030_0010 妹がアホの子で困ってますⅠ~ソパ・デ・アホ~
例によって間があるので世界観を改めて説明。
この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。
しかし秘術ではない。
誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。
そして古よりのものではない。
たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。
なによりもオカルトではない。
その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。
《魔法使いの杖》とは、思考で操作可能なインターフェースデバイス。
《マナ》とは、力学制御を行う万能のナノテクノロジー。
《魔法使い》とは、大脳の一部が生体コンピューターと化した人間。
《魔法》とは、エネルギーと物質を操作する科学技術。
それがこの世界に存在するもの。知識と経験から作られる異能力。
そのあり方は一般的でありながら、普通の人々が考える存在とは違う。
政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。
企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。
軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。
国家に管理されて、誰かの道具となるべき、社会に混乱を招く異物。
故に、二一世紀の《魔法使い》とされる彼らは、『邪術師』と呼ばれる。
しかし、そんな国の管理を離れたワケありの人材が、神戸にある一貫校・修交館学院に学生として生活し、とある部活動に参加している。
民間主導による《魔法使い》の社会的影響実証実験チーム。学校内でのなんでも屋を行うことで、一般社会の中に特殊な人材である彼らを溶け込ませ、その影響を調査する。
そして有事の際には警察・消防・自衛隊などに協力し事態の解決を図る、国家に管理されていない準軍事組織。
《魔法使い》は特殊な生まれ故に、普通の生活など送ることは叶わない。そんな彼らが、普通の生活を送るための交換条件として用意された場。
それがこの、総合生活支援部の正体だった。
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夏休みも近い七月初旬の放課後、ナージャ・クニッペルは脈絡なく言い放った。
「時代は妹だと思うんです」
今日も学院敷地隅に建つ部室に、総合生活支援部の部員と部外者が集まって、紅茶を飲みつつ談笑していた。
そのメンバーは。
「最近またウェーブが来てると思うんですよ。ゲームやアニメで妹キャラって、大抵出てくるじゃないですか」
まずは高等部三年生、ロシアからの留学生ナージャ。腰を超えるほど長い白金髪と、夏でも着ているカーディガンがトレードマークの彼女は、今日も料理研究部に出ずに、この部室に遊びに来ている。
「そこまで二次元に詳しくない……というか、日本のサブカルチャーに毒されるのってどうなんだロシア人?」
同じく高等部三年生、堤十路。《騎士》と通称される元陸上自衛隊特殊隊員とは思えない、出来損ないを自称する彼らしく、やる気なさげで目つきの悪い表情で、野良犬のように短髪頭をかいている。
「や~、イメトレでマンガとかアニメ見てますから、普通の人よりは知ってますけど、そこまで詳しくは……」
そして高等部一年生、木次樹里。《治癒術師》という通称にある意味相応しい、子犬のような人懐こい顔立ちが、愛想笑いの形になっている。
その三人と、黙って話を聞いている、魔犬と名づけられたオートバイ型ロボット・ビークル《使い魔》の制御AIイクセスに加えて。
「知識と理解があるからといって、普通の会話のように話すのは、どうかと思うであります」
赤茶けたボサボサ髪が額縁眼鏡越しの視界を侵食している、野良猫のような小学五年生がいた。野依崎雫と偽名を名乗る謎の幽霊部員少女が、二号館の地下室から出てきている。
小学生の身分で一ヶ月ほど学校に行かず、引きこもってデイトレードばかりしていたら、うるさく注意されたらしい。まだ三日に一度程度ではあるが、ここ最近は登校し、その帰りにこの部室に立ち寄り、眠そうなボーッとした顔で砂糖とミルクたっぷりの紅茶を飲んで、そして地下室に帰るという生活を送っている。
今日も登校した証明として、ソファの隅に赤いランドセルが転がっている。ただし初等部指定の学生服には着替えずに、エビ茶色のジャージのまま登校したようだが。
「それで、ナージャ先輩……『時代は妹』というのは……?」
最初の話題に立ち返り、おずおずと樹里が問う。
「木次さんもフォーさんも、なんとなく妹キャラっぽいかなーと」
「……?」
「えーと、どの辺がでしょう……?」
野依崎は眉を軽く動かし、樹里は愛想笑いを深めることで、困惑を示した。
ちなみに『フォー』とは野依崎のことだ。その理由を十路も樹里も、そう呼んだナージャも知らないのだが、彼女は一部の者からこう呼ばれている。
「男のコなら健気な妹とか欲しいんじゃないです? ご飯作ってお兄さんの帰りを待ってるような。木次さんとか、こーゆータイプっぽいじゃないですか?」
「や~、どうなんでしょう……? 義兄さんにご飯作ってあげたことないですし……」
ナージャと樹里のやり取りに、十路はふと気づいて問う。
「木次って、兄貴がいたのか?」
「あ、や、お姉ちゃんの旦那さんで、本当の兄さんじゃないですよ?」
姉がいる話は以前に少し聞いたことがあり、実家を訪れたこともあるが、樹里の家族に会ったことはない。
しかも総合生活支援部の部員たちは、お互いのことを深く訊かない暗黙の了解がある。だから部活仲間でありながら、家族構成など基本的なことまで知らない事が多い。
「私の実家ってレストランで、義兄さんがオーナーシェフですから」
「そりゃ料理することはないか」
兄が料理人だとしても、賄い料理を作る可能性もあるが、樹里の家ではそうではないのだろう。
十路はそれで納得したが、ナージャは違った。
「いけません! 大きなマイナスですよ!」
なにに触発されたのか、拳を握り締めて彼女は力説する。
「兄だの妹だの以前に、男は女の子の愛情タップリな手料理を待ち望んでるに決まってます! 自分がプロとか関係ありません! 出された料理が炭化した失敗作だったとしても、そこは男の度量が試されてるわけです! 涙を流して食すでしょう!」
「や、私、消し炭よりもマシな料理を作れますけど……」
エーカゲンな同居人がいることで、嫌でもレベルアップする樹里の家事スキルはさておき、彼女は同意を求めるように振り向く。
「堤先輩、そういうものなんですか?」
「なんで俺に訊く?」
「や、男の人的にどうなのかなぁと思いまして……」
「手料理なぁ……? それも妹の……?」
樹里に訊かれ、十路は思い出す。離れて暮らす『妹』との過去の出来事を。
あれは昨年の二月、育成校の寮に彼女からの荷物が届き、電話した時だった。
――兄貴ー。バレンタインのチョコ送っといたぞー。
――さんきゅー。手作りか?
――おうっ。あたしの愛を味わいやがれ!
――……電話しながら食えと?
――おうっ!
――……ぐぇほっ!? げほ!? がはっ!?
――こっちのチョコってイマイチだから、カカオから作ったけど――
――がふっ……! 《魔法》で、解毒……! 成分分解……!
――おーい? 兄貴ー? どしたー? 声が聞こえないぞー?
嫌な思い出が蘇った。
「堤先輩?」
明後日を見始めた十路に、樹里は怪訝そうに問いかける。
「『料理は愛情』とか言うヤツ、一度地獄の苦しみを味わうべきだと思う……」
「突然なんですか!?」
「愛情で人を殺せるんだぞ……嫉妬がらみの事件は全部そうだろう」
十路の過去など知る由もないのだから、意味は全くわからない。しかしトラウマに触れたことを察したらしく、樹里はそれ以上の追及をしなかった。
だがナージャは反論する。
「えー? 料理はやっぱり愛情ですよー?」
「じゃあ、和真に弁当作ってくれって土下座で頼まれたら、愛情たっぷりの弁当作るのか?」
「はい。ただし和真くんへの愛情は、塩分という形で示します」
高血圧になりそうな地味なイヤガラセだった。二人の共通の友人である高遠和真は、常に言い寄っているナージャと万一付き合うことになれば、長生きできないかもしれない。
次にナージャは、隣に座るやぼったい少女に目を向ける。
「フォーさんは、クーデレかダルデレかなー、という気がしますが」
「自分、デレる予定があるでありますか?」
顔は常に眠そうな無表情、性格は排他的で面倒くさがり、それが野依崎雫という少女だった。どこにデレる要素があるのか、当人以上に誰もが不明に思うだろう。しかし今が底辺ならば、今後なにかの拍子に上がる可能性はあるので、そういう意味ならば納得もできる。
ちなみにダルデレとは、普段やる気はないが、好意を抱いている相手にはいわゆるデレ状態になることらしい。ツンデレやヤンデレほどの知名度はない。
「そういうコって人付き合いが下手で、なんのかんの嫌がっていても、お兄ちゃんに依存してるものですけど」
「自分の人付き合いが狭いのは事実でありますが、誰かに依存してるつもりはないであります」
顔は常に眠そうな無表情、性格は排他的で面倒くさがり、それが野依崎雫という少女だった。少なくとも生活の場の確保といった諸々の保障は、理事長であり部の顧問でもある長久手つばめが請け負っているだろうが、普段を見ていると確かに依存はしていなそうにない。『理事長』などと呼びながら、全く敬意を持っているようには思えないので。
「まぁ、男としては、あんまり依存されても困るけどな……」
十路はため息をこぼしつつ、この場唯一の男として軽くナージャに反論しておく。多少は釘を刺しておかないと、あらぬトラブルを持ち込まれる予感を覚えたので。
「女の子に頼られて嬉しくない男のコはいないでしょう? しかもそれが妹キャラなら?」
「いやぁ……?」
ナージャに問われて十路は思い出す。離れて暮らす『妹』との過去の出来事を。
彼が以前通っていた陸上自衛隊特殊作戦要員育成機関・富士育成校の教育カリキュラムには、『校外実習』と名づけられた非公式の海外派兵が存在した。
二年前、彼がそれから帰ったその日に、彼女がやって来たことがあった。
――あーにきっ! デートしよっ!
――……一応、プランだけは聞いてやる。
――映画館行ってー、ご飯食べてー。
――で、その資金はどこから?
――兄貴のサイフ。
――海に落ちた時になくした……
――可愛い妹がはるばる会いに来たんだよ!? 家族サービスは!?
――ソマリア沖で海賊のロケット弾くらった家族への労わりは……?
――へ? なんか言った?
――……いや、守秘義務があるから、詳しくは話せない。
苛立ちが蘇った。
「堤先輩?」
目の焦点がぼやけた十路に、樹里はまたも首を傾げて問いかける。
「自己中ってさぁ、疲れてる時に見せつけられると、スゴイ腹立つよな……」
「今度はなんですか!?」
「『頼りがいがある』のと『依存しやすい』のは違うぞ……そこ混同したら、人間関係に深刻な亀裂が入るからな」
十路の過去など知る由もないのだから、意味は全くわからない。しかしトラウマに触れたことを察したらしく、樹里はそれ以上の追及をやめた。
だがナージャは違った。またも拳を握り締めて力説する。
「それを乗り越えてこそ男でしょう! 疲れていても笑顔を見せ! 癒しを与え! それでこそ男でしょう!」
「ナージャ……そんな考えのままに結婚したら、いやそれ以前に彼氏作ったら、確実に男に愛想尽かされて、別れを切り出されるからな?」
そんな度量の大きい男になれたらいいが、残念ながら人は大木になれない。ドッカリ寄りかかられるだけの関係などご免だろう。
「なによりも『お兄ちゃん』と呼ばれるだけで元気一〇〇倍!」
「そうかぁ……?」
ナージャに言われ、十路は思い出す。離れて暮らす『妹』との過去の出来事を。
具体的な日付は覚えていない、いつぞやの電話を。
――お・に・い・ちゃーん!
――…………
――……萌えない?
――なんつーか、すさまじい違和感……
――なんで!? あたし妹キャラって認定されてないの!?
――カテゴライズすると、お前は『元気な後輩』にされると思う。
――がーん!
複雑な感情が蘇った。
「……堤先輩?」
先ほどと同じ目をした十路に、どう対応するか少し考えた様子だが、それでも樹里は訊ねる。
「やっぱり個性って大事だと思うんだ……」
「……ここもツッコむべきでしょうか」
「普段と違う呼び方されると気持ち悪いっていうか怖いんだよ……なにか企んでそうで」
トラウマとまでは呼べなくとも、あまり触れない方がよさそうな事だと察した樹里は、それ以上の追及はやめておいた。
「以上を踏まえて、木次さんとフォーさんのお二人に、試しに妹キャラってもらえませんか?」
結局のところ、ナージャはこれがやりたかっただけらしい。
そして意外にも、樹里と野依崎は応じた。
「お兄ちゃん、お帰りなさい。ご飯できてるよ」
家庭的な妹キャラを作ってはいるが、樹里はそもそも家庭的で柔らかい雰囲気なので、言葉遣いを変えた程度で違和感は少ない。そしてそういう彼女もまた魅力的であることは、十路も否定しない。
「お兄ちゃん……わたし、お兄ちゃんさえいてくれればいいの……」
いつも眠そうな無表情を浮かべる野依崎が、伏せ目がちで切なげな少女を演じた。自分以上に感情の起伏が少なくマイペースな小学生が、小さいながらも行った確かな表情変化に、十路は新鮮な驚きを感じる。
「二人ともノリいいな……なんだかんだ言いながら試すんだから」
「で、どうです? どちらの妹がお好みですか?」
ナージャに問われ、十路は思い出す。離れて暮らす『妹』との過去の出来事を。
あれは三年ほど前、彼の元に彼女が泊りがけで会いに来た時だった。
――ねーねー、兄貴ー。ちょっち組み手しよーよー。
――こっちに来てまで練習か?
――一日休むと、感覚戻すのに三日かかるんだってば。
――ま、そう言うよな……それじゃ……
――ふんっ!!
――ぐへぇっ!?
これまた嫌な思い出が蘇った。
堤十路は考える。食事を作ってくれるより、頼ってくれるより、妹キャラにはもっと大事な好感度ポイントがあるのだと。
だから遠い目をして、彼は答えた。
「バックドロップで脳震盪を起こさせる妹じゃなければ、どっちでもいい……」
「「……はい?」」
堤南十星を知らない樹里とナージャは、いぶかしい声を重ねた。




