030_0710 堤南十星の秘密Ⅱ~テリヤキ&オージーピザ ハーフ&ハーフ~
「――とまぁ、そんなわけで集まってもらったわけですけど」
放課後の部室で、これまでの経緯をまとめたコゼットが、言葉を続けようとしたが。
「それー!」
気が抜けた声と共につばめがレバーを引くと、いつか十路が作った改造消火器の水鉄砲から、水流が吹き出す。
「お返し!」
部室のダンボール箱に入っていた安物の水鉄砲で、和真もまた反撃する。
「あはははは!」
「それそれそれ-!」
飛び交う水流から離れた霧が小さな虹を作る。体に当たって弾けた水飛沫が、夕暮れ近い陽の残滓に反射してきらめく。そんな夏の光景が部室のすぐ外で繰り広げられていた。
遊んでいるのが子供ならば、微笑ましい光景として写るだろう。彼女たちが水着姿でここが波打ち際ならば、眩しい光景になったかもしれない。
しかし遊んでいるのはいい歳した大人と高校生――しかも水着ではなくスーツと制服姿で、ここは山中ですぐそばには木が生い茂る学院の片隅だ。
「うっさい黙れ!!」
だからコゼットの怒号が飛んだ。相手が理事長だろうが顧問だろうが遠慮はない。
「遊ぶならどっか行けっ――ぶっ!?」
「「あ」」
言葉の途中で、コゼットの顔面で水が弾けた。和真の攻撃をつばめが避けた事故だが、被害を受けた方は故意だろうが関係ない。
顎から水滴をしたたらせるコゼットは、ゆっくりとした動作で、足元に置いていたアタッシェケースを引き寄せる。中から《魔法使いの杖》を取り出し、立ち上がり、起動。
《魔法》実行準備完了な装飾杖の先端を向けて、一言だけ言い放った。
「……消えろ」
「「かしこまりました!」」
そのガン飛ばしに込められているのは、『その筋の人』顔負けの獅子の気迫。その危険度は『その筋の人』とは比較にならない戦略兵器クラス。静かで危険な迫力を見せるコゼットに、和真とつばめは深々と腰を折り、そそくさと逃走していった。
「ったく……」
コゼットはソファに座り直し、装飾杖をアタッシェケースに収め、樹里が差し出すタオルで顔を拭く。今日着ているのはデニム地のシャツなので、濡れても透けないのが幸いだった。
そして彼女は、部室のソファに座る樹里とナージャの顔を見渡す。壁際のパソコンデスクで野依崎がデイトレードをしているが、マイペースな彼女が話に加わらないのはいつもの事なので、一瞥以上のリアクションはなかった。
「そういえば、ナトセさんは?」
気を取り直して、そして知っておかなければならないと思い出し、この場にいない部員のことを、コゼットは樹里に問う。
「総合学習でやるグループ発表の集まりがあるからって、今日は部室に来れないってメールありました」
「そう。丁度いいですわ」
南十星がいたら困る話をするため、コゼットは小さくうなずく。
「ということで緊急部会――堤ナトセおよび堤十路対策を話し合いたいと思いますわ」
そして改めて宣言した。
「衝撃の告白が、わたくしたちの目の前で行われたわけですが……」
「他人の色恋沙汰に口を挟みたくないですけど……」
「だけど、そうも言っていられませんよね……」
コゼット・ナージャ・樹里が、順に言葉と一緒にため息をもらし。
「堤さんの精神状態、本気でヤバそうですもの……」
コゼットが親指で示す部室隅を、樹里とナージャも見る。
そこには背中があった。いつもなら怠惰そうに少し丸まった、頼りになる時は大きく見える背中が、今は小さく哀愁漂わせている。
三角座りで丸まっている十路に、いつもの飄々とした空気はない。南十星の告白が行われて以来、まだ一週間も経過していないのに、彼は相当に参っていた。
「悩んでるだけなら傍観しようと思ってましたけど、昨日はあの姿勢で親指の爪ガジガジ噛んで、今日は真っ白に燃え尽きてますものね……」
代表してコゼットが金髪頭をかきながら言い、樹里とナージャと共に気まずそうに彼の背中を見つめる。無関心かと思いきや、野依崎も一応気にしているらしい。キーボードを叩く手を止めて、そちらを振り返った。
だが、ただ一台彼女は違った。顔があればジト目を向けているだろう、ものすごくぞんざいな合成音声で言い放った。
【も、ナトセに篭絡されてしまえばいいんじゃ?】
「他人事だと思ってアッサリ言ってくれるなぁ!?」
振り返ってイクセスに反論する十路は、少し涙目だった。
【じゃぁ、結論を出せばいいだけでしょう?】
「ん、まぁ、そうなんだろうけど……」
続けざまの言葉には、ハッキリした物言いの多い十路には珍しく、言葉を濁した。
【まさか、受け入れるかどうか悩んでるのですか? 告白した相手が妹なのに】
「やはり相手が妹さんというのは……」
イクセスに続き、コゼットもやや言いにくそうにしながらも、否定的な意見を出す。
これが普通の恋愛ならば、彼女たちは口出しはしないだろう。十路が告白の返事に悩んでいて、それで部活時に危なげならば注意し、愚痴の聞き手になるくらいはしても、彼の判断に第三者が割り込むのはお門違いだ。
しかし相手は、血縁ある家族だ。受け入れるのは社会的にも論外であるし、拒絶するにも言い方を考えないと禍根を残す近しさがある。
だから告白の返事をどう答えるべきか、十路は悩んで精神をすり減らしていると、その場の女性陣は共通して考えるのが普通だろう。
「そのことなんですけど……」
そんな中、樹里がおずおずと手を挙げた。それを訊くのはあまり気が進まない様子で、けれども訊かないとならないといった風に。
「堤先輩のご両親って、どちらか外国の方ですか?」
「……? 親はどっちも日本人だけど?」
今までの話と関連がなさそうな質問に、十路は怪訝そうに答えると、樹里は問いを重ねる。
「じゃあ、先輩となっちゃんって、血の繋がった兄妹じゃないんですか?」
「「え?」」
樹里の質問に、留学生二人の声が重なった。
「半分正解。血は繋がってるけど、実の兄妹じゃない」
「「え!?」」
平然とした十路の暴露にも、コゼットとナージャの声が重なった。
「ちょっとお待ちになられて!?」
「義理の兄妹なのに血は繋がってるって、どういうことですか!?」
親の再婚で連れ子が兄妹になったなら、血の繋がりがあるのはおかしいと考えるだろう。異父母の兄妹だとしたら、そんな言い方はしないだろう。
想像できない関係を問い詰めようとする二人を、十路は手で押し留める。説明するにも樹里の質問が唐突すぎるために、それを詳しく聞かないと始まらない。
「木次。俺たちが義兄妹だって、なとせが話したのか?」
「や、ちょっと違ってて……今朝、私のところになっちゃんが来たんですけど――」
そう前置きして、樹里は朝のことを説明した。
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登校した樹里はSHRまでの時間、高等部一年B組の自分の席で、頬杖をついて窓の外を見ていた。
教室での彼女は、比較的目立たないポジションを確立している。入学当初は希少超人《魔法使い》ということで興味を持たれたが、三か月も経過すれば普通の女子高生という樹里の本性を、クラスメイトたちも理解する。
そして彼女は基本的に大人しい。つばめのように、彼女をからかって遊ぶ輩もいない。十路のように――本人に悪意はないが――声を荒げがちな相手も少ない。
常に注目を浴びているわけでもない。リーダーシップを発揮するわけでもない。かといって常に一人でいるわけでもない。根暗に思われているわけでもない。あとキレたところを見せて恐れられているわけでもない。
よく行動を共にする友人たちでグループを作っているが、内向的になっているわけでもなく、必要とあれば誰とでも話す、ごく普通の女子高生の生活を送っている。
そして今日もそんな普通の学生生活の延長で、樹里がボンヤリとしていると、登校して来た女子生徒の一人が近づいてきた。
「木次さん? どうしました?」
学内で行動をよく共にする友人の一人、佐古川愛だった。
友人への丁寧語は、普通に考えれば奇妙に思うが、彼女は誰に対しても同じように話す。そしてやや丸みの残る顔に収まる目鼻立ちと、ブランドフレームの眼鏡が、大人しそうな雰囲気を出しているので、丁寧口調の方が彼女の雰囲気に合っている。
実際、彼女は積極性があまりなく、大人しい性格をしている。休憩時間は静かに文庫本を読み、家では予習復習を欠かさない勤勉さを発揮し、休日は映画鑑賞をするインドアな趣味で、放置されれば寂しい学生生活をしてしまいそうな、そういう少女だった。
しかし友人グループのリーダー格が、教室で一人いる愛を引きこんだために、こうして話す。樹里も性格に共通する部分が多いため、一番付き合いやすい相手だった。
ただし胸については相容れない。数値的は三桁に突入するようなインパクトがあるわけではないが、平均身長の樹里よりも愛は小柄で腰も細いため、美少女キャラクターのように胸が強調されるトランジスタグラマー。死語ではあるがロリ巨乳と呼ぶよりはそちらの印象が強い。二人とも控えめな性格なのでぶつかることはないが、胸の話題だけは絶対に相容れない。温厚な樹里でも『肩がこる』などと愚痴られると敵意が芽生える。
それはさておき。愛に話しかけられ、樹里はどこか気だるそうに姿勢を正した。
「うん、まぁ、ちょっと……考えごと。私のことじゃないけどね」
樹里が考えていたのは、やはり部活動の先輩と後輩のことだった。南十星のアタックと、十路が日に日に神経をすり減らしているのを傍目に見ていると、どうしたものかと考えてしまう。
ただし愛には説明しない。いらぬ悪評や噂を呼びかねないため、広げていい話ではない。
そして愛も、深くは訊かない。
「数学の課題、やりました?」
「あれ? 今日提出だった……?」
「いいえ、今週末ですよ」
そんな高校生の会話をしていると、来客がやって来た。
「じゅりちゃーん」
服装が明らかに違う中等部の生徒に、少なくない視線が集中するが、南十星は気にせずズカズカと教室に入り、樹里の席に近付いた。
「国語辞典持ってない? 忘れちゃってさぁ、ちょっち貸してくんない?」
「や、別にいいけど……どうして私のところに?」
机の中にある電子辞書を渡しながら、樹里は疑問を出す。まだ転入生の南十星が、隣のクラスに知り合いがいなくても不思議ないが。
「お兄さんに借りるんじゃなくて」
普通ならば十路に頼るだろう。
それに南十星は腕を組み、時知り顔で答えた。
「いや、ほらさ? あたしが兄貴んトコ行ったら、追い詰めちゃうじゃん? ガッコーでまで気の休まらないジョーキョーにすんの、さすがにどーかと思うのさ」
南十星がそこまで考えていることに樹里は関心し、同時にそんな状況になっているのは彼女のせいなので小さく呆れる。
そんな会話に、積極的ではないはずの愛が割り込む。
「木次さんの知り合い……?」
「うん。部活の後輩のコだよ」
ジャンパースカートの中学生が馴れ馴れしく話していることに、愛は疑問を抱いたのだろうと樹里は考えたが、そうではなかった。
愛は一度自分の席に戻り、カバンから雑誌を取り出し、ページをめくりながら帰ってくる。その雑誌に並んでいるのは全てアルファベットで、『MOVIE』『FILM』という単語が頻出している。
「映画雑誌? それも海外の?」
「うん……英語の勉強にもなるから、たまに読んでるんだけど」
答えながら、愛の手があるページにたどり着いたところで止まった。
外国語に関しては、樹里は成績がいい。書かれた英文を読むくらい問題がない。
「『注目の若手俳優一〇人』……?」
しかし今この状況で、最近の新作映画で演じた若年の俳優たちの特集記事が出てきた理由は、理解できない。
「ここです」
愛が記事の一部、後ろの方に掲載された顔写真を指差す。
そこには整った顔立ちの少年にも見える少女が写っていた。
「ふぇ?」
樹里の視線が、その写真と南十星の顔を往復する。
「なっちゃん!?」
雑誌の少女はショートヘアを下ろし、目の前の中学生はワンサイドアップを作っているが、それを除けば全くと言っていいほど同じ顔だった。
樹里は慌てて記事の内容に目を走らせる。
「『アイリーン・N・グラハム。オーストラリア在住。アクションスクールに所属し、子役でのアクロバティックな役の代役として、多数の作品に出演しているが、この作品においてヒロイン役に抜擢される。作品での注目点は、多感な思春期の少女役の演技、そしてスタントマンの起用が難しい子供のアクションシーン。今後が期待される俳優である』……」
「ね? そっくりじゃないです?」
「ほんと……なっちゃんと双子って思うくらい似てる……」
記事を読んで、樹里は小さく息をつき、愛に同意する。
格闘技を修めていることに共通点を感じられるが、その少女アクション女優とは別人であろうと考える。名前も全く違い、いま目の前にいるのだから国籍も違い、そもそも多数大勢の感覚では、テレビや映画に出るような人物がこんな身近にいるとは考えない。
しかし樹里は忘れていた。総合生活支援部には暗黙の了解があることを。部員たちは互いに経歴や過去を聞かないし、知らない。
「あー、それ? そっくりさんじゃなくて、あたし」
打ち解け顔で出されたアッサリした言葉に、樹里と愛が同時に『なに言ってる?』と言わんばかりに南十星の顔を見た。
「あたしには親がいなくて、おじさん家に厄介になってたのは話したよね? そんでおじさんって、撮影のコーディネーターやってんの。そっちの関係で、あたしも俳優みたいなことやっててさぁ、色々あってその映画に出ることになっちゃって」
「ちょっと待って!? オーストラリア在住って!? しかも名前が全然違うじゃない!? これ芸名!?」
「南十星もアイリーンも、どっちも本名だってば」
本名を二つ持つという理解不能な情報を与えられ、しかも相当に端折っているため、樹里は混乱する。身近に偽造戸籍を複数持つ野依崎がいるが、南十星の理由は彼女と違うだろうというのは予想つく。というかいくら《魔法使い》が半分裏社会の人間とはいえ、公文書を偽造する不審人物が増えられても困る。
それを南十星は、あっけらかんと説明する。
「あたし、ハーフなのさ。ママは日本人だけど、パパはオーストラリア人でさ」
国際結婚など、近年では珍しくない。しかし他民族国家ではない日本に住む者の感性では、その結論に考えが及ぶのは意外と難しい。
そして南十星の肌はやや健康的に焼けているので目を惹くことはない。しかし髪や瞳の色素は薄めだ。英語圏の名前なので、白色人種の血が混じっていると考えることも、確かにできる。
「だから国籍と名前を二つ持てんの。あたしは日本人・堤南十星だけど、オーストラリア人・アイリーン・N・グラハムでもあるわけ」
『国籍がひとつとは限らない』という常識を、日本人は持っていないことが多い。国籍が違う夫婦に生まれた子供は、それぞれの国に申請すれば、二つの国双方の国民として扱われる場合がある。同じ名前でなくとも、それぞれの国らしい別々の名前で申請できることを、一般常識としては知られていない。
さらに樹里は思い至った。『伯父の家』が外国だとは聞いていないため、日本国内だと勝手に思い込んでいただけだったと。
「そっか……なっちゃんがハーフだなんて、考えたことなかった……」
「にはは。別に秘密ってわけじゃないけど、せつめーするのメンドーなんだよねコレ」
『だから黙ってたんだけどさ』と首筋をかく南十星からは、後ろめたさなど見られない。南十星の外見は日本人として充分通用するため、聞かれることもないであろうし、ならば説明する必要がない。そして隠す必要性がなくても、説明するのは少々面倒だろうし、自分から明かさなかった理由も納得できる。
そうして南十星の出生の一部が明らかになったが、初対面の愛は、違う意味に捉えた。いや、捉えなかった。
「そんなことよりも!」
「あたしの名前と国籍は『そんなこと』か!」
意気込んで声をかける愛に、南十星が全力でツッコんだ。まだ紹介もされず、名前も知らない初対面の先輩だろうが遠慮はない。
「やっぱり有名人に会ったんですか!? 日本でも有名な俳優!」
「会ったとゆーか、その映画の主役はハリウッドの大物だったし、あたしの役とも絡んだっすけど?」
「いいなぁ……すごいなぁ……」
愛は眼鏡の奥の瞳をキラキラさせる。華々しい銀幕の世界に、想いを馳せているのだろう。大人しい少女かと思いきや、趣味に対しては熱い想いを持っている様子だった。
「頼んだらサインとかもらえないですか!?」
「ファンレターで頼めば、サイン送ってくれる人もいやっせ?」
「もらえるかわからないし、もらえても印刷じゃないですか!?」
「だったら本人に直接頼んで目の前で書いてもらうとかはどっすか?」
「そんな気軽に海外旅行できません!」
「あ。あと有名どころの俳優だと、いつもボディガードがいるから、近づくのもひと苦労でっせ」
一応樹里に対するような馴れ馴れしい口調ではないが、奇妙な丁寧語未満で南十星は応対し、そして念のため釘も刺しておく。
「ちなみにあたしのコネとかって、無理なんで。業界じゃ新米だし、大物との付き合いないし。それに――」
もう無関係だと締めくくる。
「そもそも俳優辞めて、日本に帰って来たんだし」
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「――そんな話が今朝あったんですけど、なっちゃんがハーフで、国籍と名前が二つあるって……でもそれだと、堤先輩との関係が腑に落ちなくて……」
いつまでも部室の隅で丸まっているわけにもいかないので、コゼットの隣に座って話を聞いていた十路は、困惑顔を作る。樹里が問題にしている部分とは違う内容で。
「なとせが俳優……?」
「ふぇ? 先輩もご存知なかったんですか?」
「そんな話は一度も聞いたことがない……」
南十星が映画好きなのは、十路も知っている。しかし彼女が製作に関わっているなど初耳だった。
彼女のオーストラリアでの暮らしを、十路はあまり知らない。
そもそも南十星が世話になっていた『伯父』は、十路の親の兄弟ではなく、南十星の父親の兄だ。必要だから交流を持ち、信頼できる人物だと承知しているが、普通なら世間話をするような間柄ではなく、また十路の場合はそんな余裕のある状況でもない。
「……まぁ、その話は、後で確認すればいいことだ」
しかし、ひとまず捨て置く。
南十星が俳優を辞めたことが問題ではない。多重国籍者なのが問題ではない。帰国子女であることも問題ではない。
元々の話題は、十路と南十星の兄妹関係についてだ。
「それで、兄は日本人なのに妹が混血で、義兄妹なのに血縁? 余計に意味わからないですけど?」
「正確には、なとせは俺の従妹なんです」
眉根を寄せるコゼットが話を戻すと、十路は首筋をかいて答える。話してなかったことだが、別段後ろめたさなどない、いつもの平坦な声だった。
「日本人の叔母さんがオーストラリア人の旦那と結婚して、生まれた子供はハーフで二重国籍とか、色々あって親父が引き取ったから俺の義妹になったとか、だけど俺は育成校で寮生活してて一緒に暮らしてないとか、そんな説明するの大変だから端折ってるだけです」
「「あぁ~……」」
一同は納得のため息をつく。確かにそれなら『血の繋がった義兄妹』が成り立つ。親戚間の『血の繋がり』の範囲は正確に定義できないが、従兄妹で繋がりがないとは誰も言わないだろう。
だから結果、日本人の義兄・堤十路と、オーストラリア人兼日本人の義妹・アイリーン・ナトセ・グラハム=堤南十星という、一見すれば奇妙な、その実は単純な人間関係が生まれる。
「名前から推測も可能だったのではないでありますか?」
振り返らず背を向けたまま、パソコンを使う野依崎が口を挟む。疑問符つきだったが、既に承知といった風の確信ある言い方だった。
「ミスタ・トージ。『南十星』という名前は、南十字星が見える場所で生まれたという意味では?」
「あぁ」
その問答に他の面々は、再度納得のため息をつく。留学生とはいえ、コゼットもナージャも漢字の読み書きができるのだから、名前に込められた意味を読み取ることは可能だったはず。
「北半球の日本で南十字星は、沖縄より南下して辛うじて見える程度でありますから、普通そんな名前つけないであります」
「というか、お前はなとせの経歴を知ってたんじゃないのか?」
「是。戸籍程度は調査したであります」
暗黙の了解で互いの事情を知らないながらも、部員たちは基本的に『信頼できる人物』という前提で接する。国家に管理されていない《魔法使い》という共通の境遇が、それを可能にしている。
しかし不信感が拭いきれないのも事実だ。仲間と呼べる関係でも、その実情はただの寄せ集めであり、やはり精神的には距離を置いている部分がある。
それが顕著なのが野依崎だった。最近は少しマシになったが、ヒキコモリ生活をしている理由のひとつもそれであろうし、むしろ身柄と命を狙われるワケあり《魔法使い》の境遇を考えれば、疑り深い彼女のスタンスこそ普通だろう。
しかも彼女は小学生でありながら、コンピュータ・ネットワーク上で情報を捜す術を持っている。新入部員の経歴を調査するぐらい、当然として行うだろうし、それを十路も責める気はない。
【なんだか話が回り道したみたいですけど……】
話がひと段落したと見て、長くなった話をイクセスがまとめる。
【結局、トージとナトセは、従兄妹って結論でいいんですよね?】
「あぁ」
【だったらトージがナトセの告白を悩む理由は?】
法律では三親等内の親族同士の婚姻を禁じているが、従妹は四親等、その範囲外にある。
つまり南十星が恋愛感情を持ち、十路に告白することに、社会的な障害はない。親族の恋愛に嫌悪を表す者もいるだろうが、結局のところは当人たちの問題だろう。
しかし十路は顔を盛大にしかめ、首筋をなでながら言う。より大きな問題があるのだと。
「《魔法使い》がまともな恋愛なんて、できるはずないだろ……」
野依崎はパソコンの画面を見て聞き流し、ナージャはキョトンとしているが。
樹里とコゼットの《魔法使い》二人は、その言葉に苦い感情を顔に出す。
その言葉を最後に、放課後の部会は結論を出すことなく、終了した。




