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「はぁ……」

 稔くんから告白されてしまった。まさかの展開だった。こんなの誰が予想できただろうか。

 今日は土曜日なので学校はお休みだ。もちろん、明日も休み。二日間稔くんと顔を合わせなくていいのは、良かったのか悪かったのか。

「……はぁ」

 昨日、稔くんに送ってもらって家に帰ったときから、ずっとこんな感じ。

 日付が変わっても全然治らない――っていうか、どんどん悪化してきているような気もする。

 決して嫌じゃなかった。むしろ、僕のことを好きと言ってくれて嬉しかった。けれど、じゃあお付き合いします、とは別なわけで。

 そもそも稔くんに限らず、男の子との恋愛なんて、考えてもいなかった。

 稔くんが言っていた性同一性障害については、もちろん知っている。僕の病気を知ったときから、いろいろ本を読んで勉強してきた。

 自分の心と身体の性別が一致しない症状だ。本には、女の子になっていく身体が嫌で、胸を小さく見せようとしたり、髪の毛を短くしてみたり、制服のスカートを穿くことを拒否した人の例が書かれていた。

 その人たちと比べて、僕はどうなんだろう。

 胸が膨らむのは確かに嫌だった。けれどそれは男の子のときだ。女の子になりたてのときも、胸の膨らみが目立つ服を着るのは恥ずかしかったけれど、今ではほとんど抵抗もなくなった。

 髪の毛は伸ばすことに抵抗はない。たまに耳が隠れたり前髪が目に入ったりして、面倒くさいと感じるくらい。今は肩口で切り揃えているけれど、もう少し伸ばしてもいいかなって、思うこともある。

 スカートも当初は抵抗感があったけれど、今ではほとんどなくなった。むしろ私服でもスカートのときの方が多いくらいだ。

 あれ? こう考えると、僕、自分でも意外なほど女の子してる?

 でも、僕は今でも男の子みたいに、カードゲームや少年漫画が好きで、体を動かすことも好きだ。柚奈ちゃんや彩ちゃんの、いかにも女の子女の子した話題に付いていけないこともある。稔くんや義明くんにチョコレートを渡したけれど、恋愛対象としては考えもしなかった。

 かといって、仲の良い――例えば夢月ちゃんを異性として好きだと感じたこともないし、裸を見て興奮することもなかった。

「うーん。駄目だぁぁ。分からない~」

 僕はベッドに仰向けに倒れて、ころころ転がってみた。もちろん何か思いつくわけでもない。

 しばらく転がってから、僕は反動をつけて起き上がった。

 こういうときはいつものあれだ。

 ――困ったときの絵梨姉頼み。



 というわけで。

「絵梨姉ちゃん。助けて」

 と、今日は部活もなく部屋でのんびりしている絵梨姉ちゃんの元を訪ねたまでは良かったけれど。

「あら、優ちゃん。どうしたの」

「えっと、実は……ううん。やっぱ何でもない」

 僕は相談しかけて、首を横に振った。

 男の子に告白されたことを話したら、絵梨姉ちゃんに「なに、自慢?」って、嫌味に思われてしまうかもしれない。だって、絵梨姉ちゃんは、今は彼氏がいないわけだし。

「……なんか、今、すごーく失礼なことを思われた気がするけど」

「えっ。ほんと?」

 僕は思わず顔に手をやった。表情に出ちゃったのだろうか。

 そんな僕を見ながら、絵梨姉ちゃんがにやりと笑って言った。

「――もしかして、『稔くん』に告白したの?」

「えっ、な、なんでそれを――」

 僕の言葉に絵梨姉ちゃんが笑って答える。

「だって一昨日の夜に、一生懸命チョコレートを手作りしてたじゃない。そして昨日は仲良く『稔くん』と一緒に帰ってきたし。そのときの優ちゃん、心ここにあらずって様子で、顔が真っ赤だったから」

「え、嘘っ」

 僕は慌ててもう一度頬に手をやった。昨日の話題だから今は関係ないんだけれど……そ、そんなに真っ赤だった?

「ふふ。図星だったんだ。で、稔くんは何て?」

「いやその、僕から告白したんじゃなくて、逆というか……」

「え、そうなの」

 絵梨姉ちゃんが意外そうな顔をする。

 あ、そっか。確かにバレンタインは女性から告白する場だから、普通とは逆だったんだよね。

「えっとその……」

 僕は、絵梨姉ちゃんに昨日のことを話した。

 チョコを手渡したこと。そうしたら稔くんから逆に告白されたこと。動揺して思わず僕の秘密を告げてしまったこと。稔くんは僕の過去を受け入れてくれて、それでも好きだと言ってくれたこと。僕がまだ混乱しているから、返事を保留してくれたこと。

 僕の話を聞き終えて、絵梨姉ちゃんは、しみじみと言った。

「そっか、優ちゃんは男の子だったんだよね」

「え?」

「最近の優ちゃんは、女の子しているから、たまに忘れちゃうのよね」

「そ、そうかな……」

「ええ。最初は弟感覚だったけれど、今では自慢の妹よ。従妹だけれどね」

 絵梨姉ちゃんがにっこり笑ってくれた。

 その顔を見て、僕は思わずうるって来てしまった。

 手術の後、病院を出て、女の子のことを何も知らない僕に、いろいろと一から教えてくれて。こうやって女の子として生活できているのも、絵梨姉ちゃんのおかげだ。本当に、言葉では言い表せられないくらい感謝している。

 けれど面と向かってそれを言うのは恥ずかし、言葉では言い表せられないので、心の中で感謝しつつ、僕は話題を元に戻した。

「それで稔くんのことなんだけれど、僕、どうしたらいいかな」

「さぁね。私にはわからないわ」

「えーっ」

 僕は思わず、不満げな声を上げてしまった。

「悪いけれど、私がどうこう言える問題じゃないでしょ。例えば、三日だけ付き合ってから別れなさい、なんて言われて、納得できる? こういうことは自分で考えて決めなさい」

「うぅ。まぁ確かに……」

「せっかく稔くんが時間をくれたのだから、自分と向き合ってじっくり考えてみたら?」

「……うん」

 自分で考える――か。

 まるで、絵梨姉ちゃんから、女の子としての卒業試験を言い渡されたみたい。

 確かに絵梨姉ちゃんの言うことは正論だ。けれど、どうしたら良いか分からず相談してみた僕としては、もう少し具体的な指示が欲しかった。

 あ、やっぱり嫉妬しているのか……

「ごほん」

「ご、ごめんなさい」

 絵梨姉ちゃんの視線に気づいて、僕は慌てて部屋を後にした。



  ☆☆☆



「珍しいね。優希が急に家に来るなんて」

 同日午後。僕は夢月ちゃんの家にいた。部活帰りの夢月ちゃんは体操着姿のままだった。部屋には暖房が効いているとはいえ、寒くないのかな。

 夢月ちゃんの言うとおり、遊びに行くときはたいてい前もって約束している。思い立ってすぐ家に押しかけるって例はあまりない。

「……もしかして、また怖い思いをした?」

 夢月ちゃんが顔を曇らせる。

 そういえば、隆太の面影におびえて自分の部屋にいられなくなって、夢月ちゃんの家に押しかけたことがあったっけ。だから夢月ちゃんも心配してくれているみたい。

「ううん。それは大丈夫……なんだけど」

 僕は首を横に振って答えると、両手を顔の前に合わせて頭を下げた。

「実は……ごめんっ。その、僕の秘密のこと、稔くんに話しちゃった!」

 稔くんからされた告白のことはさておき、まずはこのことを夢月ちゃんにしっかりと話さないといけないと思っていた。

 夢月ちゃんに打ち明けて、当分の間は二人だけの秘密にしよう、って約束したのに、それから一ヶ月ちょっとで、あっさりと破ってしまった。気分を悪くしちゃうかもしれない。

 僕は謝ってから、恐る恐る夢月ちゃんの顔を覗き見た。けれど夢月ちゃんは特に怒った様子を見せず、逆にさばさばとした表情でぽつりと言った。

「そっか。もしかして金子に告られた?」

「え? ど、どうしてそれを――」

「ふっふっふ。私の勘をなめるなよ」

 夢月ちゃんが不敵に笑う。

 絵梨姉ちゃんにもあっさりばれてしまったけれど、なんでこんな簡単に分かっちゃうんだろう。まさか稔くんが喋っているわけじゃないよね?

「……うん。実はその通りで……」

 僕は少し迷ってからうなずいて、昨日のことを話した。

 元男の子だったことを言ってしまったことはともかく、告白されたことは、状況によっては黙っているつもりだった。あまり言いふらすと稔くんに失礼だし。けれどここまで夢月ちゃんに勘付かれちゃっているのなら仕方ない。それに、やっぱり夢月ちゃんには話しておきたいから。

「そっか。金子ったら、ようやく告白したのか」

 僕の話を聞き終えた夢月ちゃんが、しみじみと呟く。そしていたずらっぽく笑って付け加えた。

「これ以上のんびりしてたら、私が先に優希に告っていたかもね」

「えっ、えぇっ?」

 僕は思わず声をあげてしまった。夢月ちゃんが僕に、こ、告白って……

 そんな僕に向けて、夢月ちゃんが笑って手を振る。

「あ、ごめんごめん。冗談だって」

「冗談って……もぉ、脅かさないでよ」

「ごめんって。でも、優希が元男だと知ったとき、一瞬そう考えてたのは本当だよ。私が優希のことを好きなのは、単に友達としてじゃなくて、優希の中の『男』に惹かれたんじゃないか、って結構悩んだんだよね」

 そう話す夢月ちゃんの顔は、冗談を言っているようには見えなかった。

「……で、その悩んだ結果は?」

 僕はごくりとつばを飲んで尋ねる。

 そんな僕とは対照的に、夢月ちゃんは笑いながらあっさりと答える。

「仮に優希を『男』とした場合、私が『女』役になるわけじゃん。なんかそれって柄じゃないなーって」

「あー。なるほど」

 思わず納得してしまったら、夢月ちゃんからジト目で「いや、私、女だけど」と言われてしまった。

「ご、ごめん。そうじゃなくて――」

 僕は慌ててフォローを入れる。

「僕も夢月ちゃんと同じことを考えてみたら、『男』として夢月ちゃんと付き合うって、柄じゃないなーって思ったから」

 そう言いながら、ふと気づく。

「……ということは、やっぱり、僕の中は『女』なのかな?」

「え、なんのこと?」

 ぽつりと漏らしたつぶやきに、夢月ちゃんが目を白黒させた。

 僕は、稔くんに「心の中は男か、女か」と聞かれて即答できなかったこと、それについて、稔くんからの告白とあわせて、昨日からずっと考えていることを話した。

「あーなるほどね。でもそれを言ったら、私だって『男』になっちゃうよ。優希と同じようにゲームや身体を動かすことが好きで、男を好きになるなんて考えたこともないもん」

「そっか……。でも夢月ちゃんは、女の子だし……どうなんだろう」

 僕が、うーんと考えだすと夢月ちゃんに笑われてしまった。――え、なに?

「優希ったら、昔男をやっていたせいで、深く考えすぎ。確かに私はこんなだけれど、自分が男だと思うことはないよ」

 そう言ってから、少しバツが悪そうに付け加える。

「まぁ、一時期、男だったらよかったのに、なんて思ったこともあったけど」

 初潮を迎えて精神的に不安定になっていたときのことだよね。あのころに比べて、夢月ちゃんもだいぶ女の子っぽくなってきた気がする。

「先のことは分からないけれど、今の私が恋愛やファッションに興味ないのは、私の性格と、あと柚奈の言葉を借りれば、『お子ちゃま』なんだからじゃないかなーって思う。――ファッションはさておき、優希も似たようなものじゃない?」

「あっ……」

 夢月ちゃんの言葉が、すとんと心の中に落ちてきた。

 そっか。

 今まで普通にみんなと接してこれたのに、夢月ちゃんの言う通り、昔男だったからって、変に考えすぎていた。そもそも女性として生きる道を選んで、手術して女の子になったのに、今更、元男だから心の中も男なので男の子と恋愛できないなんて、本末転倒だ。

 僕が稔くんを友達として、恋愛対象として見れなかったのも、男の子だったからじゃなくて、単に僕が恋愛に初心な子供だったからなんだ。

「どうやら、納得できたみたいだね」

「うんっ。僕は、女の子でいいんだよね?」

「少なくとも、私よりずっと、ね」

 そう言ってにっこり笑う夢月ちゃんを見て、昨日から悩まされてきたことが、すぅっと消えてなくなっていくのを感じた。

「夢月ちゃん、ありがとうっ。おかげで助かったよ」

 思わず夢月ちゃんの手を取ってお礼を言った。

 そんな僕に向け、なぜか夢月ちゃんは、にやにやとした笑みを浮かべる。

「――で、告白された『女の子』として、返事はどうするの?」

「あ」

 僕はぽつりと声を漏らして、天を仰いだ。


 ――全然解決していなかったーっ。


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