2話:人の恋路を邪魔する馬*1
それから、毎日カーネリアちゃんは楽しそうで、インターリアさんは複雑そうで、そして、リアンは元気がなかった。
……心配だ。リアンは毎日ちゃんと仕事をしてくれるんだけれど、それが余計に心配というか、なんというか。
おやつも食べに来ないし、仕事ばっかりで、よくため息吐いてるし、休憩時間はずっとぼんやりしているし……。
「リアン、どうしちゃったんだろう」
ということで、ラオクレスに相談してみた。
「……まあ、心当たりはあるが」
「えっ」
相談してみたら早速、手ごたえがあった!すごい!ラオクレスはもう、リアンの元気がない原因が分かっているらしい!
「教えてほしい。リアンはどうして元気がないのかな」
「それは……」
……けれど、ラオクレスはすごく口籠って、それから、なんだか珍しく、ちょっと照れたようにそっぽを向いて、1つ、短くため息を吐いた。
「……クロアに聞け」
え、あ、うん……うん……?
「ということで、クロアさんに聞きに来た」
「あらあら!」
クロアさんはちょっと驚いたように目を瞬かせると、ころころ笑いだした。
「リアンは可愛いしトウゴ君が気づかないっていうのも可愛いけれど、何となく自分で言いたくなくて私に仕事を回してくるラオクレスも可愛げがあるわね!」
えっ。……『可愛い』って、ラオクレスにものすごく似合わない言葉なんじゃないだろうか。え、可愛いの?クロアさんの『可愛い』ってどうなっているんだろうか……?
「あの、それで、リアンの元気がない原因って」
ちょっと混乱しつつ、そう聞いてみる。それを聞きに来たんだから。ラオクレスがかわいい話は置いておこう。
「そうねえ……言ってしまってもいいのかしら」
クロアさんはそう言ってちょっと空を見上げつつ、首を傾げる。うわあ、そういう言い方されると余計に気になる。
「まあ……トウゴ君なら、リアンの気持ちを引っ掻き回したりはしないでしょうし」
僕が何とも言えない顔をしていたのを見たからか、クロアさんはくすくす笑って、それから、僕の耳元で、そっと囁いて教えてくれた。
「リアンはきっと、カーネリアちゃんに恋をしているのよ」
「……え」
こい。リアンが。
……う、うわあ。
「トウゴ君もそういう反応になっちゃうのね?かーわいい!」
か、可愛くないよ。僕は可愛くない!だからぎゅうぎゅうやらないでほしい!
「まあ、そういうことだと思うから、リアン君のこと、そっとしておいてあげてね」
「う、うん。それは勿論」
そっか。リアンが、恋。それじゃあ、カーネリアちゃんが結婚するしないっていう話を聞いて元気じゃなくなるのも分かる。
……あ、そうか。もし、カーネリアちゃんが求婚相手のことを好きになってしまったら、リアンは失恋してしまうのか。う、うわあ。
「……あの、僕、本当に何もしない方がいいんだろうか」
「そうね。まあ、手助けが必要そうなら、私かフェイ君辺りがいいと思うわ。特にあなた、こういうのに疎そうだから」
仰る通りです。疎いです。
……ああでも、なんだか落ち着かない。そっか。リアンが、恋……。
「もう!トウゴ君までそわそわしないの!」
あ、はい。気をつけます。……うう、でも、何となくやっぱりそわそわする。
僕はそわそわしてたし、リアンはもっとそわそわしていた。ラオクレスもちょっとそわそわしていた。
そんな日々が続いて……いよいよ、手紙が届く。
「ええと……わあ!『森の町にしばらく滞在するのですが、お会いできませんか』ですって!」
カーネリアちゃんは浮足立った様子で、届いた手紙を僕にも見せてくれた。淡い琥珀色の便箋に、子供が書いたとは思えないくらい綺麗な文字が並んでいる。
そこには、『お会いできませんか』以外にも、絵の中のカーネリアちゃんを一目見て好きになってしまったということや、その日からずっとカーネリアちゃんのことを考えていることなど、なんだかすごいことが書いてある。う、うわあ、そわそわする!
「素敵……。なんだか夢みたいだわ」
カーネリアちゃんはうっとりとため息を吐いて、便箋を抱きしめるみたいにして、それから、はたと気づいたように、ぱたぱた駆けていく。
「お返事書かなきゃ!ぜんはいそげ、だわ!前に雑貨屋さんで買ったレターセット、どこにしまったかしら!」
すごく、嬉しそうに、楽しそうに、カーネリアちゃんはぱたぱたと行ってしまう。
……後に取り残された僕らは、なんというか……その、そわそわするしかない!
それからカーネリアちゃんは一生懸命お返事を書いて、明後日のお昼過ぎ、妖精カフェでお会いしませんか、というような内容の返信を送った。
「じゃあリアン、お願いね!」
「ん……」
……そして、残酷なことに。
この町の郵便屋さんは、リアンだ!う、うわあ、そわそわする……そわそわする……。
「ちゃんと届けてね!」
「分かってるって。氷の精に届けてもらうから。宿までだろ?」
「そうよ!よろしくね!」
けれどリアンは真面目だから、仕事を放棄するようなことも無くて、きちんと、郵便業務をやっている。氷の精が可愛らしい封筒を咥えて飛んでいくのを見送りながら、リアンがそっとため息を吐くのを見ながら、僕は、やっぱりそわそわする……。
「……トウゴ君」
「は、はい」
そんな僕の後ろにいつの間にか立っていたクロアさんが、深々と、ため息を吐いた。
「……そんなにそわそわするんじゃありません」
あ、は、はい……。いや、でも、するよ。しょうがないだろ。こんなの、そわそわせずにはいられないよ。そわそわ……。
……そうして、手紙がもう一回届いて、『では妖精カフェでお会いしましょう』っていうことに決まって……ついに、当日になってしまった。
「は、はじめまして。カーネリアよ。お手紙ありがとう。その、嬉しいわ」
カーネリアちゃんはふんわりしたワンピースドレスを着て、ちょこん、と行儀よく椅子に座っている。
その横には護衛ということで、しっかりインターリアさんが控えているし、何なら、彼女のナイト2人目としてフェニックスもしっかり控えているのだけれど、のだけれど、貴族としてはこういうのが当たり前なのかな。落ち着かなくないだろうか。
……あ、いや、そうでもないな。ちらちらフェニックスを見てる。うん。多分、インターリアさんみたいな騎士は見慣れてるけれど、フェニックスは流石に、見慣れてないんだと思う。
「はじめまして。オレヴィ・ザック・ドラーブです。こちらこそ、お返事ありがとう。君の絵を見て、素敵だと思ったんです。それで、是非、会ってみたくて」
そして、相手の男の子は、確かにフェイが『許してやれ』って言うのが分かるような子だった。
チョコレートみたいな色の髪にくすんだ緑色の目をした男の子は、なんとなく洒落た印象だ。インターリアさんにも緊張してないらしい。そういうところも含めて、貴族っぽい。
「あの、是非、僕の妻になってください。そろそろ僕も、妻を選ぶ時期じゃないかと、父が……。あなたみたいな人が妻になってくれるならとても嬉しいです」
「そ、そうなの?少し早くないかしら?」
「でも、やっぱり、あなたを見て、もっとそう思うようになって……こんなに可愛い子なら、是非、妻に迎え入れたい、と思いました。だめでしょうか?」
けれどやっぱり、見ていて、『ああ、子供だなあ』と思う。だから、うん。追い出す気にはなれない……。
「お待たせしました。季節のケーキです。今日は雪苺のタルトです。ごゆっくり」
……そしてそんな2人のところに、リアンがケーキを運んでいく。真面目にしっかり仕事をこなしているリアンを見ていると、なんというか、すごく、いたたまれない!
リアンは、じろり、と求婚の男の子を見て、でも、特に何をするでもなく、ふい、と背を向けて去っていってしまう。あああ……。
……そんな彼らの様子を見ながら、僕はいつもの席で、ラオクレスの向かいに座って、雪苺のショートケーキを食べる。雪苺っていうのはこの世界の果物らしいんだけれど、真っ白な苺だ。味は甘酸っぱくて、ちょっと苺とは違う爽やかな香りがして、すごく美味しい。でもやっぱり、そわそわする……。
「……何故、わざわざここに来た」
「どうしても気になった」
そして僕の向かい側で、ラオクレスは僕と同じケーキをつついている。ラオクレスの大きな体の前に置いてあると、ケーキがなんだか小さく見える。
「なら、何故俺を連れてきた。もっと適任は幾らでもいるだろう」
「いっしょにそわそわしてくれる相手が欲しかったんだよ!」
「……腑に落ちん」
ラオクレスは深々とため息を吐きながら、やっぱり少し落ち着かない様子で、ケーキを食べ進めている。いや、それでいいんだよ。ラオクレスは何となく落ち着かない顔で僕の目の前に居てくれれば、それで!そわそわ仲間が居るっていうのは、すごく心強いんだよ!
……それから、カーネリアちゃんはずっとふわふわした調子だったし、オレヴィ君は『是非、僕の妻に!』っていう姿勢だったし、なんというか、こっちは終始、そわそわしっぱなしだった。うん。ああ、僕の目の前にそわそわしているラオクレスが居てくれて本当によかった……!
「そういうわけで、その、カーネリアさん」
オレヴィ君はカーネリアちゃんの手をきゅっと握って、笑顔で迫る。
「僕の妻に、なってください!」
「あ、あの……」
真っ赤になったカーネリアちゃんは、おろおろしながら、ちら、とインターリアさんを見た。インターリアさんはそれをヘルプの信号と受け取って、そっと、立ち上がった。
「カーネリア様。ひとまず今日のところはこのあたりで。お時間もおしておりますし」
インターリアさんがそう言うと、オレヴィ君も彼の護衛の人も、ちょっと不服そうな顔をした。けれどインターリアさんはそれをぎろりと一瞥すると、カーネリアちゃんに優しい笑顔を向けた。
「オレヴィ様とのお話は、楽しかったですか?」
「え、ええ。とても新鮮だったわ……」
「そうですか。なら、また別の日に改めてお会いになられればよろしいかと」
インターリアさんの言葉に、カーネリアちゃんが頷く。
「あ、あの、オレヴィ様?」
カーネリアちゃんはちょっとおしゃまにそう呼びかけて、それから、もじもじ、としてから、続けた。
「あの……また、お会いしてくださると、嬉しいわ」
「……素敵だったわ」
森の家に戻ってきてからも、カーネリアちゃんは、ぽやぽや、とした顔をしている。
「これが恋、なのかしら……」
窓辺でそっとため息を吐くカーネリアちゃんは、なんだかいつもよりおしゃまで、かわいく見える。
「恋する女の子はかわいくなるって本当だ……」
思わず呟くと、カーネリアちゃんは、ぱっ、と立ち上がって頬を赤らめる。
「そ、そう?私、かわいいかしら?本当に?」
「うん。すごくかわいいよ」
僕はカーネリアちゃんの絵を描きながら、不思議だなあ、と思う。恋する女の子は、かわいい。なんでだろうか。いや、彼女の場合は、かわいい、というか、微笑ましい、というか、微妙なラインだけれど。
かわいいかしら、かわいいかしら、と、照れながらちょっとはしゃぐカーネリアちゃんを見ながら絵を描いていたら、ふと、窓の外に見慣れた亜麻色の頭が見える。リアンだ。
……どうやら、窓の外から、ちらっとこちらを見ている、らしい。
恋してますます可愛いカーネリアちゃんを見て、リアンは相当にそわそわしているらしい。うう……頑張れ、って言いたい気持ちもあるのだけれど、それを言ったらリアンは嫌がる気がするしなあ。どうしよう。
カーネリアちゃんがきらきらふわふわしていくのに反比例するみたいに、リアンはふさぎ込むようになった。それでいて、真面目なリアンはきちんと仕事をしているから……いたたまれない。
「トウゴ。手紙」
「ありがとう」
今日も、リアンは僕宛の手紙を届けてくれた。あ、絵の依頼だ。美少女画か。うーん、あの絵を公開して以来、美女とか美少女とかの絵を依頼されることが増えた。裸婦画の依頼も、時々来るし。
……裸婦画については、一糸纏わず鳥に埋もれたクロアさんとか、僕のダークグレーのふわふわをうっすらかつしっかり纏ったクロアさんとか、そういうのを描いてる。
いや、ダークグレーのふわふわ、本当に優秀なんだよ。靄とか霧とか宵闇とかみたいな表現をしつつ、しっかり形を固定して、隠すべきところは隠してくれるから。ああ、こいつをスカウトしておいて本当に良かった!
「それから、手紙のついでに、フェイ兄ちゃんの兄ちゃん、来てる」
「えっ」
兄ちゃんの兄ちゃん。……あっ、ローゼスさんか!
「突然、すまないね。びっくりしただろう」
「いえ。……あ、びっくりはしました」
ローゼスさんは妖精カフェで雪苺のミルフィーユをつつきつつ、待っていた。
「一度、私もこの町に来てみたくてね。伝言役にしてもらったんだ」
「伝言?」
そのためにわざわざお兄さんが伝言に来るなんて、珍しい。……いや、多分、お兄さんがわざわざ来たのは、妖精カフェの話をフェイから聞いていたからなんだろうとは思うけれど。でも、フェイが来られない、っていうことなんだろうから、やっぱり珍しい。
「フェイからだ。『一応、耳に入れておきてえ』とのことでね」
お兄さんはそう前置きしてから……そっと、声を潜めて言った。
「どうも、ジオレン家の奴らが、出所しているらしい」
「……ジオレン家の」
そっか。お勤めご苦労様です。……あの人達の罪状って、フェイの家の庭で暴れたことと、青少年の誘拐、拉致監禁、だっけ。そっか。1年半くらいで出所できてしまうのか……。
まあ、もう悪いことしないなら、いいよ。出所したっていうことは、もう出しても大丈夫だって判断されたからだろうし。
……別に、僕はあの人達に恨みは無い。カーネリアちゃんへの態度が酷かったっていうことと、インターリアさんを人質にしたことについては、すごく嫌だったけれど。でも、無関係な人で居てくれるなら、それはそれで別にいい。
……そう、思ったのだけれど。
「そして、つい最近、レッドガルド領内で目撃されてるらしい」
……えっ。
な、なんだか……ちょっとだけ、嫌な予感がする。




