19話:こうふく勧告*4
決定した。僕は森の精霊を引っ張り出すために魔王の使いに攫われかけた哀れな村人役になった。
……魔王じゃなかったの!?っていう、気持ちは、ある。うん。ちょっと気合入れてたから、その、ちょっと拍子抜けしてる。うん。いや、別に、魔王になりたかったわけじゃないけどさ……。
でも、今はひたすら、安堵している。……だって、カーネリアちゃんとアンジェによって、無邪気にお姫様にされそうになってたから。僕。
……お姫様は、勘弁してもらったよ。流石に。だって僕、男だし……。ふわふわしてるとかぽやぽやしてるとか散々言われてるけど、お姫様は、嫌だよ!
……そうして、準備が進んでいく。
僕はとりあえず裏方だから、やっぱりチャコールグレーのふわふわを着ることにした。フード付きの長いコートみたいな形になってもらうと、丁度、全身がすっぽり隠れて目立たなくていいかんじ。あと、肌触りがいい。
あと、これを着ることにしたからお姫様の恰好は免除された。よかった。あわや、かわいいおリボンを結ばれるところだった……。
……それから、天変地異の内容について考えることになる。
これで王家の人達を全員森の町に立ち入らせないようにして、その上で、ラージュ姫が勇者だっていう説得力を持たせなきゃいけないから、結構派手にやらないと駄目だろうな。うん。
「天変地異、か。ってなると、やっぱ地割れとかか?」
「うん。純粋に王家の人達の足止めができるから、それがいいかな、って思ってる」
マーピンクさんの時にもやったけれど、地面が急に割れると、彼らは立ち往生するしかなくなる。だから地割れは、いいかもしれない。
「……ライラではないが、大水を出して町の外を冠水させてしまう、というのは悪くない手に思えるが。龍に頼み込んでも、駄目か」
龍にそういう頼み事すると、僕のお腹が大変なことになるんだよな……。うう。でも一応、相談はしてみよう……。
「なあなあ。そういう自然災害みたいなのじゃなくってさ。もっと強い魔法使いがすごい魔法を使いました、みたいな、そういう奴にするんじゃ駄目なのかよ。ほら、地面一体全部凍らせるとか」
「成程なあ。魔力の大きさを奴らにも分かりやすい形で示し、抑止力にする、ということか。悪くないぞ、リアン君」
こっちはクロアさん曰く、『そういうのは男の子の方が考えるの得意でしょ』ということで、僕らに任されている。つまり、僕とフェイとラオクレスとリアンとマーセンさん。一方の女の子達は、小道具のデザインとかラージュ姫の衣裳とか、シナリオとか色々考えてる。あっちも楽しそうだ。
……うん。
ということで、僕も早速、すごい天変地異の絵を描き始める。ある程度描いておいて、使いたい時に完成させるいつもの方法でいこう。
「……待て。トウゴ。おい。それは一体、何の絵だ」
それを見たラオクレスがすごい顔をした。
「すごい天変地異の絵」
ラオクレスは不安そうな顔をしているけれど、これ、悪くないと思うんだ。ほら、マーセンさんからは『成程、悪くない!』って好評だし……。
「……やはりお前は魔王役より姫君の方が向いている」
ど、どういう意味だよ!心外だ!
……ということで、僕らの方で王家の人達を脅かす仕組みが大体出来上がった。相談はちょっと難航したけれど、マーセンさんが味方に付いてくれたので、僕の意見が大分採用された。ありがとう!
そしてその頃には女性陣のデザインも終わっていたから、それを描いて出す。
「あ、あの……変ではありませんか?」
「うん。似合うよ」
ラージュ姫は、落ち着かなげにくるくる回っている。
彼女、この森に来た時からずっと丈の長い質素なデザインのワンピースドレスを着ていたのだけれど、今は軍服テイストの白と銀刺繍のワンピースだ。それにいくつか意味ありげなアクセサリーをつけて、あとはロングブーツを合わせて勇者の剣を手にすれば、動きやすい勇者の恰好のできあがり。
「私、こういう恰好は、その、初めてで……」
「大丈夫よ。すごく素敵だわ。……そうだ。折角だから髪も下ろしたままじゃなくて、まとめましょうか。できる?」
「は、はい。後ろで1つにするくらいなら……」
「じゃあ、アンジェのおリボン、かしてあげるね。きっとかわいいの」
ラージュ姫は長い銀髪をポニーテールにして、その結び目にアンジェのリボンを結んだ。……うん。お姫様っぽい。僕にあれが結ばれなくて、本当に良かった。僕にとっても、リボンにとっても。
「よお。皆様お揃いで、って奴だな。もう準備いいか?」
そこにやってきたのは、フェイだ。フェイはフェイで、お父さんたちと色々打ち合わせしてくれたから、あっちこっち行ったり来たりで大変だったと思う。ありがとう。
「あの案で大丈夫だって?」
「おう。親父が喜んでたぜ。とりあえずうちの兵士達は、トウゴ・ウエソラの捜索より先に、町の周辺で起きている天変地異の対処で手一杯になっちまう、って予定だからよろしくな!」
「フェイ様のお父様って、本当に言い訳の名人ね。私も色んな貴族見てきたけど、貴族随一だわ……」
ライラが言うくらいだから、本当にフェイのお父さん、凄い人なんだな……。
「ってことで……早速、始めるか!トウゴ!よろしくな!」
「うん。頑張る」
……ということで、ちょっと派手な天変地異と、戦う森の精霊の力、それから勇者ラージュ姫のぶつかり合いが始まるわけだ。頑張ろう。
「……これから大変なことになるわけだけれど、提供はほとんど全部、トウゴ君なのよねえ」
うん。それはまあ、しょうがないよ。僕、精霊と魔物と攫われた村人の兼任だし……。
「王家の連中はどこまで正解に辿り着けるかね……ははは、楽しみだなあ、こりゃ」
流石に誘拐犯にしようとしていた相手が大体全部やってる、とは思わないんじゃないかな。多分。
そのまま僕は鳥と龍と一緒に、壁の上で夜を明かした。王家の人達が来たら、すぐにでも派手に始めるけれど……彼らには『遠くに見える森の町が災禍に見舞われている』っていう様子を見てもらいたい。だからある程度、局所的に雨を降らせたり雷を鳴らしたりしつつ、待機。待機。待機。
……そうこうしている間に夜が明けて、レッドガルドの兵士の皆さんがやってきた。
「あ。合図が出た」
そこで、彼らがひときわ大きな火を焚くのを見て、僕は早速、地面を凍り付かせ始めた。
朝焼けの空の下、大地が一気に凍り付いて煌めく。そこに更に生えていく無数の氷の刃。……あっという間に、幻想的な非日常の風景の出来上がりだ。王家の人達が見たら驚くだろうな。
……ただ、これだと寒いだろうから、レッドガルド家の兵士の皆さんの為に、かまくらを出しておいた。中で火を焚けるようにして、あと、差し入れっていうことで、鍋いっぱいの温かいココアを描いておいた。すると、ちょっと歓声が上がるのが聞こえた。どうぞ、暖まってください。……あ、勿論、王家の人が来たら片付けるよ。
……そのまま更に半日ぐらい、待った。途中でレッドガルド家の兵士の人達への差し入れを描いたり、ちょっと昼寝したりさせてもらった。
流石にもう気温も低くて屋外での昼寝には厳しい季節だけれど、日の当たる場所で、かつ鳥が一緒に居れば大丈夫。すぽん、と羽毛に埋もれて眠らせてもらうと、日光で温まった羽毛がより一層ふわふわであたたかくていい気持ちだ。ちょっとくすぐったいけれど。
……そして、僕はちょっと昼寝した後、龍にいつもの奴で無慈悲に起こされる。ひどい。
そして起こされた直後、龍が雨を降らせ始める。暗雲が急に立ち込めていく様子は、中々非現実的だ。ああ、こういう状況じゃなかったら、これも描きたかった。また平和な時にやってもらおう。
「来たのかな」
僕が尋ねると、龍が頷く。遠くへ視線をやると、遠くから、王家の人達がやってきていた。……凍てつく大地を踏み、雷と雨の降りしきる中を。
王家の人達が来ているのを確認したので、レッドガルド家の兵士の皆さんには骨の騎士団と戦っていてもらう。もうその頃にはかまくらはうまいこと壊されていて、氷の大地にすっかり溶け込んでいた。ココアの鍋とかは雪の下にかくしてあるんじゃないかな。どうもすみません。お手数をおかけしました。
まあ、どうせ大雨に煙る中のことだから、遠目に見ることになる王家の人達には、彼らが本当に骨の騎士団と戦っているわけじゃないっていうことは分からないと思うよ。あと、雪の中の鍋とかも。
……そして、王家の人達が近づいてくるのを見て、僕は……準備しておいた絵を、完成させる。
王家の人達から悲鳴が上がる。
当然だ。彼らが歩いていた地面はもう、消えてしまっている。
彼らはあまりにも唐突に起きた事態に対応しきれずに、只々、沈み込んでいく。
それを見て後続の人達が慌てて止まろうとするけれど、もう遅い。彼らの居る場所まで全部、描き終えてしまった。
……ということで、王家の人達は皆、突然マシュマロになった地面へと、沈み込んでいった。
うん。そりゃあ、そうだよね。鎧を着こんだ兵士も、馬車も、馬も、マシュマロじゃあ支えきれないよ。




