3話:人の恋路を邪魔する馬*2
ジオレン家の人が出所していて、レッドガルド領に。……考えるとなんだか、嫌な予感だ。
ジオレン領は確かに、レッドガルド領のお隣さんだ。けれど、だからといってわざわざこっちに来る必要は無いだろうし……。うーん。
「その……ジオレン家の人って、今、どこに?」
「そこは現在、フェイが調査中だ。だから私がこうして伝言役になったという訳さ」
そっか。フェイが調査中、か。うん……。
ジオレン家の人が何かしているっていうことなら、その、あんまりよくない気がする。
レッドガルド領に居たっていうことは、フェイ達に何かしようとしているのかもしれないし。何か、逆恨みされているかもしれないから、本当に注意しないと。
「まあ、おかげで近頃噂の甘味を味わうこともできて役得、といったところかな。……まあ、心配することはないよ、トウゴ君。フェイはあれでもやる時はやる」
うん。知ってる。フェイはとても頼りになるよ。自慢の親友だ。だから、そこの心配はしてない。
「それに……まあ、ジオレン家についても、すぐに何かができるわけじゃあないだろう。名誉も財産も、随分と失った貴族だ。奴らが何かのために動くには金が要るからね。その動きは見逃さないさ」
そして、フェイだけじゃなくて、レッドガルド家の人達は全員、頼もしい。お兄さんだって頼もしい。彼がそう言ってくれるのだから、お金の動き……ジオレン家の人が大規模に何かしようとしたら、分かる、っていうのは確かだろう。
「……問題は、その金を手に入れるための初動は見つけるのが難しい、ということと、金を使わずにできてしまうこと……例えば、マーピンクのように、魔物と手を組むだとか。そういうことが起きたときかな。あれは中々、探すのが難しいだろうね」
そっか。マーピンクさんの時みたいに。……確かにそれは厄介そうだ。
いや、その時はその時で、新たな骨格標本やふわふわが来てくれるかもしれないけれど……いや、なんでもないです。
「まあ、レッドガルド家は現在、交友関係を大いに広めているところだ。怪しい情報があればすぐに入るだろうが」
「交友関係……?」
「ああ。王家の横暴なやり方に辟易している貴族は案外多いのさ。僕らがその先陣を切れば、ついてきてくれる家はそれなりに居る。そういう人達と仲良くやっておくのは悪いことじゃないからね」
そっか。そういえばそういうこと、フェイも言ってたな。フェイのお父さんが上手い言い訳と口車で何かやってる、って。……つくづく、本当に頼りになる人達だ!
ローゼスさんは、雪苺のミルフィーユを食べ終えると、家の人達へのお土産、っていうことで雪苺ショートケーキを3ホールとクッキーやキャンディ、マドレーヌなんかをたっぷり買って、慌ただしく帰っていった。
……彼の召喚獣は、薔薇の花みたいな可愛い鳥だった。ふわふわというよりはすべすべ艶々な羽毛の鳥で、羽の1枚1枚が花びらみたいで、なんだかお洒落だ。
この世界って、まだまだ不思議な生き物が沢山いる。いいなあ。描きたい。……今度、暇そうな時にお願いして、あの鳥とローゼスさん、描かせてもらおう。
ジオレン家の人達のことは心配だけれど、それと同時に心配なのは、やっぱりカーネリアちゃんのことだ。
……ジオレン家の人達に狙われなきゃいいけれど。
「オレヴィ様、またお手紙くださったの!次は明後日、いかがですか、って!」
そしてこっちのそわそわも、心配だ。いや、心配っていうか、そわそわ……。うん、そわそわする……。
「お返事、出してくるわね!」
カーネリアちゃんは元気に森の家から飛び出していく。出しに行く、って、つまり、リアンの所に、なわけで……ああ、そわそわ。
……けれど、カーネリアちゃんが飛び出していって、すぐ。
きゃあ、と、悲鳴が聞こえた。
「カーネリア様っ!?」
途端にインターリアさんが飛び出していく。僕も慌てて飛び出す。
……すると、そこでは。
「お、お馬さんって、お手紙、食べるのだったかしら!?」
口をもごもごさせている天馬と、カーネリアちゃんを掬い上げて首に乗せている一角獣と、それを取り囲むたくさんの馬達が居た。
……うん。
とりあえず、馬が手紙を食べると消化に悪そうなので、出してもらった。ぺっしなさい。ぺっ。
けれど当然ながら、馬がもごもごやった手紙は、もう手紙じゃなくて紙くずになっている。あああ……。
「……お腹、空いてたのかしら?」
カーネリアちゃんはちょっと首を傾げて、不思議そうにしている。
「……あのね、君達。手紙は、食べちゃ駄目だよ」
僕が呼びかけると、馬達は揃って、明後日の方を向いた。この、見るからに『知りませーん』っていう態度!彼らの連帯感が垣間見える!ちょっと描きたくなってしまった!
「どうして急に、お手紙、食べちゃったのかしら……?」
カーネリアちゃんは折角書いた手紙が食べられてしまってしょんぼりしている。それを見ていたら馬達もちょっと罪悪感が芽生えてきたみたいで、しょげたように項垂れたり、尻尾をたらん、とさせたりしている。
……うーん。もしかして。
カーネリアちゃんが家の中に入って、お手紙テイク2をやっている間、僕は馬達に事情聴取することにした。
「もしかして、カーネリアちゃんがお手紙出すのを阻止しようとした?」
ちょっと聞いてみる。ほら、馬達は今、リアンが世話してる事が多いから、馬達もリアンの気持ちを汲んで、それでカーネリアちゃんがオレヴィ君に手紙を出すのを阻止しようとしたのかな、と。
「つまり君達は、リアンの味方、ってことだよね」
馬達は揃って、『なんか悪いか!』みたいな強気な態度だ。
……うん。何か、ちょっと安心した。
「心強いね」
馬達は怒られるとでも思っていたのか、僕がそう言うと、きょとん、というか、拍子抜けした、みたいな顔をする。
「リアンは……その、自分の気持ちを言うの、あんまり上手じゃないみたいだから、その、手伝ってくれると、嬉しい。人間じゃなくて馬が手伝う分には、その、いい気がするし」
……なんとなく、僕らが手伝うの、リアンに申し訳ないというか、そういう気分になる。嫌がられるだろうな、っていうか。
でも、馬なら……別に、いいんじゃないかな。うん。
馬達は僕の許可を喜んだらしくて、すりすり寄ってきたり、尻尾や羽をぱたぱたさせたり、それで僕を撫でていったりする。かわいいやつらだなあ。
「ただし、手紙は食べちゃ駄目だよ」
……あっ!また揃って『知りませーん』の顔だ!こいつら!
カーネリアちゃんのお手紙テイク2は、馬に食べられなかった。
ただし、カーネリアちゃんは家から出るなりすぐ、馬達に拉致された。
「ど、どうしたのかしら?私を乗せたいの?」
カーネリアちゃんはなんだか困惑していたけれど、とりあえず、馬に乗せられて運ばれていくのを嫌がりはしなかった。彼女は馬が好きなんだ。
「……どこに行くのかしら。ねえ、トウゴ。知ってる?」
「いや、僕も知らない……」
というか、なんでカーネリアちゃんだけじゃなくて僕まで運ばれてるのか、本当に分からない。鳥の考えることが一番分からないけれど、馬達のことも相当分からない。なんなんだろう、こいつら。
馬達は僕らを乗せて、のんびり歩いていく。僕らが途中で降りられないように、しっかり周りを他の馬達で固めてある厳重警戒ぶりだ。そんなにしなくたって、逃げないんだけれど……。
「……わあ」
けれど、そうして運ばれた甲斐は、あったと思う。
「雪のお花畑!」
そこにあったのは、真っ白な花がたっぷり咲く、不思議な花畑だった。
「冬なのにお花畑なのね!」
カーネリアちゃんははしゃいで、馬から下ろしてもらうとすぐ、花畑に駆けていく。……そしてそこで、花畑の中に座っているリアンを見つけた。
「まあ!リアン!リアンもお馬さんに連れてきてもらったの?」
カーネリアちゃんがリアンに呼びかけると、リアンはぎょっとしてこちらを向いた。
「え?あ、なんでここに……?」
「わかんないわ!お馬さんが連れてきてくれたのよ!」
うん。わかんないだろうね。僕もわかんないよ。でも多分、馬達は、カーネリアちゃんをリアンの居るところに連れてきたかったんだろうなあ、と思うよ。うん。ほら、こんなにも馬達が誇らしげ……。
「ここ、素敵なところね。お花がいっぱいだし……」
カーネリアちゃんは困惑しているリアンとその周りの花畑を眺めて……ほう、とため息を吐いた。
「なんだかリアンったら、白いお花に囲まれると、雪の妖精さんみたいだわ……」
「……え」
「すごく綺麗だわ。なんだか……うーん」
カーネリアちゃんはリアンをじっと見つめながら、首を傾げている。リアンは見つめられて段々赤くなってきた。ああ、そわそわする……。
「……お、俺、そろそろ馬、洗ってやらなきゃ」
そしてリアンが立ち上がりかけた時、馬が彼の頭を顎の裏の柔らかいところで押して、もう一度座らせてしまった。すごい。
「馬は僕が洗うよ」
なので僕が名乗り出ておく。……まあ、これくらいはいいよね。フェアの内だよね。馬はもっととんでもないことしてるし。
「え、あ」
「だったら、リアン!私、あなたにここのお花で花冠作って被せたいわ!そうしたらもっと、氷の妖精さんみたいになると思うの!」
「よ、妖精さんって……」
「うーん、でも、泉で洗うの、寒いよね。温泉出そうか。あ、でも家からちょっと離れたところに馬用温泉があったら……鳥に占拠されそうだなあ」
「と、トウゴ!そ、それ、ここら辺に作るんじゃ駄目か!?」
ええと、2人だけにしておいた方がいいかな、とも、思ったのだけれど……。
……リアンが必死な顔をしているから、うん。今回は、ちょっと、妥協っていうことで……。
結局、僕は花畑から少し離れたところに馬用温泉を湧かして、そこで馬を順番に洗ってみた。
馬は3頭くらいずつ入ってきては温泉に浸かって綺麗になって、温まったら出ていって、リアンとカーネリアちゃんに体を拭いてもらう。
ほこほこと湯気を立てる馬達は楽しそうに、ひひん、と鳴いている。ちょっとわざと長風呂してるやつらも居るみたいで、なんだかおもしろい。
……そして案の定というか、馬が一通り温泉に入った後、鳥が来た。そして我が物顔で温泉に入ると、キュン、と満足げに鳴いた。うん。だろうと思ったよ。
「鳥さんも洗ってほしいのかしら」
カーネリアちゃんがくすくす笑いながら温泉の鳥に近づくと……途端、鳥がばたばたと羽を動かして、鳥式の水浴びを始めてしまった。つまり、盛大に水が跳ね散らかされるやつ。
「危ない!」
「きゃっ」
リアンは、鳥に近づいていったカーネリアちゃんを引き戻して、更に、鳥とカーネリアちゃんの間に割って入る。
……当然のように、鳥が跳ね散らかしたお湯が、ばしゃん、と、リアンを濡らした。
「……濡れてない?大丈夫だったか?」
リアンは真っ先に、カーネリアちゃんが濡れていないかを確認する。
「うん……大丈夫よ。でも、リアン。あなたが濡れてしまったわ」
「俺は平気だよ」
ひとまず、カーネリアちゃんには鳥のばしゃばしゃの被害が及ばなかったらしい。それを確認したリアンは、ちょっとほっとした顔をする。
「でも、リアン。あなた、このままだと体が冷えてしまうわ」
「すぐ帰って着替え……あ、いや、トウゴになんか借りるからいい」
「うん。じゃあふわふわ貸すよ」
僕はリアンにダークグレーのふわふわを貸した。ふわふわはリアンにふわっと被さって、フード付きのコートみたいになった。リアンもこれなら暖かいだろう。
「その……リアン。ありがとう」
「……大したことじゃない」
カーネリアちゃんはリアンの服の裾(つまり、ダークグレーのふわふわ)をつまんでちょっと引っ張って、ちょっと照れたみたいにお礼を言った。それにリアンもまた、ちょっと照れたみたいにそっぽを向く。
……その横で、馬達はなんとなく澄ましつつも誇らしげな顔をしていたし、機嫌良さそうに尻尾を振っていた。そして鳥は特に何も考えていなさそうな顔でばしゃばしゃやりつつ、温まって気持ちよさそうにしていた。
この鳥のことだから、狙ってやったわけでもなく、ただばしゃばしゃしたかったからやったんだろうなあ……。
それから森の家に戻ったカーネリアちゃんは手紙を出して、リアンはこれに複雑そうな顔をしていたけれど、特に何も言わずに手紙を受け取った。
そしてリアンは町の方へ、郵便配達に出かけて……そして戻ってきた。
「なー、トウゴ」
「どうしたの?」
不機嫌そうというか、なんというか、そういう顔をして、リアンは言った。
「オレヴィって奴に、カーネリアの手紙、届けたんだけど」
「うん」
何か、まずいことでもあったんだろうか。ちょっと心配になって、聞いてみたら……。
「……この手紙の差出人の住所を教えろ、って言われたから、断ってきた」
……うん。
うーん……?それは、ええと……どういうことだろう?




