030_0330 兄と彼女の絶対領域Ⅳ~高級ネコ缶ウェットタイプ子猫用~
食事を終えてナージャと別れ、明日の朝食の買い物をし、そして南十星はマンション前で降ろして、十路一人で学校に戻りオートバイを部室に駐車するつもりだった。
しかし別の用事もあったので、結局は南十星も一緒に学校まで戻ることになった。
「これ、部長からだ」
「面倒であります」
「そう言わず検証してくれ……自爆はヤバイ」
二人がやって来たのは修交館学院の二号館の地下に作られた、野依崎の自室だった。
南十星の《魔法使いの杖》の動作試験の結果を、コンピュータ関係に詳しい野依崎がソフトウェア面から検証して欲しいと、内容を記載したUSBメモリーを十路に托していたのだ。
それを野依崎は、額縁眼鏡の奥の瞳を迷惑そうに細めつつも、仕方なく受け取った。
「それから、差し入れだ」
「サンクスであります」
買い物をしたついでにアイスも買ったので、それも袋ごと渡した。部屋に押しかけると野依崎が嫌がるのはわかっていたので、少々高価なカップアイスでご機嫌を取る。
無表情なのでさほど嬉しそうには見えないが、小さな舌でアイスの蓋を舐める仕草には、やはり子供らしい無邪気さを感じる。
早速食べ始めた野依崎を見守ってから、十路は四畳半ほどの部屋の片隅に目をやる。
「なとせ? お前もアイス食べる気じゃなかったのか?」
「し、死ぬかと思ったってのに、アイスどころじゃないってば……!」
南十星は涼しそうな様子で、真っ青な顔で自分の体を抱きしめ震えていた。
「今あたしは命に感謝している! パパママおとーさんおかーさん! 産んでくれてありがとう! 育ててくれてありがとう! 生きてるって素晴らしい!」
「だから来るなって言っただろう? 一緒に来るなら俺の言うこと聞けって言っただろう? なのに先に先に行こうとするからだ」
「だけどフツー学校の中がトラップだらけと思うわけないじゃん!」
「俺も最初そう思ってたけど……ここ普通じゃない」
地下一〇階分に相当する野依崎の部屋までは、侵入者を警戒した罠が張り巡らされている。十路はそれを知っているから回避しながら進めるが、初体験の南十星はそうも行かない。
気軽に足を踏み入れて、飛んできたダンベルをぶつけられかけたり、落ちてきたドラム缶の下敷きになりそうになり、注射銃で撃たれそうになり、散々な目に遭っていた。
野依崎の部屋がどんな感じか確認し、あわよくば家探しをしようと企んでいたのかもしれないが、今の南十星はそれどころではない。
「フォーちんって、あんな階段を毎日上り下りしてんの!?」
「否。エレベーターを使ってるであります。あんな長い階段を使っていられるかであります」
「エレベーターがあるなら教えろよ……?」
南十星と野依崎のやり取りに、十路は口を挟む。
確かに常識で考えればそうだ。一〇階相当の上下を、しかも罠の設置された階段で行うはずはない。
「扉を隠してるでありますし、あまり広めたくないであります。あと、訊かれないことをイチイチ説明するのは面倒であります」
「…………」
野依崎雫――しかもその名前も偽名という少女の性格を改めて認識し、十路は反論を諦め、『あの危ない通路を毎回使ってた俺の苦労は?』と虚しく思うに留める。
「それで、用件はそれだけでありますか? 待ってても茶は出ないでありますよ?」
「本気でその態度改めないと、将来困るぞ……」
事実を述べているだけで悪意がなさそうなのが尚悪い、『とっとと帰れ』と言わんばかりの野依崎の態度に辟易しつつも、十路はまだ残ってる用事を片付ける。
「俺のアイテムボックスと《杖》は、お前が管理してるって理事長から聞いたけど」
「あぁ……あれでありますか」
アイスをすくっていた木のスプーンを咥えて、野依崎はデスクの引き出しから、基盤むき出しの電子回路の塊――十路の《魔法使いの杖》の中枢部品を取り出す。戦車よりも高価な電子機器だというのに、その管理はずさんだった。
「これがどうしたでありますか?」
「前回の部活で、使う使わないはともかく、やっぱり《杖》がないと困るかもって思ったわけだ」
「それで修理の催促に来たというわけでありますか……というか、なぜ理事長は部長ではなく、修理を自分に押し付けてるでありますか……」
「部長も馴染みないだろうし、あの人にここまでやらせるのは、さすがの理事長でも考えたんじゃないのか? 俺の《杖》はいろいろ問題多いし」
部の備品の管理責任者であるコゼットではなく、その手伝いしかしない野依崎が、十路の《魔法使いの杖》の修理を担当することになったのは、当然理由がある。
そして確認はしたことはないが、ある確信があるから、そういう経緯になったのだろうと彼は思っている。
(野依崎も軍事経験者だから、理事長は遠慮なく俺の《杖》を修理させてるんだろうな……)
ステレオタイプな軍人口調はともかく。小学生とは思えない思考回路。社会の裏側にも精通している知識と技術。偽名を三つも持ち、半ヒキコモリ生活を送り、隠れ住む場所に罠を仕掛ける用心深さ。
野依崎もまた支援部員であり、《魔法使い》であることまで考えると、そうとしか考えられない。
(それもまともな手段で退役したんじゃなくて――)
「部品は外部に発注して、現在製作中であります」
野依崎の報告に、十路は別のことを考えていた意識を引き戻した。
「人工衛星も開発可能な東大阪の町工場なら、きっと大丈夫であります」
「会社が潰れたらスマートフォンもロケットも作れなくなる日本の中小零細企業を誇りに思うが、別に東大阪でなくてもいいと思う……」
ちなみに《魔法使いの杖》はオーバーテクノロジーと呼べる物品であるが、結局のところは電子機器だ。重要な中枢部品は特定企業から入手するしかないが、複数の町工場に協力を仰げば、製作そのものは不可能ではなかったりする。
ただし実際にやろうとしたら、手間的にも時間的にも資金的にも《付与術師》の作業には敵わないが。
「というか、俺の《杖》の部品を民間に委託するのはヤバイだろ?」
「耐熱耐食合金や知的材料といった、一般的には使われない材質でありますし、部品をバラバラに複数の会社へ架空取引先を通して発注してるでありますから、バレる可能性は低いであります」
小学生と高校生の会話ではないが、彼ら《魔法使い》は半ば裏社会に生きる者だ。表沙汰にできない野依崎の話を聞いて、ひとまず修理の段取りが進んでいることに十路も納得する。
「……念のために聞くけど」
しかし、いつどこでどのような面倒事に巻き込まれるか不明な立場のため、修理完了が早いに越したことはない。期待はしないが十路は問う。
「お前の《魔法》で片付けるわけにはいかないのか?」
「訊くなであります……」
いつも眠そうな無表情の野依崎が、子供らしく唇を尖らせた不機嫌顔になった。
そもそも他の部員とは違い、野依崎が《魔法》を使うところは誰も見たことがない。《魔法》が使えないのか、使わないのか。彼女が《魔法使いの杖》を持ってるのかも不明だった。
部の暗黙の了解として、彼女がどうやって国家に管理されていないワケあり《魔法使い》になったのか聞いたことはないが、どうやらそれに触れることだと十路は感じた。
「ヤバめな裏社会トークしてる以上のことはわかんないけどさ」
野依崎の空気が変化したことで、南十星が割って入る。
十路は無神経なところがある。だから彼女が空気を変える。なんとなく分担された兄妹の役割だった。
「フォーちんと兄貴って、いっつもこんな感じなん?」
「は?」
しかし、空気を変える質問は意味不明だった。
「差し入れ持って様子見に来た割には、ビジネスライクとゆーか、部員仲間っぽくないとゆーか」
他の部員のように親しげな話をしないことを言っているのだと見当つけると、十路は野依崎の方をチラリと見る。
彼女はもう話は終わったとばかりに、株価の変異をグラフ化した画面を見ながら、アイスを食べていた。自分の分は既に食べ終えて、南十星が食べるつもりだったものを新たに開けて。
「……会話が成立するだけ、相当親しい態度だと思うぞ?」
十路も社交的な性格ではない自覚がある。しかし野依崎はその比ではない。部員という共通項がなければ、路肩の石と大差ない認識をされている予想ができる。
「コイツ、学校でどんな態度取ってるのか、想像したら怖いぞ……?」
「確かにフォーちん、クラスでぼっちってそーだねー……しかも本人は全然気にしてなさそうだし」
制服姿の子供たちがワイワイ騒いでいる小学校の教室で、一人ポツンとジャージ姿の少女がモバイルでデイトレードをしている場面が、十路と南十星の脳裏に思い浮ぶ。
「だけど不思議とフォーちんがいじめられてるイメージはない」
「それができれば逆にすごい。普通の感受性を持ってたら、こんな奇妙なジャージ娘に近づこうとは思わない」
「小学生だったらフォーちんみたいな独特なコ、ナマイキとかって突っかかるのもいると思うんだけどねぇ」
「そしたら陰険な報復しそうな気がする。ハッキングで銀行口座を凍結して兵糧攻めにするような」
「……やってもいないことを、勝手なイメージで語るなであります」
興味はなくとも、兄妹の会話は聞いていたらしい。野依崎は不本意そうに、椅子ごと回転した。
「エレベーターは部屋を出てすぐ右、キャスター付きの棚を動かせばわかるであります」
今度こそ『とっとと帰れ』という意味らしい。それだけ面倒そうに言って、野依崎はディスプレイへと向き直る。
だから十路も、用件は終わったのでこれ以上の長居はせずに、南十星を促がして部屋を出ようとする。
「本職じゃない仕事で面倒だろうけど、俺じゃ無理だから、修理のこと頼むな」
「…………」
十路の言葉に、野依崎は少しだけ振り返り、心底興味なさそうな口調でポツリと言った。
「……またアイス持ってきたら、できる限りのことをやってやるであります」
「了解」
人に懐かない野良猫に、手から直接エサを食べさせることに成功したような、そんな小さな達成感を抱いて、十路は部屋を出た。




