1話:魔法で描いた餅も美味い
ひらひら桜の花びらが落ちてくる中を小走りに先生の家へ向かった。
高校生になって1週間の僕は、環境が変わっても変わらず、先生の家にお邪魔している。
……ただ、その日は、呼び鈴を押しても返事が無かった。けれど、玄関のドアが開いていたから、そっと、中を覗いてみる。
「お邪魔します……」
僕がそっと中に入ると、奥の方から「どうぞー」という声が聞こえてきた。どうやら先生は居るらしい。そして、僕の侵入を歓迎してくれるらしいので、僕は遠慮なく、居間へ向かう。
……そして僕はそこで、先生を見つけた。
「……今、話しかけた方がいい?」
僕が話しかけると、ローテーブルに突っ伏していた先生は、のろのろと顔を上げて、神妙な顔で頷いた。
「是非、そうしてもらいたい。君は実に気が利くな、トーゴ」
先生は、元気が無かった。
「元気無いね」
「ああ。そうだな。元気が無い。これでも、君が来て多少、元気にはなったんだぜ。ちゃんと人間らしく座る程度には」
先生はそう言いつつ、よっこらしょ、と、ソファに座り直した。とりあえず、座る元気は出たらしい。よかった。
「お茶、淹れる?」
「本当に君は気が利くなあ。是非頼む」
それから僕は、お茶を淹れに行く。先生の家の台所は、もう慣れたものだ。何なら僕の家の台所よりも使っているかもしれない。ということで、僕は難なくお茶を淹れることに成功した。
「はい」
「ありがとう」
先生に緑茶のマグカップを渡すと、先生はそれを受け取って、中身をちょっと飲んだ。……一気には飲めない。僕らは猫舌なんだ。淹れたてのお茶なんて一気に飲んだら大変なことになる。
「……ええと、じゃあ、話しかけるね」
「よし。さあ来い」
それから僕は、先生に話しかける。……先生は、とにかく話してみた方が頭と心の整理ができる人だ。よく僕や壁に向かって話している。
ただ、先生みたいな人でも、それが上手くいかないことがあるらしくて……そういう時は、僕が話しかけることにしている。そうするとちょっとずつ話せるようになるんだ。僕もよく、先生にやってもらってるから、分かる。
「ええと……じゃあ、昨日の夜は何を食べましたか」
「昨日の夜……僕は何をしていたかな……ああ、昨日の夜食べたものはツナ缶だ。ツナ缶に醤油ぶっかけた奴をつまみにして、もらいもののアレを……」
先生は『アレ』を指さした。
それは、台所の隅っこの方に置いてある、お酒の瓶だ。
「……一晩で飲み干してやろうと思ったが、下戸には無理だった。結局、コップ一杯の途中で寝落ちした」
先生は滅多にお酒を飲まない、らしい。少なくとも僕が居る前では絶対に飲まないし、僕が味について聞いてみても、お酒について『酒ってもんはな、トーゴ。……その、アルコール分が無い方が美味いと思うぜ……』っていう本末転倒な感想しか来ないくらいには、先生はお酒を飲まない人だ。
そういう人が自棄酒しようとしたんだから、やっぱり昨日、何かあったんだな、と思う。
ちら、と、壁に掛けてあるカレンダーを見てみる。何か予定があったのかな、と思って。……けれど、カレンダーは真っ白だ。というか、先月のままだ。捲ってない。うん。先生はこういう人だ。
「……ツナ缶、美味しかった?」
なので結局、僕の質問はこういうことになる。
「ははは。ああ。そうだな。美味かったよ。ツナ缶ってのはなんでああ、美味いんだろうなあ……」
先生はツナ缶を思い出してちょっと元気が出た顔をしている。うん。悪くない質問だった。
「じゃあ、お酒は?」
「それを僕に聞くかい、トーゴ。まあ、君の予想する通りだと思うぜ。うん。僕はあれを美味いとは特に思わんなあ……」
先生はちょっと渋い顔をしてから……ふと、にやり、と笑った。
「……だが、まあ、自棄酒の体験はできた。自棄酒というには分量が足りなかった気もするが。しかしあれも立派な自棄酒だ。自棄酒というものを体験できたことは、僕にとっては意味のあることでだなあ……」
それから先生はまた、ちょっとぼーっとして、そして、戻ってきた。
「……うん。そうだな。悪くなかった。意味があった。そう思えるようになったぜ、トーゴ」
「それはよかった」
そういう先生は、いつもの先生だ。ちょっと疲れている様子ではあるし、ちょっと気怠げではあるけれど。
「それで、どうしたの?彼女にふられた?」
「おいおい、トーゴ。存在しないものにふられるってのは中々難しいことだと思うぜ?」
うん。知ってる。知ってて聞いた。
「じゃあ、仕事の人に怒られた?」
多分こっちだろうな、と思いながら聞く。……すると先生は、神妙な顔で頷きかけて……首を傾げた。
「怒られた、というのも何か違うが、まあ、概ねそんなところかな。見解の相違というか……いや、相手は相違していることに気づいていない訳なんだが……」
……なんだかややこしそうだ。僕も先生と同じくらいの角度で首を傾げると、先生は僕を見て、反対方向に首を傾げた。それを見て僕も反対に首を倒す。そうやっていたら、先生がちょっと笑いだした。
「君みたいな奴ばっかりだと、世界が平和なんだがなあ」
「そうだろうか」
僕ばっかりになったら……ええと、世界の危機だと思うけれど。
「君は、善良な生き物だ。他者の痛みを感じ取れるし、だからこそ、他者を不用意に傷つけるようなことはしない。傷ついている他者が居れば寄り添いに行く。他人は自分とは違う生き物だということを理解できている。……ああ。君みたいな奴ばっかりだったら、間違いなく、世界は平和なんだよ。トーゴ」
なんとなく、褒められているらしいので嬉しい。けれど、先生が悩んでいるみたいなので、それは苦しい。
「そうだ。僕ら人間というものは、1人1人異なる生き物であり、信条も優先順位も何もかもが異なる。完全に理解し合うことなど不可能だ。そして、どうせ分かり合えないのだから、互いの違いを許すことだ。許せないならせめて無関心でいること。それが僕の思う、最善の、世界を平和にする方法なんだが……」
先生はそう言って、深々と、ため息を吐いた。
「……まあ、そういう事を一切考えずにずかずかやってきて、相手にとっての『間違い』というものを全て変えようとする奴が、居るんだな。これが」
うん。居る。それは、分かる。
僕が教室で絵を描いていると引っ張って外に連れていこうとする人は結構居る。外は太陽が眩しすぎて嫌だったのだけれど、僕は外に居るべきだって考えている人は多かったし、そういう人達は、僕が『外が眩しいから』なんて理由で室内に居ようとすることを非難した。サボってる、とか、言い訳だ、とか、言われた覚えがある。
それから……多分、僕の両親は、そういう人だ。僕が絵を描いていることは彼らにとっては『間違い』だから、直そうとしてる。多分。
「いや、な?昨日はこの業界の『先輩』からご高説賜るありがたーい機会を頂いていたんだが、まあ、出るわ出るわ、高尚ぶるなだの小難しいことなんて扱ってもどうせつまらないだの低俗だだの意味が分からないだの、およそ相手の無知と感性の貧しさと知性の不足をひけらかすが如きお上品ぶってお上品ぶれていない罵詈雑言がだなあ……!」
……先生はそう言いながら、すごい顔をしている。うん。僕もちょっとそういう顔になりそう。
「こう、あいつらってのはまるで自分のもの以外の視点を持てないというか、自分以外の人間もものを考えていると理解できていないというか、視野が狭いというか、想像力が足りていないというか、頭が悪いというか……ああくそ、思いだしたら腹ァ立ってきたぜ僕はーッ!」
先生は勢いよくソファから立ち上がり、それから、すっ、と表情を失った。
そしてその場でぴょん、と一回飛び跳ねた。
着地してしばらく、黙って無表情のまま、天井と壁の間らへんを見つめて立っていた。
そして……数秒後、またソファへ戻ってきた。
……おかえりなさい。
「……すまん。取り乱した」
「うん」
先生の取り乱し方って、なんだか、こう……大人しい。いや、目の前に僕が居るからなのかもしれないけれど。
でも、先生は、少なくとも僕の目の前では、あんまり派手には取り乱さない。……派手に取り乱していたのは、今までで1度だけ。僕らが最初に会った時だけだったかな。
……まあ、あんまり取り乱さない先生が、大人しいながらも取り乱してるんだから、今回のは、よっぽど腹に据えかねたんだと思う。
「……まあ、そういう、理不尽かつ非合理な、不寛容の塊みたいな奴らが居てだな……これだから世界は平和にならんのさ」
けっ、と言わんばかりに、先生はそう言ってちょっとやさぐれた顔をした。先生は表情豊かだなあ。
「それで自棄酒?」
「まあ、そうだな。うん。平和にならない世界を憂えて。理不尽への怒りを湛えて。あとついでに折角だから自棄酒でもしてみるか、という動機で」
先生は深々と頷いて……それから、マグカップの中のお茶を、ぐび、と飲む。それを見て僕も、僕のカップに入れたお茶を飲む。
「……緑茶だけ飲んでいると、茶菓子が欲しくなるな」
そして、お茶を飲んでいた先生が立ち上がって、台所を漁り始める。先生のことだから、貰い物のお菓子とかがあるんだろう。多分。
「すまん。すぐに出せるものがこれしか無かった」
そして出てきた物はお菓子じゃなかった。……ちりめんじゃこだった。先生はちりめんじゃこを小皿に乗せて戻ってきた。茶菓子というには、ちょっと、こう……渋いね。
「貰い物?」
「ああ。一応、高級品らしいぜ。詳しくは知らんが」
「うん。美味しい」
ちりめんじゃこをちょっとずつつまみながら、僕は緑茶を飲む。じゃこの強めの塩気で緑茶の甘みが引き立つ気がする。後味がほんのり甘い。うん。悪くないね。
「成程な。美味い。高級品だから美味いのか、ちりめんじゃこは安物でも美味いのか、その区別は僕にはつかんが……」
安いのと高いのと並べて食ってみたら違いが分かるだろうか、と先生は腕を組んで悩む。……ちなみに先生は以前、高い卵と安い卵を食べ比べて『ほとんど違いが分からん!』とやったばっかりだ。うん。
「……先生、元気になった?」
急須にポットからお湯を注ぎつつ聞いてみたら、先生はちりめんじゃこから顔を上げて、目を瞬かせて……それから、苦笑した。
「ああ。大分元気になった。君のおかげだ。ありがとうな、トーゴ」
「うん」
先生が元気になったなら何よりだし、僕がお役に立てたなら何より。
「……じゃあ、もう怒ってない?」
僕がそう聞いてみると、先生は……気まずげな顔をした。それから、急須にお湯を注いで、またお茶を淹れて……それから、言った。
「……怒っていない、と言うと、嘘になる」
……そっか。
「その、勿論、君に対して怒ってる訳じゃない。いや、君は自分以外に向かっている怒りについても自分のことのように感じてしまう性質なのは知っているんだが。何なら僕だってその気はあるんだが……」
先生は僕に対して、ものすごく気を遣ってくれる。それがちょっと申し訳ない。
「その、僕は大丈夫だよ。怒ってるなら怒っていいと思う」
僕がそう言うと、先生は、へにゃ、と、ちょっと情けない顔をする。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「どうぞ」
今日は珍しく、立場逆転だ。僕が聞く側。先生が言う側。こういうのもたまにはいいよね。
「あのいかれポンチめ、許さんぞ……絶対に許さん……。箪笥の角に足の小指を毎日ぶつければいい。うっかり左右違う靴下をはいて出かけろ。そして会食の場が畳の座敷で靴下の違いが発覚したりすればいい……。あと買って帰ったポテチの袋を開けようとして勢い余って全部ぶちまけろ……そしてベッドの下とかから数か月前のポテチが発見されたりしろ……あーくそ、お茶が美味いぜ!」
先生は緑茶を啜りながら、怨念の籠った声を上げている。元気になっても恨みは恨み、らしい。ただ、内容は僕に配慮してか、ちょっとマイルドなかんじになっている。
ちょっとマイルドな怨嗟の言葉をぶつぶつ言っている先生を眺めて、緑茶を啜って、ちりめんじゃこをつまんで、またポットから急須にお湯を注いで……ふと、僕は思った。
「……むずかしいね」
「ん?流石にベッドの下から数か月前のポテチが出てくるのは難しいか?」
いや、そこじゃなくて。
「分かり合えないから許す。許せないなら無関心でいる。……そういう方針なら、先生、そのいかれぽんちさんを怒っちゃいけないんじゃないだろうか」
「でも、むずかしいよね……」
嫌なことを言ってくる人を許すのって、難しいと思う。何なら、無理じゃないかな、とも思う。
先生がどう思おうと、相手は嫌なことを言ってくるんだろうし。だとしたら、先生はそれに対して、ずっと嫌な思いをしなきゃいけないんだろうし……でも、かといって、許さないのは、なんか違う気もするし……。うーん。
……ふと気づくと、先生は、黙っていた。嫌な沈黙じゃなくて、『まさかそれを言われるとは』みたいな、してやられた、みたいな、そういう顔の、そういう沈黙。
そして先生は、ほう、と1つ息を吐いて、それから、少し嬉しさが滲み出した顔で、言った。
「……本当に君には驚かされる。実はそれが僕の昨夜の自棄酒のテーマだったんだよ、トーゴ」
「寛容でいることが善だとするならば、不寛容に対しても寛容でいるべきなのか、ってね」
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第六章:やさしさの壁
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……季節は、春。初夏の香りがちょっぴりするかな、という頃。
僕は、ライラに魔法画を教えてもらっている。
「そう。そうやって、魔石を動かすのよ。粉にしても、魔石は魔石だわ。だから、水を流すような感覚で……」
けれどこれが、すごく難しかった。元々、魔法の制御は上手くない。だからフェイに漏れてるとか言われてたわけだし……。
今、僕は単色で絵を描いている。白い紙の上に木炭の粉で。
……魔法画の画材って、魔石の粉、らしいんだけれど、練習用には魔力のある木を使って作った炭の粉を使うらしい。これが一番安いんだって。
「あと、よーく、描くものを想像するの。細部まで。頭の中に絵が描けてなきゃいけないのよ」
「うん」
「魔法画ならデッサンの練習が要らないって勘違いする人、多いのよね。嫌になっちゃう。……魔法画こそ、デッサンは必要よ。物の形が全部自分の頭の中に無いと、何も描けやしないんだから」
そっか。なら、形を完璧に把握できていて、はっきりとイメージできるもの……。魔力の制御が上手くいかない僕でも、なんとか形がとれるもの……。
「……これ、何?」
「餅……」
「もち……?」
うん。魔法で描いた餅。
僕は肩で息をつきながら、なんとか、餅の絵を完成させていた。
……そして、僕の魔法画第一号は、実体化した。
あっ……。
「なるほどね。変だと思ったのよ」
「ごめん……隠してたわけじゃ、ないんだけれど」
それから僕とライラは並んで餅を食べながら、僕の魔法について話す。
要は、絵に描いたものが実体化する、っていうことについて。そして、魔法画は初めてだから、魔力の制御が上手くいっていなくて、描いたついでにそのまま実体化してしまったらしい、ということも。
「……ま、いいわ。これ、美味しいわね」
「うん」
ちなみに、ライラは餅が気に入ったらしい。それはよかった。
「……ええと、あんた、体調は?すごく疲れた顔してるけど」
「うん……すごく疲れた」
けれど僕は、慣れない方法で餅を出したからか、はたまた魔法画自体で疲れてしまったのか……とんでもなく、疲れた。
あと、ちょっと、まだ出来栄えに納得がいかない。餅の、というより、魔法画自体に。
……まあいいや。もう一回もう一回。
「ねえ、一回休憩したら?」
「うーん……もうちょっとやってから」
魔法で描く絵は、中々思い通りに行かない。絵の具を操る時点で相当難しい。けれど、それが楽しくもある。
「あ、駄目だ。直線がぶれる……よしもう一回」
「ちょ、ちょっと。そろそろ休憩しなさいって」
「うん、も、ちょっと、やって、から……」
「息切れしてるじゃないのよ!ああもう、駄目だわ、これ!ラオクレス!ラオクレスー!トウゴを持ってって!駄目だわ!こいつ、駄目だわ!」
……そうして数回挑戦した結果、僕は、ラオクレスにつまみ上げられてハンモックまで運ばれてしまった。そこで鳳凰と管狐に布団になられてしまって、そのまま眠くなってしまう。
やりたいことは沢山あるのに、体力が無い。農作業をやって、魔法画の練習をちょっとやったら、それで体力が尽きてしまう。それが悔しい。けれど、それでも楽しいんだ。これでもいいか、って思ってしまう。……なんだろうなあ、これ。
……起きたらまた、魔法画の練習の続きをやろう。
そう考えながら、僕は管狐の尻尾をアイマスクにされつつ、昼寝することになってしまった。
……翌日も、練習の途中で昼寝させられてしまった。
その次の日も、途中で昼寝。
昼寝。昼寝。昼寝!
「あの、そろそろ昼寝しないでやりたいんだけれど……」
そして今日もラオクレスにつまみ上げられてしまったので、僕は抗議の声を上げる。遺憾のい。抗議のこ。
「やめておけ。今も熱っぽい。知恵熱だろうが……」
けれど、ラオクレスはそう言って、僕の額に触れたら、大きな手がちょっとひんやりして気持ちよかった。つまり、これ、発熱してるのか。
……えっ、僕、魔法画をやる度に知恵熱が出るの!?
「……フェイに聞いたが」
うん。
「お前は急激に魔力が増えただろう」
……うん。唐突に精霊になってしまったから。急激に増えてしまった。
でも、だからこそ、僕は魔法を使えるようになったのだと、思う、のだけれど……。
「……その魔力に、体がついてきていないらしい」
……う。
「そもそも、精霊の魔力など、人間には大きすぎる。それを使うだけでも相当な負荷になるだろう。それに使い慣れている魔法を使うならまだしも、魔法画は駆け出しだろう」
「じゃあ、どうすれば……」
「どうしようもない。体力も魔力も一度に使えばこうなるのは当然のことだ。……そもそも、見たところお前はそれほど体が強くないように見えるが」
はい……。
冬になるたびに2回くらいは風邪を引く性質だよ。今年も引いたけどさ。いや、あれは嵐を浴びたからだけれど……。
しょんぼりして頷くと、ラオクレスは苦笑しながら僕をハンモックの上に乗せた。
「なら、そうそう簡単に体質が変わるわけでもないだろう。……魔法画の練習がしたいなら、しばらく農業の方は休んだらどうだ」
「でも、今が種まきの季節らしいんだよ」
……農業の方だって、興味はある。色々やりたい気持ちはある。けれど確かに、農業の方をもうちょっと軽くした方がいいかな、と思う気持ちはある。……どのみち、僕らだけで僕らの分の食料を作ろうとすると、人手が足りないんだ。
ここで僕だけ仕事を放りだしたら森のご飯になる作物が作れないし、そうなると森のご飯が減って困るし……。
「なら諦めて昼寝しろ」
「……うう」
「或いはいっそのこと、作物が実った畑を描いて出してしまったらどうだ?」
……あ、それでもいい気がして来た。でも、それにはまず、一度は実物を見てみなきゃいけないだろうし、そもそも、そんな絵を大量に描くことになるなら、魔力をちゃんと動かせるようにならなきゃいけないし、魔法画の練習が必要だろうし、でも、魔法画の練習をする前に体力が尽きてしまっていて……。
「……聞いておいてなんだが、今は考えていないで寝ろ」
あ、はい。寝ます。おやすみなさい……。
そんな、ある日のこと。
「おー、結構でっけえ畑だなあ」
僕らが農作業をしていたら、フェイが遊びに来た。レッドガルドの街のほうから真っ直ぐ森に来ると、この畑の横を通るから。
「珍しいね」
大抵、フェイは午後に遊びに来る。要は、フェイも午前中は色々忙しいんだと思う。けれど今日は、午前中だ。珍しい。
「ああ。ちょっと畑を見に来たからな」
……ますます珍しい。何か、あったのかな。
僕が不思議に思っていると、フェイは唐突に、言い始めた。
「なー、トウゴ。突然なんだけどさあ」
うん。
「お前、農夫、雇う気、ねえか?」
……えっ?




