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今日も絵に描いた餅が美味い  作者: もちもち物質
第五章:浮島が浮く湖がある大陸より愛をこめて
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19話:広い広い大地へ*6

 すっかり春になった。朝夕は冷え込むけれど、日中、日差しがあるところは大分暖かい。特に、日光が差し込む窓辺なんか、ぽかぽかしていい具合だ。僕は、昼寝する時は専ら、そういうところで昼寝することにしている。

 ……うん。昼寝だ。僕が昼寝するようになった。

 前は、絵を描くために昼寝どころか夜寝だってしてなかったのだけれど、最近は……その、体力が無いせいで、昼寝する羽目になってる。

 僕、畑仕事を手伝い始めたから。


 結局、畑は森の外に作ることになった。なんというか……森の中の環境をライラがそのままにしておきたがったことと、何より、森の中って木が多いから、耕しにくいんだ。だから、森の端っこから徒歩1分くらいの平地に畑を作って、そこで作物を作ってる。

 森の真ん中からだと、馬で40分くらい。結構かかるけれど、しょうがない。通学みたいなものだと思えば、まあ。

「ちょっと。無理しないでよ?」

「してないよ」

 ライラ1人で畑を耕させるのはあんまりだから、流石に僕も手伝うことにした。力が必要なところはラオクレスがやって、それ以外の所を僕とライラとリアンでやっていくかんじだ。

 クロアさんとアンジェがお昼ご飯を作って待っていてくれて、僕らは畑から帰ったらお昼ご飯を食べて……午後はそれぞれ気ままに過ごしている。

 僕やライラは絵を描いているし、リアンは馬の世話をしたりアンジェと遊んだりしているし、ラオクレスは暇さえあれば鍛錬に励んでいるし……あと、僕やライラを時々つまみ上げて連れていく係。うん。

 ただ、僕は……情けないことに、あんまり体力が無いものだから、農作業をすると絵を描く前に疲れ切って眠くなってしまって、昼寝するようになってしまった。特に、森の結界のメンテナンスとかが重なると、もう駄目だ。寝てしまう。魔力切れっていうことじゃなくて、本当にただ、すやすやと。

 ……なんというか、自分の体力の無さが恥ずかしいのだけれど、こればかりはしょうがない。体力がついてくるまで、もうしばらくは毎日昼寝することになるんだろうな。


 ……そして、ライラの家の隣の、例の種を蒔いた畑は、見事に成長した草が生い茂っている。

「……これ、何の植物なのかしら。食べ物、なのかしら」

 ライラは葉っぱの一枚を指先でつつきながら、首を傾げる。

 生えてきた植物は、何とも不思議なものだった。

 成長がすごく早い。種を蒔いて1か月でもう、わさわさだ。……これ、本当に何の植物なんだろうか。

「もしかして、この森で育てると植物が早く育ったりする?」

「え、いや、それは知らない……」

 ……可能性が無い訳じゃないけれど、僕はそれは知らないので何とも。ええと、そもそも、この森で普通の植物を栽培してみたことがないし。

「ま、まあ、それはいいけれど……やっぱりこの植物、見たこと無いわね。薬草かもしれないけれど……」

「食べてみる?」

「……先に図鑑で調べるとか、あるでしょ」

 そっか。うん、まあ、そうだよね。先走った。


 それから僕は葉っぱを1枚持ってフェイの家まで行って、植物図鑑を見ることになった。ライラは来てない。フェイの家に行くのはちょっと気後れするらしい。……そ、そっか。僕は遠慮せずに行ってしまうのだけれど……僕も遠慮した方がいいだろうか。うーん……。

「へー。あの草、もう生え揃ってんのか。早えな」

 けれどフェイは僕が遠慮しなくても特に何も気にしていない。僕よりも葉っぱに興味津々だ。

「うん。びっくりした。もしかしたら森のせいで成長が早いのかもしれない、ってライラが」

「あー、成程な。うん。お前の森だと、それ、ありそうだよな……」

 本当にびっくりした。まるでタケノコみたいな成長速度だ。……あ、ちなみに本家タケノコは今日も元気な馬達に掘り起こされてスープの具にされているし、竹の実は鳳凰と鸞のおやつになっている。

「それにしてもこれ、一体なんだろうなあ。何か心当たり、あるか?」

「ええと、成長速度から見るに、竹……?」

「いや、そりゃねえだろ……」

 成長速度だけ見ると、竹だよ。竹。けれど、ライラの草は全然竹っぽくない。もっと草だ。赤みがかった茎に、ちょっと細めの葉。葉っぱは柔らかくて、まあ、茹でたりしたら美味しい気もする。まだ食べてないけれど。

「ま、いいや。うちにある図鑑、好きに使っていいぜ!」

「うん。ありがとう」

「ただ、汚すなよ?ほらトウゴ。お前、手、汚れてんぞ」

「えっ」

 フェイに言われて手を見ると、本当だ。手に色が付いていた。何だろう、これ。

「青い絵の具か?」

「うーん……?」

 手に付いている色は、薄く青い。なんというか、青のインクを触ってしまった時に似てる。

 ……先生は書き物をする時、黒よりもブルーブラックとか青とかのインクのボールペンを好んで使っていたんだけれど、あれが先生の手に付いてしまった後、こすれて薄くなったりするとこういう色になってた。

「今日、まだ絵の具に触ってないんだけれどな」

 けれど、僕は今日、ボールペンは勿論、絵の具にも触ってない。朝起きて、ご飯を食べて、農作業して、それから葉っぱを眺めて、フェイの家に来た。だから、手が青く汚れるタイミングって無かったと思うんだけれど……。

「……あ」

 もしかして、と思って、葉っぱを見る。

 僕が、図鑑で調べるためにライラの畑から1枚摘ませてもらった葉っぱだ。

 その葉っぱの、茎の切り口を見てみたら……。

「やっぱり」

 葉っぱの切り口から、青い汁が滲んでいた。




「ということで、これ、藍だと思う」

「……あい?」

「うん」

 帰って、ライラに説明する。フェイに借りてきた図鑑を見せながら。

「藍色の材料だよ。これで染め物をしたりする」

 僕は、摘んだ葉をちょっと潰して、紙の上に指を滑らせる。……すると、紙が緑色に染まる。

「……緑色ね」

「うん。もうちょっと待って」

 紙をぱたぱた振って空気に触れさせてみると、緑色は徐々に青く変わっていく。

「……わあ」

 ライラは、現れた青を見て、目を見開く。

「すごく、綺麗……」

「うん」

 ライラはしばらく、紙の上を見ていたのだけれど、すぐ、我に返ったように顔を上げた。

「こ、これ、布にも使える!?生の葉っぱをそのまま使って染め物をするのかしら!?」

「いや、僕も詳しくないから……」

 どうなんだろう。藍染めって、でも確か、葉っぱを発酵させたりするんじゃなかったっけ。うーん。




 借りてきた図鑑にちょっとだけ、藍の使い方が載っていたのだけれど、案の定、乾燥させたり発酵させたり大変そうだったので、生の葉っぱだけでできるやり方をやってみることにした。

 葉っぱを少し刈り取ってきて、茎と葉っぱとに分ける。それから、葉っぱを布の袋に入れて、水の中で揉む。ひたすら、揉む。

「……結構、色が出てくるわね」

「うん」

 生の葉っぱを揉んだだけなのだけれど、水が緑っぽくなっている。……けれど、藍色にはならない。

「え、ええと……とりあえず、入れてみるわ。えい」

 それから、ライラは白いハンカチをポシャン、と水の中に入れる。そしてそのまま、ぐるぐる、とかき混ぜて……。

「……緑っぽい水色、かしら」

「浅葱色だね」

 取り出されたハンカチは、見事、浅葱色に染まっていた。


 それから何枚か、ライラが布を染めていた。……染まった布は干しておくと、色が段々変わってくるらしい。最初は浅葱色だった布も、その内、薄い藍色に変化していく。面白いなあ。

「……思った色にはならなかったけれど、これはこれで綺麗だわ」

「うん」

 すごく綺麗な色だ。明け方の空みたいな色。薄青で、ちょっと涼しい色。見ているとちょっと嬉しくなってくる。

「母さんの形見の服の中に、藍色の服、あるの。それはもっともっとずっと濃い色なんだけれど……でも確か、ハンカチとかだと、これくらい薄い色のやつも、あったわ」

 ライラは染め上がったハンカチを抱きしめるようにして、ちょっと嬉しそうな顔をした。

「……私の父さんが染め物をやってたって、母さんから聞いたことがあるの。私は父さんに会った事、ないんだけど……」

 ライラは空を見上げて、呟く。

「父さんもこの植物で、染め物、してたんだわ。きっと」

 ライラの表情は、なんとも晴れやかだった。新しく宝物を見つけた時みたいな、そういう顔で……これから冒険に出る旅人みたいな、そういう顔でもあった。


「それにしても……あんた、よくこんなの、見つけたわね。載ってるの、図鑑の隅っこの隅っこじゃない」

 それからライラは、僕に図鑑を示して見せる。

 うん。藍を図鑑から調べるの、結構大変だった。何冊か見て、やっと見つけたやつだから。

「ああ……僕の居たところだと、藍って、割と馴染みがあるものだったから。だから、図鑑より先に、正体は分かってたんだけど……」

「えっ」

 ……けれど、僕がそう答えると、ライラはびっくりしたような顔をする。

「あんたの家、どこだったの?」

「え?ええと……」

 な、なんて説明したものかな。異世界、って言っちゃってもいいんだろうし、フェイにはもう言ってあるし、隠すことでもないんだけれど……ええと。ええと。

「……いや、あんたの家はどうでもいいわ」

 けれど、僕が迷っていたら、ライラは、ずい、と僕へ近づいてきた。そして。

「じゃあ、この植物でもっと濃い色を作る方法、知ってる?」

 ……そんなことを、聞いてきた。




 ……それからしばらく、ライラは藍染め屋さんになっていた。藍の研究を始めたらしくて、ああでもない、こうでもない、と試行錯誤している。

 僕が出せたアドバイスは、『確か、発酵させてたよ』っていうことと、『酸化還元が関係してそう』っていうことだけだ。

 僕が小学生の頃、校外学習で藍染めをしに行ったことがある。

 あの時の記憶が……その、すごく、くさかった。

 なんで臭いんだろう、っていう疑問に対して、職人さんが『発酵させてるんだよ!』って教えてくれた、気がする。いや、藍の葉っぱ自体が結構不思議な匂いだけれどさ。

 ……それから、多分、なんだけれど。生の葉っぱで染めた時、時間を置いておいたら色が変わった。あれって多分、酸化したからだと思う。

 ということは、藍の色素って多分、酸化しないとあの色にならないんじゃないかな、って思う。でも、ある程度時間を置いてしまった生の葉っぱの液だと上手く染まらなかったみたいだから……ええと、酸化したら発色するけれど、布に染みなくなってしまう、とかだろうか。

 ということは、一度酸化した色素を一回還元して、それをもう一回酸化させる、みたいな、そういう工程が必要なんじゃないかな。発酵したら多分酸化するから、そこに還元剤になりそうな……ええと、灰とか入れればいい気がするけれど、よく分からない。僕、化学はⅠまでしか履修してないんだ。成績も、国語とかよりは良くなかった……。

 ……ただ、この世界には化学っていうものがあんまり無いらしいから、ライラにこの話をしても、ぽかん、としていた。

 終いには「あんたも頭良さそうなこと、言うことあるのね……」って言われた。

 ……あの。ええと。な……なんて言ったらいいんだろう、こういうの。ちょっとあんまりじゃないだろうか!




 ただ、ライラがその後、大分頑張ったのは間違いないと思う。

 馬と一緒に王都へ飛んでいって、王都の図書館で調べものをしたり、王都の染物屋さんに聞いたりして、何通りか、それっぽい方法を調べてきた。

 その中から、僕が言った『発酵してた』『灰とか入れればいい気がする』に合致する方法を選んで、試してみることにしたらしい。

 いや、発酵なんてさせていたら、絶対に時間が掛かるし、それこそ、半年とか、数年とか、掛かるんじゃないかな、と、僕は思っていたんだけれど……。




「はい。これ、あげる」

 ライラが研究を初めて1か月ちょっと。季節は春真っ盛りで……そして、ライラが僕にくれたのは、絵の具、だった。

「……わあ」

 小さい小さい入れ物に入れられたそれは、藍色のペーストだ。でも、絵の具だ。パッと見てすぐ分かる。

 ライラに断ってから、ちょっと試し描きさせてもらったら……紙の上に、素晴らしく鮮やかな藍色の線が引かれた。これは……これは、すごい!

「これなら葉の状態から1週間くらいでできるわ。あったかければもっと早いかも」

「……すごい」

 ライラの行動力もすごいし、研究成果もすごい。とにかく、すごい。

「服とか染めるのも考えたんだけれど、そっちはまだあんまりうまくいかないのよ。それに、あんただったら服よりこっちの方が嬉しいかと思って」

 その通りだ!ライラは僕のこと、すごくよく分かってる!僕だったら、服よりも絵の具の方が嬉しい!すごく嬉しい!

「……よかった。気に入ってもらえたみたいね」

「勿論!すごく嬉しい!」

 とても嬉しいから、それをなんとか伝えたいのだけれど、言葉は上手く出てこない。こういう時、『すごく嬉しい』以外になんて言えばいいんだろう。

 ……けれど、ライラはそんな僕を見て、『言わなくても分かる』とでも言いたげな顔をして、笑った。

「この藍色ができたのって、あんたのおかげだもん。種、蒔いてくれたおかげ」

「僕は何もしてないよ」

「ううん。あんたのおかげなの。あんたは大したことしてないって思ってるかもしれないけれど、私にとっては、すごく、大したことだったのよ」

 ライラは嬉しそうにそう言って……それから、彼女は彼女のポケットを探って……中から、絵の具の入った小さな入れ物を取り出した。僕にくれたものと同じものだ。中には当然、藍色の絵の具。

「……で。早速、描いてみない?」

 ライラは藍色の絵の具を手にそう言って、にんまりと笑う。

「描きたい!」

 それを見て、僕は今すぐ、この絵の具で色々描きたいと思った。




 そうして僕は、藍色の絵を描いた。

 空は藍色。草原に色濃く落ちる影も、藍色。

 藍色の空は、日暮れというよりも夜明けの色だ。太陽が昇る前の、夜が終わる直前の色。まだ始まらない朝を予感しながらもまだ空気は冷たくて、夜露に濡れた下草に余計、肌寒さを感じるかもしれない。

 そんな中で、森の外を眺める構図。遠くにはレッドガルド領の町が見えるけれど、そこまで続くのは、ただただ広い広い大地だ。

 そういう誰も居ない静かな景色には、やっぱり藍色がよく似合う。

 ……影は全部藍色だし、空は薄めに溶いた藍色と濃い目に溶いた藍色とのグラデーション。とにかく藍色尽くしの絵は、出来上がってみたら、なんだか自分でも驚くくらい上手くいってしまった。

 多分、この藍色が綺麗だからだ。

 夜明け前の藍色の景色は、これから何をしようか、というような、そういう気分にさせてくれる。


 ……描き上がって、なんだか、不思議な気分だ。

 まだまだ描きたい。沢山描きたい。色々なものを描きたいし……作りたい。

 あれ、なんだか、変なかんじだ。色々なことに挑戦したいような、そういう気分だ。絵だけじゃなくて、農業も手工芸も、色々やってみたい。それから、色々なところに行ってみたい。行ってみて、そこの絵を描いたり、色々な生き物に会ってみたい。

 どうしよう。やりたいことがいっぱいだ。どうして急にこうなってしまったんだろう?……でも、どうしてだろう、とは思っても、それを不安には思わない。なんだか僕、すごく落ち着いた気分だ。落ち着いた、っていうのは、なんか、こう、安定している、というか……でもその割に、色々やりたい。うーん……。

 ……これ、一体なんなんだろうか。


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