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旅館


 あんなにも青かった空が、赤く染まり始めていた。

「それじゃ、気を付けてね」

「ああ」

「またねー」

 泊りの僕たちと違って、電車で来た稔くんたちは帰る時間だ。

 お父さんが二人を車で駅まで送っていくのを見送って、僕たちは海のすぐそばにある旅館についた。大きくはないけれど、風情があっていい感じだ。中に入ると、木のいい香りがした。

「あ、卓球台があるじゃん。後で、みんなでやろうよ」

「ふっふっふ。これは卓球部員であるあたしの出番だねっ」

「あれ? 彩歌、卓球台に手が届くんだ」

「むきーっ」

 夢月ちゃんと彩ちゃんがそんなやり取りをしている中、お母さんが受付で手続きを済ませる。そして僕たちは中居さんに案内されて部屋に通された。

「おお」

 何畳かぱっと見は分からないけど、けっこう大きな和室だ。修学旅行を思い出す。

「ここがみんなの部屋よ。私とお父さんは隣に部屋を取っているから。ちょくちょく様子を見に行きますから、夜更かししたり、羽目を外し過ぎたりはしないこと」

 お母さんったら、すっかり先生が板についている感じ。

「優希はみんなと一緒の部屋でいいのよね?」

「うん。もちろん」

 せっかくみんなとお泊りなのに、僕だけ別なのは寂しいもんね。

 というわけで、僕もみんなと同様に荷物を置いて、畳の上でくつろぐ。うーん。疲れたー。

「さてと、夕食だけれど、お風呂の先にする? 後にする?」

「お風呂が先っ」

 お母さんの確認に、彩ちゃんが即答した。

「髪の毛ごわごわだし、体ベトベトだし、早くシャンプーや石鹸で洗いたいもん」

 彩ちゃんの意見に、僕を含めてみんなうなずいた。海水浴場のシャワーは海水だったし、石鹸・シャンプーも使えなかったのだ。

 僕でさえ髪の毛が気になるのだから、髪の毛の長い彩ちゃん・柚奈ちゃん・夢月ちゃん(ポニーテールを下ろしてる)は、もっと気になるのだろう。

「わかったわ。夕食は後にしてもらうよう連絡しておくから、お風呂に行ってらっしゃい」

 僕たちの意見に、お母さんは頷いた。同じ女性として共感できる部分があったのかもしれない。

 とはいえ、お風呂にはいろいろ問題があるわけで。

「あ、あの……お母さん」

「ん、なに?」

 僕は隣の部屋に戻ろうとするお母さんを慌てて呼び止めた。そしてみんなに聞かれないように小声で尋ねる。

「その……僕、みんなと、年頃の女の子と一緒にお風呂に入っていいのかなって」

 この旅館は部屋ごとに小さなお風呂はない。大浴場があるのみだ。大浴場だから、順番を待たずにみんな一斉に入ることが出来る。それはみんなにとっては嬉しいことかもしれないけれど、僕にとっては悩ましいところで。僕だけ別の時間に入っても、変に思われてしまうかもしれないし。

「優希だって年頃の女の子なのだから、問題ないでしょ」

 僕の予想に反して、お母さんがあっさりと言った。

「それはそうだけど……」

「あら? 優希、まだ他の子と一緒にお風呂入ったことないの?」

「うん」

 僕がうなずくと、お母さんは少し顔を曇らせた。

「……もしかして、手術の跡が目立ったりする?」

「いや。それは大丈夫。前に絵梨姉ちゃんに見てもらって問題ないって言ってもらえたから」

「それなら平気でしょ。何事も経験よ」

 海での着替えのときとは正反対に、女の子として僕を認めてくれたのは嬉しい。けれど少しくらいは、元男子としての苦悩も受け止めて欲しいんだけど。

 そんな僕の気持ちは伝わらず、逆にお母さんが思い出したように言った。

「そういえば、私も優希の裸、見たことなかったのよね……」

「い、行ってきますっ」

 僕は慌てて、荷物を置いた部屋に逃げ戻った。みんなと一緒だけでも恥ずかしいのに、お母さんも加わるなんて、拷問だ。


 結局、僕はお風呂セットを持って、みんなと一緒に大浴場に向かった。お母さんは僕たちに遠慮したのか、後で入るとのこと。

「あ。ラッキー。どうやら、あたしたちしかいないっぽいね」

 浴場入り口にはスリッパが全く置かれていなかった。つまりそういうことだろう。他の客がいないのも、貸し切りみたいなのも、僕としても嬉しい。誰もいないのをいいことに、夢月ちゃんと彩ちゃんは暴走しそうだけれど。

 それはともかく、お風呂に入るためには服を脱がなくてはいけない。最初にして最大の難関だ。

(ど……どうしよう……)

 体育やプールの着替えにはだいぶ慣れてきたとはいえ、全部脱ぐのは初めてだ。同い年の女の子とは、裸を見たことも、見られたことも、一度もない。

 でもそれはみんなも同じわけで。きっと僕と同じ心境に違いない。――誰が最初に脱ぐのか? 今、そんな心理戦が展開される――

 と思った僕の横で、あっさり香穂莉ちゃんが脱ぎ始めた。さすが、大人だ。

 ていうか、他のみんなもあまり気にした様子もない。よく考えれば、僕と違って林間学校とか修学旅行のときに、一緒にお風呂に入っているんだもんね。

 僕もみんなを気にしつつ、ゆっくりと服を脱ぐことにした。ちらちらと周りを気にしつつ服に手をかけると、なぜか、みんなの視線も僕に向いていることに気づいた。みんなはすでに服を脱ぎ終わり、裸の状態にタオルを一枚持った形だ。小さなタオルでは当然身体を全部隠すことはできず、胸や下の部分が丸見えだった。

 僕のことを元男だと疑うことなく無防備な姿を見せてくれるのは有り難いけれど、僕としては少し罪の意識を感じてしまう。もっとも自分も同じような体になっているからか、綺麗だなと思うことはあっても、鼻血が出そうになるような興奮をすることはなくって、ほっとした。むしろ今だと、半年前までは自分についていたアレを見てしまう方が、精神衛生的に危険な気がする。

 とそれはさておき、なぜそろっと僕をじっと見てくるのか。

「な、なんで……」

 もしかして、男の子だったことがばれた?

「いや……なんとなく」

「優希ちゃんだけ、まだだからねー」

 って、しまったっ。のんびりしてたら、かえって目立ってしまった!

「ほらほら。早く脱げー。それともみんなで脱がしちゃう?」

「じ、自分で脱ぐからっ」

 柚奈ちゃんの言葉に、僕は慌ててみんなから背を向けて一気に服と下着を脱いだ。そしてみんなに習って、ハンドタオルを胸の前に隠すようにして持ってゆっくりと振り返った。

 夢月ちゃんの視線がなんとなく僕の下腹部に向けられた。そして、どこか勝ち誇ったような笑みを向けられた。彩ちゃんからは、握手を求められた。

 ……まぁ、何のことかは大体想像つくと思うから詳しくは説明したくない。

 そういうのって、男性ホルモンが影響するみたいなんだけど、僕の場合、治療の影響で逆に少ないのかもしれない。つい最近、恥を忍んで炭谷さんに相談したら、「個人差ですよ」の一言ですまされちゃったけど。

「ほらほら。お子さまたち、先に入ってるわよん」

 柚奈ちゃんが余裕を持って言いながら大浴場に向かって行った。いちおう胸の前にタオルを隠すようにもっているけれど、全然隠しきれていない。というか、寄せて上げるブラって聞くけれど、柚奈ちゃんの場合は逆で、ブラが拘束具だったのかってくらい。それから解放された二つの頂は凄かった。けど、とても重そう。二人で泳ぎながら話したことを思い出す。巨乳も大変そうだ。

 ともあれ、いったん裸を晒してしまえば、あとはふつうのお風呂と一緒である。吹っ切れて僕もみんなと一緒に大浴場に入った。

 彩ちゃんと夢月ちゃんが水死体ごっこ(髪の毛が浴槽にばさーって広がる)をして、香穂莉ちゃんに怒られたり、柚奈ちゃんから持参したシャンプーを貸してもらって、ついでにちょっとだけ胸を触らせてもらったりした。

 裸のつきあい、というのかな。

 またひとつ、みんなと仲良くなれたような気がした。



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