025_0070 【短編】王女の休日(姉妹Ⅱ)
まるでドラマのワンシーンだった。
生活感のまるでない部屋の中央にあるのは、引き出しもない机とニ脚の椅子。壁際にはもうひとつ机と椅子のセットがあるが、オフィス用品としてもっとも見かけるタイプのものだ。
今、この部屋には三人の人間がいる。
一人目は壁際の席について書類を書き込む、まだ若い女性制服警官だ。彼女は忠実に職務をこなすだけのつもりのようで、深く関わろうとはせず、そちらには振り向きもしない。
「明日も天気がよさそうだ……」
二人目は窓際に立ち、赤く染まり始めた神戸の街を覗いている。
元はそれなりの質だったのかもしれないが、着潰してヨレヨレになったスーツ姿の男だった。背は日本人男性平均よりも低く、頭髪は薄くなり、四肢も腹も太い。
その男を見た九割の者は、冴えない中年男だと思うだろう。違うかもしれないと思った残り一割の者も、団子鼻が中央に据わった丸っこい顔をじっくりと見て、九分はやはり冴えない中年男だと判断するだろう。
しかし一分――例えば今この光景を見た百人に一人くらいは、認識を変える。ブラインドの隙間から外を見て、夕焼けの赤光に細めたどんぐり眼に浮かぶ眼光は、一般人のものではない。そう思うと肉のついた体は、柔道経験者のものにも見えてくる。
例えるなら、年老いたブルドック。いつも潰れた鼻を鳴らし、舌をだらりと伸ばし、ぐうたらと犬小屋に座り込んでいる。しかし飼い主に危機が迫れた時には、勇猛果敢に吼え猛り牙を剥く。
「私は《魔法使い》という連中のことをよく知らない。警察としてはこれまで何度か、お嬢さんたちの力を借りたことがあるが、やはり一般人にはよくわからない人間という印象だ」
そしてこの部屋にいる最後の三人目は。
中央の席に座り、悄然と肩を落としてうな垂れる、若い外国人女性だった。
中年男は女性に語りかける。聞いているだけでは、優しげな声と思うだろう。しかしやましさを抱えていれば、その言い方はかえって危機感を抱くだろう。
語りかけられても女性は反応しない。やましい事がないからか、それとも単に疲れ果てているからか。
「ただ個人的には、《魔法使い》の社会実験チームというのは、危ないもののように思っていた。お嬢さん方がどういう人間かという問題ではなく、やはり危険な力を持っていると、それだけで危機感を抱いてしまう」
その部屋は警察署の取調室だった。制服姿の警官を書記として、壁際に立つ中年刑事が、外国人女性の聞き取りを行っている。
彼女は、容疑者として、ここに連れてこられた。
「だから今回のことは、起こるべくして起こったか……という気はする」
中年刑事は窓際から移動し、女性の向かいの席に腰かける。『どっこいしょ』などという言葉が出てこないのが不思議な重い動作を受け止めて、安物のパイプ椅子が非難の声を上げた。
信楽焼のタヌキを連想させる、突き出た腹を宥めるようにさすり、取り調べが始められる。
「今さらだがお嬢さん。日本語、大丈夫かい?」
有事の際には消防・警察・自衛隊に協力する、《魔法使い》の社会実験チーム。
中年刑事は今まで関わったことはないが、その活動の際、チームの代表と警察は何度も接触している。
実際に接したことのある刑事から、伝え聞いている特徴――金髪碧眼白皙の、気品ある美人――と、目の前の外国人女性の容姿は、一致していた。
「はい……」
呼びかけに彼女は、左目の下をしきりに撫でながら、ノロノロと顔を上げた。
美貌は疲れが見えてやや色あせている。宝石のような青い瞳も疲労で濁り、品よく着こなしていた思える白いワンピースは薄汚れ、凛とした声は張りなく沈んでいる。
彼女は現行犯逮捕されて、ここまで連行された。その際にかなり暴れたらしく、ハーブ園の売店で使われていた荷造り用のビニール紐で拘束されて、ガムテープで口をふさがれていた。その痕を気にするように、頬から口元にかけて、やたらとなで回している。
「じゃあ名前と年齢、職業を、お嬢さんの口から言ってもらえるかい」
中年刑事の形式的な質問に、外国人女性は泣き黒子の上に塗られたファンデーションをこすり落としながら、背中まで伸びたストレートの金髪を揺らして、小声で答えた。
「クロエ・エレアノール・ブリアン=シャロンジェ、二三歳……職業と呼んでいいのかわかりませんが、ワールブルグ公国第一公女です……」
「…………おや?」
中年刑事の時間が停止した。
それは聞いていた名前と微妙に違う上に、つい先ほど署に、外務省とその国の大使館職員が来て、騒然とした原因となった名前だった。
△▼△▼△▼△▼
「トージくーん……仮にも王女サマだよ?」
呼び出された総合生活支援部顧問・長久手つばめは、警察署で十路と合流した途端、困ったように眉根を寄せて文句を言った。
しかし口元は、笑いをこらえるように歪んでいる。
「暴れたコゼットちゃんの替え玉に、クロエちゃんを縛り上げて警察に突き出しちゃう?」
「今回の部活内容は、行方不明になったクロエ王女の捜索と身柄確保。しかも方法は問われていません。だから無傷で身柄を確保して、以後のことを警察に頼みました。付け加えるとすれば、現場はかなり混乱していたため、なにか問題が起こった可能性は否定できません。以上、部活終了。お疲れさまです」
しれっとした顔で十路は言い返すが、つばめと目を合わそうとしない辺り、彼も一応の後ろめたさを持っていた。
ハーブ園での騒動の後、コゼットは警察が到着する前に、無理矢理クロエと服を交換した。
彼女たちは姉妹だ。見比べれば違いは一目瞭然だが、知らない人間が特徴を聞いただけでは、どちらが正しい人物か判断できない程度には似ている。
だから『観光地で暴れた要注意人物』として拘束したクロエと、『行方不明の王女』として確保したコゼットの身柄を、到着した警察に差し出して、今に至る。
ちなみにそんな暴挙を、その場にいたメイドは止めようともしなかった。今回のことに関しては、彼女も腹に据えかねているのかもしれない。
「トージくんは、どうやって今回の騒動を収めろって言いたいわけ?」
「クロエ王女が東京から脱走した理由は不明です。それにプラスして俺たちが《魔法》を使った理由作りに、居もしない暗殺者でも出てきてもらいましょうか」
「暗殺されかけたから、クロエちゃん一人ではるばる神戸まで逃げてきたって? そんな人物いるわけないから、対外的には逃走して行方不明ってことにするしかないけど、ちょっと無理がない?」
「そんなツッコミどころを誤魔化すための誤認逮捕です。警察も間違ってクロエ王女を捕まえたなんて、外交問題になるようなこと引っ張らないでしょう? クロエ王女も自分が騒動の原因だって自覚してるなら、日本の警察に抗議なんてできないでしょう?」
「コゼットちゃんが暴れた件は?」
「施設は部長が《魔法》で修復。民間人に怪我人もなし。実質では違いますけど、客観的な被害はゼロですが、刑事事件として検挙できます? 加えてここでも架空の暗殺者に出てきてもらって、撃退のためにやむなく《魔法》を使用したって体にしておけば、辻褄を合わせることはできます」
「だから、うやむやにしちゃおうって?」
「そういうことです」
これだけ表沙汰にしない方がいい理由と、回避するための方法を列挙すれば、十路は目論み通りに事が進むだろうと踏んでいる。
「部長も一応王族なんですよ。普通の犯罪者と同じ対応をしない方が、俺たちにとっても警察にとっても、いい事だと思いますけどね。理事長ならワールブルグ公国と警察、両方にコネあるでしょうから、そういう方向でうまく取りまとめをお願いします」
そう進言すると、つばめは呆れのため息をつく。策略家の彼女でも、今回のことは想定外だったらしい。
「このコ、ムチャクチャだ……」
「もっとえげつない策略を練る理事長に言われたくないです」
「わたし自分で責任取れる範囲でしかやらないもーん。トージくんみたいに責任丸投げにしないもーん」
「実働は俺たちに押し付けるクセに。それに責任者は責任取るのが仕事でしょう?」
「えー、めんどー」
「クロエ王女って結構面食いなんですね。今回すっぽかされた警備担当者、結婚適齢期のイケメン揃いでしたよ」
「すぐに行って来ます!!」
十路が教えるなり、長久手つばめ独身二九歳は態度を一変させて、関係者一同が集まっているはずの署長室へと駆けていった。
ちなみにイケメン揃いは嘘だが。女性を虜にするフェロモンを振りまいているような、危険な雰囲気を漂わせる鍛えられた男たちではあったが、イケメンと評するにはいささか厳つかった。
後のことはつばめに押し付けて、どうしたものかと十路が考えていると、入れ違いにコゼットが階段を下りてきた。今の彼女はクロエの服を着ているが、体形も大差ないためか、彼女自身の服のように着こなしていた。
その後ろにはつき従うように、メイド服のロジェがいた。
「部活の関係で警察に来たことは何度かありますけど、案外バレないもんですわね」
「国の人たちとの話し合い、終わったんですか」
「えぇ」
答えながらコゼットは、屋内でも外さず面体を隠していた麦わら帽子をサングラスを取る。
ウェービーロングの金髪を揺らし、清々しい笑顔を浮かべていた。
「えらくご機嫌ですね?」
「ふふっ。初めてクロエにしてやったんですもの……ぷっ、くくく……は、は、は、は」
奇妙な笑い声を発し始めたために、話が聞けないと判断を下し、十路は視線でメイドに説明を求める。
「先ほどコゼット殿下が第二公女として、クロエ殿下の警備担当者に、抗議と見直しのお願いを行いました」
「は? 部長がクロエ王女の警備体制に口出し?」
十路が知る限り、コゼットは国元とは距離を置いている。しかも王女という身分を嫌っている部分がある。なのに身分を出して母国の関係者に発言するなど不思議だったため、疑問形に変えて言葉を繰り返す。
それを更にロジェが説明する。
「存在そのものは知られていても、公の席に出ていないため、どんな人物か知られてない。それが国元でのコゼット殿下です。我々警備担当も今回のことに対応しますが、そこにコゼット殿下が異例の言葉を出したならば……」
「そういうことか……警察関係者を誤魔化すために、部長とアンタが一緒なのかと思ってたけど」
「わたしの所属も警備部門ですので、話し合いに無関係ではありません。それにコゼット殿下からお言葉を頂けたら、わたし共の仕事も楽になります」
十路にも理解がついた。
コゼットが異例の言葉を発すれば、担当者は第一公女の身を守るために、第二公女の求めに応じた最大限の対応を考えるだろう。
もちろん彼女が毛嫌いしている姉を想って、そのようなことを言い出すはずもない。
「公宮殿に押し込められて外に出れないでしょうね!? 同人誌漁りとかできない窮屈な生活になるでしょうね!? これを機会に早く婿取れとかそんな話が出てくるかもしれないですけど、全部クロエの自業自得ですわよね!」
十路が今まで見たことがないほど、コゼットは満面の笑みを浮かべている。
つまり彼女は、今まで使ったことのない王女としての身分を利用して、二度とクロエを日本に来させないようにした。当人が頑張ってもそう簡単には自由にならないよう、彼女の周囲を巻き込んで、人と柵の檻に閉じ込めて。
クロエがこの事を知ったらどんな顔をするだろうかと、十路は考えて小さくため息をつく。同情するつもりは欠片もないが。
「しかもクロエの服、ちょっと緩いんですわよ! ウェストの細さは勝った!」
加えて服を交換したことで、女性のプライドの勝利が判明したため勝ち誇っているらしい。
しかし十路は付き合わない。この場面ならば喜びに付き合うのが筋かもしれないが、そんなことは言っていられない。
「はいはい。喜びをかみ締めるのは後にしてください」
コゼットの背中を押して、警察署の外へと促す。
「後は理事長に任せてしまいますから、ここに俺たちがいつまでもいたんじゃ具合悪いでしょう」
「つまんない男ですわねぇ……」
不満そうな返事をしながらも、コゼットは大人しく背中を押される。見送るつもりなのかロジェも付いて来る。
警察署の駐車場に停めている大型オートバイに歩み寄り、乗る準備のために二人が足を止めると、彼女はかしこまって頭を下げる。
「コゼット殿下。本日はありがとうございました」
「改まってなんですのよ?」
ジェットタイプのヘルメットを被りながら、コゼットが怪訝な顔で振り返る。
「元はと言えば、わたしがコゼット殿下に連絡したことが原因ですので」
「そーかもしれませんけど、わたくしが礼を言われる筋合いはねーですわよ」
そう言って、コゼットは振り返る。
「ん?」
十路は視線に気付き、フルフェイスヘルメットを被ってから振り向いた。
「わたくしはむしろ騒ぎを大きくしただけで……結局全部カタつけたのは彼ですから、礼を言うならこちらに」
「…………」
コゼットの言葉にロジェの無表情が、ほんの少しだけ歪んだ。まるで『コイツには絶対に礼なんて言うか』などとでも言うように。
その気配は十路にも理解できたから、ヘルメットの中で顔をしかめる。
「アンタ、俺と戦って負けたこと、根に持ってるだろ?」
「いいえ」
「そういえば弓矢で俺の頭を狙ってたよな? あわよくば殺す気だったか」
「いいえ」
問いにロジェはやはり無表情で返す。それが彼女の本心などと、誰も思うはずもない。
「また消火器で気絶したいか?」
だから十路は、野良犬の牙を覗かせ見せる。
「次はナマス切りか串刺しにして差し上げます」
応じてロジェも、荒鷹の鉤爪を見せる。
過去に戦った《魔法使い》たちは、剣呑とした視線をぶつけて合うことしばし。
「ほら。とっとと行きますわよ」
ヘルメットを被ったコゼットが、十路の頭を叩いたことで、にらみ合いは終わる。今ここで戦う理由などないのだから、視線を外し、二人はオートバイに跨る。
△▼△▼△▼△▼
「それじゃ、ロジェ」
「はい。コゼット殿下」
オートバイの後部に座るコゼットと、背筋に棒を入れたように直立するロジェは、言葉をかけ合う。
「二度と会うことがありませんように」
「できることならば」
平穏な再会などありえない。彼女たちが再び出会うとすれば、またトラブルが起こった時か、あるいは戦場か。
彼女たち共には国家に管理されず、普段は平穏な生活を送る《魔法使い》なのだから。
そしてコゼットにとってのロジェは、姉のボディーガード兼世話係なのだから、彼女たちがまたも会うとしれば、姉妹で戦うことになる。
コゼットがそれをどう思っているか知らないが、ロジェは無表情の下にそんな想いを抱えて、二人と一台をお辞儀して見送る。
彼ら視界から完全に消えた頃合に上げた顔は、それと見なければわからないくらい、口元がほんの少し歪んでいた。
それは微笑としか思えない形だった。
「Connard...! (くそったれ!)」
荒々しいフランス語にロジェが振り返ると、交換した服のままのクロエが足音荒く出てきた。どうやら取り調べではなく事情説明や謝罪から、一時的に解放されたらしい。
彼女は警察署の玄関を見渡す。連行時の車内から見たはずだろう、停められているはずのオートバイがないことに気づき、ロジェへと説明を求める。
「コゼットとムッシュ・ツツミは?」
「もう行かれました」
「あの二人にしてやられましわ……!」
王女らしさをかなぐり捨てて、クロエは地団駄を踏む。距離を開いて警護役の男たちがいるのに構わない。もっとも日本語で話しているので、公国の民ならば理解できないかもしれないが。
指の爪を噛みそうな表情で、これからの行動を、どうやって仕返ししてやろうかと呟いてるところに。
「クロエ殿下」
いつも以上に平たい声で、ロジェが呼びかけた。
「早く婿を取って大人しくしてください。あと書斎の薄い本、帰国したら処分しますから」
「イキナリなんです!?」
「ムッシュ・ツツミとコゼット殿下を見て、思ったことはハッキリ言った方が、いい関係が築けるのではないかと思った次第です」
「わたくしとの関係を大事に思ってるのは嬉しいですけど……婿や本の処分は関係ないのでは……?」
「いいえ。殿下の今後を考えると、わたしも涙を呑んで、心を鬼にして、えぇ非情と罵られようとなんと言われようと構いませんので、そのように事を進めるべきだと思います」
彼女たちの付き合いはそこそこ長くなり始め、互いの私生活も知っている。
だから今のロジェは『本気』と書いて『ガチ』と読む状態だと感じたのだろう。クロエは慄くように体を傾け、少し距離を開いた。
「あんまりわたくしに感けてると、嫁き遅れになるわよ……」
そしてポソッと、きっと当人には聞かせないつもりで呟いた。
「殿下。急いで東京に戻りましょう」
ロジェもごく普通に、これからのことを話す。
「仕方ありませんね……仕事サボったことですし」
だから彼女の進言に、クロエは普通に受け答えしたのだが。
「ところでクロエ殿下、ご存知ですか?」
地獄耳を持つロジェの話は終わらない。
「元々ルームランナーは囚人への刑罰に用いられた拷問器具でした」
「なぜそんな豆知識を今ここで出すの!?」
「他意はありません。えぇ、全くありませんとも。これっぽっちも、微塵たりとも」
「……絶対ウソでしょ」
彼女の逆鱗は想像以上にデリケートだったため、王女はこの後に恐怖して肩を落とし、先を歩く元軍人メイドに付いて行った。
△▼△▼△▼△▼
『結局クロエ、なにしに神戸に来たのかしら?』
走行中、後ろのコゼットが無線越しに声をかけてきた。
「さぁ? あの人、理事長の影響を受けたせいか、変なことしたがりますからね」
十路もオートバイを走らせながら応じる。
【今後なにも変わりそうにないって話です……】
「どういう意味だ?」
【変えたければ、コゼットが頑張りなさいってことです……】
『……ハ?』
事情を聞いているオートバイは、詳しい説明をしようとせず、話題に蓋をして走り続ける。彼女はなにも伝えない。
『あ、堤さん。次を右に』
だからというわけでもないが、交差点の手前でコゼットが方向を指示する。
十路は山側の学校に戻ろうとオートバイを駆っていたが、彼女が指したのは海側の市街地だ。
「寄り道ですか?」
『クロエの服のままなのもアレですし、見繕って着替えたいですわ』
「了解です」
『あとついでに、探したい本と小物がありますの』
「まぁ、それくらいなら」
『そんなことやってりゃ、晩メシ時になるでしょうし、ちょっと付き合いなさいな』
「…………」
次々と出てくる予定に、タイミングよく交差点の赤信号で停車したため、十路は顔をしかめて後ろを振り返る。
「どこまで俺に付き合わせる気ですか?」
『今日はクロエとデートしてたんでしょう。だったら少しくらい、わたくしにも付き合いなさい』
「どこが少しなんですか。俺、疲れてますから、遅くなるなら置いて帰りますよ?」
『相変わらず甲斐性ない男ですわねぇ……』
自分に甲斐性あるとは思っていないが、コゼットの言い方にカチンと来た十路は、低い声を出す。
「……あんまり無茶言うようなら、一〇歳までオネショしてたこと、言いふらしますよ」
その情報ソースが誰なのか、条件反射レベルで彼女は理解した。
『あの女ァァッ!? クソくだらん事を広めやがってぇぇっ!』
「ここで慌ててごまかしたり、『なんで知ってる?』とか言わない辺りが部長ですね……」
『うぐ……!』
オネショ年齢ではなくツッコミの方で、コゼットは言葉を詰まらせた。その『クソ』などとオマケのついた雄叫びに、可愛げなど一パーセントもあろうはずはない。
ひとまず後ろを静かにさせたが、彼女に最後まで付き合うつもりで、十路は前を向いてため息をつく。
「今日は散々な日だったな……」
【まとめみたいなこと言ってますけど、コゼットとのデートだけでなく、ジュリの送迎も残ってますからね】
「そういえばそうだった……」
信号は青に変わった。
オートバイと受け答えし、十路はブレーキロックを外して、アクセルバーをひねった。




