6話:復讐の骨格標本*1
僕は慌てて、鳳凰を出した。……けれどそこで、レッドドラゴンを出していたフェイに横からぐいっと引っ張られて、そのままレッドドラゴンに乗せられる。
「お前は両手が空く乗り物に乗らなきゃ駄目だろ!」
そ、そうか。空中で絵を描くことを考えたら、片手が塞がってしまう鳳凰だと、ちょっと不便か……。
「分かった。じゃあ、お邪魔します」
「おう!行くぞ!」
フェイは早速、レッドドラゴンに合図を出して、離陸する。さっ、と地上が遠くなって、すぐ、壁が見えてくる。僕らはそのまま、街壁を超えて……その先で、天馬に乗って戦う森の騎士団と新しく雇われた門番の兵士の皆さん、そして、賊、というか……怪しげな風貌の人達の姿を、見た。
そして、襲われているらしい馬車と……森の騎士達が戦っている、巨大な真っ黒い靄みたいな生き物も。
「トウゴ、どうする?お前、何か描くか?」
「うん!」
僕はさっと大きな大きな袋を描いて、靄がしまわれている状態にしてしまう。
……これは中々、上手くいった。魔法画だと瞬時にものが描けるから、瞬時に実体化ができる。背景や、周りで靄入りの大きな袋を見上げる騎士の姿なんかも描いて細部までしっかり描き込めたから、実体化もすんなりいった。
「……あれっ、風船っぽくなってしまった」
そして、騎士達を襲っていた黒い靄は、見事、袋詰めになって……ぷかぷか浮き始めた。どうやらあの靄、浮くらしい。そっか……。
「お前、解決方法までふわふわしてるんだなあ……」
……あれが浮いてるのは僕のせいじゃないよ!
靄が風船になってしまうと途端に、怪しげな風貌の人達がおろおろし始める。……ということはこの靄、この人達の召喚獣か何かなのかな。
そうなると、形勢逆転だ。森の騎士達は宙に浮いてしまった靄風船は放っておいて、怪しい人達の方へと向かって行く。更に、森の方からは増援の森の騎士がやってきている。
……そうなるともう、怪しい人達はひとたまりもない。元々、正面切って戦うのは苦手だったらしい彼らは、どんどん逃げていってしまう。
「へっ!逃げたって無駄だぜ!レッドドラゴンとペガサスなら追いつける!よし、行くか!」
「あ、フェイ!その前に僕、降りるね!怪我、治してくる!」
「よし分かった!」
僕はレッドドラゴンの上で鳳凰を出して鳳凰に掴まって、そのまま地上を目指す。一方フェイは、レッドドラゴンに乗って、森の騎士達と一緒に逃げていく人達を追いかけ始めた。勇ましい。
「大丈夫ですか!」
地上に降りてみたら、思いのほか、怪我をしている人が多かった。うう、見ていて痛い……。
森の騎士も何人か、その石膏像のボディに傷を作っている。他にも、門を警備してくれている門番達も、腕を折ってしまっていたり、脇腹に大きな傷があって血が流れ出ていたり……。
すぐに描いて治さなきゃ、と思った、その時だった。
「トウゴー!そこ、退いて!この子がその人達、治してくれるわ!」
……カーネリアちゃんとフェニックスが、リアンと鸞に連れられて、やってきた!
「これでもう大丈夫よ!」
……カーネリアちゃんとフェニックスは、すごかった。
フェニックスは怪我した騎士達を見ると、そのつぶらな目から涙をこぼし始めた。その涙は傷ついた人達の傷に落ちると、みるみるうちに傷を治してしまったのだ。どうやら、フェニックスの涙には傷を治す力があるらしい。すばらしい!
それを見ていたリアンの鸞は、同じように傷ついた人に近づいていって、ちょっと泣き出す。……あんまり涙脆くないらしい鸞は涙をこぼすまでにちょっと時間が掛かっていたけれど、その涙が傷に落ちたら、やっぱり、その傷は治っていった。
……それを見ていた僕の鳳凰も同じように泣こうと頑張り始めたので、僕はその陰でこっそり玉ねぎを描いて出して、鳳凰達の横で玉ねぎを刻み始めることにした。
「よかったわ!この子の涙が役に立って!」
カーネリアちゃんは、ぽろぽろ涙をこぼすフェニックスをよしよし、とばかりに撫でつつ、にこにこしている。
……鳳凰と鸞も、泣いている。僕もちょっと、泣いている。あと、カーネリアちゃんもリアンも、涙が出ている。
ええと……こっそり急いで描いて出した玉ねぎは、その、ちょっと気合を入れて描きすぎたらしくて、その、大分、強力だったものだから……。
「リアン。ありがとう。カーネリアちゃん達も連れてきてくれて」
「ええ!あなたが教えてくれなかったら、私もこの子もお役に立てなかったわ!ありがとう!」
カーネリアちゃんは目が潤んだ状態だったけれどにこにこして、リアンの手をきゅっと握った。
「べ、別に俺は……ただ、フェイ兄ちゃんとトウゴがすごい速さで出てった、ってクロアさんに言っただけだし……」
そしてリアンも、玉ねぎの残滓を感じさせる顔でそう言って、ちょっと赤くなる。あっ、リアンが照れてる。よし。描いておこう。
……そういえば、そっか。今日も妖精カフェのウェイターさんはリアンだったから、僕らの様子を見ていて、クロアさんにも連絡してくれたのか。それで多分、お菓子屋さんに居たカーネリアちゃんや、お菓子屋さんの隣に家がある騎士達にも声が掛かって、彼らが来てくれた、っていうことなんだろう。ありがとう!
それから、フェイ達が帰ってきた。
「あー、くそ。駄目だったぜ。逃げられた」
「えっ」
騎士達も馬を着陸させて集まってくるけれど、皆、浮かない顔だ。
「いや、追い付いたんだよ。追いついたし、取り囲んだ。……けど、その途端に全員、靄みたいになって消えちまって……」
「も、靄……あっ」
僕は慌てて、風船を確認する。……風船は僕らの視線に気づいたように、ぱっ、と萎んで、そのまま地面にぱさり、と落ちてきた。逃げられてしまったらしい……。
「……この辺りにも結界、張っておけばよかった」
「いやいやいや、お前、そんなことしたらお前の魔力が流石に足りねえだろ……。町の中ならまだしも、ここ、町の外だぞ?」
うう……後悔先に立たず。
「ま、いいだろ。全くの収穫無しって訳じゃあねえしさ」
フェイはそう言いつつ、襲われていた馬車を覗き込んだ。
「よし。全員、無事だな!」
にんまり笑うフェイの視線の先には……馬車の中で縮こまって隠れていた人達が居た。
襲われていた馬車の人達を町まで案内すると、彼らは皆、口々にお礼を言って町へ散っていった。
「ええと、あの馬車は……」
「ああ、うちの町からこの森の町までの乗合馬車だったみたいだな。だから乗ってる奴らもまちまちだったし」
成程。そういう馬車が襲われたのか……。
「……何か、お金とか持ってたんだろうか?」
「いやあ……金持ちならわざわざ狭い乗合馬車なんて使わずに自前の馬車、使うだろうしなあ……基本的にああいうのに乗るのって、庶民だろ?金はそんなに持ってなかったんじゃねえかなあ……」
成程。ということは……。
「特に理由もなく襲われちゃった、ってことかな」
「あー……いや、分かんねえけどな?けど、まあ……あんまり、襲う理由がねえ馬車だよなあ……」
うん。そう思う。如何にもお金持ち!っていう馬車を襲うのは分かる。襲ってお金を奪ってやろう、って思う人だっているだろうから。
でも、お金を持っている人は基本的に乗らない、っていう馬車をわざわざ襲う理由って、あるだろうか?うーん……。
「不思議だ……」
「でもまあ、とりあえず人命救助には役立てたってわけだ!」
「うん。それはよかったよね」
フェニックス達が頑張ってくれたおかげで、怪我人も全員治ったし。うん。怪しげな人達は取り逃がしてしまったけれど、でも、人命救助はできたんだからよしとしよう。
僕らはそういう気持ちで、お会計を済ませずに出てきてしまった妖精カフェへ戻ろうとして……。
「……あ、あの」
声を、掛けられた。
振り返ってみると、そこに居たのは、長い銀髪に紫の目の女性だった。綺麗な色合いだなあ。
「お。あなたはさっきの馬車の……」
フェイが思い出したようにそう言うと、女性は頷いた。
「はい。先ほどの乗合馬車に乗っておりました。先ほどは助けて頂き、本当にありがとうございました」
丁寧にお礼を言われてお辞儀をされると、つい、僕もフェイもつられてお辞儀をしてしまう。
「……それで、あの、助けて頂いた上にお尋ねするのは申し訳ないのですが……」
女性はなんだか不慣れな様子で困った顔をしつつ……前置きして、僕らに聞いてきた。
「この森には精霊様がいらっしゃると聞きました。その、精霊様には、どちらへ行けばお会いできるでしょうか?」




