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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
第五章:浮島が浮く湖がある大陸より愛をこめて
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20話:藍色の世界

「そりゃお前、土台ができたんだろ」

 フェイに相談してみたら、そんな答えが返ってきた。


「土台」

「そ。家が無きゃ、冒険には行けねえもんだろ?」

 ……なんか、先生も前、同じようなこと、言ってた気がする。


 多分、僕の中には浮島がある。

 それは、僕自身だ。僕しか知らない僕が作り出した僕の場所であり、僕自身でもある。そういう感覚。

 どこにも属せない僕はぷかぷか浮かんで、でも、それは決して、嫌なことじゃ、なかった。

 孤独は気楽だ。誰にも理解される必要が無くて、誰にも傷つけられずに済んで……それは僕が生きているために必要なことだったと思う。

 だから僕は、浮島だ。ふわふわ何処かへ流れていきそうな、それでいて、どうせ何処かへ流れても誰も困らないような、そういう。

 ……けれど、いつの間にか、浮島は虚空じゃなくて、湖に浮かぶようになったような気がする。

 水は僕をゆったり受け止めてくれたし、時々波を立てては楽しませてくれる。浮島を守ってもくれるし、『ここで浮いていていいよ』って言ってくれる。

 そうして、浮島が水の上に浮かんでいることを実感したら……湖の周りの広い広い大地が、見えるようになってきた。視界が開けて、色々なものが見えて、冒険に出たくなる。

 多分、これが、フェイの言う『土台ができた』ってことなんだろう。

 僕はここに居る、っていう感覚があるし、ここに居てもいい、っていう感覚もある。……すごく、不思議なかんじだけれど、そう思うのだからしょうがない。


「つまり、トウゴがこの世界に慣れた、ってことか?」

 ええと……うん。そうかもしれない。僕、もうこの世界にすっかり慣れてしまった。森暮らしは楽しいし、絵に描いた餅が餅になるのもお馴染みだし……あと、人が妙に僕に優しいのに、慣れてしまった。

 フェイは明るくてさっぱりしてて、僕みたいなのを面白がって面倒見てくれるし、ラオクレスは落ち着いていて、僕が困っている時にさっと導いてくれる。

 クロアさんは僕が知らないものをたくさん持っていて、教えてくれる。リアンとアンジェは……なんだろう。純粋に懐いてくれているのが、嬉しい。小さい体で色々なことをやっているのを見ると、僕もわくわくしてくる。そしてライラは僕と同じものを、僕と違う視点で見ている人だ。だからこそ、色々な事を教えてくれる。

 ……皆、優しい。人だけじゃなくて、鳥も馬も優しいし、管狐だって鳳凰だって龍だって、本当に皆、優しい。

 それに慣れてしまうのは……その、少しだけ、怖い。温かい場所から寒いところへ出たら、余計に寒さが身に沁みるっていうのは、よく知っている。一度好きになったものが無くなってしまうのはとても辛いって、僕はもう、知っている。

 もし、浮島が浮かんでいる湖の水がすっかり消えてしまったら、その時僕はどうなるんだろうか。また空中にふわふわする浮島に戻るんだろうか。それとも、消えてしまった湖の底に転がったまま過ごすんだろうか。

 ……いいや。考えないことにしよう。大事なものを失うことなんて、もう考えたくない。

 今、ここで、支えられてるっていうことだけ考えていよう。

 いずれ来るかもしれないことは、その時に考えよう。それから……いずれ来るかもしれないことができるだけ来ないように、頑張ればいい。隠したり、守ったりして……。




「なんつうかさ。お前、結構変わったよな」

「……えっ」

 不意に、フェイにそう言われて、僕はちょっとびっくりする。

「な、何が?」

「ん?……顔とか?」

 かお……?え、顔、変わった?整形とかしてないんだけれどな。ええと……。

「俺は嬉しいぜ?なんつうかお前、最初に会った時よりもにこにこしてるようになったし」


「最初、むすっとした顔してただろ。お前」

「……自分の顔は見えないからよく分からないんだけれど」

「ん?そっか。まあ、してたんだよ。ぶすっ、というか、むすっ、というか、しーん、というか……それが、絵を描く時には、こう、にこにこキラキラしててさ」

 フェイは思い出すようにそう言う。……そういえば、彼と出会ってから、もうすぐ1年くらいになるのか。早いなあ。

 最初にフェイと会った時から、確かに僕は随分変わった、かもしれない。

 最初にこの世界に来た時は、1人で絵を描いている分には誰にも迷惑を掛けないから、って思って絵を描いてた。けれど今は、絵を描いていていいよ、って許されながら、何なら望まれながら、絵を描いている。……とんでもない変化だ。にこにこキラキラとやらもするよ。うん。

「それでさ、俺、トウゴは好きなもんに触れてる時ににこにこするんだな、って気づいたんだよ。絵とか、ハムとチーズ挟んだパンとか。……で、今はお前、絵を描いてる時じゃなくても、パン食ってなくても、俺とかラオクレスとか、クロアさんとか、リアンとアンジェとか、ライラとか……まあ、あとは馬とか鳥とかと一緒に居る時も、にこにこしてるだろ」

 ……してるんだろうか。そんなに僕、にこにこしてる?どちらかというと、無表情な方だと思っていたんだけれど……そうか。そんなに変わったのか。僕。

「俺はそれが嬉しい!お前が俺を気に入ってくれたのも嬉しいし、それ以外でもにこにこするようになったのが嬉しい!」

「……それはどうも」

 なんというか、面と向かって言われてしまうと、複雑な気分だ。ちょっと恥ずかしいような気がする。……僕、もうちょっとむすっとしていた方がいいだろうか。

「要は、俺達とか、この森とかが、お前の家になったんだよな?だからお前は安心して、冒険に出られるようになったってことだろ?いいことじゃねえか!な!」

 ……けれど、フェイにそう言われてしまうと、なんだか、こう……照れくさいし恥ずかしいのだけれど、頷くしかない。

 そうだ。僕は、冒険に出られるようになった。色々なことをしてみたくなって、色々な場所に出かけてみたくなってる。

 それは、ちゃんと家ができたからだ。浮島が空中をふわふわするんじゃなくて、どっしりと、柔らかい水に支えられるようになって、それで周りの大陸が見えてきたからだ。

 それは、本当のことだから……多分、これでよかったんだ。




「……あ、これ、マズローの3段目、かなあ」

「ん?なんだそれ」

 考えていたらふと言葉が出てきてしまってフェイが反応したので、僕はざっと、五段階欲求説を説明した。

 そして改めて、僕自身でも考える。

 マズローの5段階欲求説の、3段目。所属と、愛の階層。それが満たされると承認の欲求になるし、承認されたら、自己実現したくなる。

 僕はこの世界に所属して、それから、ええと……その、あの、愛して、もらってる。すごく、ありがたくて、申し訳なくて、ちょっと照れくさいことに。

 だから、なのかもしれない。だから僕は、評価なんてものが欲しくなってしまったし、僕の絵を見て好きだと思ってくれる誰かのために、絵を美術館に飾っておきたくなってしまった。

 ……そして、それがちょっと満たされた今、僕は、なんだか色々なことがやりたくなってしまっているんだ。

 そうか。そういうことだったのか。自分の状態に納得がいって、余計に楽しくなってきた。

 成程。こうなるのに評価とか、その、愛、とかが必要だっていうのなら……確かに、必要なんだろう。今、僕、すごくいい状態だから。

 ……所属して、愛してもらって、評価までされるっていうことがこんな事だなんて、思いもしなかった。くすぐったくて、暖かくて……元気が出る。すごく。今までにないくらい、元気が出ている。

 うん。そうだ。僕、すごく元気だ。冒険に出たい。色々なことをやってみたい。それこそ、絵に限らず、色々なことを。こんなにも世界の広さが嬉しかったことは無い。

 ……これは、土台ができたから、なんだ。

 1段目から4段目までが、できたから。僕には、僕が帰る家があるから。


「……フェイ」

「ん?どうした?」

 フェイの顔を見上げると、フェイは僕を見てにんまり笑っている。その顔を見ているのはなんというか、ちょっと気恥ずかしいのだけれど、でも、やっぱり言うのって大事だと思うので。

「その、ありがとう」

 何が、とは言えなかった。言っていったらキリが無いし、それを言葉にする技量は、僕には無い。『いつか、貰ったもののお返しをしたい』って言う自信も、僕には無い。

 貰ってばかりで、返せないと思う。きっと。……だから、これはまだ、言えない。

 ……けれどフェイは、にやりと笑って、僕の頭をわしわし撫でた。

「おう!いいってことよ!……楽しみにしてるからな!お前が色々やってくれるの!」

 多分、伝わった。全部じゃないだろうけれど、欠片だけでも、何かが伝わった。それが嬉しくて、僕もちょっと、にやにやしてしまう。

「よーし、いいぜ、トウゴ。そうやってにこにこしてろよな!」

「うん……」

 にこにこしようと思わなくたって、どうせにこにこしてしまうと思う。だって、僕には帰る場所があって、そこで支えてもらえて、だから僕は冒険に出られて……それが心底楽しいんだから!




 その夜、色々なやりたいことをひたすらリストアップしていった。

 色々な場所に行って絵を描いてみたい。色々な人の絵を描いてみたいし、色々なものの絵を描いてみたい。

 彫刻もやりたい。デザインにも少し興味がある。やってみたい。あと、テキスタイル。ライラが藍染めをやっているから、そっちにも興味が出てきてしまった。

 工作もしてみたいな。芸術にまでいかないようなやつでもいい。ただひたすら、木の欠片を丸っこくなるまで磨き続けてみたいし、金属の板を鏡になるまで磨いてみたい。それから筆記具とか画材とか、自分で作ってみるのも楽しいかもしれない。竹のペンとか、存在は知ってるんだ。作ってみよう。

 それから、それから……目指す第一歩は、魔法画だ。


 僕、描いてみたいものがある。

 それは……王城にあった壁画みたいな、ああいう、大きくて壮大な絵。

 僕、ああいうのを描いてみたい。

 けれど、いざ、壁を前にしても何も描けないかな。そもそも壁を用意しないといけないから、建築から始めないといけないのかな。

 幸い、建築物は描けば出る。じゃあ、どういう建物を建てるかも考えなきゃいけないし、そのデザインもしなきゃいけない。

 そして何より、そこに描く壁画だ!ああ、何を描こう?広い広い壁に、大きく壮大に絵を描けるとしたら……描きたいものがありすぎて、どうしようもない!

 ……結局、僕はその日、ほとんど眠れなかった。

 やりたいことも作りたいものも行ってみたい場所も、あまりにも多すぎて、一晩じゃ足りなかった。

 窓の外を見て夜明け間近になっていることを知って、慌ててベッドに潜り込んだのだけれど……。

 ……窓の外は、藍色の濃淡だけで描かれたみたいな、そういう景色だった。空は藍色で、草木の影は黒に近い藍色。微かに白む空の端っこは薄い藍色で、その光に照らされたものが、少しだけ、色づいて見える。……そういう景色だ。僕がライラから貰った絵の具で描いたみたいな、そういう。

「いい景色だなあ」

 ひんやりしたような色の景色を眺めて、僕はまた、わくわくし始める。

 ……藍色は、これから始まる世界の色だ。そんな気がする。




「ということで、そろそろ魔法画を本格的に教えてほしいんだけれど……」

 翌日。僕は当然のように寝不足気味だった。けれどとりあえず、ライラに相談する。第一歩の為にも、まずは本格的に魔法画の練習をしなくては。

 ……けれど。

「えっ、あんた大丈夫なの?魔法画って、結構、魔力使うのよ?」

 ライラはそう言って……僕の顔を心配そうにのぞき込んだ。

「その、無理はしちゃ駄目よ?魔力もそうだけれど、体力も使うわ。なんていうか、集中するからかしら。小さなキャンバス1枚分でも、描いたらもうそれ以上動きたくない、みたいな状態になるし、大きめの絵なんて、描いたら数日は魔法画なんて描いてらんないし……あんた、農業で体力、使い果たしちゃうでしょ?その後で魔力も体力も使って、大丈夫なの?」

 ……ええと。

 駄目、かもしれない……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 絵を描く為に建物を出す やることがビックですね。日本人なら場所を確保する為に小型化を目指したりコンパクトな収納術を編み出したりしそうなものですが、絵を描く壁の確保の為に建物ごと壁を増やす。そ…
[一言] ラオクレスブートキャンプでふわふわムキムキになりましょう!
[一言] 城塞都市じゃなくてキャンバスだこれー?! いままでいくら無欲だったからって、流石に欲望がぶっ飛びすぎですよ精霊様!
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