9話:森と村、そして壁*8
起きたら夕方だった。そのまま絵を描きに行こうと思ったら馬に運ばれて、リアンが待つ馬小屋まで運ばれてしまった。そしてそのままリアンは嬉々としてラオクレスを呼んできてしまって、僕は家へ連れていかれてしまった。……リアンまで!
その日はそのまま夕食を摂って、そのままベッドに入れられてしまったので寝た。
……代わりに、翌朝、日が昇らない内に目が覚めたらすぐ、絵を描きに行く。
今度こそは、門を完成させてやるんだ!
リベンジ、という気持ちで戻ってきた中央の建物は、なんだか、前回よりも見え方が違う。僕の心構えが違うからか、前回よりもずっとずっと、はっきりと輪郭が捉えられる、というか。
……だからイメージも、ずっとはっきり持てる。
北の門から見える景色は、なだらかな丘陵地帯。その向こうへずっと行ったら王都があるけれど、そこまでは見えないから描かない。
西の門から見える景色は、低木と茂みの景色。こっちの方にはレッドガルド領にある別の町が、遠く小さく見える。
南の門から見える景色は、草原。陽の光に照らされてさわさわ揺れる草の向こうには、やっぱり、小さく町が見える。
そして、東の門から見える景色は、畑。出来上がったばかりの畑や、その向こうにある草原、そして北寄りの向こう側にちょこっと見えるレッドガルドの町の景色だ。……こちらが東側だから、光が強い。
……こういうイメージを強く持って、僕は……建物に直接、絵を描いていく。
ちょっと狡い気もしたけれど、でも、こうすればいける気がした。
僕は、門に建物の外から革を貼って、そこに魔法画を描いていくことにした。
キャンバスの枠はこの門そのものだ。門の中にあたる空間に直接、向こう側の景色を描き込んでやるんだ。
……門は、大きい。レッドドラゴンが通れるくらいの大きさだから、当然、大きい。
だから楽しい。こんなに大きなキャンバスに、こんなに自由に絵が描けるなんて、思ってもみなかった!それに、魔法画ってやっぱり素晴らしい!手が届かないような高所にも絵の具を動かせるし、この面積全部を1人で一気に仕上げられる。僕の意思は僕が望んだとおりに筆先となって、絵の具をキャンバスに置いていく。
……これが楽しくない訳が無い!『こういう筆致にしたらいいだろうか』『こっちの色にしたらしっくりくるかな』って試行錯誤しながら、魔法で絵の具を操り続けて、ひたすら、描き進めていく。
流石に、全部描き終わるまで全部の絵の具を保持し続けられる体力は無さそうだったから、途中途中で絵の具を定着させつつ、そこに絵の具を重ねていくことにした。
僕が絵を描くのを見ているのは、龍と鳥とレッドドラゴンとアリコーンと鳳凰と管狐だ。大所帯。
彼らは魔法で宙に浮く絵の具を眺めて、なんとなくのんびり過ごしているらしい。僕を止めることも無く、ただ、僕が1枚絵を描き終わるまで、ずっと、黙って待っていてくれた。
……ただ、丁度、お昼になる頃。僕が丁度、1つ目の門の絵をあと1歩のところまで完成させて一息吐いた直後。
管狐が飛びついてきて体勢を崩して、そこを鳳凰に捕まってしまって、そのまま僕は運ばれて……龍がとぐろを巻いた中で鳥が何故か自慢げに待っているところに、ぽす、と下ろされてしまった。
更に、きゅう、と声がして、レッドドラゴンが翼を広げて僕の上にかけてきた。あ、これ、もしかして布団?
更にアリコーンも龍のとぐろの中に入り込んで、僕の隣で座って眠り始めた。管狐と鳳凰も潜り込んできて、眠り始める。
……これ、昼寝しろってことだろうか。
ちょっと抜け出そうとしたら龍に尻尾でお腹をやられて、その、例のごとく、お腹の中を弄られて大変なことにされてしまったので、大人しく眠ることにした。……龍は、ラオクレスよりも、手厳しい。
起きたら夕方だったけれど、体力は戻っていたから描く。
1つ目に描いた門は北だったから、次は西の門を描く。
2つ目の門だから、大分慣れてきていて、北の門を描いた時よりもずっと早く描き終わることができた。
そして西の門を描いたら、今度は食事を摂ることになった。……皆が色々持ってきてくれたから。
アリコーンはハムとチーズのパン。多分、ラオクレスから預かってきてくれたんじゃないかな。レッドドラゴンは焼いた肉を持ってきてくれたけれど、これ、フェイからだろうか。
鳳凰はタケノコのスープ。竹筒で作った入れ物に入れてあった。うん。美味しい。管狐は妖精作っぽいお菓子を運んできてくれた。……あ、妖精の新作だ。木苺味のマカロンだけれど、もしかしてこれ、壁のやつだろうか……。
龍はいつもの木の実をたっぷり。そして鳥は……お供え物一式、持ってきてくれた。パンと蒸かした芋と木苺のジュース。あ、でも、パンは半分ぐらい食べられてた。うん、お先にどうぞ……。
たっぷり食べたらまた眠くなってきてしまったので、寝る。また、龍のとぐろの中で皆に囲まれて寝る。あったかくて中々いいね。
寝て起きたら朝だった。次は南の門を描く。南だから、太陽の光で明るいイメージだ。草原の草の柔らかい光沢や、風に揺れている様子なんかを、逐一細かく描いていく。
……やっぱり、魔法画だからか、満足が行く出来になる。自分の技術が足りなくて表現しきれないことが、魔法画だとすごく少なくなる感覚だ。勿論、水彩画には水彩画にしかできない表現があるけれど、今やりたいのはどちらかというと重厚で写実的な描き方だから、やっぱり魔法画だとすごくいい。
描きながら、わくわくしている。描いている内に、あそこをこうしたい、ここをこうしたい、っていう考えがどんどん出てくる。そして、それを全部、つぎ込める。……楽しい。すごく。
そうして南の門も描き終わって、一回昼寝を挟んで、それから最後の東の門に取り掛かる。
東側は、畑がある方だ。あと、北東の方にはレッドガルドの町やフェイの家があるから、より一層、気を引き締めて描きたい。
他の門でだって妥協なんてしていないけれど、それ以上に、この門では妥協したくなかった。だから、誰かに言われるより先に休憩した。
……これに、ものすごく、驚かれてしまった。『ちょっと休憩するね』って言った途端、龍は目を見開いたし、アリコーンは翼をバサッとやって驚いていたし、レッドドラゴンは尻尾をばたばたさせたし、鳳凰は僕の深刻な体調不良を心配したらしくてすぐ僕の所に飛んできたし、管狐は僕の袖に潜り始めたし、鳥は『ん?』みたいな顔で首を傾げていた。
いや、その……すぐにでも描き進めたい気持ちはあるのだけれど、でも、最高の出来にしたいから。だから……もうちょっとだけ、我慢!
眠って、起きて、描き始めて、そこからはノンストップだ。ひたすら、森の外の景色を描く。
朝陽に照らされる景色。輝いて眩しくて、どこまでも空が続いていて……そういう景色を描いていたら、時々、ちょっとぼーっとした時に、もう門が森の外と繋がってしまったかな、と錯覚するくらいには、描き込みが進んできた。
それがまた嬉しくて、僕はひたすら、納得がいくまで絵の具を動かしていく。
……そうして、門が4つ、描き上がった。
時刻は夜だ。僕、丸ごと2日、絵を描いていたことになるのかな。ん?2日?いや、もしかしたら3日かな……?
……まあ、いいか。とりあえずまた、休憩だ。『休憩するね』と皆に伝えたら、また、それぞれが持ってきた食事を出してきてくれたので、それを一緒に食べる。食べたら……今度は、寝る。もし、僕が起きなかったら、明け方、日が昇る前に起こしてね、と龍にお願いしておいた。龍なら多分、起こしてくれるだろう。
朝は龍に起こされるより前に目が覚めた。目を開けて龍に挨拶したら、龍がちょっと残念そうな顔をしていた。……どうやって僕を起こすつもりだったんだろう、こいつ。
それから、龍のとぐろの中から抜け出したところで、僕が抜けた分寒くなって起きたらしい鳥が僕への抗議か、ばたばた羽ばたき始めて、それで他の皆も起こされる。
そうしたら皆にはちょっと退いていてもらって……僕は、部屋の中央に立つ。
仕上げは、ここから行うから。
4つの門それぞれを門の位置に直接描き込んだ時、起きる問題がある。
それは、4つの門それぞれが実体化するためには、視点が大切になってしまう、ということだ。
それぞれの門は真正面から見た構図で描いているから、ちょっとでも斜めから見たりすると、こう、門の向こう側じゃなくて、門に絵が張ってあるだけになってしまう、というか……。
……だから、4つの門全部にそれぞれまっすぐ向き合える、部屋の中央から仕上げを行う。
敢えて残しておいた部分がそれぞれあるから、それを全部、完成させていく。そして僕は……最後に、床にも、絵の具を乗せていく。
今、時刻は明け方。これから太陽が昇ってくる時刻だ。だから、東側の門からは光が差し込んで床を照らすだろう。南側も明るくなってくるはず。逆に、北や西は森の陰になる位置だから、あんまり明るくないんじゃないかな。
……そんなことを思いながら、太陽の光を描き込んでいく。描き込んで、描き込んだら……後は、待つだけ。
緊張しながら、待った。
また実体化しなかったらどうしよう、とも思う。
……フェイに言った気持ちは本当だ。レッドガルド家に、レッドガルド領の人達に、恩返ししたい。僕個人だって、フェイ個人にお世話になってる。その分だってお返ししたい。
それに、自分がどこまでいけるのか、確かめてみたい。古代の魔法で遠く離れた2点の距離をゼロにして繋ぐ、そういう魔法の門を作り上げてみたい。
色々な不安が頭の中をぐるぐるするけれど、それを抑え込みながら、僕はただ、待った。
太陽が昇って、森の東側を照らし上げて、そして……ここの絵に、現実が近くなる時を。
……そして、ぱちり、と。パズルのピースが嵌ったような、時計の針が00分を示したような、そういう感覚があった。
途端、僕の中でぐるぐる、魔力が動き出す。僕はそれに戸惑ったけれど、でも、意識して気を確かに保って、じっと、門の向こうを眺め続ける。
門の絵は、全部がふるふる震えていた。震えて、震えて……まるで地震でも起こっているかのように、景色全体が震えはじめる。
絵が光って、そこに魔力が走るのが分かる。……やがて、ぐるり、と世界が捻じれるような感覚があった。
そして、捻じれがふわりと広がって戻った時……絵に描いた光が、本物の光に変わっている。
恐る恐る、門に触れた。
けれどそこには、何もない。さっきまで絵が貼ってあった門には、もう、何もない。ただ……向こう側の景色が、あるだけ。
そう。畑が、見えているだけ、だ。
「……うわあ」
そっと、門の外に出てみた。すると、そこには畑が広がっている。農夫の人達が、口を開けてぽかんとしている。遠くにはレッドガルドの町が見える。ふわり、と吹いてきた風が、僕の髪をふわふわ揺らしていった。
……なんだか、胸がいっぱいになってしまって、また門の中へ戻る。するとそこは中央の建物の中。続けて南の門から出てみたら、さわさわと草原が広がっているし、西の門から出たら低木と茂みがある。北の門から出たらすぐ、丘陵地帯が広がっている。
「……できた」
できた。古代の魔法が、できてしまった。
絵に描いた門が、本物の門になった。それも、僕の絵が。
達成感に包まれて、僕は、皆を振り返った。建物の中でのんびり待機してくれていた彼らを振り返って、僕は、絵を描く間もずっと支えてくれていた彼らにお礼を言わなくちゃ、と思って、口を開いて……。
……その瞬間、すっ、と、まるで抜き取られるみたいに、意識が消えていく。あれ、と思っても体が動かなくて、僕はその場で倒れてしまった。
おかしいな、と思っている間にどんどん生き物達がやってきてくれて……。
……それを見ながら、僕は、目を閉じた。
うん。満足感に包まれながら寝るのは、悪くない。




