16話:こうふく勧告*1
鳥に聞いてみた。『この森、何かあるの?』と。
……すると、鳥は胸を張って、キョキョン、と鳴いた。
うん。……うん。
そうだね。この森には、偉大なる君が居るね……。
「分からない……」
「……がしゃどくろ達とのやりとりの方が上手くいっていたか」
「うん」
鳥とのコミュニケーションは難しい。がしゃどくろ達は、文字は描けないけれど図は描いてくれるし、意思の疎通を取ろうと頑張ってくれる。
けれど、鳥は……鳥だから!鳥は鳥だから、鳥!すごく鳥!僕は鳥に色々聞いてみて、でも分かったことは『鳥は鳥』ぐらいだった!
……一応、『この森、勇者の剣以外にも狙われる要因があるよね?』っていう問いには頷いてくれるんだけれど、じゃあ、それは何か、っていうことになると……どうにも、聞き出すのが難しい。どう質問したらいいのかもよく分からないし、鳥はまるで協力的じゃないし……。
「ふわふわだあ……」
「……疲れたのも自棄になりたい気持ちも分かるが、鳥に埋まるな」
「だって鳥、あったかいんだもん……」
そろそろ冬が近づいてきて、寒い。だから、鳥に埋もれると中々いい具合だ。あったかい。ふわふわ。ねむい。
「こーらっ!鳥さん!トウゴ君を寝かしつけちゃ駄目!トウゴ君も起きなさい!今寝ちゃったら夜に眠れなくなるわよ!」
鳥に埋もれて寝ようとしたら、クロアさんに引き戻されてしまった。うう。
「全くもう。トウゴ君もふて寝しようとするぐらい太々しくなったのね」
「太々しく……」
そ、そっか。僕、太々しくなってしまっていた。それはよくない。
「……僕、鳥に似た気がする」
……ちら、と鳥を見上げたら、鳥は実に満足げに、キョキョン、と鳴いた。うん。そっか。僕が似てくると嬉しいらしい。でも僕はあんまり嬉しくない。やっぱりこいつ、ちょっぴり小憎たらしい。あんまり似ないように頑張ろう……。
鳥から得られる情報は特に無さそうだったので、僕は諦めることにした。多分、鳥が窓にぺったり張り付いてきたのも、気まぐれなのかもしれない……。
「とりあえず、やることはあんまり変わらねえよな。防衛防衛、っと」
「まあ、この町は元々、防衛に関してはあまり心配が要らないようにも思うが」
だから僕らは鳥よりも気にすべきところを気にしていこう。
まずは防衛だ。やっぱり、防衛。この町が狙われているなら、やっぱり、ちゃんと身を守れるようにしておかなきゃいけない。本当はこんなことしなくてもいいのが理想なんだけれど……『不寛容に対しては不寛容で居なければならない』。ついでに、不寛容に対していつでも不寛容であれるように、準備はしておいた方がいい。うん。分かってる。
「うん。でも、戦力は大分、増えたんじゃないかな……」
「だよなあ」
けれど、準備も結構、整っていると思うよ。何と言っても……増えたから。
「骨の騎士団ができたから」
うん。骨の騎士団ができた。
僕のがしゃどくろをリーダーにして、総勢30体の骨格標本達が元気に騎士団を結成してくれた。
……中々すごい眺めだなあ。
「あ、あとね。こいつ、洗ったらちょっと白くなった」
それから、僕はチャコールグレーのふわふわを取り出す。これ、生きたドレスをやっていた黒い靄だ。いや、『元』黒い靄。今はチャコールグレーの靄。
「……まさか本当に白くするとは」
……真っ黒だった靄は、昨夜洗ったらちょっと白くなった。
最初は水で洗おうとしたんだよ。けれど、水はどうやら、冷たくて嫌だったらしいので……お風呂に入るついでに、一緒にお風呂に入れて洗ってしまった。
黒い靄はお風呂が気に入ったらしい。温かな湯舟にとぽんと浸かって、タオルでくらげを作って一緒に遊んで、後は大人しく僕に揉み洗いされてくれた。
……そして、お風呂でたっぷり揉み解して、しっかり温まった靄は……お風呂を出たら、ちょっと白くなっていた。うん。今は、チャコールグレー。
「あと、白いものを食べさせたら白くなるかな」
「あー、牛乳とか?」
「……そんなに単純な生き物なのか、こいつは」
牛乳とかクリームとか、そういうの食べさせてたら白っぽくならないだろうか。ならないかな。駄目かな。
「……なんとなく、お前と一緒に居るだけで、このふわふわ、白くなる気がするぜ」
「奇遇だな。俺もそう思う」
……つまり、毎日お風呂に入れてやれ、ってことか。うん。よし。なら、今夜も一緒にお風呂に入れて念入りに洗ってみよう。染みついた汚れも、何度も繰り返して洗っていれば落ちるかもしれないし。
そうして、僕らは平和に数日を過ごした。
当然のように魔物は攻めてこなかったし、人間だって攻めてこなかった。あと、僕は門の外に魔封じの模様を刻んだタイルを埋め込んだりして、町の飾りつけと防衛機能を同時に進めてみた。ちょっと気に入ってる。
……そうして数日、のんびりしていたので、骨の騎士団を森の町の人達にお披露目しつつ、『彼らは味方ですよ』と説明して回ったりもしていた。森の人達は骨の見た目にびっくりしていたけれど、骨が僕の言うことをちゃんと聞いてくれるのを見たり、妖精が割と骨と仲良しなのを見たりして、ちょっとずつ慣れてくれている。
……うん。意外と、妖精が骨を喜んだんだよ。最近の妖精達のブームは、骨の肋骨の中に入り込むことらしいよ。確かに妖精にとっては人間サイズの骨って、アスレチックみたいなものなのかもしれないけれどさ。
こんな日々を、一番楽しんでいたのはラージュ姫だったかもしれない。
「なんだか、毎日が新鮮で」
ラージュ姫は今日も僕らへのお供え物を置く小さな祠を掃除しながら、にっこり笑ってそう言ってくれた。
「諍いも無く、謀も無く、誰かの意地や利益のために振り回されることも無くて……すごく、穏やかで」
確かに、この町は不思議なくらい、そういうのが無い。妖精が選んだ人達だからかな。
だから、この町は穏やかだ。……多分、王城と比べたら、ずっと、穏やかなんだろう。
「それに私が挨拶したら、皆さん、挨拶してくださるんです。ただ、何もなく、『おはよう、今日はいい天気ね』とか。『ジュリアさん、今日は芋がたくさん採れたからお裾分けに行くよ』とか。それがなんだか、無性に、嬉しくて」
「……王城では挨拶しても返事してもらえないんだろうか」
ちょっと怖いな、それ。そう思って聞いてみると、ラージュ姫はころころ笑いだした。
「いいえ。お返事してくださいますよ。ただ……挨拶が挨拶だけじゃなくて、腹の探り合いがありますから」
腹の探り合い。挨拶の度に。それは……嫌だな。
「私は政略結婚の道具ですから。機嫌を取ろうとする人は多くて、だから挨拶1つでも、気が抜けない、と言いますか……」
……それは嫌だ。そうか。お姫様って大変なんだな。政略結婚の道具として挨拶されるって、すごく、嫌だと思う。
「ですから、私、今がすごく、その……安らかで。押しかけて来た先でこんなことを言うのも、失礼かとは思うのですが」
「別にいいんじゃないかな。ここがあなたにとっていい場所なら、僕も嬉しい」
失礼に思う必要なんてない。ラージュ姫にとって、今が楽しいなら、それは僕も嬉しい。
「トウゴ様は……不思議なお方ですね」
僕が嬉しがっていたら、ラージュ姫は唐突にそんなことを言う。ふ、不思議、って。
「人の心に潜り込んでくるのがすごくお上手で……気づくともう、潜り込まれている、というか……それでいて、嫌なかんじはしないんです」
「そ、そう……」
潜り込むのが上手い、のかな。僕。自分ではそうは思わない。どちらかというと人とのやりとりは下手な方だと思うけれど。
「この町も不思議な町だわ。魔獣に乗った騎士が居て、妖精が飛び交っていて、更には骨の魔物まで!……それでいて争いは起きないなんて、本当に、不思議だわ。トウゴ様のお人柄故、なのでしょうね」
ラージュ姫が見る先には、骨の騎士団が居る。今は丁度、子供達のおもちゃになっているところだ。肋骨の隙間に花を詰められているところ。
「……僕は本当に、何もしてないよ。争いについては、その、皆がそう努力してるから、だと思う。変なものが居ることを許してくれるんだ。良くも悪くも、そういう人達しかいないんだよ。この町」
僕は、僕がやったこと以外まで功績にされてしまうと困るので、そこはちゃんと説明する。
「僕は……こういう変なやつも居ます、って、自分で宣伝して歩いてるだけ、なのかもしれない。うん。この町の人達は心が広いから、そういう僕を見て、『ああ、ああいうやつも居るんだな。じゃあさらに違う変なのが居てもいいか』って思ってくれるみたいだ」
ただ絵を描いているだけの僕は、多分、町の人達から見ると変な生き物に見える、と、思う。少なくとも僕の世界では、僕は変な生き物だった。……僕の世界ではそういう変な生き物の存在は許されていなかったので、この世界に来て、皆さん心が広いなあ、って思ってる。
「だから、僕がしている仕事は、変なやつの代表で居ることだけだよ。それを受け入れてくれるのは町の人達だ。ただ僕は、こういう奴も居ますよ、って紹介してるだけで……」
上手く説明できていない気がする。けれどこれ以上の語彙は僕には無いからここらへんでギブアップだ。
「……強いて言うなら、類は友を呼ぶ、のかもしれない」
「……成程」
僕はここに居るだけ。皆は集まってくるだけ。その後のことは、それぞれの努力だ。この町がいい町なのは、それぞれの努力。うん。
「本当に……不思議なお方」
「ええと……う、うん……」
ラージュ姫はくすくす笑っているけれど、その、僕、不思議?不思議なんだろうか?うーん……。
そうして、今日も僕と鳥はお供えされていたおやつを食べている。今日のお供えおやつは素朴なキャロットケーキと焼き立てパン。あとチーズ。
鳥が回収してきてくれたそれを壁の縁に腰かけて遠くを眺めながら食べるのが気持ちいい。そろそろ外が寒い季節になってきたけれど、そういう日でも、鳥に半分埋もれながらくっついていると、そんなに寒くないから丁度いい。
「結界の調子はこまめに見ておかなきゃいけないよね。僕も気を付けるけれど、君も気づいたことがあったら教えてね」
僕が話しかけると、鳥は元気に、キョキョン、と鳴く。これが『了解』なのか、『パンが美味しい』なのかが分からないのが心配だ……。
でも、この鳥はこの森を愛している。それは間違いない。だからこの森を守るために僕を精霊にしたんだろうし。……だから、いざという時にはきっと、頼りになる、んだと思う。問題は、いつが『いざという時』なのか、だけれど……。
「おーい、トウゴー!」
そんなところに、フェイが飛んできた。今日はレッドドラゴンに乗ってきたみたいだ。まあ、ドラゴンが一番速いから。
……あれ、なんかフェイが焦っているように見える。何か焦るようなこと、あったんだろうか。
「トウゴ!これ見ろ!」
フェイはさらっと壁の上に着地しつつ、僕に書面を見せてきた。
やや厚めの立派な紙に綺麗な文字で書かれたそれは……。
……えっ。
「お前に第三王女ラージュ姫の誘拐容疑が掛けられてる!」
……ええっ!濡れ衣だ!




