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クリスマス


「ねぇねぇ。今年のクリスマスは誰と過ごす?」

 十二月も中ごろ。最近こういう話題が多い。去年まではそんなことなかったんだけど、女子と男子の違いかな。単純に小学生と中学生の違いかもしれないけど。

「彼氏と二人きりでイブを過ごすのって、憧れだよねー」

 彩ちゃんが視線をやや上げて、うっとりと口にした。もちろん、誰も彼氏なんていないけどね。

「去年は、柚奈の家でクリパをやったな」

「そうそう。むっきーったら、学校違うのに押しかけてね。向こうで友達いないんじゃないかって本気で心配したものさー」

「余計な御世話だ。私はただ、うまいもんが食いたかっただけだよ。それに柚奈だって、私が来てうれしそうにしてたくせに」

 そういえば、夢月ちゃんは中学の学区内で引っ越しして、入野小から北小に転校しているんだっけ。

「じゃあ、ことしはみんなでやろうよー」

 と、そんな感じで彩ちゃんたちが盛り上がっているけど――

「それはいいけど、勉強もやらないとだめだよ」

 僕のツッコミに、三人がしゅんとした。そう、今は期末テストに向けて、香穂莉ちゃんの家で試験勉強をしている真っ最中なのだ。

「勉強に関しては、優希さんがツッコミに入ってくれて助かります」

 と香穂莉ちゃん。関して「は」ってところがやけに強調されていた気がする。

 他のことでもツッコミ役のつもりだけど。ねぇ?


 ともあれ、勉強の合間を縫って、クリスマスパーティの予定が練られていく。

 場所は柚奈ちゃんの家。時間は午後三時スタート。終業式は26日なので当日も学校だけれど、祝日明けの24日からは授業も午前中で終わるので、早い時間からできるんだ。

 プレゼント交換用のプレゼントは1000円まで。それとは別に各自御菓子類を持ち込むこと、などなど。

 当日はもちろん、こうやって計画を練っているときも楽しいよね。

「去年はオールではしゃいだよねぇ。今年もやりますか。中学生になったんだし泊りがけでも」

「おぃ、いいね」

 柚奈ちゃんと夢月ちゃんがそんな感じで意気投合する。

 けれど香穂莉ちゃんと彩ちゃんは都合が悪いみたい。

「申し訳ありませんが、私、夜はちょっと……」

「うん。あたしも、弟の面倒見なくちゃいけないからねー」

 柚奈ちゃんがちょっとさびしそうな顔をしたけれど、事情はそれぞれだから、仕方ないよね。

「そっか。残念。くりゅは?」

「ごめん。僕も夜はお父さんたちが帰ってくるから……」

「え? 本当。海外から帰ってくるの?」

「うん。お正月までいられる予定なんだ」

「へぇ。良かったじゃん」

「うん」

 僕は少しはにかみながらうなずいた。

 お父さんは毎年忙しくてもなるべく早い時間に帰ってきてくれて、家族三人でクリスマスを過ごしていた。今年は無理かなって思っていたけれど、向こうにはクリスマス休暇というものがあるみたいで、そのまま新年まで日本に居られる予定だ。長期滞在になるので、水穂駅の前にあるさびれたビジネスホテルに予約済らしい。

 もうサンタクロースがいないってことは知っているけれど、お父さんと一緒にいられるのは素直にうれしい。

 なんて話をしていたら、僕の携帯電話が鳴った。

「あれ? お父さんからだ」

 なんてタイムリーな。思わず苦笑しつつちょっと心配になる。

 今こっちは午後2時だから、向こうは真夜中のはずなんだけれど。

「もしもし。こんな時間にどうしたの」

 僕はみんなに背を向ける格好で電話に出た。

「優希。悪いが実は……」

 電話の向こうからお父さんが申し訳なさそうに僕に伝えた。

「――え? クリスマスに、帰ってこれないっ?」

 思わず大きな声が出た。

 お父さんが言うには、仕事が急に入って予定が変わってしまったみたい。

 だけど……

「……わかった。いいよ。仕方ないよね。――え? 別に……。仕事が大事なんでしょ。分かってるって。――え? 何でもない。じゃあ」

 僕はややぶっきらぼうに電話を切った。

 お父さんが向こうで何か言いかけていたけれど、どうせ言い訳に違いない。

「優希?」

 夢月ちゃんが僕の様子を窺うように声をかけてきた。そんな夢月ちゃんたちに向けて、僕は言った。

「僕も夜の部に参加する!」

「え、マジで?」

「うんっ。夜遊びでも何でもしてやるんだから」

 僕はもう中学生だ。クリスマスに両親と過ごすなんて子供っぽいもん。

 なんて決意で言ったのに、

「くりゅったら、いじけちゃって。子供ねー」

 って、柚奈ちゃんに笑われてしまった。どうやら、電話での会話内容は筒抜けだったようだ。

「いけませんよ。優希さんの場合、離れて暮らしているので事情は違うのですから」

「いいよ。自分でも子供っぽいって思っているもん」

 香穂莉ちゃんのフォローに僕は少しすねつつ答えた。

 確かにちょっと感情的になって言い過ぎたかなって気持ちもある。

 けれど、僕だって間違ったこと言ってないよね? 仕事が忙しいのも分かるし、大事なのも分かる。だからお仕事がんばってね、って言っただけだもん。

 いいもん。僕より仕事の方が大事なんだもんね。

 

  ☆☆☆


「せっかくのクリスマスなのに。二人ともいなくて寂しいわ」

 無事期末試験も終わって、クリスマスイブを迎えた。テストの結果は……まぁ今日ぐらい忘れてもいいと思う。

 学校からいったん家に戻ってお昼を食べて、着替えて、これから出発だ。

 絵梨姉ちゃんも友達とパーティするので、夜は雪枝さんと宏和伯父さんの二人きりになってしまう。ちょっと悪いかなって思うけれど仕方ないよね。

「それじゃ。行ってきます」

「ええ。行ってらっしゃい。気を付けてね」

 雪枝さんに見送られて僕は家を出た。


 いつもの待ち合わせ場所で、動きやすそうなコートに身を包んだ夢月ちゃんと合流する。ちなみに、僕はクリスマスパーティということで、ちょっとフォーマルな格好なワンピース姿だ。柚奈の家に気を遣う必要ないって笑われるかなって思ったけれど、なぜか夢月ちゃんはちょっとばつが悪そうな顔をして、僕に言った。

「あのさ、私、今日早く帰るかも」

「え?」

「実は昨日から弟が帰ってきていて、せっかくのクリスマスだからって親が珍しく外食しようって……」

 全寮制の学校に通っているという夢月ちゃんの弟さん。そっか、私立だと冬休みも早いんだ。

「へぇ。良かったじゃない」

「まぁ……たまにはね」

 そう答えた夢月ちゃんは、まんざらでもない表情をしていた。

 いいなぁ……

 ちょっとだけうらやましく思ってしまったことは秘密だ。

「ところで、僕、夢月ちゃんの弟さんとは会ったことないんだけど、今度遊びに行っていい?」

「それはダメっ。絶対!」

「えーっ。なんでぇ」

「なんでも! 恥ずかしいじゃん」

 そんなやり取りをしつつ自転車で柚奈ちゃんの家に向かっていたら、

「あれ? あそこにいるのって、金子と岡本じゃない?」

「あ、ほんとだ」

 柚奈ちゃんの家の前に、男二人が所在なさげに立っているのが見えた。稔くんと、耕一郎くんだ。

 クリスマスパーティには、あの二人に加え、義明くんも参加予定である。本当は女子だけでやる予定だったんだけど、義明くんがかぎつけて、強引に参加してきたんだ。香穂莉ちゃんは渋っていたけれど、僕と彩ちゃんは賛成だったこともあって、男性陣も参加することになった。稔くんと耕一郎くんは義明くんの数合わせに強引に連れてこられたって感じだったけれど。

「どうしたの? 外で立っていて。寒くないの?」

 僕がそう尋ねると、稔くんが頭をかきながら答える。

「いや。なんとなく入り難くて」

「んなの。普通に入ればいいじゃん」

 と夢月ちゃんが呆れた様子で言うけれど、僕は思わず二人に共感してしまった。最初はみんなの家に呼ばれるたびにドキドキしていたのを思い出す。

「あー。でも分かるよ。女の子の家って入りにくいよねぇ」

 そう言った途端、みんなが変な目で僕を見る。失言に気づいた僕はあわてて付け加える。

「それに柚奈ちゃんのお父さんはIT関連の会社の社長さんだから、豪勢な家だし」

「まぁ実際は、みんなが100円ショップで商品を漁る中、一人500円の商品を買う程度のお嬢様だけどね」

 夢月ちゃんがそう言って笑った。危ない危ない。だいぶ女の子に慣れてきたとはいえ、いまだに元男的な発言が出てしまう。気を付けないと。

 そんな僕たちの頭上から義明くんの声が聞こえた。

「おーい。何やってるんだ。準備できてるぞー」

「あいつ、いつの間に」

 義明くんはすでに柚奈ちゃんの部屋に上り込んでいるようだ。まぁ幼馴染でご近所さんだからね。

 すでに彩ちゃんたちも来ていて、予定の三時より少し早く、パーティが始まった。


  ☆☆☆


 柚奈ちゃんの部屋は、六畳間ふたつ分くらいの広さだから八人で集まっても全く問題なかった。お父さんだけでなくお母さんもバリバリ働いていて、家には僕たち以外誰もいないから騒ぎ放題で、とても盛り上がった。

 あまりこういう場に慣れていなくて戸惑っている稔くんにかまっていたら、彩ちゃんに「らぶらぶ」ってからかわれた。ひどい誤解だ。

 そんなこんなで、ゲームしたりお菓子やケーキを食べているうちに時間はあっという間に過ぎて行った。

「さぁて、そろそろプレゼント交換といきますか」

 柚奈ちゃんの言葉に拍手が沸き起こった。

 プレゼント交換って、誰が考えたんだか知らないけれど、いいシステムだよね。ひとり分のプレゼントを用意するだけで、みんなで楽しめるんだから。

 いったんみんなのプレゼントが回収され、クジによってそれぞれの手に渡っていく。自分のプレゼントが当たらないようにはちゃんとなっている。

「あら、暖かそうなマフラーですね。うれしいです」

「あ、それ、僕のだ」

 僕のプレゼントは香穂莉ちゃんに渡った。男子も加わったことによって、プレゼント選ぶの大変だったんだけど、喜んでくれて良かった。

「この分厚い本、稔のだろ。よりによって男のものが当たるか……」

 義明くんは不満そう。

 そして稔くんには夢月ちゃんがUFOキャッチャーで1000円分取ってきたというぬいぐるみが当たった。うん。似合わない。

 そうして、僕に回ってきたプレゼントはというと……

「……なに、これ」

 中に入っていたのは、女性用の下着だった。ただしブラのサイズがとてつもなく大きい。取り出そうとして、稔くんたちがいることを思い出して慌ててしまい直す。

「あ。それあたしのだー。優希ちゃんが当てたか。おめでとー」

「これを僕にどうしろと?」

「やだなー。ジョークグッズみたいなものだよー。普段、縁がないから選ぶの楽しかったよ」

 どうやらこれは彩ちゃんが冗談で買ったものらしい。男子に回ったらどうするつもりだったんだろ。

 そんな僕たちの様子を見た義明くんが興味津々な様子で聞いてきた。

「お、栗山は、何が回ってきたんだ?」

「ひ、ひみつ!」

 もちろん、言えるわけなかった。

 ちなみに、あとでこっそり柚奈ちゃんに渡そうとしたら、これでもサイズが小さかったみたい。どんだけなんだか。

 せっかくのプレゼントなのでもらうことにしたけれど、これを身に着ける日はくるのだろうか。

 残念だけど、たぶん無理。



「それじゃ。また明日」

「うん。じゃあね」

 日が暮れ始めて、みんなが徐々に帰っていく。

 残ったのは、僕と稔くんと義明くんのみになってしまった。なんか急に部屋ががらんってしてしまった気がする。

「俺達もそろそろ……」

「あぁ」

 義明くんたちもそろそろ帰るみたい。両親が不在の女の子の家に長居するのも良くないし、気を遣っているのかな。

「くりゅはいいの?」

「僕はまだまだ大丈夫。夜遊びでも何でもしてやるんだから」

「おお。それじゃ、今日はとことん付き合っちゃうよー」

 家に帰ってもどうせ、お父さんとお母さんはいないんだし。

 それに、僕の家には雪枝さんと宏和伯父さんがいるけれど、柚奈ちゃんは? クリスマスの夜に、この広い家で一人っきりになってしまう。

「てか、柚奈はいいのか? おじさん・おばさんと外で飯食う予定だったんだろ?」

「え?」

 僕は思わず柚奈ちゃんの顔を見た。そんな予定、初耳だ。

「いいのいいの。こっちの予定も考えずに勝手に予約しただけだから」

 柚奈ちゃんが手を振って笑った。

「でも……せっかくなのに……」

 柚奈ちゃんって、両親の話題を出されることがあまり好きじゃないみたい。反抗期ってやつなのかもしれない。けれど……

 僕は言葉が見つからず、黙って柚奈ちゃんを見つめる。すると急に柚奈ちゃんに頭をかきむしられた。

「あーもーっ。分かったから。くりゅに免じて行ってやるから。だから、捨てられた子犬のような目で見ないでよ。私が悪いみたいじゃん」

「柚奈ちゃん……」

 僕、そんな顔をしていたのだろうか。

 ともあれ、こうしてクリスマス会はお開きとなった。

 僕の行為は、大きなお世話だったかもしれない。けれど、少なくとも柚奈ちゃんが本気で嫌そうな顔をしていなかったので、ほっとした。


  ☆☆☆


 両親と連絡を取った柚奈ちゃんはこれから着替えて、タクシーで合流するみたい。さすがお金持ちは違う。

「それじゃ。また明日ね」

「うん」

 玄関で別れて置いてある自転車のところまで行くと、稔くんが待っていた。少し先に出たから、もう帰っていたと思っていた。

 ちょっと驚く僕に、稔くんが言った。

「暗いから送ってくよ」

「大丈夫だよ。自転車だし」

「いいだろ。同じ方向だし、途中まででも」

「……うん。ありがと」

 女の子になって、以前より夜道を気にするようになった。だから、稔くんの気遣いがうれしかった。

 特に会話もなく、並ぶようにして夜道を走る。

 交差点で信号待ちをする。携帯が鳴った。雪枝さんからだった。

 遅くなるとは伝えてあるのにどうしたんだろう、と思いつつ電話に出る。

「もしもし?」

「優希ちゃん、ごめんなさいね。実は急に春……優希ちゃんのお母さんとお父さんが家に来て……」

「……え?」

 雪枝さんが何を言っているのか分からなかった。

「でも仕事があるって……」

「それなんだけれど、無理して仕事を切り上げたみたいよ。そして急に帰ってきて優希ちゃんを驚かそうと、今まで黙っていたみたいで……」

「はぁっ?」

 雪枝さんの困惑の声。その後ろで「だから言ったでしょ。急に帰っても優希にだって予定があるんだから」「だって……」なんてやり取りが聞こえた。電話では何度も話しているんだけど、ずいぶん懐かしく感じた。

「優希ちゃん……どう? 帰れそう」

「……うん。分かった。仕方ないし、今から帰るね」

 帰宅途中だとはあえて伝えず、僕は不機嫌に電話を切った。

「栗山。良かったな」

 電話から様子を察した稔くんが笑顔で言った。

「良くないよ。僕、怒ってるんだから」

 そんな稔くんに僕はそう返した。

 だって、本当に頭に来てるんだから。

 無理して大事な仕事を片付けて。大事なことを黙ってて。

 帰ったら思いっきり文句を言ってやるんだから。

 

「でも顔がにやけてるぞ」

 という稔くんの声は聞こえないふりをした。



 ――まずは、おかえりなさい、を言うのが先かな。


次回から三学期です。

辛い話も予定していますが、最後まで書ききれるよう頑張ります

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