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入学


 四月八日。いよいよ待ちに待っていた……かは僕にもよくわからないけど、ついに中学校の入学式がやってきた。

 朝食の後、二階の部屋に戻って制服に身を通す。絵梨姉ちゃんのお古と違って、僕の体型に合わせて作られた制服。それでも今後の成長を加味して少し大きめになっている。

「へ、変じゃないかな……」

 絵梨姉ちゃんに教わった通りに、丸襟ブラウスのリボンを結び、鏡を見ながらひとり呟く。絵梨姉ちゃんは、高校が遠いため、もう出発している。だから身だしなみを整えるのは全部自分でしなくちゃいけないのだ。

 くしで髪の毛を梳かして、絵梨姉ちゃんにもらった髪留めを使って、耳を出す。お父さんたちを見送ったときの髪型だ。ヘアピンやゴムを使って色々な髪形を試してみたけど、今はこれが一番楽でお気に入り。

 机の上に置いてある、学校指定のスクールバックを開けて、中身を再確認する。筆記用具・提出書類・上履き……。うん。全部入っている。

「……よし。大丈夫……だよね」

 僕は一息ついて、部屋を出た。

 一階に降りると、父兄として入学式に参加してくれる雪枝さんが、お化粧して綺麗な服を着て待っていた。――カメラ片手に。

「あらあら、すごく似合ってるわよ。優希ちゃん。それじゃ、早速記念撮影しましょうね」

「えーっ、また撮るの~?」

 制服を買ったときにさんざん写真撮ったのに。

「なに言ってるの。記念すべき優希ちゃんの入学式の日の写真なんだから。お母さんやお父さんにメールで送ってあげなきゃ。きっと楽しみにしているわよ」

「そうかなぁ……」

 もうかなり送っているんだけど。

 とはいえ雪枝さんの勢いには逆らえず、写真を撮ることになった。

 玄関前でぱしゃりと一枚。表情を変えてもう一枚。ポーズを変えてさらに一枚。カメラ立てを持ってきて、雪枝さんの並んでさらにもう一枚。

 ……入学式の時間に間に合うのかな。

 と少し不安になってきたとき、ようやく解放された。

「そろそろ時間だけれど、優希ちゃん、本当に一人で大丈夫?」

「うん。何度も歩いて下見に行っているから平気だよ」

 同じ入学式に出席するわけだから、多少入場時間が違うとはいえ、一緒に登校しても問題ない。

 けれどやっぱりもう中学生なわけだし。保護者同伴で登校というのは恥ずかしい。

「それじゃ、行ってきますっ」

「行ってらっしゃい。入学式、楽しみにしてるわよ」

 雪枝さんに見送られて、僕は家を出た。


  ☆☆☆


 学校には何度か下見に行ったけれど、朝の時間帯に制服を着て登校するのはもちろん初めて。やっぱり雰囲気というか景色が違う。

 県道沿いの通学路には、同じ学校の制服姿の男子と女子が何人も見られた。一緒に歩いている人。一人で歩いている人。そして、僕と同じように、新しい制服に身を包んだ新一年生とみられる人。

 僕も他人のこと言えないけど、子供っぽくって制服が似合っていない人も多くいて、少し安心した。

 歩くこと二十分ちょい。駅を超えて少し行ったところに、目的の中学校が見えてきた。水穂市立水穂中学校。やや古めの三階建ての校舎に、それほど広くない校庭。三年間通う予定の中学校だ。

 正門の前に着くと、先生と思われる人が拡声マイク片手に叫んでいた。

「あー。新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます。こちらにありますクラス表を確認のうえ、各クラスに行って指定の席について待機していてください。のちほど、担任の先生が参りますので、その指示に従って、入学式に参列してください」

 正門の脇に、テレビで見るような受験の合格発表みたいなものが張り出されていて、その周りには、僕と同じように真新しい制服に身を包んだ人たちがたくさん集まっていた。

「あそこに行けばいいのかな……」

 僕はその掲示板に近づいて行きながら、ふと気づいた。

 新入生の集まりの中に、すでにいくつかのグループができていて、みんな親しげに話をしているのだ。

 中学校初日だから、みんな初対面で一緒かと思っていた。

 けれど、よくよく考えれば、ここは公立の中学なので、入学する人の大半は地元の小学校の卒業生。つまり顔見知りなわけで。

(うー。緊張する……)

 何度か転校を経験しているけれど、そのときは転校生として、みんなの前で自己紹介するから普通に溶け込めた。でもこの状態だと、誰も僕に注目していない。だから自己紹介しようにもない。こっちから話しかけないといけない。

 それはまぁいいんだけど、一番の問題は……

(……やっぱり、話しかける相手って……女子の方がいいんだよね……?)

 ついついたくさんの同年代の人たちを見て、小学校の頃を思い出して忘れがちになってしまったけど、今の僕は、女の子なわけで。そして周りを見ると大体男子と女子のグループに分かれて話している。つい癖で男の子に話しかけたら、変に思われてしまうかもしれない。

 小学校高学年くらいから、こんな感じで自然と男女のグループに分かれていたので、同学年の女の子とまともに話したことなんてほとんどない。

 あの輪っかの中に入って行けるのだろうか。

 楽しそうな声が響く女子の集まりを遠目で見ながら、僕が物怖じしているときだった。

「ねぇねぇ。君、見慣れない顔だけれど、どこの小学校出身?」

「えっ?」

 別の所から来た一人の女の子に声をかけられた。

 僕より少し背が高く、髪の毛はポニーテールと言うにはやや短めだけれど後ろで縛っている活発そうな子だった。僕も人のことなんて全然言えないけど、制服姿があまり似合ってるとは思えない。

「実は私、学区内を転校していたから、入野小と北小の子はだいたい知っているんだよねー」

 入野小と北小というのは、近所にある小学校の名前。公立で地元の人が通う水穂中学校の生徒の出身は、ほとんどその二校になるみたい。

「えっと……その、僕は隣の県から引っ越してきて……それで」

「え? 今、何て言った」

 僕の答えに女子生徒は瞳を真ん丸くして驚いた様子を見せた。

「あの、だから隣の県から引っ越してきて……」

「そうじゃなくて、その前」

「えっと……」

 手術と戸籍変更のため、僕の出身校は地球の裏の海外の学校になる予定だった。けど女子デビューだけでなく帰国子女設定まで加わったら大変なので、籍だけは家のすぐ近くにある水穂北小学校に移っている。もっとも病気のためということで、学校には一度も通っていないけど。ある意味事実だし。

 とはいえ、同級生や友達にそんな説明をしたらややこしいので、素直に前いた小学校のことを言えばいい、と雪枝さんには言われていた。

 けど、やっぱり詳しく説明した方がいいのだろうか。

「その、一応水穂北小学校の卒業生ということになっているんだけど、僕、体調崩してて……」

「おおおっ」

 目の前の女の子が目を輝かして叫んだ。

 え? 体調を崩すのって、そんなに珍しいんだろうか。

「今、『僕』って言ったよね。すげぇぇ。リアル『僕っ子』初めて見たっ」

 ――そっちっ?

 ていうか、しまったぁぁっ。

 僕は思わず頭を抱えた。

 絵梨姉ちゃんも雪枝さんも身内ということで、「僕」を使っていたせいで、すっかり油断というか忘れていたっ。

「あの……僕……じゃなくて私――」

「駄目っ。『私』禁止っ。せっかく似合っているのに。なんていうか、キャラ作り(笑)みたいな感じじゃなくって、すごく普通って言うか。まるで男の子が言うみたいに!」

 ぎくっ。

 僕は、思わず制服のスカートの前を抑えた。

 いや、もう生えているわけじゃないけど、なんとなく。

 そんな僕の挙動不審な動作を気にすることなく、目の前の女の子が自己紹介してきた。

「私は、木村 夢月 (むつき)。夢に月だからね。『一月生まれ?』という質問はやめてね。で、あなたは?」

「えっと。わた……僕は」

 私と言おうとしたけれど、木村さんに睨まれたので仕方なく、「僕」と言い換える。

「栗山優希。優しい希望と書いて、ゆうき。よろしく」

 自己紹介のとき、「女の子みたいな名前」と気にしなくてよくなったのは、女の子になって嬉しかったことの一つである。

「あっ、栗山優希発見っ」

「えっえっ?」

 いきなり発見扱いされて、僕は戸惑った。

 そんな僕の手を木村さんが掴んで、掲示板のところまで連れてこられた。

「ほら。二組の方を見て」

「あっ――」

 僕の名前を発見。そして、その一つ上に、木村さんの名前があった。同じクラスなんだ。

「というわけで、よろしくね。優希」

「うん。よろしく。夢月……ちゃん」

 名前で呼んでくれたので、僕も思い切って名前で呼んでみた。

「おぉ、よろしくーっ」

 夢月ちゃんが笑顔で、繋いだままの手をぶんぶんと振った。喜んでくれたみたいでよかった。

 繋いだ手を振られながら、そういえば、女の子の手を握ったのって、いつ以来だろう、と考えていた。



ようやく更新再開です。

以前のように毎日更新は難しいかもしれませんが、次章まではなるべく日にちを開けないよう更新できればと思います。

よろしくお願いします。

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