっぱり不思議だ。
……けれど、カーネリアちゃんのフェニックスは、死ななくてもいいところを一度死んででもヒヨコになって、そしてカーネリアちゃんを助けたんだな、ということは分かった。
フェニックス、いいやつだなあ。今はヒヨコだけれど……。
裁判所の前の小さな広場には、小さな影が長く伸びている。ヒヨコフェニックスと戯れるカーネリアちゃんとリアンと鸞の影だ。
影は広場の石畳の上をくるくる飛び回るみたいに動いていて、それでいて、彼らよりずっと長く伸びて居るものだから、なんだか不思議な眺めだ。
……そんな風景を、ちょっとぼんやり眺めていたら。
ぎい、と、裁判所の扉が開く。
そして中から兵士に連れられて出てきたのは、ジオレンさんだ。
ジオレンさんを見た途端、カーネリアちゃんは動きを止める。ジオレンさんはカーネリアちゃんを見て、すぐ、ふい、と視線を逸らした。そしてそのまま、ジオレンさん達は兵士に連れられて歩いていってしまう。
……それを見ていたカーネリアちゃんは、どうしようか迷ったみたいだった。
迷って、迷って……でも、どんどん遠くなってしまうジオレンさん達を見て、遂に、叫ぶ。
「待って!」
カーネリアちゃんの叫び声は、ジオレンさん達と彼らを連行していた兵士達の足を止めさせる。
「ねえ!あの……そ、そこのおじ様達!待って!」
大分迷った呼び方をしながらカーネリアちゃんは駆けていく。そして、ジオレンさん達の前に立つと、いよいよ諦めて、ジオレンさん達は、カーネリアちゃんと目を合わせた。
カーネリアちゃんは彼らの前で呼吸を整えて……それから、話し始める。
「あなた、私のお父様じゃないし、お兄様でもないわ」
「ああ、そうだ。私は君のことを知らんし、君だって私のことは」
「けれどね。これも、何かの縁だと思うの」
カーネリアちゃんとの話を早々に切り上げようとしたらしいジオレンさん達の前に、カーネリアちゃんは、ずい、と身を乗り出す。
「牢屋に差し入れに行ってあげるわ。妖精洋菓子店のお菓子。美味しいから。……あの、それから……」
ジオレンさんは、今すぐカーネリアちゃんの前から立ち去った方がいいかどうか、迷っているみたいだった。
カーネリアちゃんとジオレンさん達は、話さない方がいい。だって、彼女達は家族じゃない。血縁関係に無くて、だから、ジオレン家の罰金の為にカーネリアちゃんのフェニックスが差し押さえられてはならない、っていう、そういう話なんだから。
「……それから、この子、撫でさせてあげるわ」
でも、カーネリアちゃんはそう言って、腕の中に抱いていたヒヨコフェニックスを、ジオレンさん達の手に触れさせる。
ふわ、と、ヒヨコフェニックスの柔らかい羽毛が揺れる。ジオレンさん達は手を動かさなかったけれど、カーネリアちゃんは構わずすりすりふわふわとヒヨコフェニックスを押し付けて、そのふわふわの羽毛で彼らの手をふわふわやっていた。
ぴよぴよ、と、ちょっとくすぐったそうにヒヨコフェニックスが鳴く。それを聞いてカーネリアちゃんはくすくす笑って、ようやく離れた。
……ジオレンさんもお兄さんも、困惑しているように見えた。迷惑そうにも見えたし、それ以上に、気まずそうに見えた。
「私達、他人だけれど、別に、喧嘩していなきゃいけないってこともないと思うわ」
カーネリアちゃんがそう言うと、ジオレンさんは何か言いかけて、それから口を噤んだ。
「どう?おじ様達も、そうお思いにならない?」
カーネリアちゃんはちょっとだけ、期待したような、それでいて返答を怖がるような、そんな顔をしてジオレンさん達を見上げた。
「……牢屋には来るな」
そして、ジオレンさんが、そう言って、カーネリアちゃんから目を逸らす。
「関係の無い子供が疑われるようなことがあってはならん。そして、君は自由だ。我々とは何の関係もない。籠の中の鳥ではないのだから、牢屋へは……」
「いいえ。行くわ。だって私、籠の中の鳥じゃないから」
カーネリアちゃんは逸らされた視線の先へ自ら移動して、また、ジオレンさんを真っ直ぐ見上げた。
「私、自由なの。籠の中の鳥さんとは違うわ。だから、どこへでも、自分の行きたい所へ飛んでくの」
金柑の甘露煮みたいにきらきらしたオレンジ色の瞳が、夕焼け色の光の中、彼らをじっと、見つめている。
「私が、決めるの。何処へ飛んでいくのか、私が決められるのよ」
「それじゃあ、知らないおじ様。お兄様。さよなら……じゃなくて、その……」
最後、カーネリアちゃんはちょっと悪戯っぽく笑って、言った。
「……またね!」
……こうして、カーネリアちゃんと彼女のフェニックスとジオレン家とを巡る一連の騒動は、大体、終わった。
ただ、幾つか、残った問題がありはしたんだけれど……。
まず、1つ目。
「すみません!こちらにフェニックスが居ると聞いて来たのですが!」
こういう人が、ちょっとの間、何人か来た。
ただ。
「この子のことかしら!」
ぴよ。
……ヒヨコフェニックスが元気に鳴くと、皆、『思ってたのと違う』みたいな顔をしてすごすごと帰っていくことになった。中には粘り強く『羽が欲しい』とか『涙が欲しい』って言ってくる人も居たけれど、そういう人達の話は全部、カーネリアちゃんはきっぱりお断りしていたから、トラブルにもならなかったみたいだ。
……ただ、例外が数名居て、例えば脚を怪我した兎にはフェニックスの涙を提供していたし、転んで膝を盛大に擦り剥いた男の子にもフェニックスの涙を提供していた。その場でのご利用に関してはOK、っていう基準にしたらしい。うん。いいと思うよ。
それから、2つ目。
「差し入れ、行ってきたわ!それからお土産よ!はい!」
「お、俺からも……」
カーネリアちゃんが、王都に時々行って、ジオレンさん達の牢屋に差し入れを持っていくようになった。
『他人』である彼らとの会話は、他愛もないものらしい。少なくともカーネリアちゃんはジオレンさん達を『家族』とはちょっと違うものとして受け止めることにしたらしいので、そういう関係、なんだそうだ。
……けれど、それでも、カーネリアちゃんは律儀に妖精洋菓子店のお菓子を持ってジオレンさん達が収容されている牢屋を訪ねていくし、そのついでにインターリアさんとリアンと一緒に王都のお店を覗いてはお土産を持って帰ってきてくれるようになった。
つまり、リアンと一緒に居る時間も、益々増えている。いいぞ。いいぞ。
……それに伴って、アンジェはリアンと一緒に居られない時間が増えてしまっているのだけれど……そこは、カーネリアちゃんと一緒に居る時間が増えたから別にいい、らしい。
アンジェ曰く、『アンジェがお兄ちゃんと一緒の時間、カーネリアお姉ちゃんに半分あげるの。それでその半分の分は、アンジェはカーネリアお姉ちゃんと一緒なの。いいでしょ』とのこと。ちょっと照れたみたいに、もじもじしながら自慢してくれたアンジェは、ちょっぴり前より大人びて、それでいて健気だ。
それから、インターリアさん曰く、『ジオレンが、セレスという苗字がどこの誰のものなのか非常に気にしていた。面白かったので、この少年がセレス君だ、と紹介してきたぞ』とのこと。
……うん。ええと、いいと思うよ。リアンはどこに出しても恥ずかしくない、いいやつだから。
それから……3つ目。
これが一番、大きなできごと、なのだけれど……。
「……え?ジオレン家の人達、貴族の人達が味方についてるの?」
「おう。貴族達でちょっと働きかけてるらしいぜ」
春が近づいてきたある日、フェイが唐突に、言ってきた。『ジオレン家には今、複数の貴族がついている』と。
「……な、何のために?」
全く理由が分からない。
僕個人としては、ジオレンさんは……その、割とどうしようもない人だけれど、でも、根っからの悪人じゃなくて、それに、カーネリアちゃんに対して、その……関係が無い、って証言したから、それで、カーネリアちゃんへの思いが在る、って証明してくれたから、だから、僕個人としては、本当に、個人としては、ちょっとは、印象がいい、んだけれど……。
……けれど、そこを除くと、ジオレンさんがやったことって、僕を誘拐したり、レッドガルド家の庭に自分のところの兵士を押しかけさせたり、僕を監禁したり、カーネリアちゃんの家に空き巣に入ったり、ドラーブ家を嗾けたりした、っていうところで、更に、裁判で『王家に喧嘩を吹っ掛けた』っていうところまで、セットになっているので……。
ええと……本当に、何のために?
「いや、そりゃあ……ジオレン家って、『王家がフェニックスを奪う為に不当に罪を被せて不当な罰金を要求した相手』だろ?」
僕が困っていたら、フェイが、そう解説してくれた。
「だから、こう、うまくジオレン家を使うとな?こう、それをカサに、王家を、糾弾できる、んだよな……」
「……うん?」
ええと、そ、それって……。
フェイは僕を見ながら、にやり、と笑って言った。
「……うちの親父、本格的に王家を殴り始めたぜ」




