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文化祭(劇)

「優希さん、どうですか? きつくないですか?」

「うん。ちょっと……。でも大丈夫」

 いよいよ文化祭当日を迎えた。学校内はいつもにもなくざわめいている。

 僕は教室の隅っこで、香穂莉ちゃんにサラシを巻いてもらっていた。別にそんなに目立たないと思うんだけど、香穂莉ちゃんたちにはこだわりがあるみたい。

 そういえば、胸が膨らみだしたのって、ちょうど一年前のこれくらいの時期だった。最初は虫さされか、どこかにぶつけた腫れだと思っていたんだけど治らなくて。なんとなく恥ずかしくて、膨らみを隠すように厚着をしてたんだっけ。

 そして病気のことが分かって手術するまでの一か月間は、毎朝お母さんにサラシを巻いてもらって、学校に通っていた。その頃のお母さんは毎日ピリピリしていて、僕もこれからどうなるのか、不安でいっぱいだった。

 あの当時のことを考えると、今こうやって楽しい学校生活を送っているのが嘘みたいだ。

 なんてことをしみじみと思い浮かべていた僕は慌てて顔を横に振った。

 ――今は昔を懐かしんでいる場合じゃない。少しでもセリフを忘れないようにしないと!

 お尻の膨らみの方は専用のボトムスを下着の上に穿いて対応する。髪型の方も、髪の毛を切るわけにはいかないので、ウイッグで誤魔化す。こういうのって男装用に普通に売られているんだね。

 そして最後に、香穂莉ちゃんと彩ちゃんが作った、王子様の衣装に袖を通す。白のピシッとしたパンツに男子のワイシャツを着用。その上に青色が主体の大きなマントのようなジャケットを羽織る。ボタンや紋章、スカーフなどの装飾が施されていて、いかにも王族らしい感じが出ている。スカーフで目立たないけれど、もちろん、首には沙織先輩からプレゼントされたネックレスを付ける。最後に冠をかぶって終了だ。

「うんっ。格好いいよ。優希ちゃんっ」

 彩ちゃんがぐいっと指を立てて言った。

 鏡に映る僕は、まさにコンセプト通り、背伸びして着飾った男の子みたいだ。

 何度かこの衣装を着て練習もしているけれど、やっぱり本番当日に着ると気持ちが引き締まって来る。

 僕の他にも、男装する女子の着替えが終わり、幕を挟んだ客席側で着替えていた男子たちも集まって来る。魔女役の高橋くんを除いてみんなドレス姿だから、一気に華やかになる。

 裏方さんも加わった僕たちを前にして、クラス委員兼監督の義明くんが言う。

「えー、いよいよ本番ですが。緊張しすぎず楽しみましょう。セリフを忘れたり噛んだりしたら、むしろ『おいしい』と思うくらいで行きましょう。周りの人もアドリブでフォローお願いします」

 うん。その通り。

 僕は、うんうんとうなずいた。

 ――ていうか、本当にフォローお願いします。いや、マジで。


 劇は午前と午後の二回行われる。その一回目の時間が迫ってきた。

 舞台裏から見る。うちの文化祭は学校外からの人は出入りできないので、来るのは、うちの学校の生徒と先生だけだ。けれど席はすでに満席で、立ち見が出ているくらいだ。沙織先輩もクラスの友達と思われる人と一緒に奥の席に座っているのが見えた。

「……栗山。そろそろ開幕だから奥に戻って」

 客席に聞こえないよう小声で義明くんに言われて、僕はこっそり開けた幕を閉じた。

「うん。それじゃ、夢月ちゃん頑張ってね」

「おう。優希もね」

 舞台奥にたたずむ「木」役の夢月ちゃんと言葉を交わして、僕は奥へと引っ込んだ。



  ☆☆☆



『むかしむかし、あるところに、シンデレラと言う女性がいました』

 ナレーションとともに幕が開く。脇から、シンデレラ役の岡本くんがホウキを持って、登場する。まだ眼鏡をかけた状態で、着ている服は破れ破れ。さらには「差し押さえ」という札や新聞紙が貼り付けられて、「灰被り」を表現している。

 観客から失笑というか笑いが漏れた。うん。掴みはオッケーだ。

「あー。今日はお城で舞踏会が行われるというのに、私はいつものように屋敷で掃除。私も王子様に会いたいなー」

「おーっほっほっほ。シンデレラ。ホウキの掃きが甘いわよ」

 そこに現れる継母の稔くん。シンデレラからホウキを奪うと、華麗に振り回して、シンデレラがまとめたごみ屑を舞台中にまき散らす。

「あぁっ、ひどい――っ」

 泣き崩れるシンデレラ。

 そんなシンデレラをしり目に、二人の娘も登場し、客席からさらなる笑い声が起きる。岡本くんは背も小さいし声変わりもしていないから、まだシンデレラっぽいけれど、稔くんたちはただ女装しているだけだから、とってもカオスな状態。しかもセリフは棒読み口調(本人はわざとだと言っているけど実際はどうなんだろう)だし。

「今夜はお城の舞踏会だわ。喜びなさいシンデレラ。私たちの誰かが王子様を射止めたら、ここより大きなお城の掃除をさせてあげるわよ」

「あの……私もできれば舞踏会に……」

「おほほほ。シンデレラのような下衆なものがお城の舞踏会に出られるわけないじゃない」

「そーよ、そーよ、お母様の言う通りよ」

「そんな……」

「それじゃ行くわよ。娘たちっ」

「はいっ。お母様!」

 こうして継母と娘二人は、着飾ってお城へと向かうのでした。


 ここでいったん幕が下りて、場面変更。

 シンデレラの家から、その頃のお城では、のシーンに変わる。幕が下りている間に、裏方役のクラスメイト達によって、背景が変わっていく。

 いよいよ僕の出番だ――

「いっ、行ってきますっ」

「優希。手と足が同時に出てるっ」

 お城の場面なのでいったん引っ込んだ「木」役の夢月ちゃんが僕に声をかけてくれる。

「だっ、大丈夫――っ。ううう、受け狙いだからっっ」

「まだ幕開いていないって」

 カーテンが開かれる。

 場面はお城の一室。王子である僕と、側近役の菊池さんの会話シーンだ。

 うわぁ。お客さん、たくさん入っている。幕の隙間からこっそり見たときより、多く感じるよぉ。

「栗山さーんっ」

 僕の姿を確認して、客席から「きゃー」という声援が起きた。

 僕、あまり他のクラスの人や先輩を知らないのに、なぜか人気になってるっ?

 え、えーと。

 舞台裏から、口パクで僕に何かを訴えている。そうだ。僕のセリフから始まるんだ! けど、ど忘れだ。なんて言うんだっけ――

「本日の舞踏会ではたくさんのお嬢様方がいらっしゃいます。その中から結婚相手を選び、そろそろ身を固めるようにと、王様から仰せ仕っております」

 菊池さんがよく通る声で、僕に言った。鋭い眼鏡に黒い礼服をびしっと着こんだその姿は、少女漫画に出てくるような、格好いい執事を体現したかのような美形だ。

 菊池さんの振りに、僕はようやく我に返って、セリフを口にする。

「――ふん。興味ないね。光に群がる羽虫みたいで汚らわしい」

 ちなみに、柚奈ちゃんの脚本によって、本作の王子様はクールな役柄になっている。ショタっ子S系というのが狙いみたい。

「そうおっしゃらずに。これも公務でございます」

「……くだらない。虫たちと過ごすくらいなら、むしろ君が今夜の相手をしてくれないかな。僕としては、その方が嬉しいんだけどね」

「ご冗談を」

 その後も菊池さんのナイスフォローに助けられて。

 なんとか出番を終えることができた。


「うぇぇ……緊張した……ぁ」

 いったん舞台裏に引っ込んで、僕は息を吐いた。もう魂ごと抜け出ちゃいそうなくらいに。

 現在は岡本くんのシンデレラが、一人屋敷に残されて「およよよ」しているシーン。もちろん、背景には「木」の夢月ちゃんも出演中。この後魔女が来て、シンデレラが変身してお城に向かうまで、僕は舞台裏で待機だ。

「ま、上出来じゃないか?」

 同じく待機中の稔くんがそう言ってくれたんだけど……

 僕はすっと顔を逸らす。

「おい」

「な、なにかな……ぁ」

「こっち見ろって」

「駄目。見たら笑っちゃうから!」

 稔くんが僕の顔を掴んでぐいっと向けようとするのを必死に抵抗する。

 シンデレラの家にいるときバージョンですら笑いを堪えるのが大変なのに、舞踏会用に着飾って化粧までした稔くんの顔は、さらに強烈なのだ。

「ていうか、永江(娘その1)や鬼崎(娘その2)の女装は平気で、なんで俺だけ笑われるんだよ」

「分かんないけどダメなのっ」

 僕は必死に顔を逸らした。

 実際の衣装を身に着けて、女装男子はある程度化粧をして本番さながらの練習をするようになったのは二日前から。そのすべてで、僕は稔くんとの絡みシーンで笑ってしまってNGを連発していた。

 あまりの様子に見かねて、お化粧を少し控えめにしましょうか、という香穂莉ちゃんが提案してくれたけど……

「笑ったら笑ったで美味しいし。いいアドリブ期待してるよん。くりゅ」

 と脚本の柚奈ちゃんに却下されてしまった。

 こういうところは義明くんとお似合いだ。そうツッコミを入れてやりたい。――とてもそんな余裕はないけれど。

 僕が必死に振り向くのを抵抗していたら、稔くんがふぅっと息を吐いて、ようやく諦めてくれた。僕の頬を掴んでいた手が離れ、代わりに冠が付いていない後頭部に軽く手を触れる。

「まぁ安心しろ。踊っているとき、お前が笑いそうになったら、俺が思い切り足を踏みつけてやるから」

 稔くんのそんな言葉を聞いたら、不思議と少しだけ気持ちが楽になった気がした。

「――残念。それは僕の役目だよ」

 と、にやりと笑って言い返してやった。顔は見られなかったけどね。


「いくら着飾ったところで幸せになれるかどうかはお前しだいじゃ。意外と、思わぬところからお主をずっと見守っている者もいるかもしれんぞ」

 舞台では、魔女がシンデレラに魔法をかける寸前、意味深なセリフを発したところで、いったん幕が下りた。

 再び、お城のシーンに移って、舞踏会が行われ、着飾りバージョンのシンデレラが登場する流れだ。かぼちゃの馬車は再現が難しいということでカットされている。

 さて、再び僕の出番だ。

 僕は軽く気合を入れて、なぜか「木」役の夢月ちゃんがそのまま残る舞台へと足を進めた。


「まだまだだね」

 僕と踊ろうとする娘その1の永江くんを出足払いで、娘その2の鬼崎くんを支え釣り込み足で倒し、いよいよ、業を煮やした継母、稔くんの登場である。

「王子様。娘たちが大変失礼をいたしました。次はぜひこの私と――」

 僕の腰に取り付くようにして上目遣いに見つめてくる稔くんを、僕は汚いものを見るような目つきで、吐き捨てる。

「はぁ? まさか、バツイチの年増の分際で、この僕と踊ろうとでも?」

「そんな。王子様。酷いっ。およよ……」

「寄らないでくれるかな。僕は醜いものが嫌いなんだ」

「お待ちになって! 王子様ぁぁ」

「えぇい。下がれ。触れるな。年増っ!」

 すごい形相ですり寄って来る稔くんを、僕は容赦なく蹴り飛ばして引き離す。

 そのコントのようなやり取りに客席から笑いが漏れる。こうして、王子は何とか継母を撃退するのであった。

 ――僕頑張ったよ。なんとか、笑わないでセリフを言えたよ。

 もう自分を自分で褒めたい気分。まだ終わっていないけど。

 そう僕が自己満足に浸っていると、客席から大きなどよめきが起きた。

 いよいよ、岡本くんシンデレラ(着飾りバージョン)の登場だ。

 差し押さえのおんぼろ衣装から、ピンク色の綺麗なドレスに衣装チェンジし、クラスの女子たちが総力を挙げて施したメイクによって、まるで本当に魔法にかかったかのような岡本くんの姿に、客席がざわめきたつ。

 うん。本当に可愛い。

 お客さんの注目が岡本くんに移ったのを感じて、僕は急に気が楽になった。

「君は……」

「シンデレラと申します、王子様」

「おお。シンデレラよ、美しい。どうか、私と踊ってはいただけないだろうか」

「よろこんで」

 こうして王子様とシンデレラのダンスシーンだ。

 いくら岡本くんが女の子っぽくて、僕が男の子っぽくなっても、身長は僕のほうが小さいままだ。普通にダンスをすると、アンバランスで不恰好に見られかねない。そのため身長差を少しでも分かりにくく見えるような振り付けになっている。

 あとは、僕の演技次第だ。十二年間男の子として生きてきたんだ。立派に女の子をリードしてみせる――って、岡本くんは男の子だけどね。

 ともあれ、無事踊りきった後、客席から拍手をもらえたので、それなりに良くできたのかな。

 ダンスが終わり、一礼して離れようとするシンデレラを、僕はぐいっと掴んだ。

「王子様……?」

「シンデレラ。可愛いね。食べちゃいたいくらい……」

 僕はそう言って、岡本くんの頭を抱きかかえて、顔を近づけていく。

 間近で見る岡本くんは可愛くて、思わずドキドキしちゃう。

 唇が触れそうになる瞬間――

 ゴーン、ゴーン、ゴーン……

 十二時を告げる鐘の音が鳴る。

「すみません。王子様。私はこれで――」

「シンデレラっ」

 僕の手からすり抜けて、逃げる岡本くん。その途中でつまづくふりをして、上手くガラスの靴を落としていく。もちろん、ガラスじゃなくって、ビニールで作ったものだけどね。

「……これは、シンデレラのガラスの靴」

「王子?」

 僕は近くに寄ってきた側近の菊池さんに向けて言った。

「国中の娘を集め、この靴を履かせるのだ。見事ぴったり合ったものがシンデレラだ!」


 ところが。

「あーれー。足が滑ったてしまったわー」

 シンデレラ捜索の最中。継母の稔くんによって、ガラスの靴は思いっきり踏みつぶされてしまった。

「なんと、これでは誰がシンデレラか分からないではないかっ」

 僕は天を仰いでみせた。

 これって酷いセリフだと思う。一目ぼれしたっていうのに靴でしか判断できないなんてね。

 実はこれが、脚本を書いた柚奈ちゃんの狙いみたい。「人を見かけだけで判断してはいけない」ってね。あまりふざけると学校側になにか言われそうだから、一応テーマらしいものも入ってます的なアピール。本当に、一応、だけれどね。

 ともあれ、そんな僕(王子様)の態度に、失望したシンデレラ。王子を諦める決心はついたけれど、このまま継母の下で生活するも苦痛だ。

「そういえば、魔女さんが、私を意外な所から見守ってくれている方がいるとおっしゃっていたけれど……」

 魔女に言われた言葉を思い出したシンデレラ。

 ふと後ろ(背景)を見て――


「――王子、またあの一家が謝罪にまいりました」

「追い返せ」

「近衛隊、第一陣突破されましたっ」

「弓を放て」

「駄目ですっ。近衛隊、第二陣突破されました!」 

「あぁぁ。王子様。誤ってガラスの靴を壊してしまいましたこの私をお仕置きを。好きにしてくださいませ」

「寄るな! 汚らわしいっ」

「ああ、王子様~」

 寄ってくる継母に蹴りを入れる僕。

 そんな光景の後ろで、二本になった「木」が仲睦まじく立っていた――



  ☆☆☆



 幕が下りて、僕はようやく息をついた。――お、終わった……ぁ。

「……栗山。そろそろ足をどけてくれないか」

 僕の足の下から遠慮がちな声が聞こえて、僕は慌てて足を退ける。

「わぁっ、み、稔くんっ、ごめんなさいっ」

「やったね。優希。――あ」

 夢月ちゃんが「木」のまま駆け寄ろうとして……こけた。

「わぁっ、む、夢月ちゃん! って、ごめんなさいっ」

 僕は慌てて夢月ちゃんに駆け寄ろうとして、稔くんをまた蹴とばしてしまう。

 そんな幕の裏のどたばたの向こうでは、まだ拍手が続いていた。


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