スカート
「次はどこに行こうかしら? 小物やアクセもほしいわよね? 春叔母さんから預かっているお金も残っているし、まだまだ行くわよっ」
「え、絵梨姉ちゃん。年度末の道路工事みたいなことしなくていいから……」
僕は絵梨姉ちゃんの洋服の裾を右手で掴みつつ、左手で自分のスカートの裾を抑えながら言った。
絵梨姉ちゃんは、そんな僕の姿を見て、呆れた様子を見せた。
「もぉ。いつまでスカート抑えているのよ。もっと堂々としなさいって」
「で、でも……慣れないっていうか。周りの人に、女装した変態って、見られていそうで……」
「まったく……。さっき自分で『どこから見ても女の子』って言ったじゃない」
「少しは女の子っぽく見えるかな、としか言っていないって」
――心の中では絵梨姉ちゃんの言う通り思っていたけど。
今の僕の格好は、ピンクのカーディガンに、クリーム色のディアードスカート。それに、絵梨姉ちゃんが買ってきてくれた、ちょっとしたデザインが施された白のソックス。試着室では普通に可愛いと思っていたけれど、その格好で店内を歩くとなると別な話。
目の前に鏡がないと自分の姿が分からないから、どうしても不安になる。
それに何といってもスカートの存在。
歩くたびにふわふわと揺れるのが、何とも不安。パンチラを警戒する女の子たちを見て、パンツなんて見られて減るもんじゃないのに、と思っていたこともあったけど、実際見られる側になってみると、めちゃくちゃ心もとない。
「あ、もしかして生足じゃ寒かった?」
僕が足をもじもじさせているのを見て、絵梨姉ちゃんが言った。
「う、うん。まぁ……それもあるけど」
話をすり替えられた気もするけど、寒いのは事実だった。スカートで覆われている部分は思ったより温かいけれど、むき出しの腿の部分はやっぱり肌寒いし。
「けど女という生き物はね、ファッションのためなら多少の無理はするものなのよ」
「そうなんだ……」
女って……大変。
「だったら、靴下をもう少し長くしたら暖かくなるのかなぁ。絶対領域になるくらいに」
僕がぽつりと漏らすと絵梨姉ちゃんが疑問の目を向けた。
「……絶対領域って。どこでそんな単語覚えてきたのよ」
「病院に置いてある漫画。上本先生の個人所蔵とか言っていたけど」
「そぉ……」
なんか絵梨姉ちゃんの目が冷やかだった。
そんな会話を交わしながら歩いていると、目の前にエスカレーターが迫ってきた。どうやら絵梨姉ちゃんはそれに乗って、上の階に上がるつもりらしいけど……後に続いていた僕の足は止まってしまった。
短いスカートでエスカレーターに乗ったら、下から見えちゃうんじゃないだろうか。男の子のときは、パンツ見たさより、罪悪感や恥ずかしさが勝って、前に女の人がいるときは下を向くようにしていたから、実際見えるのかどうか分からないけど。
僕はふと右手に持つ紙袋に目をやった。お店に来る前に着ていたズボンやトレーナーが入っている袋だ。これを後ろ手に持ってお尻を隠すようにすればいいかな……?
そんな僕の心情を見透かしたかのように絵梨姉ちゃんが説明する。
「優ちゃん。気持ちは分かるけど、スカートをカバンや手で隠す動作は、男の人からだけじゃなくて、同性の女性から見ても、あまり良いものじゃないわ。気持ちは分かるけど」
「う、うん……」
気持ちは分かるけど、が二度繰り返されていたけど。
「もちろん、無警戒にスカートの裾を振り回して駆け上がったりするのは論外。だけど、そもそも優ちゃんくらいのスカートの長さなら、普通にしていれば見えることはないのよ。階段の角度の関係で。ネットでそう言う研究を見たような気がしないでもないわ」
「……本当に?」
なんか、すごく適当っぽくって胡散臭いんですけど。
僕が戸惑っていると、絵梨姉ちゃんはにやりと笑って、登りのエスカレーターに足を乗せた。
「あっ」
と言う間ほどじゃなかったけど、絵梨姉ちゃんが一人上の階に行ってしまった。上から僕に向け、無邪気に手を振っている。
一人残された僕は、後ろを見た。幸い、近くにエスカレーターに乗りそうな人はいない。今がチャンスだ。
(どうか誰も乗ってきませんように……)
僕は意を決してエスカレーターに乗った。
落ち着かない。けどこんなこと考えている自体、絵梨姉ちゃんが言っていたように、自意識過剰であまりよく思われないのかな。
そんなことを考えているうちに、無事エスカレーターを登り切った。思ったより、あっけなかった。
「……ふぅ」
僕はほっと一息ついた。
まだ不安はあるけれど、あまり気にしないで普通に乗ってしまえば大丈夫そう。あとは慣れの問題かな。
「はいお疲れ。全然大丈夫だったでしょ。じゃあ次は、そこのベンチに座ってみましょうか」
そんな僕に向け、絵梨姉ちゃんがエスカレーターの乗り場の先にある休憩所を指さして言った。
「えっと……」
いきなりどうしたのだろう。
けどまぁ、ずっと立ちっぱなしだったので足は疲れている。そもそもまだ退院したてだしね。
ということで、僕はお言葉に甘えて紙袋をベンチに置いて、その横にぺたんと腰を下ろした。
そんな僕を見て、絵梨姉ちゃんがすかさずダメ出しを入れた。
「はい、ダメ。スカートで座るときはお尻に敷くようにして座ること。皺になっちゃうわよ」
「あ……う、うん」
僕はいったん腰を浮かして、絵梨姉ちゃんの言う通りにした。なんかズボンのすそを自分で踏ん付けているようで、腰が窮屈な感じがする。
「それから荷物。短いスカートのときは、膝の上に置きなさい。中が見えちゃうでしょ」
「えぇっ。さっきはNGだったのにぃ」
「座るときはいいの! それから、膝。短いスカートのときは、特にちゃんと閉じること」
それは何度か注意されたけれど、癖というか閉じるのがめんどくさいというか。それに……
「膝をぴたって閉じるのって、なんか女の子みたいで恥ずかしいし……」
「って優ちゃんはもう女の子でしょ」
「あっ――」
と思わず声を上げた僕を見て、絵梨姉ちゃんが軽く額を抑えた。
そんなこんなで、買い物そっちのけにスカート講座していたら、ぴぴぴ、と音がした。どうやら絵梨姉ちゃんのスマホから鳴ったみたい。
「あれ? 母さんからのメールだ。えっと……って、もうこんな時間?」
絵梨姉ちゃんが驚いた様子で声を出した。きっと早く帰ってこいと書いてあったのだろう。
「……仕方ないわね。優ちゃん。今日はこれくらいにして帰りましょう」
「うん」
――ようやく色々恥ずかしかった買い物から解放される。
僕はほっとして、素直にうなずいた。
けどその一方で、もう少しいろいろなものを買いたかったな、という気持ちも、少しだけあったかもしれない。
☆☆☆
ショッピングセンターを出たら、外はすでに日が落ちていて、駅前は電灯の明りで光っていた。
「すっかり暗くなっちゃったわね」
絵梨姉ちゃんが周りを見回しながら言った。
「今日はまだ私が一緒だからいいけど、優ちゃんももう女の子なんだから、暗い時間に一人で出歩いちゃだめよ」
「うん。分かってるよ。それ、男の子のときにも、散々言われていたから」
「あ……まぁ、そういう趣味の人もいるからねぇ。男の子のときの優ちゃんも可愛かったし……」
絵梨姉ちゃんが少しだけ顔をひきつらせて笑った。
外はひんやりしていて少し肌寒いけど、まだ店内の暖房が体に残っているのか、それほど辛くはなかった。短いスカートも、ショッピングセンター内を散々歩かされたおかげで、ようやく慣れてきた……気がする。
それでも店内と外ではやっぱり勝手が違って、風が吹いたり、車がすぐ横を通り過ぎるたびに、ドキドキしてしまう。
そんな僕の反応を、絵梨姉ちゃんが面白げに見つめていた。
しばらくまっすぐな道を歩いていると、前から複数の明りが近づいてくるのが見えた。部活帰りかな。中学生か高校生くらいの男子学生の集団が自転車に乗って、僕たちの横を通り過ぎていった。
(――え?)
そのうちの一人が、僕のことをじっと見ていたような気がした。
何となく振り返ると、その男の子も振り返ったまま僕を見ていて、視線が合ってしまった。
僕は慌てて顔の位置をもとに戻した。
「どうしたの?」
「なんか今の人にじろじろ見られちゃった。もしかして、男の子だってことがばれたのかも」
慌てる僕の様子を見て、絵梨姉ちゃんは「ないない」と笑いながら手を振った。
「むしろ優ちゃんに見惚れていたんじゃない? 『あの子、可愛いな』って」
「えっ? まさかぁ」
僕は笑った。それこそ「ないない」だ。きっと、絵梨姉ちゃんの冗談だろう。
そんな会話を交わしながらしばらく歩いているうちに、秋山家の明りが見えてきた。それを見て、居候初日なのに懐かしく感じるから不思議。
「さて。そろそろ家に着くけど、どうだった。買い物の感想は」
「……疲れた」
僕がそれだけ言うと、ふふっと絵梨姉ちゃんが笑った。
「でも楽しかったかも」
今まではお母さんが買ってきてくれた服をただ着ていたけれど、自分で見て着て決めて買うのは、大変だけど、わくわくする部分も多かった。
女の子がショッピングが好きな理由が少し分かった気がした。




