7話:人の恋路を邪魔する馬*6
それから僕らは、森の家に戻って、そこでカーネリアちゃんの話を聞くことになった。
「その、上手く言えないんだけれど……」
カーネリアちゃんは神妙な顔をしてちょっと唸りつつ天井を見上げて、そこを飛び回っている妖精達をちょっと眺めて、それから、言った。
「オレヴィ様のお話、面白くないの」
……ざっくりいったなあ。
「面白くないって、どういう……?」
「どこそこの社交界でなんとかっていう貴族と話したとか、ほにゃららっていう王城勤めの人がどうだとか、なんだか、そういうお話ばっかりなの。他の人、それも似たような人達の話ばっかりで、全然、彼自身のことが分からないの!」
カーネリアちゃんの言葉を聞いて、なんとなく、納得してしまった。
……そういう人、居るよね。僕の親もそういうタイプだったかもしれない。自分自身がどうっていうよりも、自分がどういう交友関係を持っていて、どういう会社に勤めていて、それから、どういう息子が居るのか、っていうところで自分の価値を決めたいタイプだった。
「それでも最初は、緊張しているのかしら、って思ったわ。それに、きらきらした社交界のお話は、1回くらいなら楽しいの。でも、2回目もそればっかりだったから、今度は私がお話しすることにしたの。森の町でこう過ごしているのよ、って。……でも彼、退屈そうだったわ。多分、私にはあんまり興味が無いのね」
ということは、カーネリアちゃんは前回の時点でもうなんとなく、オレヴィ君の真意には気づいていたっていうことなのかな。
「女の子の話は退屈だったのかもしれないわ。男の子って、そうなんでしょう?……そう思ってフェニックスの話をしてみたら、すごく楽しそうだったの。何なら、私よりフェニックスが好きみたいだったわ。彼が喜んでくれたのは嬉しかったし、この子を褒めてもらえるのは嬉しかったけれど、ちょっと複雑よね」
……彼女は聡い子だなあ。うん。すごく、聡い子だ。僕が何か気遣う必要なんて無かった。
彼女は彼女のやり方で十分、自分に向けられる気持ちの真偽ぐらい、見分けていた。何なら、それがカーネリアちゃんじゃなくてフェニックスに向いているっていうことにまで、気づいてたんだ。
なんか、こう……あれこれやきもきしていた僕が馬鹿みたいだ……。
「それで私、今日、聞いたのよ。最近、面白かったお話を聞かせてくださいな、って。それで、彼が好きなものが分かれば、そういうお話ができるかもしれないわ、と思って。……そうしたらね!彼、彼のお家の使用人の子がお屋敷のお皿を割ったからお屋敷を追い出した、っていう話をしたのよ!」
カーネリアちゃんはそう言って、ガタリ、と立ち上がった。
……その様子を見て、彼女の話を聞いていたリアンが、少し躊躇いながら、言った。
「……それ、面白い話か?」
「そう!そうなの!私もそう思ったのよ、リアン!」
カーネリアちゃんは我が意を得たり、とばかりに喜んで、リアンの手を取ってぴょこぴょこ跳ねる。怒りと興奮のぴょこぴょこなんだろうなあ。
「使用人の子を追い出すのが楽しいなんて、ちょっと性格を疑っちゃうわ!それに、そういうのが楽しい人とは私、楽しく一緒に居られないと思ったの!」
あ、カーネリアちゃんの横で、リアンが手を握られっぱなしつつ、ちょっと嬉しそうな顔をしている……。うん、そうだね。君はカーネリアちゃんと一緒に楽しく居られる人だと思うよ。
「それで、私!彼のことは振ることに決めたの!」
そしてついにカーネリアちゃんは、勝鬨の声を上げるかのようにそう言って、リアンの手ごと、自分の手を天井に向かって突き出したのだった。
「その、ね?折角、我が妻に、って言ってくれてるんだから、ちょっと気が退けはするの」
興奮が少し収まってきたらしいカーネリアちゃんは、少しもじもじしながらそう言った。ま、まあ、形だけとはいえ、好意を向けてきている人の気持ちを無碍にするのはちょっと、気が退けるよね。
「お馬さん達が居たから、お別れの挨拶もできなかったし……」
カーネリアちゃんはそう言って、ちら、と窓の外を見た。
……窓の外には、馬達が鈴なりになっている。ひひん、ぶるる、と、馬達の声が時々聞こえてくる。押し合いへし合い、窓から中の様子を見ようとしている馬達がぎゅうぎゅうだ。
あの、君達、そんなに家を包囲しなくたっていいんじゃないかな……。
「あのね。私、彼にお手紙を出すわ。『私達、いいお友達でいましょうね』って。振る時にはそう書くって本に書いてあったの!」
そんな馬達を見ながらも落ち着いたもので、カーネリアちゃんはそう言った。
「まあ、人生、経験よね!恋をするのは今回、失敗しちゃったけれど、でも、男の子を振る経験はできるわ!」
うん。中々無い経験だよね、それ。それから、11歳の女の子の台詞としても、中々無い台詞だよね、それ……。
それに、恋は……その内、できるんじゃないかな。リアンの頑張り次第で。
「私、いろんな経験を積んで、立派なレディになるわ!クロアさんみたいな!」
「……そう言われちゃうとちょっと照れるわね」
クロアさんは一瞬、すごく複雑そうな顔をしたけれど、一瞬後には思い直したらしく、苦笑しつつカーネリアちゃんの頭を撫でていた。
「それから、強くなるの!インターリアみたいに!」
「カーネリア様はそんなことをせずともよろしいのですが……素直にお褒めの言葉と受け取らせて頂きますね」
インターリアさんはちょっと嬉しそうに、クロアさんと入れ替わりにカーネリアちゃんの頭を撫でた。
「じゃあ、早速お手紙、書くわ!書いたら、リアン。配達をお願いできる?」
「あ、ああ。勿論!」
リアンはやっぱり嬉しそうだ。……まあ、彼がここ最近で運んだ手紙の中で一番嬉しい手紙だよね。
「それから、お馬さん達にも説明してくるわ!きっと、私のこと心配して、元気づけようと思ってお花畑に連れていってくれたり、お手紙食べちゃったり、川みたいになったりしてたのよね」
「うん。多分、そうだと思うよ」
カーネリアちゃんは窓の外を見て……そして、ちょっと、ぷく、と頬を膨らませた。
「でも、ちょっぴり、余計なお世話ってやつだわ!あと、ちょっと乱暴だと思うの!特に、お手紙は食べちゃダメよ、って言ってくるわ!」
カーネリアちゃんはそう言って、家から出ていった。
その先で、家を取り囲む馬達に色々と話しているらしいのが見える。
馬達は『振ることにしたわ!』のくだりと思しき部分で尻尾をぶんぶん、羽をぱたぱたさせて喜んでいたのだけれど、『でもちょっと余計なお世話ってやつだわ!あと、ちょっと乱暴だと思うの!』のくだりと思しき部分で、耳と尻尾と羽をしゅんとさせていた。……顔に出やすいって美徳だと思う。
それから……カーネリアちゃん、目指すも何も、既に強くて立派なレディだと思うよ。うん。
こうして、カーネリアちゃんの恋は本格的に始まる前に彼女自身が終わらせた。
カーネリアちゃんは無事に手紙を書いて出したらしい。彼女曰く、『フェニックスのことが好きで私に声をかけてきたのかもしれないけれど、だとしたらちょっとかわいそうだから』ということで、手紙にはフェニックスの小さな抜け毛……抜け羽?を1枚、同封してあげたらしい。
……オレヴィ君、喜ぶと思うよ。
多分、家のことなんて関係なくても、彼はきっと、フェニックスのこと、好きだったと思うから。
それから、最近の馬達は殊更朗らかに過ごしている。
時々、リアンとカーネリアちゃんと一緒に馬用温泉まで行って、そこで温泉に浸かった後に拭いてもらったりしているらしい。まあ、今回、『余計なお世話っていうやつ』だったにしろ、すごく頑張ってくれたから……ゆっくりしてください。
それと一緒に、リアンもそわそわしなくなった。カーネリアちゃんを狙うやつは居なくなったので、安心している、っていうことらしい。
……ただ、同時に、ちょっとずつ、カーネリアちゃんに近づこうともしている、らしい。変にそわそわせずに、頑張っている。
ちなみに、馬達はカーネリアちゃんに『余計なお世話ってやつだわ!』と言われてしまった手前、あんまりぐいぐいはやらなくなったけれど、まだ、色々やっている。
もじもじしているリアンを鼻面でつっついてカーネリアちゃんの方に行かせたり、はたまた、カーネリアちゃんに懐っこくすり寄りに行って、馬の世話をしているリアンが来やすいようにしたりは、している。
おかげでリアンがカーネリアちゃんと話す機会は、前よりも増えているようで……馬達は誇らしげだ。気持ちは分かる。
それから、オレヴィ君の家、ドラーブ家については、フェイのお父さんから正式に『領民に対して詐欺行為を働こうとした罪』についての書面が送られているそうだ。
……まあ、フェイ曰く、貴族の人がただの領民1人に対してそんなに気にすることなんて無いから、ドラーブ家が裁判に応じるかはちょっと分からない、っていうことだったけれど。
でも、まあ、この後、どうせドラーブ家は証人としても裁判所に呼ばれるだろうし……。
……そして最近、カーネリアちゃんはちょっと、元気がない。
いや、オレヴィ君を振った直後は、すごく元気だったんだよ。けれど、ほら、その後に、また処理しなきゃいけない問題が出てきたから……。
「……あっ、ラオクレス!」
今日もカーネリアちゃんは、馬と一緒に居たのだけれど、戻ってきたラオクレスを見て駆け出していった。
「ねえ、お父様とお兄様の様子はどうだったかしら?何か、私のこと、話してた?」
……そう。
カーネリアちゃんは今、お父さんとお兄さんのことで色々と、大変なんだ。




