家事手伝い
「……あれ?」
翌朝。ベッドの上で目を覚ました僕の口から、思わずそんな言葉が出てしまった。
いつもの見慣れた病室とは違う。そして気づく。
(そっか。昨日から、この家に居候しているんだっけ……)
従姉の秋山家に居候して二日目。初めて迎える朝。
僕はぼんやりしたまま目覚まし時計に目をやった。前の家から病室に、そしてこの家まで持ってきた愛用の時計である。
――って、もう十時近くになってるしっ!
驚きのあまり、すっかり眼が冴えた。
昨夜、雪枝さんから「疲れているだろうからゆっくり寝ていていいわよ」と言われていたけれど、これはさすがに居候している身としては寝すぎだ。
僕は慌ててベッドから転げ起きた。
えっと、パジャマは着替えてから下に降りた方がいいのかな。頭に手をやると、髪の毛がぴょこんと跳ねた。あぁっ、寝癖も酷いしっ。ていうかトイレ行きたいし。よし。とりあえずトイレ行ってから考える!
僕は二階のトイレに入って、用を足した。
「……ふぅ」
病院にいるときからそうだったけど、朝おしっこすることで、自分がやっぱり女の子になっているんだなと、毎日、改めて思う。夢の中に出てくる自分自身って、なかなか性別が分かり難いけど、まだまだ男の子の僕が出てくることの方が多い気がするし。
と、トイレの水を流して気づく。この音で、一階にいる雪枝さんは、僕が起きたことに気づいたよね。となると、あまり待たせるのも悪いかも。
そう考えて、僕はトイレを出ると、寝癖を抑えながら一階に降りた。
やっぱり僕の物音に気付いたのか、雪枝さんは台所で、お味噌汁を温めなおしているところだった。
「おはようございます」
「おはよう。優ちゃん。ぐっすり眠れたみたいでよかったわ。朝食できているわよ。顔を洗ってらっしゃい」
「は、はい……」
洗面所で顔を洗って歯を磨く。用意してくれた自分用の歯ブラシを使うのは昨日の夜から二度目。
居間に入ると朝食が用意されていた。ご飯にお味噌汁という和食。お母さんが作ってくれる朝食もほとんど和食だった。家系なのかな。お母さんたちの実家にはお兄さんが一人暮らしているだけで、もうおじいちゃんもおばあちゃんもこの世にはいないけど。
「いただきます」
「はい。召し上がれ」
朝食を食べながら、僕は通販カタログに目を通している雪枝さんに話かけた。
「あの……僕に何か手伝えることってありますか? 家事とか……」
「あら、いいのよ。下世話な話だけど、優ちゃんのお父さんとお母さんから、養育費としてお金をもらっているから、何もしなくてもいいのよ」
お金の件は、必要以上に気を使わなくて大丈夫、とお母さんから言われていたので知っているけど、やっぱり居候の身としては、何もしないのは気が引ける。それに……
「僕、一応女の子なんだし、家事の手伝いはした方がいいかなって」
と言うと、雪枝さんが少し顔をしかめた。
「うーん。女の子だから、という理由で家事をするのはあまり感心しないわね」
「あ、ごめんなさい」
「いいのよ。むしろその心がけを絵梨にも分けてあげてほしいくらいよ」
しゅんとうつむく僕に向け、雪枝さんがにっこり笑ってフォローしてくれた。
「確かに、出来ないよりは覚えてもらった方がいいかもしれないわね。でも困ったわ。一通りすることはしちゃったし……」
もうすぐ十時とはいえ、この広い家の掃除・洗濯を、もう終わらせちゃったみたい。主婦ってすごい。
雪枝さんはちらりと時計を見て言った。
「それじゃあ、朝食食べているときにお願いするのも変だけれど、お昼ご飯を、優希ちゃんに作ってもらおうかしら」
「うんっ」
僕は大きくうなずいた。食事作りと言ったら家事の中でもメインだ。それを任されて、嬉しかった。
「ところで、優希ちゃんは料理したことあるのかしら?」
「学校の調理実習で、みんなが料理作るのをちゃんと見ていたよ」
「…………」
雪枝さんから返事はなかった。
雪枝さんの提案で、お昼ご飯は冷蔵庫にある讃岐うどんになった。簡単に作れるということだけど、僕としてはちょっと不満だった。
料理はしたことないけど、することって切って焼いて煮るくらいだよね。案外やってみたら僕の意外な才能が開花されるかもしれない。そんな期待感を胸に、僕は冷蔵庫から、タレ付のうどんを取り出した。
まず、お鍋にたっぷり水を入れる。見よう見まねでガスコンロのスイッチを回す。よし。無事点火。この流れるような動作、もはや主婦と言っても過言じゃないかも。
僕はうどんの袋を破って、お鍋の中に二玉放り込んだ。
その様子を後ろから見ていた雪枝さんが、恐る恐るといった様子で口をはさんだ。
「……優希ちゃん。麺を入れるのは沸騰してからの方がいいんじゃないかしら」
「え、そうなの? でもどうせ沸騰するから同じだよね」
僕はそう言いながら、タレの袋も破って、お鍋の中に投入した。
「……優希ちゃん、タレは最後に……それに分量は……」
「あ。忘れてた。でも大丈夫だよ。あとで味見して醤油加えるから」
おっ。今の発言、なんか主婦っぽいよね?
さてと、煮ている……じゃなくて茹でている間は暇だから、トッピングに刻みネギを作ろうかな。そう思ってネギを探す僕を心配げに見る雪枝さん。僕は雪枝さんを安心させるように笑顔で言った。
「大丈夫だよ。包丁で切るときは、猫の手にするんだよね」
ちゃんと知ってるんだから。
「……優希ちゃん。猫の手は、ネギを抑える方で、包丁を握る手じゃないから」
「え? そうなの。うゎぁ、なんか持ちにくくて切りづらい……っ」
「優希ちゃん。あの、お鍋の方もちゃんと見た方がいいんじゃないかしら? 麺をちゃんとほぐさないと」
「あ、はい。でも、あとちょっとでネギが切り終わるから……」
なんてしていたら、お鍋が急に沸騰して、お湯の泡が一気に膨れ上がってきた。
――でも大丈夫。こういうときの対処法もちゃんと知ってるもん。
「えーいっ。力水ーっ」
僕はコップの水を振りかけた。
「……それを言うなら、びっくり水だから」
無事お湯の反乱を食い止めて、最後にばらばらに切ったネギをお鍋に投入。――あれ? ネギは最後に乗せるんだっけ?
雪枝さんは無言だった。
――こうして、うどんというより小麦粉の塊と、茹でたネギが出来あがった。
「……ごめんなさい」
「いいのよ。初めてだからこんなものよ。食事は外で摂りましょう。優希ちゃんの身の回りの物もいろいろ買わなくちゃいけないしね」
「はい……」
雪枝さんは優しく言ってくれたけど、僕は惨めな気持ちでいっぱいだった。うどんの塊も、食べたくても食べられないから捨ててしまった。
二人で後片付けをして、最後に僕がお鍋を洗う。うどんがこびりついてちょっぴり焦げている部分も、せめてもの気持ちで丁寧に洗う。
そんな僕の様子を見て、雪枝さんがぽんと手を叩いて言った。
「それだわ。じゃあ、優希ちゃんには、これから食事の後の食器洗いをお願いしようかしら。意外と疲れるから大変なのよねぇ」
「……はいっ」
きっと僕のために言ってくれたんだろう。その心遣いと、ほんの少しでも役に立てそうで嬉しかった。
少しだけ笑顔を取り戻した僕に向けて、雪枝さんが説明してくれた。
「もしお皿を割ってしまっても素手で破片を集めようとしちゃだめよ。洗剤はこっちの緑色のボトルよ。黄色いのは油だから使っちゃだめよ。ここを回すとお湯が出るけど、やけどに気を付けてね。スポンジと金だわしがあるけれど、金だわしでコップを磨いたら傷が付いちゃうから、スポンジの方で洗ってね。それから……」
なぜかやたら細かい説明が多かったけど……
片付けが終わった後、食事をしに雪枝さんと外に出て、そのまま昨日買えなかった身の回りの物も色々買い物した。靴とかカバンとか。雪枝さんに勧められた女の子女の子したものは恥ずかしいので断ったけど、シンプルなものでもやっぱり男性用のものとは違う。
僕はそれらを手に取りながら、少しづつだけれど、普通の女の子としての生活に近づいてきていることを実感していた。
こういう話は書いていて楽しかったです




